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真夜中に来る女
寝起きの声
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まあ、次で出るとは限らないし! まだまだ寝てるかもね!
まだ一度も呼び出したことのない番号を選択し、耳に当てる。こんなのうちの事務所では業務の一環だというのに、私は何を緊張しているんだろう。
出ないで欲しいと思った。なんとなく、恥ずかしいから。
でも出て欲しいとも思った。寝起きの九条さん……いやいや何十回も見てきたではないか。何を今更。
頭の中をぐるぐる回っている最中、耳に聞こえていたコール音が突然切れた。一瞬心臓が止まったのかと錯覚する。
『…………はい』
掠れた寝起きの声を聞いた途端全身が硬直した。だから、九条さんの寝起きなんて散々見てきたのに……!
電話越しという状況の違いが悔しい破壊力。
「おは、おはようございます!」
『…………』
「今日は相談者さん来るので、起きてくださいね!」
『…………』
「……あの、九条さん、また寝てます?」
私は慌てて尋ねる。電話を握りしめているまま二度寝してしまったのではないのかと思ったのだ。
そんな私をよそに、またしばらく沈黙を流した九条さんは未だ掠れている声で呟いた。
『この電話、壊れてますね……』
「え? 壊れちゃったんですか?」
『女性の声に聞こえますよ伊藤さん』
膝から崩れ落ちるかと思った。さっきまでときめきながら電話していたのに、その瞬間私の心臓は通常運行に戻った。私の声もわからないのこの人は!
「私は! 黒島ですよ!! くろしま、ひかり!」
『……ああ、なるほど。確かに光さんの声でした』
「寝起き悪いにも程があります! いいですか、ちゃんとポッキー以外の朝ごはんを食べて着替えて早くきてくださいね!」
それだけ強く言い捨てると私は電話を切った。信じられない、寝起きだからと言って普通気づかないなんてある!?
見れば離れたところで伊藤さんが一人笑いを噛み殺していた。笑ってはいけない、でも笑ってしまうという戦いの最中だ。ええ笑ってください、存分に。私だって笑いたいですよ。
携帯をやや乱暴に鞄の中に放り入れ、やっぱり全然報われる気がしないなあ、と改めてため息を漏らす。
早々に諦めた方が、自分のためなのにな。
「うっわ、本当にこれ食べていいの!?」
「こんなものでよろしければ……」
「ありがとう!」
伊藤さんが子供のように目を輝かせて言った。私たちの前にはいくらかおかずが詰められたお弁当が並んでいる。
時刻は正午。私の電話で起きて出勤してきた九条さんを含めソファに腰掛けていた。九条さんは今日も白い服と黒いパンツで出勤してきた。私はこの人がこの色以外のものを身につけた姿を見たことがない。クローゼットの中多分白と黒しかないだろう。
九条さんはいつものように私が作ってきたおにぎりを頬張っていた。以前からなぜか九条さんの分のお弁当を作ることが日常になっていて、それを羨ましがっていた伊藤さんも含め今日は三人分用意していた。九条さんは弁当代として私に給料に手当をつけてくれている。
「ええ! 美味しい!!」
「と、とんでもない……質素ですみません」
箸でおかずを摘みながら伊藤さんは大袈裟なほどに唸ってくれる。決して謙遜ではなく、私は料理上手というわけではない。なのにこんな風に褒めてくれるなんて、さすが伊藤さんだと思う。
「やっぱり女の子が入ってきてくれると事務所の雰囲気が全然違いますねー」
「事務所の雰囲気をよくしてるのは私ではなく確実に伊藤さんだと思いますが」
「あ、忘れないうちにお金払っとくから!」
思い出したように伊藤さんは財布からお金を取り出す。すっと差し出されたそれを見て首を振った。
「! 伊藤さんこれ原価二百円くらいですよ、多いですよ!」
「何言ってるの、作ってくれた手間賃でしょ~」
「これじゃ伊藤さん外食行った方が安くて美味しいもの食べれるじゃないですか!」
「もう外食は飽き飽きだよ……それにしてもこれほんと美味しいね、九条さんいつもこんないいもの食べてたんですかー」
