視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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家族の一員

調べ物

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「……大丈夫ですか」

 再生していた映像を止めた九条さんの声が隣から聞こえた。私は返事ができないでいた。全身にぐっしょり汗をかき、不快感でいっぱいだった。

 その瞬間、突如吐き気が起こってうっと口を手で押さえる。胃の内容物が上がってきそうな気配を感じるも、必死に堪えた。自分で見たいって言ったんだ、ここで負けてはだめ。強く己を持つんだ。

 九条さんが無言で私の背中をさすってくれた。その大きな手に少しだけ冷静さを取り戻す。それでも、先ほどの映像が目の前に浮かんで消えてくれない。自分が自分でなくなっていく。自分が自分のものではない。

 あまりに恐ろしすぎる。
 
 初めてあの人形と遭遇したことを思い出す。私のアパートでお風呂上がりに置いてあった。扉を閉じたらその後消えた。でも九条さんの家に行こうとしたらまた玄関前に現れた。

 もしかして——あれは知らぬ間に自分の記憶が繋げられているの? 本当は無意識のうちに自分で事務所に帰って人形を持ち出したんだろうか。だったら、鍵の掛けた事務所から私の家まで移動したことも、お札が破られていたことも説明がつく。全部私がやっていたということ。

 それでも私はぐっと吐くのを堪えた。吐いてたまるか、伊藤さんが買ってきてくれたパン。栄養とって体力もつけるんだから。

 息を乱しながらもなんとか落ち着ける。目を閉じて何度かゆっくり呼吸を落ち着けた。九条さんが感心したように言う。

「よく持ち堪えましたね。あれは流石に普通の人間ならそんなふうにいられませんよ」

「負けたくないから……」

「いい決意です」

 九条さんは少しだけ微笑む。そして一度だけ私の頭をポンと撫でた。私は再び呼吸を意識したあと、九条さんに言う。

「当然ながら全く記憶にないです」

「でしょうね。私が目覚めた時、あなたは人形と共にソファで寝ていた。そして再生してみればあれが映っていたというわけです」

「もしかして今まで人形が移動したりした件、全て私がやっていたんでしょうか」

「全てではないかもしれませんが、可能性としてはありますね」

「……自分のアパートにいるとき、寝てるなんて自覚なかったけど、操られていた?」

「時間の経過が変だと思ったことは?」

「仕事終わりの時間をゆっくり満喫していたし、意識してませんでした……」

 まるで気がつかなかった。自分が操られていること。意識のない間にあんなことをしていたなんて、想像もしていなかった。

 九条さんを眠らせたり私を動かしたり、この人形は随分器用だ。力も強い。これだけ自分を強く持とうと意識しているのに、とっくの昔に私は操られていたのだ。

 私は九条さんの方を見て懇願する。

「九条さん、私を縛ってください」

「そんなことできるわけないでしょう」

「でもそうでもしないと人形の言いなりです、動けないようガチガチに縛っちゃってください!」

「悪いですが私に女性を縛る趣味などありません。伊藤さんに頼んでください」

「え゛。伊藤さん……」

「冗談です」

 こんな時に変な冗談挟むなこのポッキー星人が。

 私は目を座らせて九条さんを見るが、彼は考え込むように腕を組んで言った。

「それに確かに人形に操られるのは危ない傾向ではありますが、今の所問題行動はない。恐らく家族、というワードが多々出てきていることを踏まえると、この子は本当にあなたと家族になりたがっているんでしょうね」

「家族……」

 そうだ、何度か出てきたワード、家族。この子は家族を探しているんだ。

 そう思えば伊藤さんや九条さんがいる中で、なぜ私が好かれたのか理解できる気がした。私には家族と呼べる人がいないからだ。最愛の母を亡くし、血のつながりがある人間もいるが疎遠となっている。

 家族が欲しい、という心の底の欲望を読まれたのかもしれない。

「ですがもちろん、この世のものではない物に体まで乗っ取られている状況はあなたの体力や精神力を考えると極めてよろしくない。このままでは喰われます」

 どきりと胸が鳴る。喰われる、という言い方は、具体的にどうなってしまうのか。今の私に聞く勇気はなかった。
 
 彼は苛立つように頭を掻く。

「何も動けない……こんな八方塞がりな事態も初めてです」

 九条さんはもう何も映っていない画面を睨みつけて悔しそうに呟いた。私もため息を漏らして俯く。

 ふと誰かに呼ばれた気がして、そのまま背後を振り返った。

 先ほど後ろを向かせたはずの人形が、こちらを見て笑っていた。









 外はすっかり暗くなっていた。時刻はもう二十時を回っている。私はソファの下で膝を抱えながら、窓から外を眺めていた。

 九条さんはあれ以降も映像を見返して気になる点はないか観察したり、連絡のつかない除霊師に再度連絡をとってみたり、普段の事務所での様子が嘘のようにずっと動いてくれていた。

 しかし残念ながら人形について進展することは何一つない。

 私たちは姿が視える、そして話せることを特技として浄霊を目指してきた。祓うことや霊の本質を見抜く能力は持ち合わせていない。依頼者から聞く話を頼りに調べ物をしたりして毎回進む。

 だからこんな形は動けなくなって当然なのだ。優れた霊能者でもないし依頼者も逃亡。手元に何の情報もなく力が強い人形があるだけ。敵うはずもない。

 夕飯も喉を通らないが食べないわけにもいかず、先ほど無理矢理インスタントのものを温めて食べた。味は全くしないし、お腹が膨れているのか空腹なのかもよくわからなかった。

(そういえば伊藤さん、遅いな……)

 私のためにこの寒い中外を走り回ってくれているのかと思うと頭が上がらない。何か情報が掴めただろうか、さすがの伊藤さんといえどもこの状況から有益な情報をとってくるのは流石に難しいだろうと思う。

 私は膝に頭を置いた。このまま自分がどうなっていくんだろう。麗香さんが来るまで持ち堪えられるのかな。

 そう思っていた時、玄関の戸が開いた音がした。ぱっと顔を上げる。ここに入って来れるのは伊藤さんだ、それしかいない。

 伊藤さんにしては珍しく慌ただしい足音が響いた。廊下を駆けてくる音と共に、リビングのドアが思い切り開かれる。

「お疲れ様です!」

 やはり、伊藤さんだった。寒さからか鼻が赤くなっていた。私は少しだけ顔を綻ばせて迎える。

「伊藤さん、おかえりなさ」

「来ましたよ、来ましたよーー!」

 私の挨拶も被せるように、彼は興奮したように声を出した。なんだか珍しいことでキョトンとしてしまう。伊藤さんはコートを脱ぐこともないまま九条さんに向き直る。九条さんも何やら察したそうで、ハッとした顔で伊藤さんを見上げた。


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