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家族の一員
電話
しおりを挟む家に帰宅すると、まず夕飯の支度をした。ついでに明日のお弁当の下ごしらえもし、テレビを眺めながらゆっくり食事をとる。一人暮らしならではの寂しい光景だ。時々ペットでも飼おうか、と思うのだが、この仕事では到底無理。
食器の片付けと部屋の掃除も行っておく。以前忙しさゆえ散らかっていた部屋を、緊急事態があったとはいえ九条さんに全部見られるハメになってから、いつでも人が来ていいようにそこそこ見てくれはよくしている。
干してあった洗濯物も片付けお風呂に入る。誰しもがやっている生活習慣を行った。調査中はゆっくり入浴もままならないのでしっかり浸かっておく。最近ちょっといい入浴剤を入れるほどに、私の懐も潤っていた。最初は貧乏生活だったのだ。
湯船に浸かりながらぼんやりと今日交わした会話を思い出す。
「ああ言ってたけど九条さん、絶対部屋やばいよな……」
だって九条さんがお風呂掃除とかしてる姿想像つく? 私はつかない。あの九条さんが洗剤吹きかけてスポンジでゴシゴシしてるなんてありえない。と言うことはやっぱりとんでもない汚れに? 想像するだけでゾッとしてしまう。
頭を抱えた。毎日思ってるけど、私なんで九条さんが好きなんだろう。めちゃくちゃヤバい人なのに。ああ、伊藤さんは部屋絶対綺麗だろうなあ……そこそこ清潔感もあって、でも生活感もある、温かな部屋に違いない。聞いたことないけど多分料理もしたりするに違いない。
「って、人の部屋想像して変態かな」
独り言を呟きながら立ち上がる。いけないな、特に九条さんっていまだに謎なところがあるからどうしても色々探ってしまう。よくないよね、だってただの仕事仲間なのに。
ふうと息を吐いて浴槽から出る。さて、変なことを考えるのはやめて、お風呂上がったら久しぶりにアイスでも食べちゃおうかな。調査が始まるとなかなかこんなゆっくりする時間もできなくなるし、今のうちに羽を伸ばしておかないと。
冷凍庫に眠っているアイスの種類を思い出しながら、私は浴室の扉に手を掛ける。中折れタイプのそれはすりガラスの造りになっている。そこから見える向こうの景色にあれ、と不思議に思った。
つけっぱなしだった電気が消えている。向こう側が暗くなっていたのだ。しまった、電球が切れたかな。ストックないや、明日買わなきゃ。
そう思いながら私は扉を開ける。
見慣れた洗面台、洗濯機。決して広いとは言えない洗面室は風呂上がりだというのに初めにきた時より肌寒く感じた。バスマットに向かって足を踏み出そうとした私は、ふとそれを止めた。
私の正面真っ直ぐの床に、見覚えのないものがひっそりとあった。暗くなっている周りからそれだけが異様に浮いていた。
白い壁紙に白い床が私の住むアパートの洗面室だ。その色に溶け込んでしまいそうな紙袋の口からは、少しだけ黒い黒髪がはみ出していた。
飛び跳ねた心臓と同時に、私は反射的に浴室の扉を閉めた。いつもより派手な音を立てて閉じられる。
ドアの取っ手を必死に握ったまま、私はうるさく響く心臓を必死に落ち着けていた。入浴後でほてっているはずの身体はあっという間に冷え、寒気すら覚える始末だった。
あの袋と、少し見えていた黒髪。
嘘でしょう? 嘘だ、何かの見間違いだよ。あそこに何か置いたっけ? なんか自分で置いたものがそう見えただけかも。
混乱する自分を落ち着かせるためにそう必死に言い聞かせてみた。だが残念なことに全く効果はない。なぜならあれが見間違いでないことを心のどこかで確信していたのだ。あんなところに紙袋を置いた記憶なんてない。
そんな、まさか、どうして、ここまで??
