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聞こえない声
『外に出て下さい』
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このまま他の人と付き合うなんてできない。いくら菊池さんがいいと言ってくれても、だ。
私が頭を下げる。少しして顔を上げると、少し目を細めた菊池さんの顔が見えた。ついぐっと苦しくなる。
ああ、いつか後悔しそう。こんないい人のお話をお断りするなんて。もう一生独身かも。
「あの、菊池さんが言ってくれたのは本当に嬉しかったです。私にはもったいない人だと本気で思います」
慌てて彼に感謝の言葉をつけるも、菊池さんは笑わなかった。しばらくして大きく息を吐きながら俯いてしまう。どうしていいかわからず、私はあわあわと一人慌てた。
小さな声で菊池さんが言う。
「そうですか……」
「す、すみません」
「僕本当好きになった人に振られるんです。それはもうことごとく」
「ええ? でもお世辞じゃなく絶対モテるタイプだと思うんですけど……」
「全然ですよ。好きな人にモテなきゃ意味ないでしょう」
私は言葉に詰まった。うう、なんて返せばいいの、私が何を言っても失礼になる気がする。
菊池さんがゆっくり顔を上げた。視線を悲しげに泳がせる。気まずい沈黙が流れてしまったところに、突然近くにあるスマホが鳴り響いた。
私ははっと反応し手にとる。九条さんの名前がそこにあった。すぐさま出て耳に当てる。
「もしもし!」
機械を通じた九条さんの声が聞こえる。だが彼の声は、普段よりやや焦っているようなものに聞こえた。
『光さん?』
「はい! 九条さんも伊藤さんも無事ですか? 女は?」
『こちらは大丈夫です、それよりあなた今事務所にいますか?』
早口でそう尋ねられる。私は頷いた。
「え、はい。事務所でちゃんと待機してます」
『……そうですか』
「あ、先ほど菊池さんから連絡をいただいて、ここで合流してます! 調査報告も一緒にできるかと思」
二人が無事であることにホッとして頬を緩ませながらそう言うと、九条さんの厳しい声が響いた。
『光さん! 今すぐ外に出てください!』
「……へ」
あまり聞かない切羽詰まった声。私はぽかんと口を開ける。
『とにかく外に出』
九条さんの声を途中まで聞いている時だった。突然後頭部に衝撃を感じて目の前がチカチカと点滅した。しっかり握っていたスマホをそのまま床に落下させる。
体に力が入らなくなって椅子から滑り落ちるのを自覚した。冷たい地面に体を倒した時、一瞬だけ目の前の光景が目に入った。
固く口を閉し、無表情でこちらを見下ろしている菊池さんの顔だった。
まず感じたのは背中と頭の痛みだった。
顔を歪めて痛みに耐える。特に頭痛は頭が割れそうなほどで、今まで経験したことのない疼痛だった。目を開けようとしても何度もズキンズキンと走る衝撃に反射的に強く瞼を閉じてしまう。それでもようやくうっすら目を開けてみると、見慣れない床が目に入った。
ぼんやりした頭で不思議に思い動こうとした時、自分の両腕がまるで動かないことに気がついた。背面でしっかり固定されているようだった。
はっとして引いてみる。同時に足もだ。全てびくともしなかった。腕も足も自由を奪われていた。
痛みながらも必死に頭を持ち上げてみる。視界に入ってきたのはカーテンがしっかり閉められた窓だ。よくある棚に本がずらりと並んでいる。まるで見覚えのない場所だった。
ここはどこ? 一体何が起きてこんなとこにいるの?
必死に頭を回して考える。そう、そうだ、九条さんから電話があって、すぐにそこを出ろと言われた。そして会話の途中でなぜか後頭部に衝撃が走りそのまま倒れた……?
