視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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真夜中に来る女

決戦

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 深夜一時すぎ。

 まだ電気が付けられている玄関に、私たちは集まっていた。

 長い髪をポニーテールでまとめた麗香さんは、昼からずっと買ってきたマネキン相手になにやら作業をしていた。八重さんから拝借した衣類や体の一部などもマネキンに装着させ、今は二階へ続く階段の前にそれを置いていた。玄関から上がってすぐのところだ。

 そしてもう一つ。玄関からまっすぐ伸びる廊下の一番端——居間の前には、麗香さんが用意していた注連縄で一画囲まれた場所が作られた。注連縄の周りには麗香さんが用意した盛り塩が置かれている。

 今まで香水瓶に入れられた塩水だなんてあまりらしくない道具を使っていたので、一気に本格的になり緊張感が高まる。

「私が作った結界よ。八重さんはここの中にいて」

 麗香さんは仁王立ちのまま言った。

「ここの中、ですか……」

「せっかく身代わりがいるのに本物が近くにいたんじゃ気づかれるでしょ。この中にいればあなたの存在はあの女に気づかれない」

「ああ、なるほど……」

「でも、いい?」

 麗香さんが真面目な表情で八重さんをみた。

「決して声を出さないで。声を出すと女に気付かれる。絶対に声を出してはダメよ」

 あまり見せない麗香さんの真剣な声色に、八重さんの体が強張った。近くで聞いていたまさこさんが八重さんの手を握りながら麗香さんに尋ねる。

「場所はここじゃなきゃいけないんですか……? ここでは女の姿を見ることになる。八重も怖いでしょうから」

「私の目の届く場所にいてもらわないと。何かあった時、誰が八重さんを助けるの?」

「…………」

「それとまさこさん。凄く気になるだろうけど、あなたはここにはいないで。そうね、仏壇の前にでもいて頂戴。失敗なんてないだろうけど、一応決戦の時なのよ。素人が多いとハプニングが起きた時手間がかかるわ。よろしくね」

 淡々と言い放つ麗香さんは、やはり少し気が立っているようだった。無理もない、あの女をこの家に招き入れるのだから。

 まさこさんは泣きそうになりながら八重さんを抱きしめた。二人の姿になぜか私までぐっとくる。娘がこんな目に遭って、気が気ではないだろう。

「娘を……八重をよろしくお願いします」

 顔を真っ赤にさせたまさこさんはそれだけ言って深く頭を下げると、和室の方へ入って行った。きっと眠ることもせずに仏壇に祈りを捧げるのだろうなと想像がつく。

 残された八重さんは、青白い顔をしながら立っていた。見れば、カタカタと小さく震えている。

 私は彼女の隣に移動した。

「大丈夫ですよ八重さん。見ないで、目を瞑っていましょう」

「黒島さん……」

 私を見てきた彼女は目にたくさんの涙を浮かべていた。そっと私の着ている服の裾を握る。

「あの、黒島さん一緒にいてくれませんか……? できたらでいいので……」

 これほど人間が震える姿を、私は未だかつて見たことがなかった。生命さえ危ういとされている状況なのだ、仕方ない。本当に八重さんが不憫だと思った。

 私が返事するより先に答えたのは九条さんだった。

「構いませんよ。それであなたが少しでも恐怖心が薄れるなら。光さん、一緒に結界の中へ入ってあげてください」

「あ、はい。わかりました」

 八重さんはほっと息をついて少しだけ表情を緩めた。私たちは注連縄を跨ぎ、狭い結界の中へと入った。広さは二人並んで座るだけでいっぱいいっぱいな範囲だ。八重さんと肩を並べて小さくしゃがみ込む。彼女は祈るように手を組んだ。

 玄関から少し離れているとはいえ、あのすりガラスの姿ははっきり見える。八重さんは見ない方がいいと再度告げた。素直に彼女は頷いた。とうとうあの女を直視するのかと思うと、私ですら震えそうになる。

 麗香さんは玄関すぐ前にいた。マネキンから近いところだ。あんな至近距離であの女を見るだなんて、やっぱり麗香さんは凄い人だと改めて思う。今までもっとえげつないものを見てきてるんだろう。

 九条さんは私たちより少し前の廊下に立っていた。じっと玄関の方を向いており表情は見えないが、彼の白い背中が見えているだけで少し安堵する。私は八重さんの肩を強く抱いた。

 やがて麗香さんが無言で電気を消した。辺りは一気に闇に包まれ、目が暗闇に慣れるのをただひたすら待った。今日は居間の扉も締め切っていたのでかなり暗くなる。誰も何も発さない古い家に沈黙が流れた。八重さんが自分を落ち着かせるために何度も繰り返す深呼吸だけが耳に届いた。

 自分の心臓の音がうるさく聞こえてなんとか押さえ込もうと言い聞かせる。私が緊張する立場じゃないのに。大した役割もなく狙われているわけでもない。それなのに今にも吐いてしまいそうなほど極限状態になっていた。

 ガラス戸の向こうで光るぼんやりとした外灯だけが、僅かな明かりだ。ただ体を小さく縮こませ、あの女を待ち構える。

 そしてその時刻は、訪れる。

 それを察したのは、やはりあの変な匂いが突然湧き出たからだ。無意識に顔をゆがめてしまうほどの異臭。土や埃、何かの腐敗臭、血液の匂いといった様々なものが混じっている。何度も嗅いでいるけれど慣れることはなかった。

 同時にすりガラスにのっそりと現れる細い足は、震えながら上半身を運んできた。真っ赤なワンピースが風に靡いて揺れる。
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