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聞こえない声
電話
しおりを挟む私はたった一日で、伊藤さんという人がどれほどすごいのか思い知らされた。
伊藤さんは基本菊池さんの周辺にいてストーカー女をこっそり探しているため事務所にはいなかった。私と九条さんは伊藤さんが残した資料を元に、頭部切断などで発見された女性の遺体の名前を調べ、Y.Sというイニシャルがいないかどうかを調べ続けた。
だが、なんせ作業は地道。地道。地道以外何ものでもない。
思ったより九条さんがパソコンを使えたのはよかったしむしろ私よりうんと早く調べ物をしているように見えたが、なんせ彼は充電がもたない。
いくらかスムーズに調べ物をしたかと思ったら目を手で覆ってぐったりしながらポッキーを食べた。普段の三倍くらいあのお菓子を食べている。燃費が悪すぎる。
本人曰く、「目が疲れるのでパソコンなどは基本苦手」だそう。あと「細かく小さな作業は性に合わない」らしい。まあ、想像通りですが。
でも根を上げることなく休憩を挟みながらしっかり作業してくれた。私も負けじとひたすら画面に齧り付いて事件を調べていく。伊藤さんがすでにいくらか調べてくれていたが、それでも先は長い。
・若い女性である
・頭部切断、もしくはバラバラ殺人
・少なくとも同県、隣県までで起こった事件では?
条件だけ考えれば当てはまる事件はそこまで多くないと思うのだが、一つ一つ概要を読みながら当てはまる条件を探し出すのがなんと言っても大変だ。伊藤さんっていつもこういう地道なことをたった一人でやってくれてたんだ……次会ったら拝むどころか土下座したい。
一日中調べ上げたが結局Y.Sという被害者は見つからなかった。
そこから私と九条さんの調べ物は三日間続く。家に帰ってからも一人スマホで調べたりしたが、なかなか答えは出なかった。
ちなみに首なしの霊が出たということで自分の部屋に帰りたくないのは山々だが、かと言って事務所に泊まるとなれば困るのがお風呂だった。銭湯はまさに私一人になってしまうので、絶対にダメだと九条さんに止められてしまったのだ。
そうなれば、やっぱり自室のお風呂に入るしかなかった。清潔を取るか、怖さを取るか。究極の二択。結局私は諦めて自分の家に帰ることにした。
けれど、あれ以来首なしが出ることも入られることもなかった。調査を再開したから、彼女も静かにしているのかもしれない。
毎日九条さんが送り迎えをしてくれ、夜になると菊池さんから無事の確認電話が届いた。恐怖心を和らげるために彼からの電話は結構ありがたかったのは事実だった。
「ううう……やっぱり、まだ未発見の人なんですかねえ、全然当てはまらない……」
私はデスクに突っ伏して嘆いた。
九条さんもだらしなくソファに座りこみ天井を仰いでいた。二人で調べ物をし始めてもう四日目、それでも有力な情報は何も見つからない。ここ最近は伊藤さんもずっと事務所に来ていないので、あの癒しオーラが足りないのも大きい、疲れが極限まで来ていた。
いつも現場は大変だから、と伊藤さんは言ってたけど、これどっちもどっちだよ。現場も嫌だけど調べ物もうんざり。
九条さんはやや疲れた顔でポッキーを齧った。
「いませんね。これはやはり未発見の人と見るのが正しいかと思います」
「……はあ」
頭をデスクに乗せたままため息をつく。首がないんじゃ、指輪を落とすぐらいしか意思疎通取れないのかあ。せっかくのヒントがまるで活きてこない。
「やっぱり除霊でしょうか。ダメなんでしょうか」
「まあ、今回は早い段階で強制除霊の案が出ていましたが、仕方のないことです。そもそも世の中は怪奇を除霊で解決する方が圧倒的に多いんですよ、浄霊なんて少ないんですから」
「ですよねえ。かわいそうなのに。殺されて死体も見つけてもらえず大事な人の元に帰れないなんて……」
じんわりと目に涙が浮かんでくる。入られたあの時の感情が蘇ってきた。突然会えなくなってしまった愛する人に会いたい、そこに戻りたいと願ったあの気持ちは本当に辛かった。
机に突っ伏したまま、目だけチラリと九条さんを見る。
あの時、不本意だけど、私は……
「初めから思ってましたが、光さんは本当に感情が素直ですよね」
突然言われてキョトンとする。九条さんは両手にポッキーをそれぞれ持ち、意味もなく揺らして遊んでいる。よっぽど疲れてると見た。
「私は入られた経験がないというのもありますが、もしそうなってもそれだけ感情を揺さぶられることはないと思うので」
「……それ、なんか初めて一緒に調査した時も言ってましたね」
「ええ、霊も選んで入ってると思いますよ。あなたならなんとかしてくれるだろうと信じるんでしょうね。光さん自身は不本意でしょうし大変ですが、ある意味あなたの優しさを証明してくれているとも言えます」
ふ、と小さく笑った九条さんは両手の棒を同時に口に入れた。私は何も返答せず黙ってその横顔を見つめていた。
ここで働き出す前から、入られることはたまにあった。どれも辛くて苦しくて嫌でしょうがなかった。でも、こんなふうに言ってもらえたなら、少しだけ報われる気がする。
優しい、なんて……自覚ないんだけどなあ……。
ぼうっと考えているところに、九条さんの携帯が鳴り響いた。彼はモグモグと咀嚼しながらポケットに入っていたスマホを取り出す。画面を見、私に言った。
「伊藤さんです」
操作し机の上にスマホを置く。スピーカーにしてくれているようだ。
薄い機器の向こうから、少し声を顰めたような伊藤さんの声が届いてきた。
『もしもし、九条さんですか?』
どこか低く、普段の明るい伊藤さんとは違って聞こえた。瞬間、九条さんも表情を厳しくさせる。食べかけのポッキーもそのままにスマホに言った。
「もしもし、どうしましたか」
『以前光ちゃんに送ってもらった女の映像に非常によく似てる人がいます』
私と九条さんが息を呑んだ。あまり鮮明とは言えない画質だったけど、あのストーカー女が?
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