私は安定しない体制のままぐるりと部屋を見渡す。体を捻って背後に首を回した時だった。
じいっと立ってこちらを見ている菊池さんがいた。
彼は何も言葉を発さず、それでいて眉ひとつ動かさなかった。ただぼんやりと何かを観察しているような顔で私を見下ろしている。今まで見ていたにこやかな彼とはまるで違う人間のようで、顔を見ただけで私の心臓がヒヤッと冷えた。
「菊池、さん……?」
なんとか掠れた声を出す。様子がおかしい。
「これ、どういうことですか? ここ、どこなんですか……?」
改めて部屋をチラリと見たがやはり知らない場所だ。菊池さんの部屋などではない。広さは十畳ぐらいだろうか。物が乱雑に色々置いてあり、ベッドやテレビといった生活感のあるものは何一つなかった。
菊池さんは黙って私を見下ろしている。しばらくしてようやく彼の体がゆらりと動いた。こちらに一歩一歩ゆっくり近づいてくる。私は言いようのない恐怖心に包まれ、ただ彼の冷たい目を見て固まっている。
菊池さんは私のすぐそばにしゃがみこんだ。そのまま頬杖をつき、首を傾げるようにして私を見つめる。状況がまるでわからない自分は混乱しつつ彼の言葉を待った。
長く見つめ合った後、ようやく彼の唇が動き声が出る。
「なんでさあ、僕が愛してるのに愛し返してくれないんだろうね?」
「……え?」
彼はすうっと目を細める。獲物を狙う野生動物のようだ、と思った。ニコニコして爽やかだった彼はカケラも見当たらない。
「なん、ですか?」
「だからさあ、どいつもこいつも、なんで僕が好きだって言ってるのに断るの? 人から愛情をもらったらその分返そうって思わないの? これだけ好きでいてあげてるんだよ?」
「何を言ってるんですか?」
「礼儀がなってないよね。そうだね、折角愛してくれてる人を遠ざけるなんて、人間としての礼儀がなってない。ちゃんと応えてくれれば絶対に幸せになれるのにさ」
ぶつぶつとただ独り言を言うように彼は小声で話している。その姿に正気なんて感じられなかった。一体目の前で何が起こっていると言うのだろう、これは別人だろうか? あの菊池さんは?
私が頭を下げる。少しして顔を上げると、少し目を細めた菊池さんの顔が見えた。ついぐっと苦しくなる。
ああ、いつか後悔しそう。こんないい人のお話をお断りするなんて。もう一生独身かも。
「あの、菊池さんが言ってくれたのは本当に嬉しかったです。私にはもったいない人だと本気で思います」
慌てて彼に感謝の言葉をつけるも、菊池さんは笑わなかった。しばらくして大きく息を吐きながら俯いてしまう。どうしていいかわからず、私はあわあわと一人慌てた。
小さな声で菊池さんが言う。
「そうですか……」
「す、すみません」
「僕本当好きになった人に振られるんです。それはもうことごとく」
「ええ? でもお世辞じゃなく絶対モテるタイプだと思うんですけど……」
「全然ですよ。好きな人にモテなきゃ意味ないでしょう」
私は言葉に詰まった。うう、なんて返せばいいの、私が何を言っても失礼になる気がする。
菊池さんがゆっくり顔を上げた。視線を悲しげに泳がせる。気まずい沈黙が流れてしまったところに、突然近くにあるスマホが鳴り響いた。
私ははっと反応し手にとる。九条さんの名前がそこにあった。すぐさま出て耳に当てる。
「もしもし!」
機械を通じた九条さんの声が聞こえる。だが彼の声は、普段よりやや焦っているようなものに聞こえた。
『光さん?』
「はい! 九条さんも伊藤さんも無事ですか? 女は?」
『こちらは大丈夫です、それよりあなた今事務所にいますか?』
早口でそう尋ねられる。私は頷いた。
「え、はい。事務所でちゃんと待機してます」
『……そうですか』
「あ、先ほど菊池さんから連絡をいただいて、ここで合流してます! 調査報告も一緒にできるかと思」
