視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

どこへ行ったの?

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「九条さん? 九条さん!」

 情けなくも怯えた声で何度も呼ぶが返事はない。私はとりあえずすぐ近くにあった教室の扉を開けた。本当に今さっきまで隣にいたんだもの、そんな遠くまで行っちゃったなんて考えられない。

「…………!」

 息を飲む。

 真っ暗な教室は、多くの机が並べてあるよくあるものだ。文字の書かれていない黒板に教卓、その隣に時間割。その教室の中央に、人影が見える。

 一台の机の上に立った女子生徒だった。

 彼女はこちらに背を向けたまま、両手を上に掲げ何かを持っている。それは一つの『輪』だった。

 ゆっくりその丸に頭部を乗せたかと思うと、次の瞬間思い切り足元の机を蹴った。ガタンと派手な音を立てて机は揺れ、隣にあった机にぶつかる。ひっと息をのみ、私は両手で口を押さえ込み何とか声を押し殺す。

 彼女の足元には何もなくなり、首にかけられた『輪』だけがその体重を支える形になった。その苦痛からか、両足をばたつかせそのたびに縄は大きく揺れてぶらんぶらんと体を揺らした。何もない空虚を両足が必死に踏みつける。プリーツのスカートが大きく揺れて、中の下着すら見えてしまいそうなほどだった。

 しばらく足掻いた後、突然その体は静寂をもたらした。両手はだらりと体の横にぶら下がり、ほんの僅かに縄が揺れる音だけが小さく響いた。

 キイ キイ

 ただ、唖然とその光景をずっと眺めていた。霊とは思えない生々しさが自分の心を凍らせた。たった今、本当に目の前で一つの命が失われたようだった。

(…………そ、うだ……顔)

 そんなことを思い出せた自分を褒め称えたかった。九条さんもいない今、恐怖心は極限だというのに、意外と冷静に自分の役割を思い出せたのだ。

 今吊ったばかりのあの顔を確認せねば。

 そう心中で思うも、額からたらりと汗が流れるだけで私の足は一歩も動かない。金縛りにあったかのように微動だにしない。やはり、恐怖心は簡単に克服できるものではないと思い知る。

 ごクリと唾を飲み込んだ音が、教室中にこだました錯覚に陥った。首吊りの彼女は未だじっとその体を動かす事なく縄からぶら下がっている。

 それから一分、いや十分。時間の感覚を忘れてしまいそうなほど立ち尽くした。心のどこかで、目の前の首吊りがふっと消えてしまうことを願っていたのかもしれない。だが皮肉にも、彼女は今回消えることなく目の前に居続けた。

 覚悟を決めて、私はそろそろと足を踏み出す。

 なるべくぶら下がった子からは遠ざかり、背部を壁に付けながらゆっくり移動していく。彼女の前方へ回る必要があるからだ。

 教室中央にいる女の子は今窓の方を向いている。その姿から目を離すことなく、私は時間をかけて震える足を動かし移動する。

 やがてずっと背中しか見えていなかった彼女の横姿を確認する。ただ、未だ顔は長い髪に覆われて横顔すらお目にかかれない。
 
 あと少し、あと少し。

 心の中で自分に言い聞かせながら歩みをそろそろと進めた。あの子の顔を確認できれば、この調査も一気に解決に向かうかもしれないから……!

 そう力強く思った瞬間、私は目の前の違和感に気づく。

 私はすでに、窓ガラスの前まで来ていた。やや距離があるとはいえ、そのお顔を目にすることができるはずの角度。

 それでも見えるのは、またしても『後ろ姿』だった。

「…………?」

 私はずっとあの子から視線を外していない。さっきは確かに横姿まで確認した。でも、ほんの数歩進んで前面にきたと思ったらまたしても背中が見えたのだ。

 その体が回転したとも思えない。

 少し首を傾げる。どうして、いつの間に?

 悩む暇も惜しい、私は滑稽にも今度は来た道を戻りはじめた。相変わらず壁に背中をつけてなるべく彼女と距離をとりながら。少し進むと紛れもなく横姿となり、そこから瞬きもせずに一気に前面まで回り込んだが、やはりそこには後ろ姿が存在していた。

……どういうこと?

 いや、どうもこうもない。この世に存在していない相手に、常識など通用しないのは分かり切っているではないか。霊とは不思議と顔を隠すパターンも多くある。

 ちらりと廊下の方に目線をやるも、九条さんがそばに来ている様子はまるでない。

 自分を奮い立たせた。少しくらい、調査で手柄を立てて九条さんの役に立ちたいという思いが今叶う時ではないのか。怖がってトイレまでついてきてもらった情けない姿を、今変えるときだ。

 私はぐっと前を見る。そして、狭い歩幅で前進した。

 頭を垂らして僅かに揺れている彼女に近づいていく。近くにあった椅子と机をそっと持ち上げ、その子のそばに移動させた。

 こうなれば、もう無理矢理にでもその顔を拝んでみなくては。

 意を決して椅子に登り、更に机の上にあがった。見上げていた首吊り死体が、今私と同じ目線にある。

 ガクガクと怖さで震える手をなんとか押さえ込み、私はしばらくその黒髪だけを眺めていた。一度ゆっくり深呼吸を繰り返す。

 そっと手を伸ばした。

 生身の人間と全く変わらない髪の毛の感触を指に感じる。ざらざらとした傷んだ髪の一本一本が確認できる距離にいる。恐ろしさで嘔吐してしまいそうなほどだけれど、不思議と私の手は止まらなかった。

 両手で彼女の頭を両サイドからそっと包んだ。そして右腕を懸命に伸ばし、まずその前面に触れたのだ。

 髪の毛ではない感触が表皮に伝わる。

 ひんやりした肌だった。それは正気を感じない、固くごわついた皮膚だ。女子高生とは思えない。

 ああ、顔はある。ちゃんと、ある。

 そう心の中で呟くと、ぐっと唇を噛んで覚悟を決めた。そして両手でそっと彼女の顔をこちらに回転させた。

 キイイイ

 天井にかけらた紐が軋む音が不気味に響き渡る。

 ゆっくりゆっくりと、首をつった少女が回転する。

 スローモーションにように感じるスピードで、彼女はこちらを向いた。
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