視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

置いて行かれた子

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 伊藤さんが頷いて言う。

「あそこは有名だよね、人形の供養といえば日本でも一番じゃないかってくらい。住職さんが力強い人みたいだよ~」

「へえ……」

 私が感心して言うと、九条さんが後を続ける。

「以前も話したかもしれませんが、全ての僧侶が霊を見たり感じたりするわけではありません。勿論訓練を積んだお経や供養には一定の力がありますが、手に負えないことも多々あります。
 ですがあそこの寺の住職はかなり強い力を持っていますし、何より人形供養に長けている。人形相手は結構厄介ですよ、プロに任せるのが一番です」

「そうなんですか……」

 まだまだ勉強不足だな、と思った。その心霊番組も、自分としては何か勉強になるかもと思って録画までして見たのだが、ほとんどはヤラセっぽいのばかりだった。でもまあ、あのお寺のことは本当だったのね。

 九条さんは苦々しい顔で言った。

「今日持ってきたあれは本物ですよね間違いなく。油断するとこちらが呑まれかねない。人形に宿る霊とはそれぐらいの力があるんです」

「確かに目の前に出された瞬間ゾッとしました……あんなの初めてです。造りは至って普通の市松人形なのに」

 思い出して腕をさする。どこが、と聞かれれば説明できないが、あれは嫌なものだ間違いなく。

 伊藤さんが励ますようにして声を出す。

「まあ僕は分かんなかったけど、二人は嫌だったんでしょうね。温かいお茶でも淹れます? リラックスしないと! 九条さんポッキーですか?」

「はい極細で」

「光ちゃん座っててね」

「す、すみません」

 私はお言葉に甘えてそのままソファに脱力した。隣の九条さんに尋ねる。

「人形相手だと会話も成立しにくいですか?」

「今までの経験上そうでした。まあその時のパターンにもよりますがね」

「確かにそれなら浄霊難しそうですしねえ」

「ああいった人形は特に、今まで何人、何十人と人の手を渡ってきた可能性が高いものですし、この世に止まってる時間が長すぎて悪しき物になってる可能性も高いです」

「そりゃ無理だ」

 そう思えば、そんな物ばかり相手にするお寺ってすごいなあと思った。除霊といえば麗香さんが一流ってことくらいしか知らないけど、この世には実力のある人がたくさんいるんだよね。

 さっき見たあの人形の顔を思い出す。怒ってるとも、笑ってるとも、睨んでるともとれる不思議な顔だった。





 その日はそれ以降来客がなく、私たちはゆったり雑談でもしながら事務所で過ごしていた。仕事とは、立て続けにくることもあれば全く来ない時もあるのだ。

 時計を見てみればもう帰宅時間。調査中でもないとここで残業することはまずない。今日も家でゆっくりできそうだなあと伸びをした。

「そろそろ上がりますか」

 伊藤さんが言う。九条さんは細いポッキーを三本まとめて齧りながら頷いた。

「もうそんな時間でしたか、帰りましょう」

「調査が入ってない時ぐらいゆっくりしなきゃですよね~特に光ちゃん、女の子なのにいつも調査で徹夜させられたり雑魚寝させられたり可哀想ですもん」

「い、いえ、それは九条さんも同じですし」

「いつでもどこでも眠れる九条さんと光ちゃんじゃ違うってー」

 立ち上がりながら帰りの準備を行う。九条さんも最後のポッキーを一気に頬張り立つ。電気を切りつつ、私は一足早く先に出口に向かった。

 さて今日の夕飯は何にしよう、こう言う時ぐらい自炊しないとね。調査中は外食とかコンビニばっかりだし。ええっと確か冷凍してあった豚肉があったはず。

 そんなことを考えながら、ドアノブを握り、一気にそれを手前に引いた。

 その瞬間ドサッ、と足音に物音がしたのに気がついた。

 ゆっくりと視線を下ろす。見えたのは白色だった。白い紙袋が私の足元に落ちている。全身が凍ってしまったかのように私は動けず、紙袋を注視した。

 袋の口から、黒い髪の毛が見えている。

「…………嘘」

 ポツンと呟いた時、背後から伊藤さんと九条さんが覗き込んだ。そしてまず九条さんがああっと呆れるように天を仰ぎ、伊藤さんは悲痛な声を上げた。

「こ、これ!! さっきの市松人形じゃあ!」

 そう。今私の足元にあるのはあの人形が入った紙袋だったのだ。状況を見るに、ドアノブに掛けてあったに違いない。藤原さんはお寺に持って行くことなく、なんとここに置いて行ってしまったのだ。

 呆然としている私の隣を九条さんが通る。そして落ちているそれを拾った。中身を覗き込んでため息をつく。

「間違いないですね」

 彼はそのまま袋の口を折り曲げて心細い封をした。私は戸惑った声で尋ねる。

「ふ、藤原さんどうして置いていったんでしょう……!」

「さあ、持って行くのが面倒で軽い気持ちで置いていったんですかね」

「そんな!」

「なんという迷惑行為。相手のことも何も考えていないんですね」

 九条さんは少し苛立ったように言う。怪奇が起こる物を、許可もなく人に押し付けるだなんて。しかも、私たちには手に負えないって話したと言うのに。

 伊藤さんが時計を見上げて困ったように呟く。

「お寺に持っていきます? でもここから一時間はかかりますよ、今からじゃあ結構遅くなりますよ。寺は閉まっちゃいます」

 九条さんは考えるように腕を組む。少しそのまま黙った後、伊藤さんに言った。

「伊藤さん、あれどこにありましたっけ」

「え? ああ、はいはい」

 あれ、と言われてすぐに理解する妻のような伊藤さんは、事務所に引き返して引き出しを漁る。そこから取り出してきたのは、一枚のお札だった。そんな物が事務所にあったことを知らなかった私は驚く。

「お札とかあったんですか!?」

 伊藤さんから受け取った九条さんが答える。

「こういった仕事なので、念のため用意してます、あまり使うことはないですがね」

 九条さんはそう言って、お札を紙袋の口に貼り付けた。少し眉を下げて言う。

「応急処置です。お札は多少は相手の力を抑える能力がありますので。このまま事務所で一晩眠らせて明日朝イチで寺にいきましょう」

 九条さんはそう言って、紙袋を事務所内のガラステーブルの上に置いた。お札が貼られた、というだけで私もどこかほっとする。

「お札を貼ったとはいえあまり近くにいない方がいいでしょう。特に伊藤さんは霊に好かれやすいですし。我々はもう帰宅です」

 私たちはそそくさと事務所から出る。白い紙袋を三人で眺めた後、伊藤さんがドアを閉めて施錠した。何度かドアノブを引っ張り、確実に鍵がかかっていることを確認する。

 九条さんははあーとため息をついた。

「やってくれましたね。とんだ尻拭いをさせられるもんです」

 不愉快そうに言った彼に続き、廊下を歩く。エレベーターのボタンを押し、みんなで乗り込んだ。

 伊藤さんも困ったように言う。

「アポなしでしたからねー電話番号もわかんないから問い詰めようがないですね。これからは来た人みんなに連絡先聞かなきゃなのかなあ」

「こんなことは稀だと思いますがね」

 愚痴を言う二人に頷きながら、ふと視線を感じた気がして振り返る。

 もちろんエレベーターの壁があるだけで、後ろに人など存在しない。

(気のせい、かな……)

 私はそう一人納得した。



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