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真夜中に来る女
小話5
しおりを挟むこれはまだ、事務所が男二人で経営されている頃。
「あ……九条さん、また昼食ポッキーで済ませましたね?」
伊藤陽太はギロリと九条氏を睨んだ。昼食から帰ってきて事務所に入ると、ダルそうに椅子に腰掛けている九条氏の姿が目に入った。彼の隣には空になったポッキーの袋が置いてあったのだ。
九条氏は眠そうに欠伸をして言う。
「外に出るのが面倒だったので」
「だからってポッキーで済ますことないでしょうが! いつも言ってるでしょう? 糖尿病になりますよ!」
彼の怒りの声も九条氏には届かない。なんせ彼にとってはこの昼食が日常なのだ。
めんどくさがりで食にあまり興味のない九条氏は、昼食もよく例の菓子で済ましてしまう。事務所奥にある小さなキッチンには、他にもそれなりに食料があるのに、だ。
「だから! 裏にレトルトとか、冷凍庫にはパスタとかチャーハンとか入ってますって! せめてポッキーじゃなくてそういうのにしてくださいよ」
九条氏のために買ってきたものたち。それでも、あまり減ることはなかった。伊藤陽太の努力はいつも無駄に終わる。
悪びれもなく九条氏は言った。
「温めるのが面倒なんです」
「チンするだけー!」
「それすらも。時々あなたと外食することもあるしいいではないですか」
「時々じゃないですか! 本当に時々! 言ってくれれば帰りに何か買ってきてあげますから、ポッキーで済ますのはやめてくださいよ~」
伊藤は今日も頭を抱える。偏食が凄い子供ですらこんなことはない。なんでこの人こんな食生活で生きてこれたんだろう。
よろよろと脱力しながら、目の前のソファに腰掛ける。どうして自分はこんなことで悩んでいるんだ、仕事内容に上司の健康管理なんて含まれていなかったはずなのに。
「わかりきったこと聞きますけど九条さん料理しないんですか」
「ええ全く」
「でしょうね。夕飯とかどうしてるんです?」
「大概外食かレトルトです」
「まあ……男の一人暮らしってそんなもんっちゃそんなもんですけど~」
九条氏も伊藤も一人暮らしだった。一人分のために料理をするのは面倒な気持ちはよく分かる。まあ、買って食べてるならまだいいか。
伊藤は少し安心して笑った。
「まあ、僕も夕飯そんな感じが多いですけど。作ったりもしますが、ご飯だけ炊いて惣菜買うとか、肉焼くだけーとか……」
「ご飯なんて炊いたことないです」
「……えっ?」
伊藤が振り返る。飄々とした男前がこちらを見ていた。
「炊飯器なんて、持ってないですよ」
日本人なのに炊飯器を持っていない!??
そりゃ仕事で疲れてたらご飯を炊くのすら面倒な日はある。でも、普通形だけでも家電を買わないだろうか。初めから料理なんかしてたまるかという九条氏の強い意志がみえる。
唖然としてる伊藤に、さらに言った。
「ここ一週間は以前ため買いしたカレーばかりです。ご飯もレトルトの」
「一週間……?」
「他に食料がなくて。買って帰るのも面倒で」
「…………」
昼はポッキー、夜は一週間レトルトカレー(ご飯もレトルト)。いよいよ本気で九条氏の健康面が心配でたまらなくなってきた。
青ざめた顔で伊藤は頭をかく。彼の世話焼きの性格が疼きだす。
多少なら料理は出来る。ここはあれか、昼食は栄養バランスのとれた弁当でもこしらえてくるべきか。上司の健康のために。
そう考え、彼はそんな光景を想像する。九条さんのために弁当箱を買って、九条さんのために作って、弁当箱を洗って……
…………
だめだ!! 野郎が野郎にそんなことをするなんて!! さすがの僕も耐えられない!!!
「どうしました、さっきから一人百面相して」
キョトン、とした九条氏がこちらを見てくる。ゲンナリした伊藤は、項垂れて言った。
「うちの事務所……面倒見のいい女の子とか入ってこないですかねぇ……」
「女性、ですか」
「出来れば料理得意な」
「視える人は探してますがね、性別は特にこだわってませんから」
どうか僕の苦悩をわかってくれる人が入って欲しい。彼は祈る。九条さんへのツッコミと世話を手伝ってくれる女の子がいい。
上司の食事について悩む社員も、彼ぐらいのものだ。
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