83 / 450
真夜中に来る女
モーニングコール
しおりを挟むそろそろ桜が開花しだす時期になっていた。
春の日差しの中を一人事務所に向かって歩く。どこか浮き足立つ人々と、花粉という大敵と戦いながらマスクで武装する人たちの間をすり抜けた。だいぶ気温も上昇してきていて、いい加減春服を買わねばならないなとぼんやり考えていた。
私、黒島光が働く事務所へはあと少しで到着するところだった。『心霊調査事務所』だなんていう怪しい場所だけれど、詐欺でも何でもないちゃんとした事務所だ。責任者の九条尚久はとんでもない変人だけれど、気遣いが素晴らしい伊藤陽太さんと共に働いてしばらく経つ。そこそこ仕事にも慣れてきて、穏やかな毎日を送っていた。
死んでもなおこの世に居続ける霊の浄霊の手助け。みえざるものが視える私と、霊の声が聞こえる九条さん二人の調査はもう何件か事件を解決している。中には浄霊とは程遠い結末だったりすることもあるけれど、その一つひとつが勉強になっていると思う。
正直霊は未だに怖い。怖くなくなる日は来ないと思う。でも、彼らへの見方が変わったのは事実だ。全ては変人ながら仕事はできる九条さんのおかげ。彼は普段昼寝ばかりしてポッキーを齧るしかしていないが、調査中となれば悔しいことに頼り甲斐もあるし憧れているのは否めない。
いくらか徒歩を進めたところに、一本桜の木を見つけた。まだその花は開ききっていないが、それでも蕾がいくつか開いているものもある。
事務所から少し離れたところだけど、五階のあそこからなら見えるかなあ。事務所から花見できたりして。
私は足を止めて使い古した鞄から携帯電話を取り出した。新しく購入したばかりの品物で、友達も家族もいない私は殆ど使っていない。写真だって普段撮るものなんてないから、フォルダは何も入っていない。
少し開いている桜にピントを合わせて撮影する。予算の都合から古い型にしたけれど、それでも最近の携帯のカメラ機能は凄い。そこには幻想的な花が映っていた。
(もし次の調査が長引くようなことがあれば、満開の時は見れないかもしれないもんね)
何日かかるかわからない調査。私は画像を見て一人微笑んだ。その時ふと、昨晩のことを思い出す。
新しく携帯を買った後、伊藤さんと九条さんに連絡先を聞いた。それは同じ職場で働く仲間として当然のことだが、さてそのあと流石に一言挨拶ぐらい送った方がいいかなと夜思い悩んだ。
まず伊藤さんに簡単な挨拶を送信した。いつも本当にお世話になっている最高の先輩で、お礼を言ってもいい足りないくらいのおひとだ。
送って少しして返事が返ってきた。それは想像通りの文面だった。
『わざわざ挨拶ありがとう!
こちらこそいつも助けられてるよ、これからもよろしくね。ほどほどに頑張りすぎないで』
伊藤さんの笑顔が思い浮かぶような優しい文面と、少しの絵文字だった。携帯相手に頭を下げて拝む。本当にありがとうございます、伊藤さん。
そうなればもう一人の仕事仲間にも送信しなくては。というかそもそも九条さんは事務所の経営者なので、一応上司なのだから真っ先に送らねばならない人なのだが……。
あの人が返事を返してくれるのだろうか、と不安に思いながら手短に挨拶文を入力した。ただの挨拶なのに、私の指はひどく震えて緊張していた。
ああ、コミュニケーション能力の低い私、好きな人に挨拶文送るだけでこんなに緊張するなんて。
何度も何度も読み直して書き直して、とうとう送った。ドキドキしながら返事を待ち続けた。
気がつけば深夜。
返信なしか。まあ、想定内ではある。ぐったりしながらいい加減寝ようとベッドに入り込んだ瞬間、甲高い音が響いて心臓が飛び跳ねた。
急いでそれを確認すると九条さんからだった。
『はいよろしくお願いします』
「…………これほど期待を裏切らない人も珍しい」
私は文面を読んでそう呟いた。絵文字もなし、文末に丸すらなし。なんて九条さんらしい。
ただそんな無愛想な文章すら嬉しく感じ、目に入る初期設定のアイコンが恋しいと思ってしまう自分はもう重症だ。なぜ、こうなった。自分で自分の趣味を疑う。
「おっと、桜に見惚れてる場合じゃない」
慌てて携帯をしまい桜の木を後にした。出勤途中、ついぼうっとしていた。私は足を早めて事務所を目指していく。
「あれ、光ちゃん? おはよー」
優しい声がして振り返れば、伊藤さんが私の方を見てニコニコと笑っているのを見つけた。ほっと頬を緩め、私も挨拶を返す。
「伊藤さん、おはようございます」
「朝会うの初めてだね。そこの桜の木ちょっと咲いてたの見た?」
「はい、立ち止まって写真撮っちゃいました!」
「あはは、調査が長引いたら花見どころじゃなくなっちゃうかもだもんねー」
「電話で予約あった方、今日いらっしゃるんですよね?」
「うんそうそう」
二人並んで歩いていく。ぱっと見二十歳前後に見える伊藤さんが隣だなんて、きっと私の方が年上に見られているんだろうな……本当は伊藤さんの方が上なのに。
伊藤さんはポケットから携帯を取り出して素早く操作したあと耳に当てる。その作業が、ああ九条さんへのモーニングコールだな、とすぐに気づいた。普段寝起きがすこぶる悪い九条さんは、いい大人のくせに毎朝伊藤さんに電話してもらっているのだ。
しばらくその状態で歩いた後、彼はため息を吐きながら電話を切った。どうやら出なかったらしい。
「起きないですか?」
「もう四回目なんだけどね……今誰でも起きれる目覚まし時計ないか夜な夜な調べてるんだ……」
「なんて言いますか、お疲れ様です」
げんなりした表情で伊藤さんは呟いた。毎朝上司に何度も電話をかけるだなんて、そりゃうんざりもするよなあ。
すると突然、思いついたとばかりに彼の顔が明るくなる。そして勢いよくこちらを振り返った。
「次光ちゃんがかけてみてくれない?」
「へっ!!」
とんでもない発言が飛び出してキョトンとしてしまった。伊藤さんはにっこり笑って続ける。
「九条さんと連絡先も交換したし、ちょっと試しに。ね?」
首を傾げていう彼の顔を見て、少し視線を泳がせる。もしかしてこれは伊藤さんの気遣いなのかと思った。
私が九条さんに抱いている秘めた想いはどうやら伊藤さんに筒抜けらしい。少しでも距離を縮めようと、提案してくれているのだろうか。
九条さんにモーニングコール……! 嬉しいような、恥ずかしいような……!
「わ、わかりました、もう少ししたら私からもかけてみます」
「うんよろしく!」
ドキドキする心をなんとか抑えながらゆっくり深呼吸する。電話するだけでこんなに緊張するなんて、入りたての新入社員ですか私は。
ようやく見えてきたビルに二人で入り、エレベーターに乗り込む。五階へ上がり看板もプレートも何もない事務所の鍵を伊藤さんが開ける。無人のそこに入り、まだ朝はやや冷えるので暖房をつけた。
私は平然を装って鞄を机の上に置いた。さて、もうそろそろかけたほうがいいだろうか。
……かけ、かけたほうがいいだろうか。
とうとう心の中でまで噛んでしまった。口の中がカラカラに乾いている気がする。もう何度目かわからない深呼吸をそっと繰り返しカバンから携帯を取り出す。
45
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。