二人が無事であることにホッとして頬を緩ませながらそう言うと、九条さんの厳しい声が響いた。
『光さん! 今すぐ外に出てください!』
「……へ」
あまり聞かない切羽詰まった声。私はぽかんと口を開ける。
『とにかく外に出』
九条さんの声を途中まで聞いている時だった。突然後頭部に衝撃を感じて目の前がチカチカと点滅した。しっかり握っていたスマホをそのまま床に落下させる。
体に力が入らなくなって椅子から滑り落ちるのを自覚した。冷たい地面に体を倒した時、一瞬だけ目の前の光景が目に入った。
固く口を閉し、無表情でこちらを見下ろしている菊池さんの顔だった。
まず感じたのは背中と頭の痛みだった。
顔を歪めて痛みに耐える。特に頭痛は頭が割れそうなほどで、今まで経験したことのない疼痛だった。目を開けようとしても何度もズキンズキンと走る衝撃に反射的に強く瞼を閉じてしまう。それでもようやくうっすら目を開けてみると、見慣れない床が目に入った。
ぼんやりした頭で不思議に思い動こうとした時、自分の両腕がまるで動かないことに気がついた。背面でしっかり固定されているようだった。
はっとして引いてみる。同時に足もだ。全てびくともしなかった。腕も足も自由を奪われていた。
痛みながらも必死に頭を持ち上げてみる。視界に入ってきたのはカーテンがしっかり閉められた窓だ。よくある棚に本がずらりと並んでいる。まるで見覚えのない場所だった。
ここはどこ? 一体何が起きてこんなとこにいるの?
必死に頭を回して考える。そう、そうだ、九条さんから電話があって、すぐにそこを出ろと言われた。そして会話の途中でなぜか後頭部に衝撃が走りそのまま倒れた……?
私は安定しない体制のままぐるりと部屋を見渡す。体を捻って背後に首を回した時だった。
じいっと立ってこちらを見ている菊池さんがいた。
彼は何も言葉を発さず、それでいて眉ひとつ動かさなかった。ただぼんやりと何かを観察しているような顔で私を見下ろしている。今まで見ていたにこやかな彼とはまるで違う人間のようで、顔を見ただけで私の心臓がヒヤッと冷えた。
「菊池、さん……?」
なんとか掠れた声を出す。様子がおかしい。
「これ、どういうことですか? ここ、どこなんですか……?」
改めて部屋をチラリと見たがやはり知らない場所だ。菊池さんの部屋などではない。広さは十畳ぐらいだろうか。物が乱雑に色々置いてあり、ベッドやテレビといった生活感のあるものは何一つなかった。
菊池さんは黙って私を見下ろしている。しばらくしてようやく彼の体がゆらりと動いた。こちらに一歩一歩ゆっくり近づいてくる。私は言いようのない恐怖心に包まれ、ただ彼の冷たい目を見て固まっている。
菊池さんは私のすぐそばにしゃがみこんだ。そのまま頬杖をつき、首を傾げるようにして私を見つめる。状況がまるでわからない自分は混乱しつつ彼の言葉を待った。
長く見つめ合った後、ようやく彼の唇が動き声が出る。
「なんでさあ、僕が愛してるのに愛し返してくれないんだろうね?」
「……え?」
彼はすうっと目を細める。獲物を狙う野生動物のようだ、と思った。ニコニコして爽やかだった彼はカケラも見当たらない。
「なん、ですか?」
「だからさあ、どいつもこいつも、なんで僕が好きだって言ってるのに断るの? 人から愛情をもらったらその分返そうって思わないの? これだけ好きでいてあげてるんだよ?」
「何を言ってるんですか?」
「礼儀がなってないよね。そうだね、折角愛してくれてる人を遠ざけるなんて、人間としての礼儀がなってない。ちゃんと応えてくれれば絶対に幸せになれるのにさ」
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