視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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真夜中に来る女

薩摩芋

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「あ、は、はは、どうも。事務所のみんなでお弁当を食べたことがありまして、あはは……」

 しどろもどろにそう答えた。みんなの視線が、特に麗香さんからの視線が痛かった。決して嘘はついていない、伊藤さんと三人で食べたこともあるし。でもなんとなく、毎日九条さんにお弁当を作ってることは今言いたくないと思ってしまった。

 私はまた食事に集中するようにご飯を頬張る。幸い誰も深く突っ込んではこなかった。

 白米を噛み締めながら少し苦しくなった胸を落ち着かせる。単純に嬉しく思った自分が滑稽だと思った。深い意味もなく私の作った薩摩芋を褒めただけの九条さんにドキドキしてしまうのを、いい加減なんとかしたい。
 
……それでもやっぱり、高級弁当より美味しいだなんて台詞、喜ばない方が無理だ。

 今こんなことを考えている暇はないのに。今夜あの女が家の中に入ってくるというのに。自分の緊張感の無さは呆れてしまう。

 もはや味が分からなくなったお弁当をひたすら食べていると、突然電話の着信音が響いた。全員が顔を上げると、九条さんがポケットから携帯を取り出した。

「伊藤さんです」

 そう一言だけ言うと、その場で通話ボタンを押した。スピーカーにしたようで、伊藤さんの声がリビングに響き渡った。

『あ、九条さん? お疲れ様でーす!』

 機械越しに聞こえる伊藤さんの優しい声が私に安らぎを与えた。なぜかは分からないがほっとする。殺伐としたこの現場に、伊藤さんの無害なオーラが新鮮なのかもしれない。

『九条さんから言われたことちょっと調べてみましたよ。といってもまだ調べて間もないんで全然収穫ないんですけど』

 私たちははっと顔を見合わせた。八重さんに呪詛をかけた人を探っている件だ。

 九条さんはチラリと八重さんを見る。その視線で勘づいたのか、八重さんは微笑んで一つ大きく頷いて言った。

「大丈夫です、私にも聞かせてくださいますか」

 自分を嫌っている人が誰か、なんて、普通は知りたくない。それでも気丈に彼女はそう言った。

『あれっ、もしやまたスピーカーでした? えっと、すみません、八重さんの周りについて色々探ってまして……』

「ええ、もちろん存じ上げています。私のためにありがとうございます」

『お礼言われるほどの報告はありませんよ。これからもっと掘り下げてみますけどね』

 困ったような伊藤さんの顔が浮かんだ。パソコンを操作しているのか、電話口からカチャカチャとキーボードを叩く音が響いてくる。

『結論から言いますと、八重さんって凄く評判がいい方なんですよ。本人が聞いてるから気を遣ってるわけではないです。職場では後輩の面倒見がいいと有名みたいで、イライラしてるとこなんか見たことないって周りは言ってるみたいです』

(だから伊藤さんっていつもどうやってそんな情報仕入れてるんだろう……)

『あとお付き合いされてる人いますね? 同じ会社の和田京也さん。このかたもとても真面目で仕事ができるって評判の人ですね。どうも憧れている方が多い人みたいです』

(だから半日でどうやって……)

『完全に僕の主観で言います。これだけ人からも好かれている人に呪詛をかけようなんて思いつくのに絡んでるのは、やっぱり恋愛感情って多いと思うんです。例えば京也さんに憧れてる女性がとか、もしくは……まあ、色々と』

 やや言葉を濁した伊藤さんが何を言おうとしたか気になった。でも多分、八重さんが聞いてる手前気を遣ったのだろう。

 例えば、京也さんに浮気相手がいた、とか……?

 八重さんは特に取り乱すこともなく黙って聞いていた。九条さんがようやく声を出す。

「任せます、伊藤さんその線で更に掘り下げてみてください」

『了解しました。今回は特に僕も本気出して行きますよ。命かかってる呪詛ですからね』

「こういった仕事はあなたが一番です。また報告をよろしくお願いします」

『了解しました。あ! 光ちゃん! いる?』

 思い出したように伊藤さんが私の名前を呼んだ。慌てて返事を返す。

「はい!」

『無理しちゃだめだよ』

 そう優しく一言だけ言った伊藤さんは、プツリと電話を切った。

 静寂が流れる。ずっと黙っていた麗香さんが感心したように言った。

「いつも思ってるけど伊藤さんってどうやって動いてるの」

 恐らく、九条さん以外の全員の心の声だった。一般人の彼がどうやって毎回情報を集めてくるのだろう。もはややってることは探偵だ。

 九条さんは携帯をポケットにしまいながら言う。

「私も詳細は聞かないようにしてるところがあります。ただ伊藤さんが仕入れてきた情報に間違いがあったことはありません、これだけは言えます」

 絶対的な信頼感、伊藤さん。今度どうやって情報を仕入れているのか少し聞いてみよう、と思った。

 九条さんは一口ペットボトルの水を飲むと、鋭い視線で八重さんをみた。彼女も萎縮して表情を強張らせる。

「食事が終わったら麗香と身代わりの準備をしはじめます。八重さん、あなたにも今夜協力していただきたいことがある。よろしくお願いします」

「は、はい……!」

 八重さんはそう返事をすると、それ以降は食事を一口も進めずに黙っていた。




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