視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
226 / 450
家族の一員

電話

しおりを挟む


 家に帰宅すると、まず夕飯の支度をした。ついでに明日のお弁当の下ごしらえもし、テレビを眺めながらゆっくり食事をとる。一人暮らしならではの寂しい光景だ。時々ペットでも飼おうか、と思うのだが、この仕事では到底無理。

 食器の片付けと部屋の掃除も行っておく。以前忙しさゆえ散らかっていた部屋を、緊急事態があったとはいえ九条さんに全部見られるハメになってから、いつでも人が来ていいようにそこそこ見てくれはよくしている。

 干してあった洗濯物も片付けお風呂に入る。誰しもがやっている生活習慣を行った。調査中はゆっくり入浴もままならないのでしっかり浸かっておく。最近ちょっといい入浴剤を入れるほどに、私の懐も潤っていた。最初は貧乏生活だったのだ。

 湯船に浸かりながらぼんやりと今日交わした会話を思い出す。

「ああ言ってたけど九条さん、絶対部屋やばいよな……」

 だって九条さんがお風呂掃除とかしてる姿想像つく? 私はつかない。あの九条さんが洗剤吹きかけてスポンジでゴシゴシしてるなんてありえない。と言うことはやっぱりとんでもない汚れに? 想像するだけでゾッとしてしまう。

 頭を抱えた。毎日思ってるけど、私なんで九条さんが好きなんだろう。めちゃくちゃヤバい人なのに。ああ、伊藤さんは部屋絶対綺麗だろうなあ……そこそこ清潔感もあって、でも生活感もある、温かな部屋に違いない。聞いたことないけど多分料理もしたりするに違いない。

「って、人の部屋想像して変態かな」

 独り言を呟きながら立ち上がる。いけないな、特に九条さんっていまだに謎なところがあるからどうしても色々探ってしまう。よくないよね、だってただの仕事仲間なのに。

 ふうと息を吐いて浴槽から出る。さて、変なことを考えるのはやめて、お風呂上がったら久しぶりにアイスでも食べちゃおうかな。調査が始まるとなかなかこんなゆっくりする時間もできなくなるし、今のうちに羽を伸ばしておかないと。

 冷凍庫に眠っているアイスの種類を思い出しながら、私は浴室の扉に手を掛ける。中折れタイプのそれはすりガラスの造りになっている。そこから見える向こうの景色にあれ、と不思議に思った。

 つけっぱなしだった電気が消えている。向こう側が暗くなっていたのだ。しまった、電球が切れたかな。ストックないや、明日買わなきゃ。

 そう思いながら私は扉を開ける。

 見慣れた洗面台、洗濯機。決して広いとは言えない洗面室は風呂上がりだというのに初めにきた時より肌寒く感じた。バスマットに向かって足を踏み出そうとした私は、ふとそれを止めた。

 私の正面真っ直ぐの床に、見覚えのないものがひっそりとあった。暗くなっている周りからそれだけが異様に浮いていた。

 白い壁紙に白い床が私の住むアパートの洗面室だ。その色に溶け込んでしまいそうな紙袋の口からは、少しだけ黒い黒髪がはみ出していた。

 飛び跳ねた心臓と同時に、私は反射的に浴室の扉を閉めた。いつもより派手な音を立てて閉じられる。

 ドアの取っ手を必死に握ったまま、私はうるさく響く心臓を必死に落ち着けていた。入浴後でほてっているはずの身体はあっという間に冷え、寒気すら覚える始末だった。

 あの袋と、少し見えていた黒髪。

 嘘でしょう? 嘘だ、何かの見間違いだよ。あそこに何か置いたっけ? なんか自分で置いたものがそう見えただけかも。

 混乱する自分を落ち着かせるためにそう必死に言い聞かせてみた。だが残念なことに全く効果はない。なぜならあれが見間違いでないことを心のどこかで確信していたのだ。あんなところに紙袋を置いた記憶なんてない。

 そんな、まさか、どうして、ここまで??