九条さんにしろ伊藤さんにしろ、大分多めにお金を支払ってくれてなんだか申し訳ない。私はしずしずと頂いたものを鞄に仕舞い込みいう。
「じゃあ、次はお代なしでもうちょっといいもの作ってきます」
「え! また作ってくれるの? 楽しみだなー」
「伊藤さんってどうやったらそんなふうに育つんですか、ご両親にも拝みたいです」
「あはは!」
三人で座って食事を取ることは時折あったが、私はこの時間がとても好きだと思えていた。これほど恵まれている職場もそうそうないと思う。仕事内容は過酷だが……。
「依頼主は一時に見えるんでしたっけ」
おにぎりをかじりながら九条さんが言った。彼の口の端にはお米が一粒ついていたが、私も伊藤さんも特に指摘せずにそのまま話を続ける。
「はい、そうですよー。僕電話で詳細を聞こうと思ったんですけど、あまり聞けてないんですよねえ。ええと名前は大川八重さん。年齢までは聞いてませんが、声の感じからして若そうな女性でしたよ」
九条さんは一つ小さく頷く。伊藤さんはさらに続けた。
「ざっくり聞くと、夜中に訪問者が来るんですって」
「訪問者?」
私は隣に座る伊藤さんを見る。九条さんもいたって真剣そうな目だ。
「どんな、と聞いたんですけど、詳細は事務所でお話ししますと言われまして……とりあえず予約だけお取りしたんですけどね。声の感じからして大分怯えてるし疲れてましたよ」
脳内でインターホンを鳴らす不気味な影を想像した。真夜中にインターホンが鳴るだけでもびっくりする。それが何回も続いているんだろうか。
九条さんは水を一口飲んでいう。
「まあ話を聞いて見ないとわかりませんが……『誰かが見ている』『誰かが家のインターホンを鳴らす』などは本人の思い込みやもしくは人間が犯人の可能性もありますからね。というか、そういった事例がありました」
「ああ~! ありましたねえ! 結局はストーカーで九条さんが証拠持って警察に行ったり、依頼者が統合失調症で病院に連れて行ったりね!」
懐かしむように伊藤さんがいう。私は感心して言った。
「色んな事例がありますね……」
「私はいくつも現場を経験してますが、死んだ者より生きている人間の方が怖い、といった説はあながち間違ってないとも思いますよ」
「そういうパターンもありますよね」
霊は怖い。それでも、それとは全く違う怖さと醜さを人間は持っている。それはまだ経験が浅い私も感じたことはある。
まだ一度も呼び出したことのない番号を選択し、耳に当てる。こんなのうちの事務所では業務の一環だというのに、私は何を緊張しているんだろう。
出ないで欲しいと思った。なんとなく、恥ずかしいから。
でも出て欲しいとも思った。寝起きの九条さん……いやいや何十回も見てきたではないか。何を今更。
頭の中をぐるぐる回っている最中、耳に聞こえていたコール音が突然切れた。一瞬心臓が止まったのかと錯覚する。
『…………はい』
掠れた寝起きの声を聞いた途端全身が硬直した。だから、九条さんの寝起きなんて散々見てきたのに……!
電話越しという状況の違いが悔しい破壊力。
「おは、おはようございます!」
『…………』
「今日は相談者さん来るので、起きてくださいね!」
『…………』
「……あの、九条さん、また寝てます?」
私は慌てて尋ねる。電話を握りしめているまま二度寝してしまったのではないのかと思ったのだ。
そんな私をよそに、またしばらく沈黙を流した九条さんは未だ掠れている声で呟いた。
『この電話、壊れてますね……』
「え? 壊れちゃったんですか?」
『女性の声に聞こえますよ伊藤さん』
膝から崩れ落ちるかと思った。さっきまでときめきながら電話していたのに、その瞬間私の心臓は通常運行に戻った。私の声もわからないのこの人は!
「私は! 黒島ですよ!! くろしま、ひかり!」
『……ああ、なるほど。確かに光さんの声でした』
「寝起き悪いにも程があります! いいですか、ちゃんとポッキー以外の朝ごはんを食べて着替えて早くきてくださいね!」
それだけ強く言い捨てると私は電話を切った。信じられない、寝起きだからと言って普通気づかないなんてある!?
