視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
73 / 450
目覚めない少女たち

しおりを挟む
 半開きになっている目は濁って瞳孔が散大している。

 重力に負けてポカンと開いている口からは、動くことのない赤い舌が垂れていた。



「あな、たは…………」

 自分の口から言葉が漏れる。

 すぐ目の前にあるその顔に、唖然とした。

 どうして、この子が———

 脳内が疑問符でいっぱいになり混乱する。

 しかし次の瞬間、半開きだった瞳がカッと見開かれた。その瞳は白目をほとんど確認できない、生きてるものの瞳ではなかった。

「 ! 」

 驚きで声すら上がらない。そして更に、彼女の開いていた口から声が漏れる。乾燥してヒビの入った真っ白な唇から不気味な音が響いた。

「アアア……アアアア……」

 痰が喉に絡んでいるような、不快感を感じる声だった。

 ついに、自分の喉から悲鳴が飛び出した。体のバランスを崩し、そのまま背後に倒れ込んでいく。机の上に乗っていたため、中々の高さから落下し背中を強く打った。

 痛みに顔を歪めながらも慌てて首吊りを見上げる。だがしかし、その一瞬の間にぶら下がっていたあの子は消えていた。

「……あ。れ」

 消えた?

 額からじんわりと汗をかく。至近距離で見てしまったさっきの顔を思い出し身震いしながらもほっと息をついた。よかった、消えたなら……



「アアアアああああ」

 耳元で、声が聞こえる。


 
 叫び声を上げて無我夢中で立ち上がろうとする。振り返る余裕などなかった、だがしかし足がもつれてうまく立ち上がれない。

 近くの机にしがみつきながら起きようとして共に倒れ込む。ガタンと派手な音が鳴り響いた。

「く、九条さ……!!」

 何度も叫んだその名を呼ぶ。必死に教室から出ようと、もはや四つん這いになりながらズルズルと這いつくばっていく。立ち上がることもままならない。それでも、この教室からとりあえず出なくてはという思いだけが強く働いた。手足を不恰好に運びながら必死に出口へ向かう。

 その瞬間、ぐん、と右足が引っ張られる感覚に陥った。

 はっとして全身が一瞬止まる。

 足首に冷たい手の感触を感じた。肉に食い込んでしまいそうなほどの強い力で、それは私の足首を強く握っている。

 そして次の瞬間、握られた右足がものすごい速さで引っ張られていく。出口に向かっていたこの体は、なんのすべもなくずるずると後ろに引っ張られていく。床を滑る摩擦で、体が熱い。

「い、いやあああ!」

 必死に爪を床に立てるも、それは小さな抵抗だった。





「光さん!!」

 はっと目を開ける。

 視界に入ってきたのは、眉を顰めた九条さんだった。彼の黒髪が垂れている。それを呆然と見上げた。

「あ、く、じょうさん……?」

 唖然と呟く。私の顔を見て、彼はほっと息を吐いた。

「よかった……気を失ったままずっと起きなかったので……」

「あ、私……?」

 また、入られたの??

 いつかのように、九条さんに抱き抱えられている状態だと気がつく。だがいまは、すぐに起き上がる気力すら湧いてこなかった。全身ぐったりと脱力している。

「ずっと起きなかったら……どうしようかと」

 苦しそうに九条さんが呟いた。その表情は苦痛で満ちていて、彼のこんな顔を見たのは初めてだった。

「大丈夫、です。私は……」

 温かなその腕に支えられ、安心感に包まれる。さっき見たことを報告しなきゃ、でも、ずっとこのままでいたいと思ってしまう。

 母に抱かれた子のように、不思議な安らぎがそこにはあった。

「九条さん、なんか……珍しく焦ってますね」

 私が少し笑って言うと、彼も口角を上げた。その優しい微笑みに、つい胸がぐっとなる。

「あなたに何かあったらどうしようかと」

「何か、って」

「光さん、私は気が気でなかったですよ。狼狽える情けない自分に呆れました」

 なんだか普段と違ったセリフに、私は慌てた。こんな柔らかい表情で、こんなセリフを言う人なんかじゃないのに。

「だ、大丈夫ですよ、九条さん。九条さんが狼狽えるだなんて珍しいですね……」

 そんな可愛げのないことを言いながら、私は頬が緩んでいる自覚があった。まさか九条さんが、ここまで私を心配してくれるなんて、なんだか夢みたいだ。

 そう言った私を、彼はさらに腕に力を込めて抱き締めた。突然のことに、私はぎょっとする。

 あれ? 何、どうしたの、今どうなってるの??

「くく九条さん?」

 彼の熱い手が伝わる。突然の奇行に、ただ私は唖然とするばかりだ。九条さんどうしちゃったの、入られるなんて私初めてってわけでもないのに。

 少し経って九条さんがゆっくり離れる。近くで見える顔に、痛いほどに心臓が鳴り響いた。こんな近くで九条さんを見たことなんて未だかつてない。

 彼は優しく微笑みながら言った。

「光さん。あなたが好きです」

「………………」

 ただただ目を丸くした。息をするのも忘れ、今しがた聞こえた言葉が頭の中でこだまする。好き?
 好きとは、どういう意味だったっけ?

 完全に脳内が停止している私にさらに追い討ちをかける。

「ようやく気づけました。あなたがとても大事な存在だということを」

「く、九条さん……」

「私のそばをもう離れないでください」

 叶うわけないと思っていたのに。

 まさか、九条さんが、私を想ってくれていた??

 一気に恥ずかしさと喜びが湧き上がって全身を駆け抜けた。衝撃がすごすぎて、髪の毛も逆立っているんじゃないかと思う。それくらい、私にとって予想外の告白だった。

 だってまさか。信じられない。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。