視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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真夜中に来る女

モーニングコール

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 そろそろ桜が開花しだす時期になっていた。

 春の日差しの中を一人事務所に向かって歩く。どこか浮き足立つ人々と、花粉という大敵と戦いながらマスクで武装する人たちの間をすり抜けた。だいぶ気温も上昇してきていて、いい加減春服を買わねばならないなとぼんやり考えていた。

 私、黒島光が働く事務所へはあと少しで到着するところだった。『心霊調査事務所』だなんていう怪しい場所だけれど、詐欺でも何でもないちゃんとした事務所だ。責任者の九条尚久はとんでもない変人だけれど、気遣いが素晴らしい伊藤陽太さんと共に働いてしばらく経つ。そこそこ仕事にも慣れてきて、穏やかな毎日を送っていた。

 死んでもなおこの世に居続ける霊の浄霊の手助け。みえざるものが視える私と、霊の声が聞こえる九条さん二人の調査はもう何件か事件を解決している。中には浄霊とは程遠い結末だったりすることもあるけれど、その一つひとつが勉強になっていると思う。

 正直霊は未だに怖い。怖くなくなる日は来ないと思う。でも、彼らへの見方が変わったのは事実だ。全ては変人ながら仕事はできる九条さんのおかげ。彼は普段昼寝ばかりしてポッキーを齧るしかしていないが、調査中となれば悔しいことに頼り甲斐もあるし憧れているのは否めない。

 いくらか徒歩を進めたところに、一本桜の木を見つけた。まだその花は開ききっていないが、それでも蕾がいくつか開いているものもある。

 事務所から少し離れたところだけど、五階のあそこからなら見えるかなあ。事務所から花見できたりして。

 私は足を止めて使い古した鞄から携帯電話を取り出した。新しく購入したばかりの品物で、友達も家族もいない私は殆ど使っていない。写真だって普段撮るものなんてないから、フォルダは何も入っていない。

 少し開いている桜にピントを合わせて撮影する。予算の都合から古い型にしたけれど、それでも最近の携帯のカメラ機能は凄い。そこには幻想的な花が映っていた。

(もし次の調査が長引くようなことがあれば、満開の時は見れないかもしれないもんね)

 何日かかるかわからない調査。私は画像を見て一人微笑んだ。その時ふと、昨晩のことを思い出す。


 新しく携帯を買った後、伊藤さんと九条さんに連絡先を聞いた。それは同じ職場で働く仲間として当然のことだが、さてそのあと流石に一言挨拶ぐらい送った方がいいかなと夜思い悩んだ。

 まず伊藤さんに簡単な挨拶を送信した。いつも本当にお世話になっている最高の先輩で、お礼を言ってもいい足りないくらいのおひとだ。

 送って少しして返事が返ってきた。それは想像通りの文面だった。

『わざわざ挨拶ありがとう!
 こちらこそいつも助けられてるよ、これからもよろしくね。ほどほどに頑張りすぎないで』

 伊藤さんの笑顔が思い浮かぶような優しい文面と、少しの絵文字だった。携帯相手に頭を下げて拝む。本当にありがとうございます、伊藤さん。

 そうなればもう一人の仕事仲間にも送信しなくては。というかそもそも九条さんは事務所の経営者なので、一応上司なのだから真っ先に送らねばならない人なのだが……。

 あの人が返事を返してくれるのだろうか、と不安に思いながら手短に挨拶文を入力した。ただの挨拶なのに、私の指はひどく震えて緊張していた。

 ああ、コミュニケーション能力の低い私、好きな人に挨拶文送るだけでこんなに緊張するなんて。

 何度も何度も読み直して書き直して、とうとう送った。ドキドキしながら返事を待ち続けた。

 気がつけば深夜。

 返信なしか。まあ、想定内ではある。ぐったりしながらいい加減寝ようとベッドに入り込んだ瞬間、甲高い音が響いて心臓が飛び跳ねた。

 急いでそれを確認すると九条さんからだった。

『はいよろしくお願いします』

「…………これほど期待を裏切らない人も珍しい」

 私は文面を読んでそう呟いた。絵文字もなし、文末に丸すらなし。なんて九条さんらしい。

 ただそんな無愛想な文章すら嬉しく感じ、目に入る初期設定のアイコンが恋しいと思ってしまう自分はもう重症だ。なぜ、こうなった。自分で自分の趣味を疑う。

 
「おっと、桜に見惚れてる場合じゃない」

 慌てて携帯をしまい桜の木を後にした。出勤途中、ついぼうっとしていた。私は足を早めて事務所を目指していく。

「あれ、光ちゃん? おはよー」

 優しい声がして振り返れば、伊藤さんが私の方を見てニコニコと笑っているのを見つけた。ほっと頬を緩め、私も挨拶を返す。

「伊藤さん、おはようございます」

「朝会うの初めてだね。そこの桜の木ちょっと咲いてたの見た?」

「はい、立ち止まって写真撮っちゃいました!」

「あはは、調査が長引いたら花見どころじゃなくなっちゃうかもだもんねー」

「電話で予約あった方、今日いらっしゃるんですよね?」

「うんそうそう」

 二人並んで歩いていく。ぱっと見二十歳前後に見える伊藤さんが隣だなんて、きっと私の方が年上に見られているんだろうな……本当は伊藤さんの方が上なのに。

 伊藤さんはポケットから携帯を取り出して素早く操作したあと耳に当てる。その作業が、ああ九条さんへのモーニングコールだな、とすぐに気づいた。普段寝起きがすこぶる悪い九条さんは、いい大人のくせに毎朝伊藤さんに電話してもらっているのだ。

 しばらくその状態で歩いた後、彼はため息を吐きながら電話を切った。どうやら出なかったらしい。

「起きないですか?」

「もう四回目なんだけどね……今誰でも起きれる目覚まし時計ないか夜な夜な調べてるんだ……」

「なんて言いますか、お疲れ様です」

 げんなりした表情で伊藤さんは呟いた。毎朝上司に何度も電話をかけるだなんて、そりゃうんざりもするよなあ。

 すると突然、思いついたとばかりに彼の顔が明るくなる。そして勢いよくこちらを振り返った。

「次光ちゃんがかけてみてくれない?」

「へっ!!」

 とんでもない発言が飛び出してキョトンとしてしまった。伊藤さんはにっこり笑って続ける。

「九条さんと連絡先も交換したし、ちょっと試しに。ね?」

 首を傾げていう彼の顔を見て、少し視線を泳がせる。もしかしてこれは伊藤さんの気遣いなのかと思った。

 私が九条さんに抱いている秘めた想いはどうやら伊藤さんに筒抜けらしい。少しでも距離を縮めようと、提案してくれているのだろうか。

 九条さんにモーニングコール……! 嬉しいような、恥ずかしいような……!

「わ、わかりました、もう少ししたら私からもかけてみます」

「うんよろしく!」

 ドキドキする心をなんとか抑えながらゆっくり深呼吸する。電話するだけでこんなに緊張するなんて、入りたての新入社員ですか私は。

  ようやく見えてきたビルに二人で入り、エレベーターに乗り込む。五階へ上がり看板もプレートも何もない事務所の鍵を伊藤さんが開ける。無人のそこに入り、まだ朝はやや冷えるので暖房をつけた。

 私は平然を装って鞄を机の上に置いた。さて、もうそろそろかけたほうがいいだろうか。

 ……かけ、かけたほうがいいだろうか。

 とうとう心の中でまで噛んでしまった。口の中がカラカラに乾いている気がする。もう何度目かわからない深呼吸をそっと繰り返しカバンから携帯を取り出す。
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