視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

落ち込んでる?

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 事務所についていつも通りの一日を送った。その日は訪問者もなく、伊藤さんと今回の調査ファイルを作成したりしていた。

 伊藤さんがあんなことを言うもんだから少しドキドキして九条さんを観察していたが、彼が特別落ち込んでる様子はわからなかった。

 いつものように一人椅子に座り、ぼうっと窓の外を見ているだけで働かず置物と化している。やっぱり私には落ち込んでる、なんて気づけなかった。

 午前中が終わり、昼休憩となる。伊藤さんは外へ買いに行く、と言い残し一旦事務所を後にした。私はいつものごとく二つ分のお弁当箱を取り出し、朝から一歩も動かない九条さんの元へと持っていく。

 目の前のデスクの上にそっと置いた。

「ありがとうございます」

 もう慣れた行動なのだが、私はそのまま自席に戻らず九条さんを見つめた。彼はだらしなく椅子の背もたれにもたれ、まだ弁当箱に手をつけることなく外を眺めていた。

 無言で私に見られていることに気づき、顔を上げる。

「どうしました?」

「あ、いえ……」

 慌てて目を逸らす。ううん、やっぱり伊藤さんが言ってることはよくわからないかも、九条さんいつも通りに見えるんだけど……

 そう視線を下ろした時、ふと彼の足元にある黒いゴミ箱が目に入った。それはまだ空っぽで、底が見えた。

(…………あれ)

 いつも帰りに私か伊藤さんが回収しているゴミ。そこには普段呆れるくらい同じゴミが入っている。それはもちろん、ポッキーの入っていた箱や袋だ。

 それが今日は一つも捨ててない。

 そこで思い出す。確かに、今日の九条さんはポッキーを齧っている姿を見ていない。それに、いつもは寝過ぎて心配になるくらい昼寝ばかりしているというのに、今日はまるで眠る様子もなくただぼうっと外を眺めているだけだ。

 私は再び彼の顔を見た。九条さんは不思議そうに私の顔を見上げている。

「なんです」

「…………」

 わかりにくい。顔だけ見れば本当にわからない。

 それでも、行動はめちゃくちゃわかりやすい。

 私は無言で踵を返しキッチンの方へ向かった。中に入り戸棚を開け、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたあらゆる種類のポッキーの中から、適当にひとつ取り出す。そのまま九条さんの元へ戻った。

 キョトンとしている彼の前に再び立つと、手に持つお菓子のパッケージを開けて一本取り出した。そしてそれをずいっと、九条さんの前に差し出した。

「どうぞ!」

「………………」

 九条さんは無言で私を見上げている。私は手を引っ込めることなく続けた。

「九条さん。次の依頼はちゃんと浄霊できるよう、頑張りましょう!」

「はあ」

「さ、どうぞ。ポッキーすら食べなくなったら九条さん何からカロリー摂取するんです? 餓死しますよ!」

「さすがにそこまででは」

「はい!」

 私は再びずいっとポッキーを彼に差し出す。彼は目の前の棒をやや面食らったように見つめたあと、少しして小さく吹き出した。そして肩を震わせながら白い歯を出して笑う。

 ついその顔にどきりとした。こういう顔、あんまり見せないんだよな九条さん。

「面白い励まし方ですね」

「い、いや、九条さんにはポッキーが一番じゃないですか」

「それもそうですね」

 ひとしきり笑ったあと、九条さんはふうと一旦息をついて私に言った。

「のぞみさんを浄霊できたのは本当によかったと思います。光さんと伊藤さんのおかげですが」

「そんな」

「しかし今回は自分のつめの甘さに反省です。てっきり拓郎さんも消えたものかと思っていました」

「それは、私もです……」

「長谷川さんに関しても、もっと何か強いカードをぶつけるべきでしたね。パワハラ告発ごときじゃダメでした。今後の調査に活かさねば」

 そう呟いた九条さんを見て、私はそっと微笑んだ。

 責任感が強い人だとは思っていたけど。彼なりに落ち込んだり、反省したり、そういうこともするんだ。人には気づかれにくいから、損するタイプだよなあ。

 それでもやっぱり、九条さんや伊藤さんみたいな優しい人たちと仕事ができてよかったと思えた。この二人とじゃなきゃ、きっと事件は解決していけない。

 私がそう感慨深く思っていると、九条さんがこちらを向いた。そして未だ私が差し出しているポッキーを見、そのまま口を開けてパクりと食べたのだ。ぽきっ、と折れた感触が手に伝わってくる。

「…………
 えっ!!??」

 私はつい変な声を出した。これはポッキーを手渡そうとしたのであって、決して食べさせようとしたわけではないのだが!

 驚いて固まってしまった私をよそに、九条さんは再び口を開けてポッキーを齧ろうとする。その光景にさらに驚き、反射的に腕を引いてしまった。

「ひぇえ! く、九条さん!」

「はい」

「じぶ、自分で食べてくださいよ!」

「はあ、差し出されたので食べさせるという意味かと」

「ここ、子供じゃないんですから! はい!」

 食べかけのポッキーを慌てて九条さんに手渡す。彼は無言で受け取りそのまま食べた。自分の顔が真っ赤になっている自覚はある、悔しいけどなんだか九条さん可愛かった……って何言ってるんだろう私は。

 受け取ったポッキーを一瞬で食べ切ると、九条さんは小さくふっと笑った。

「本当、面白い人ですねあなた」

 なんでこんな面白い人に面白いって言われてるんだ私は。伊藤さんにも言われまくったし、私ってそんなに変人??

 ちょっと目を座らせて九条さんを睨んだ時、事務所の扉が思い切り開いた。明るい声が響く。

「ただいま戻りました~っと」

「あ、伊藤さんおかえりなさい!」

 彼は明るい笑顔で事務所に入ったあと、右手に持っている白い箱を掲げる。

「ケーキ買ってきたんです、食べません? 落ち込んでる時や疲れてる時はやっぱり糖分ですよ!!」

「え! ケーキですか!? 嬉しいです!」

「食べよう食べよう!」

 伊藤さんが中央にあるローテーブルに箱を置き、ソファに座り込んでそれを開けていく。私と、ようやく立ち上がった九条さんがそこへ集まった。

「種類バラバラに買ってきたんですよ~」

「私チョコレートでお願いします」

「もーこういう時はじゃんけんですよ九条さん!」

 ようやく三人のいつも通りの声が響いていく。まだそれぞれが立ち直ってるわけでもないけれど、私たちは前を向いていかなきゃいけない。

 いつかのぞみさんと拓郎さんがまた親子に生まれ変わって幸せな日を送ってくれる……のを、祈りながら。
 
 






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