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オフィスに潜む狂気
優しすぎる人
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九条さんが一つ頷いて伊藤さんに言った。
「まだわからないことが多すぎます。申し訳ありませんが伊藤さん、もう一度その写真たちを入手し直してください」
「あ、はい」
「ですがそれよりあなたはまず、いつものお寺に行ってお守りの調達をするのが先です。すぐに行ってきてください」
ゆっくり立ち上がりながら九条さんは言った。私は二人を見上げて首を傾げる。
「今日忘れちゃったんですか、伊藤さん」
霊を寄せ付けやすい彼の必需品なのに。だが返事をしたのは九条さんだった。伊藤さんはバツが悪そうに視線を逸らす。
「光さんが倒れた直後、伊藤さん自身が窓から投げ捨てました」
「…………え!!?」
「自分に霊を寄せ付けようとしたのではないですか」
驚いて伊藤さんを見る。彼は苦笑して言った。
「結局今回は僕の方に来なかったみたいだけどね」
それはつまり。入られてしまった私を助けるために、あえてお守りを手放して自分が囮になってくれたということだろうか。
私は言葉をなくして伊藤さんを見つめ続けた。お礼の言葉すら口から出てこない。自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとしてくれるなんて、あまりにいい人すぎる。綺麗事ではなく、本当に彼は優しすぎる人だと痛感した。
「すみ、ません、伊藤さん……」
「あ! 光ちゃんが謝ることじゃないから! 僕が勝手にやったことだし気にしないで。えーとじゃあ、今日はまずお守り入手してきますね。消えたファイルもすぐ元に戻せると思いますから!」
伊藤さんは珍しくバタバタと慌てたように荷物をまとめて事務所から飛び出した。私はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何も声をかけれずに見送る。事務所の扉が閉められた後、九条さんが言った。
「あなたが気に負うことは何もないですよ。まさか事務所までついてくるのは予想外でしたし」
「は、はい……」
「そろそろ立てますか」
そう尋ねられハッとする。私は未だ地べたに腰を下ろしたままだった。立ち上がろうとしたとき、目の前に大きな手が差し出される。
片方の手はポケットに入れたまま、九条さんがこちらを見ていた。
「……あ、ありがとうございます」
その手を取って立ち上がる。自分より大きな、そしてどこかひんやりした手に胸が鳴ってしまった。そんなことをしている場合じゃないというのに、恋心というものは時と場所を考えてはくれない。
私が立ち上がったのを見届けると、九条さんが手をそっと離した。名残惜しさを感じつつ、私はさきほどの話題に戻した。
「あの、自分で刺していたってことは、つまり殺人じゃないんでしょうか」
「私も今考えていたところです。恐らくその可能性は非常に高い。彼がわざわざみせてきた光景ですからね」
「つ、つまりは自殺……? なんだってそんな嫌な方法を」
自殺と聞いて思い浮かべるのは、一般的に練炭、首吊り、飛び降りなどがオーソドックスだろうか。自分でお腹を裂くだなんて、武士でもあるまいし何でそんな辛い方法を選んだのだろう。
「死ぬまで追い詰められた人間の考えることは、我々には想像できないことも多いですから」
「それもそうですが……」
「しかし伊藤さんの調べで自殺者などいそうにないとのことですが。では一体誰なのか……自殺となれば、光さんと立てた『殺人犯を止める』というのは間違っていた、ということになります」
「その点に関してはむしろよかったですけど……営業部に殺人犯がいるなんて考えたくなかったし」
「まあ考えていた仮説が消えるのも進捗です。まだ時間はありますから、もう少し光さんは休んでください。今回、あなたは嫌な場所で見続けているので精神的に参ってるでしょう」
言われて項垂れた。確かにそうなのだ、トイレに事務所。普段なら安心して過ごしている場所ばかり狙われて、霊を見慣れている私でも違う意味できつい。特にトイレはあれ以降ビクビクして急いで用を足す羽目になっている。
ついには事務所。私の大事な休息場所なのに……。まあ、自宅に入ってこないだけいいか。
「じゃあ、もう少しだけ横になります……」
「どうぞ。私は昼食でも取りますから」
「ポッキーやめてくださいよ。さっき銭湯帰りにご飯買ってきましたから」
「さすがです」
