視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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聞こえない声

相談

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 翌朝、眠れなかったせいか少し寝坊してしまった私は慌てて準備を整えて事務所へ向かった。

 伊藤さんは間違いなくもう出勤してるだろうと思う。調査中だけは真面目な九条さんもきっと来てる。またしても最後の出勤となってしまった私は、足早に事務所を目指していた。

 汗ばむ額もそのままに、見慣れた事務所を目指しエレベーターに駆け込んだ。

 中で髪型や服装の乱れを今一度チェックした私は、扉が開くと同時に廊下に出て駆けた。表札もなにもない戸を勢いよく開ける。

「おはようございます!」

 やはり。まず目に入ったのは伊藤さんだった。彼はデスクに座り、パソコン前で何やら作業している。一旦手を止めて私を方をみた。

「おはよー光ちゃん!」

 その背後、黒いソファの上には九条さんがいた。彼は何かを考え込むように腕を組んだまま難しい顔をしている。

 私は急いで頭を下げる。

「すみません、寝坊しちゃって」

「いいよいいよー遅くまでお疲れ様! もっとゆっくりでもいいんだよ」

 笑いながらコーヒーを飲む伊藤さんに頬を緩ませる。彼はパソコンの画面を見ながら言った。

「詳細は九条さんから聞いてるよー。これからY.Sのイニシャルに当てはまる事件の被害者をみていこうと思って。ちょっと時間かかると思うから、光ちゃんはゆっくりしておいて」

「何かお手伝いします!」

「えーだって僕の仕事なくなっちゃうもん。もう少ししたら手伝ってもらうから、座っててコーヒーでも飲んでてー」

 片方にエクボを浮かべながら優しく言ってくれる伊藤さんに再び頭を下げ、とりあえず持っている鞄を置く。そして九条さんが座っている正面に腰掛けた。

 どこか一点を見つめているままの彼に話しかけてみる。

「考え事ですか?」

 私が声をかけると、初めて九条さんは顔を上げた。そして目を開いて驚いて言う。

「光さん、突然どのように出現したのですか」

「いや、普通に入り口から入ってきましたよ。九条さんが集中しすぎて気づかなかっただけでしょ」

「そうですか。おはようございます」

「お、おはようございます」

 ズッコケそうになるのを堪えながら彼の挨拶に付き合った。そして先ほど投げた質問をもう一度言う。

「考え事ですか?」

「はい。今日に始まったことではないのですが、どこか引っかかる点があるんです。違和感、といいますか。でもそれが何なのか分からないんです。多分細かいことというか、どうでもいいことだと思うんですが」

「そういえばこの前も言ってましたね」

「今回は分からないことだらけなので、そう感じてるだけかもしれませんが」

 首を傾げながらそう呟く彼をみて、九条さんが引っかかるとか言ってる時は、大概大事なことだったりするんだけどなあ……。

「とりあえず昨日のイニシャルについて伊藤さんに調べてもらってます。身元が割れたらそこから探りを、割れなければもう調査は終了です」

「はい」

「割れるか……もし割れたならどう攻めるか……」

 九条さんはまた考え込むようにぶつぶつと小声で何か話している。どっかの世界に行ってしまった彼を見ながら、菊池さんとのことを聞ける雰囲気じゃないなあ、と頭を掻いた。

 まあ、菊池さんも返事は急ぎじゃなくていいって言ってたし、やっぱり調査が終わってから聞こうかな、今はタイミング的にどうしても……

「どうしたの光ちゃん、なんかあった?」

 びくっと肩が反応した。少し離れた位置からこちらを見ている伊藤さんと目が合う。気遣いの神、調べ物しながら私を見てたんですか、目が何個あるんだろう。

 そわそわしている私の様子を感づかれたに違いない。

「あ、いえ、ええっとー」

 九条さんも顔をあげてこちらを見てくる。少し首を傾げて尋ねた。

「何かありましたか」

「あ、調査には関係ないことなんですけど」

「はい、どうしました」

「…………」

 なぜかドキドキと胸が緊張で高鳴る。言いにくいけど、なるべく平然を装って私は口をひらいた。

「き、菊池さんに告白されたんですけど」

 私の言葉と同時に派手にコーヒーを吹き出したのは伊藤さんだった。彼の目の前に置いてあるパソコンがコーヒーシャワーの洗礼を受けている。

 九条さんはほんの少し驚いたように目を丸くした。私は慌てて言葉を続ける。

「あ、付き合うとか考えてないんですけどね、そういえば依頼者の人と親密になるのって、事務所的にどうなんだろうなーって気になったいうかなんていうかそうなんですはい」

 早口でいいおえ、そのまま俯いた。視界に、吹き出したコーヒーを必死に拭いている伊藤さんが見える。やたら恥ずかしくてたまらなくなった。でもやっぱり聞いておかなきゃいけないことだし、仕方ない。

 少しだけ沈黙が流れた。でもすぐに、目の前に座る九条さんが冷静な声で言った。

「やはりですか」

「え?」

「そんな気はしてました」

 私と、それから伊藤さんもびっくりして九条さんを見る。思ってもみないセリフだった。
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