視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
414 / 450
九条尚久と憑かれやすい青年

ここで何があったのか

しおりを挟む
 九条がすぐに伊藤のそばへと駆け寄る。

 頭から足まで、すっぽりと白いタオルケットが覆っていた。その中がわずかに動いており、少しずつ盛り上がってきている。九条はじっとそれを真剣な目で見つめた後、長い指でそっとタオルケットを引いてみる。

 まず、伊藤の髪が見え、次に額が出てくる。彼は眉間に皺をよせ、どこか苦しそうにしている。そしてタオルケットが顎まで下がったところで、そのすぐ下に真っ黒な後頭部が出現した。

 艶がなく、痛んだ黒髪は大きく広がっていた。だが、九条にはただ黒い塊が伊藤の上に覆いかぶさっているように映る。なんとなく女性だ、ということは直感で分かった。

(とんでもない物に好かれているな)

 彼は心の中でそう苦々しく呟いた。寝ている間に布団の中でこれほど密着してくる霊だなんて、執着心が強く、普通の霊ではないだろう。昼間に見た、伊藤にしがみついていた霊たちは可愛いものだった。

 そこで九条は初めて声を出す。

「あなた、そこで何をしてるんです」

 その声に、相手はピクリと反応した。それを確認したあと、九条はなおも続ける。

「その人に何がしたいんですか? 何か恨みでも?」

 女は動かず、そして何も答えなかった。簡単には教えてくれないようだ。

 我慢強く待ち、何度も質問を繰り返すが、状況は変わらない。その間、伊藤は苦しそうに唸っている。これ以上は伊藤の体によくないと判断した九条は、しびれを切らしてついにタオルケットを全て剥がした。

 体をまっすぐにさせた伊藤を、女がしっかり手足を絡みつかせて抱きついている。あまりに異様なその姿に、九条も一瞬息を呑んだ。

 だがすぐに、すうっと女が消えていく。姿が見えなくなったところで、苦しげだった伊藤の呼吸が正常に戻った。九条は辺りを見回すが、部屋の空気感も戻ってしまっており、霊がいなくなってしまったのは間違いないようだった。九条がすぐさま部屋の電気をつけると、その眩しさで顔をしかめながら伊藤が目を覚ます。

「うーん……?」

「伊藤さん?」

「……え? どうしたんですか?」

 彼は寝ぼけ眼で上半身を起こした。あまりに普通のトーンで話すので、九条は呆れたように彼に言う。

「あなた、あんなに苦しそうだったのに何も覚えてないんですか?」

「え、僕苦しそうでした?」

「……鈍感であることはいいことでもあると思っていましたが、レベルが違いますね。どうなってるんですかあなたの鈍感さは」

「待ってください、てことは何か来たんですか?」

 おびえた顔でそう尋ねてくる伊藤の質問に答えず、九条はずいっと顔を彼に寄せた。そして、人差し指でそっと首を撫でる。

「増えてる……」

「へ?」

「首に巻きついている髪の毛が、増えています」

 それを聞き、伊藤の全身に寒気が走った。自分では何も触れることが出来ない、でも確実に苦しめている謎の髪の毛。混乱するように伊藤は言う。

「僕、普通に寝て、今さっき電気を付けられるまで何も感じてませんでしたよ!? 熟睡してたんです、悪夢を見るわけでもないですし……」

「つい先ほど、女が現れました。どこかというと、あなたのタオルケットの中にです。気が付いたら寝ているあなたの体にしがみついていたんですよ」

 九条の説明を聞き、伊藤は絶句する。普段なら一番心休まるであろう自分のベッドが、突如恐ろしい物に見えた。見知らぬ女に抱き着かれながら、このベッドで寝ていたというのか。

……もしかして、今までも?

 九条は頭を掻く。

「目的を聞き出そうとしましたが、残念ながら聞けませんでした。相手が会話すら出来ない状態のようです。霊は怒りや悲しみ、恨みなど、とにかくあまりに強い念を持っているとすぐに会話が成立しないことがあるんです」

「じゃ、じゃあどうするんですか!?」

「やはり情報が何より大事です。相手のことを知った上で話しかけると、効果はまるで違いますからね。朝になったらすぐに動きましょう」

「……はい」

「私は録画したものを見てみます」

「ぼ、僕も見たいです」

「あまりお勧めはしませんよ」

 それでも伊藤はベッドから降りて九条の隣に並び、モニターを眺めた。ところが、録画した映像は九条が立ち上がったところからプツリと切れており、肝心のシーンはまるで映っていなかったのだ。

 九条は深いため息をついた。

「力が強い霊だと、こういうことはよくあります」

「……」

「一応録画は続けますが、映る可能性は低いかもしれません。仕方ないですね、とりあえず朝まで待ちましょう。もう一度寝てていいですよ」

「僕、さすがにもう眠れないかと思うんですが……」

 真っ青な顔で伊藤はそう言った。知らぬ間に女がベッドに入り込んでいたなんて真実を知ってしまえば、睡眠すら恐ろしいものになってしまうのはごく普通の感覚だろう。九条も頷いた。

「まあ、そうなりますよね。でも体力が落ちるとよくないですよ、隙が出来るのでなおさら霊がやりたい放題になるかも」

「ひぇ」

「眠れないとしても、横になっててください。電気は付けたままでいましょう。少しでも眠れたらラッキーぐらいの気持ちで」

 そう提案された伊藤は素直に受け入れた。とはいえ、もうベッドを使う気にはなれなかったので、床に枕を置いて寝そべる。タオルケットも嫌だったので、クローゼットにしまってある冬用の毛布を敷いた。

 九条の隣にいるというだけで、少し恐怖心が薄れた気がする。煌々と光る電気を見ながら、果たしてどうしてこんなことになってしまったのだろう、と頭を悩ませた。

 引っ越しのタイミングで首に苦しさを覚えたのだから、このマンションが原因であることは間違いない。

 一体、ここで何があったというのか?

しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。