九条さんに念を押し、私は疲れた体をそのまま仮眠室の固いベッドに倒れ込ませた。さっきも眠ったはずだというのに、入られて体力消耗してしまった。この仕事は本当に体力勝負だ。
「まだわからないことが多すぎます。申し訳ありませんが伊藤さん、もう一度その写真たちを入手し直してください」
「あ、はい」
「ですがそれよりあなたはまず、いつものお寺に行ってお守りの調達をするのが先です。すぐに行ってきてください」
ゆっくり立ち上がりながら九条さんは言った。私は二人を見上げて首を傾げる。
「今日忘れちゃったんですか、伊藤さん」
霊を寄せ付けやすい彼の必需品なのに。だが返事をしたのは九条さんだった。伊藤さんはバツが悪そうに視線を逸らす。
「光さんが倒れた直後、伊藤さん自身が窓から投げ捨てました」
「…………え!!?」
「自分に霊を寄せ付けようとしたのではないですか」
驚いて伊藤さんを見る。彼は苦笑して言った。
「結局今回は僕の方に来なかったみたいだけどね」
それはつまり。入られてしまった私を助けるために、あえてお守りを手放して自分が囮になってくれたということだろうか。
私は言葉をなくして伊藤さんを見つめ続けた。お礼の言葉すら口から出てこない。自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとしてくれるなんて、あまりにいい人すぎる。綺麗事ではなく、本当に彼は優しすぎる人だと痛感した。
「すみ、ません、伊藤さん……」
「あ! 光ちゃんが謝ることじゃないから! 僕が勝手にやったことだし気にしないで。えーとじゃあ、今日はまずお守り入手してきますね。消えたファイルもすぐ元に戻せると思いますから!」
伊藤さんは珍しくバタバタと慌てたように荷物をまとめて事務所から飛び出した。私はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになり、何も声をかけれずに見送る。事務所の扉が閉められた後、九条さんが言った。
「あなたが気に負うことは何もないですよ。まさか事務所までついてくるのは予想外でしたし」
「は、はい……」
「そろそろ立てますか」
そう尋ねられハッとする。私は未だ地べたに腰を下ろしたままだった。立ち上がろうとしたとき、目の前に大きな手が差し出される。
片方の手はポケットに入れたまま、九条さんがこちらを見ていた。
「……あ、ありがとうございます」
その手を取って立ち上がる。自分より大きな、そしてどこかひんやりした手に胸が鳴ってしまった。そんなことをしている場合じゃないというのに、恋心というものは時と場所を考えてはくれない。
私が立ち上がったのを見届けると、九条さんが手をそっと離した。名残惜しさを感じつつ、私はさきほどの話題に戻した。
「あの、自分で刺していたってことは、つまり殺人じゃないんでしょうか」
「私も今考えていたところです。恐らくその可能性は非常に高い。彼がわざわざみせてきた光景ですからね」
「つ、つまりは自殺……? なんだってそんな嫌な方法を」
自殺と聞いて思い浮かべるのは、一般的に練炭、首吊り、飛び降りなどがオーソドックスだろうか。自分でお腹を裂くだなんて、武士でもあるまいし何でそんな辛い方法を選んだのだろう。
「死ぬまで追い詰められた人間の考えることは、我々には想像できないことも多いですから」
「それもそうですが……」
「しかし伊藤さんの調べで自殺者などいそうにないとのことですが。では一体誰なのか……自殺となれば、光さんと立てた『殺人犯を止める』というのは間違っていた、ということになります」
「その点に関してはむしろよかったですけど……営業部に殺人犯がいるなんて考えたくなかったし」
「まあ考えていた仮説が消えるのも進捗です。まだ時間はありますから、もう少し光さんは休んでください。今回、あなたは嫌な場所で見続けているので精神的に参ってるでしょう」
言われて項垂れた。確かにそうなのだ、トイレに事務所。普段なら安心して過ごしている場所ばかり狙われて、霊を見慣れている私でも違う意味できつい。特にトイレはあれ以降ビクビクして急いで用を足す羽目になっている。
ついには事務所。私の大事な休息場所なのに……。まあ、自宅に入ってこないだけいいか。
「じゃあ、もう少しだけ横になります……」
「どうぞ。私は昼食でも取りますから」
「ポッキーやめてくださいよ。さっき銭湯帰りにご飯買ってきましたから」
「さすがです」
九条さんに念を押し、私は疲れた体をそのまま仮眠室の固いベッドに倒れ込ませた。さっきも眠ったはずだというのに、入られて体力消耗してしまった。この仕事は本当に体力勝負だ。
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