見れば離れたところで伊藤さんが一人笑いを噛み殺していた。笑ってはいけない、でも笑ってしまうという戦いの最中だ。ええ笑ってください、存分に。私だって笑いたいですよ。
携帯をやや乱暴に鞄の中に放り入れ、やっぱり全然報われる気がしないなあ、と改めてため息を漏らす。
早々に諦めた方が、自分のためなのにな。
「うっわ、本当にこれ食べていいの!?」
「こんなものでよろしければ……」
「ありがとう!」
伊藤さんが子供のように目を輝かせて言った。私たちの前にはいくらかおかずが詰められたお弁当が並んでいる。
時刻は正午。私の電話で起きて出勤してきた九条さんを含めソファに腰掛けていた。九条さんは今日も白い服と黒いパンツで出勤してきた。私はこの人がこの色以外のものを身につけた姿を見たことがない。クローゼットの中多分白と黒しかないだろう。
九条さんはいつものように私が作ってきたおにぎりを頬張っていた。以前からなぜか九条さんの分のお弁当を作ることが日常になっていて、それを羨ましがっていた伊藤さんも含め今日は三人分用意していた。九条さんは弁当代として私に給料に手当をつけてくれている。
「ええ! 美味しい!!」
「と、とんでもない……質素ですみません」
箸でおかずを摘みながら伊藤さんは大袈裟なほどに唸ってくれる。決して謙遜ではなく、私は料理上手というわけではない。なのにこんな風に褒めてくれるなんて、さすが伊藤さんだと思う。
「やっぱり女の子が入ってきてくれると事務所の雰囲気が全然違いますねー」
「事務所の雰囲気をよくしてるのは私ではなく確実に伊藤さんだと思いますが」
「あ、忘れないうちにお金払っとくから!」
思い出したように伊藤さんは財布からお金を取り出す。すっと差し出されたそれを見て首を振った。
「! 伊藤さんこれ原価二百円くらいですよ、多いですよ!」
「何言ってるの、作ってくれた手間賃でしょ~」
「これじゃ伊藤さん外食行った方が安くて美味しいもの食べれるじゃないですか!」
「もう外食は飽き飽きだよ……それにしてもこれほんと美味しいね、九条さんいつもこんないいもの食べてたんですかー」
九条さんにしろ伊藤さんにしろ、大分多めにお金を支払ってくれてなんだか申し訳ない。私はしずしずと頂いたものを鞄に仕舞い込みいう。
「じゃあ、次はお代なしでもうちょっといいもの作ってきます」
「え! また作ってくれるの? 楽しみだなー」
「伊藤さんってどうやったらそんなふうに育つんですか、ご両親にも拝みたいです」
「あはは!」
三人で座って食事を取ることは時折あったが、私はこの時間がとても好きだと思えていた。これほど恵まれている職場もそうそうないと思う。仕事内容は過酷だが……。
「依頼主は一時に見えるんでしたっけ」
おにぎりをかじりながら九条さんが言った。彼の口の端にはお米が一粒ついていたが、私も伊藤さんも特に指摘せずにそのまま話を続ける。
「はい、そうですよー。僕電話で詳細を聞こうと思ったんですけど、あまり聞けてないんですよねえ。ええと名前は大川八重さん。年齢までは聞いてませんが、声の感じからして若そうな女性でしたよ」
九条さんは一つ小さく頷く。伊藤さんはさらに続けた。
「ざっくり聞くと、夜中に訪問者が来るんですって」
「訪問者?」
私は隣に座る伊藤さんを見る。九条さんもいたって真剣そうな目だ。
「どんな、と聞いたんですけど、詳細は事務所でお話ししますと言われまして……とりあえず予約だけお取りしたんですけどね。声の感じからして大分怯えてるし疲れてましたよ」
脳内でインターホンを鳴らす不気味な影を想像した。真夜中にインターホンが鳴るだけでもびっくりする。それが何回も続いているんだろうか。
九条さんは水を一口飲んでいう。
「まあ話を聞いて見ないとわかりませんが……『誰かが見ている』『誰かが家のインターホンを鳴らす』などは本人の思い込みやもしくは人間が犯人の可能性もありますからね。というか、そういった事例がありました」
「ああ~! ありましたねえ! 結局はストーカーで九条さんが証拠持って警察に行ったり、依頼者が統合失調症で病院に連れて行ったりね!」
懐かしむように伊藤さんがいう。私は感心して言った。
「色んな事例がありますね……」
「私はいくつも現場を経験してますが、死んだ者より生きている人間の方が怖い、といった説はあながち間違ってないとも思いますよ」
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