頭の中でぐるぐるクエスチョンが回る。九条さんたちと事務所を出る時、間違いなく中のテーブルに置いて伊藤さんは鍵を掛けていた。
ずるずるとその場にしゃがみ込む。助けを、と思いつつそんな術が何もないことがさらに自分を絶望させた。スマホは部屋だ、しかも自分は今素っ裸。とにかくここを出ないことには何も行動が起こせない。
「……勘弁してよ……」
最も寛げる場所である家。前もこういうことがあった、霊を連れて帰ってきてしまったこと。今思えば以前のあの霊は怖いものじゃなかったから気にせず住めているけど、今回のこれはダメだ。
髪の毛からポタポタと雫が滴り落ちる。ここでじっとしていてもしょうがない、ということは分かりきっていた。でも私はこの扉を再び開ける勇気がなかなか出てこないのだ。
「……落ち着いて、とりあえず、マイナスなことを考えるのだけは気をつけよう……」
深呼吸を繰り返す。マイナス思考な時、私は霊に入られやすい。だからせめてそれだけは防ぎたい。楽しいことを考えるんだ、ほら癒しの伊藤さんの笑顔とかっ、この前の九条さんの芸術的寝癖とか!!
私は覚悟を決める。とにかく裸のまま部屋に戻るんだ。そしてスマホをとって九条さんに相談する、それしか方法はない!
意を決して扉を開けた。できるかぎり前は見ないつもりで素早く足を踏み出す。だが人間とは愚かなもので、見ないようにと思っていたくせに気になって横目でそれを確認してしまったのだ。
「……あれ」
風のように走り去ろうと思っていた自分の体が止まる。確かにあったはずの紙袋は、そこにはなかった。ただ見慣れた白い床があるだけで、紙袋なんてものは何も存在しなかったのである。
「み、見間違い……?」
そう言ってみて否定する。そうじゃない、流石に現場を何度もこなしてきた私にはわかる。
辺りを見回すもやはり何もなかった。
「……と、とりあえず、服着て九条さんに連絡しよう」
私は体をしっかり拭くことすらままならず急いで着替えをした。誰かにじっとみられている感覚はただの恐怖心からの思い込みなのか、それとも。
適当にパジャマを着た私はそのまま洗面所を飛び出た。すぐそばにある部屋へと飛び込んでいく。ベッドの上に無造作に置かれたスマホを見つけ、ホッとしてそちらに飛びついた。
すぐに手に取り、ロックを解除する。九条さんの初期アイコンが目に入っただけで少し心が落ち着いた。電話ボタンをすぐに押した。
耳にスマホを押し当てながら部屋全体を見渡す。今のところ変なものはない。祈るように待っていると、電源が入っていないという主旨の言葉が聞こえてきて絶望した。
「っ……出ない!!」
私は悲痛な叫び声をあげた。一度切り、再び九条さんに電話する。お願い出て、出て! こんなの私の手には負えないから!
私の声は九条さんには届かなかった。何度かけ直しても彼のスマホはただいま眠っているらしい。苛立ちと不安だけが自分を襲う。
「も……出ないよ~……」
私はヘナヘナと座り込む。めげずにまた掛けるがやっぱり出ないのだ。こういう時、ヒーローならすぐに電話に出て駆けつけてくれるもんじゃないの?
私はついに掛けるのをやめた。どうしよう、このまま一晩待つなんて無理。今からビジネスホテルか……いや、一人がまず無理だ。漫画喫茶にでも行って夜を越えようか。
「伊藤さん、はなあ……霊に好かれやすいんだからダメだよなあ……」
きっと伊藤さんは電話に出てくれるし心配して飛んできてくれる。でも彼はなんと言っても霊に好かれやすい。彼を迂闊に現場に呼んではいけないのだ。
絶望の淵に立たされる。こんな時家族も友達もいない自分、頼れる人が少なすぎて……
「って、ああっ!」
私は重要なことを思い出す。いやいや、すごく頼りになる人いるじゃん! 私は慌てて連絡先を呼び出した。
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