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オフィスに潜む狂気
紛失
しおりを挟む夜になり九条さんと会社へ出向いた。時刻は十九時。恐らくあの営業部なら、まだそれなりの人数が働いている時間帯だろう。日本人は働きすぎだ。
エレベーターで営業部まで向かっている時、私と九条さんのスマホが鳴った。見れば伊藤さんからで、資料が添付されていた。そこには失われたはずのファイルがあった。この短時間のうちにもう情報を集め直したらしい。
「光さん、写真が添付されています」
「はい、今見ています……!」
何人かの中年男性の顔写真があった。それをじっくりと見ていく。
……てゆうか、昨日も思ったんだけど。
「長谷川さんが来てからこれだけの人が辞めたり移動したりしてるんですか? 結構な人数ですよね……」
私は画面を見ながら唖然として言った。だって、伊藤さんがいた頃は長谷川さんはいなかったって言ってたし、そうなると長谷川さんが来たのってごく最近のはず。
それなのにこれだけの人が……?
「確かに異様な数です。まあ何やらコネも持ってるらしいですし、パワハラはお手の物みたいですし。色々あったんでしょうね」
「こんなに人が辞めたりしてたら問題になりそうなのに……」
そう呟いて再び写真を見つめ返す。その時ちょうどエレベーターが到着した。私はそのままスマホを見ながら降りる。
何度か確認するも、私が見たあの男性は写真の中にはいなかった。つまり、元営業部の人とかじゃないってことか……。
「いません」
「そうですか。まあ想定内です。あの男性は『その方向性は違う』と教えたかったんですかね」
「ならそう言ってくれればいいのに……」
「伊藤さんにそう返信しておきます」
二人でそう話しながら営業部のオフィスへと足を運んでいく。やはり、そこにはまだ多くの人が残っていた。だが昨日とは違った殺伐とした空気感を感じる。みんなが焦ったように慌ただしく動いていた。何かトラブルでも起きたらしい。
そして同時に、あの耳障りな声がオフィス中に響いた。
「一体どうしてくれんのよ! この案件がパーになったらあんた責任取れるの? あんたごときの首じゃ償えきれないんだよ!」
やはりというか長谷川さんだ。私たちは遠目からそれを見守る。いつにも増して声に怒りがこもっている気がする。長谷川さんの前には斉木さんが肩を落として泣いていた。資料室で霊の姿を見た人だ。
「ほ、本当に間違いなくデスクに入れておいたんです、ここ最近の現象に備えて鍵までかけて……」
「じゃあなんで無くなったの? そんな言い訳通じると思ってるの? 考えるならもっとマトモな言い訳を考えなバカ! どうすんの、私の立場まで危ういんだよ!」
距離がある私でさえ耳を塞ぎたくなるほどの怒号。顔を歪めながらその光景を見ていると、ふと長谷川さんの右手首に包帯が巻かれているのに気がついた。隣にいた九条さんも気がついたようで、じっと長谷川さんを見つめている。
私たちの存在に気がついた花田さんが隠れるようにしてそばに近寄ってきた。頭を下げながら小声で話しかけてくる。
「こんばんは九条さん、黒島さん」
「あ、花田さん……」
「あの、多分今日はまだまだ無人にならないと思います……斉木が保管していた重要な資料が忽然と姿を消してしまって。念のため予備も他の場所に保管しておいたのにそれも同時に」
花田さんが苦々しい顔をした。なるほど、それであの長谷川さんの怒りというわけか。九条さんがすかさず尋ねた。
「それはつまり、花田さんが以前話していた物が無くなったりする怪異と考えた方が?」
「と、みんなは思ってます。今回がはじめてではないので……。でも今までの中でも一番厄介なものが無くなってしまって。今からみんなでなんとかしなくちゃってところです」
「そうですか……あまり調査どころではありませんね。帰宅はしませんが、今日はおとなしく様子を伺うことにします」
「すみません、お願いします」
花田さんが頭を下げた瞬間、今度はこちらに向かって長谷川さんの声が響いてきた。花田さんは体を萎縮させる。
「この大事な時に何してんだ花田!」
「すみません、すぐに戻ります」
哀れになるほど小さくなった花田さんはそそくさと自席へ戻っていく。私はどうしようかと迷い隣の九条さんを見上げた。すると彼は何も気にしないように中へ足を踏み入れ、真っ直ぐに長谷川さんの元へ歩いて行ったのだ。この不穏な空気の中、よく堂々と歩けるなと感心してしまう。
慌ててその背中を追っていくと、九条さんは長谷川さんの正面に立った。
「一つ質問をよろしいですか」
ぎろり、とこちらを見上げてくる。どうも営業部として大変な時らしいので、彼女が反抗的になるのは少しだけ理解できると思ってしまった。それでも九条さんはなんとも思っていないように尋ねる。
「その腕の怪我は」
「は?」
「昨日はありませんでしたよね」
長谷川さんはちらりと自分の腕を見る。そして意外にも素直に答えてくれた。
「帰りに階段踏み外したの」
「階段を?」
「言っとくけど会社内じゃない。自分の家の前。それに幽霊見たとかそういう馬鹿げたことじゃないわよ、ちょっと滑っただけ。はいくだらない質問は終わり? 目障りだから出てってよ」
早口にそう言った長谷川さんに、九条さんはもうなにも言わなかった。納得したように頷くとそのまま営業部から出ていく。私も慌ててそれについていく。
外に出て自動販売機前の椅子に腰掛けた。九条さんは考え込むように腕を組み、そしてため息をついた。
「営業部内での怪我でない、ということは長谷川さんの怪我はただの偶然ですかね」
「長谷川さんのいうことが事実なら、ですけど……」
「まあそうですけどね。でも我々は昨日の夜中、彼女が無事にここのフロアを出ていくところを見送ってますから。外で怪我をしたというのは事実だと思いますよ」
「あ、そうか……」
「今日はもしかするとオフィス内には入れないかもしれませんね。あの様子なら泊まり込みの勢いでしょうし」
「ひえ……」
私が以前勤めていた会社はそんなことはなかったけど、やっぱり会社の規模が違うのだろうか。怪異のせいでそんなに働かされるだなんて不憫だ。早く解決してあげたいんだけど……。
困ったとばかりに二人で黙り込んでいた時だ。何やら派手な足音が響いてきてこちらに近づいていくる。そちらへ目を向けると、鬼のような表情をした長谷川さんが現れた。彼女は私たちをみるとあからさまにため息をつく。
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