 頭の中でぐるぐるクエスチョンが回る。九条さんたちと事務所を出る時、間違いなく中のテーブルに置いて伊藤さんは鍵を掛けていた。

 ずるずるとその場にしゃがみ込む。助けを、と思いつつそんな術が何もないことがさらに自分を絶望させた。スマホは部屋だ、しかも自分は今素っ裸。とにかくここを出ないことには何も行動が起こせない。

「……勘弁してよ……」

 最も寛げる場所である家。前もこういうことがあった、霊を連れて帰ってきてしまったこと。今思えば以前のあの霊は怖いものじゃなかったから気にせず住めているけど、今回のこれはダメだ。

 髪の毛からポタポタと雫が滴り落ちる。ここでじっとしていてもしょうがない、ということは分かりきっていた。でも私はこの扉を再び開ける勇気がなかなか出てこないのだ。

「……落ち着いて、とりあえず、マイナスなことを考えるのだけは気をつけよう……」

 深呼吸を繰り返す。マイナス思考な時、私は霊に入られやすい。だからせめてそれだけは防ぎたい。楽しいことを考えるんだ、ほら癒しの伊藤さんの笑顔とかっ、この前の九条さんの芸術的寝癖とか!!

 私は覚悟を決める。とにかく裸のまま部屋に戻るんだ。そしてスマホをとって九条さんに相談する、それしか方法はない!

 意を決して扉を開けた。できるかぎり前は見ないつもりで素早く足を踏み出す。だが人間とは愚かなもので、見ないようにと思っていたくせに気になって横目でそれを確認してしまったのだ。

「……あれ」

 風のように走り去ろうと思っていた自分の体が止まる。確かにあったはずの紙袋は、そこにはなかった。ただ見慣れた白い床があるだけで、紙袋なんてものは何も存在しなかったのである。

「み、見間違い……?」

 そう言ってみて否定する。そうじゃない、流石に現場を何度もこなしてきた私にはわかる。

 辺りを見回すもやはり何もなかった。

「……と、とりあえず、服着て九条さんに連絡しよう」

 私は体をしっかり拭くことすらままならず急いで着替えをした。誰かにじっとみられている感覚はただの恐怖心からの思い込みなのか、それとも。

 適当にパジャマを着た私はそのまま洗面所を飛び出た。すぐそばにある部屋へと飛び込んでいく。ベッドの上に無造作に置かれたスマホを見つけ、ホッとしてそちらに飛びついた。

 すぐに手に取り、ロックを解除する。九条さんの初期アイコンが目に入っただけで少し心が落ち着いた。電話ボタンをすぐに押した。

 耳にスマホを押し当てながら部屋全体を見渡す。今のところ変なものはない。祈るように待っていると、電源が入っていないという主旨の言葉が聞こえてきて絶望した。

「っ……出ない!!」

 私は悲痛な叫び声をあげた。一度切り、再び九条さんに電話する。お願い出て、出て! こんなの私の手には負えないから!

 私の声は九条さんには届かなかった。何度かけ直しても彼のスマホはただいま眠っているらしい。苛立ちと不安だけが自分を襲う。

「も……出ないよ~……」

 私はヘナヘナと座り込む。めげずにまた掛けるがやっぱり出ないのだ。こういう時、ヒーローならすぐに電話に出て駆けつけてくれるもんじゃないの? 

 私はついに掛けるのをやめた。どうしよう、このまま一晩待つなんて無理。今からビジネスホテルか……いや、一人がまず無理だ。漫画喫茶にでも行って夜を越えようか。

「伊藤さん、はなあ……霊に好かれやすいんだからダメだよなあ……」

 きっと伊藤さんは電話に出てくれるし心配して飛んできてくれる。でも彼はなんと言っても霊に好かれやすい。彼を迂闊に現場に呼んではいけないのだ。

 絶望の淵に立たされる。こんな時家族も友達もいない自分、頼れる人が少なすぎて……

「って、ああっ!」

 私は重要なことを思い出す。いやいや、すごく頼りになる人いるじゃん! 私は慌てて連絡先を呼び出した。

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。