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九条尚久と憑かれやすい青年
映像に残っていたもの
しおりを挟む部屋に帰り、九条が寝ていた時の記録を二人で見返すことになった。床に座り込み、録画しておいた映像を九条が操作する。
とはいえ、昨晩女が現れた時は録画が止まってしまっていたので、今回も映る可能性は低いだろう、というのが九条の考えだ。
慣れた手つきで、九条が機器を操作する。
「念のため聞きますが、伊藤さんは何も感じなかったし見なかったですね?」
「はい、九条さんがうなされてることしか分からなかったです……」
「でしょうね。あれだけ霊に好かれやすい体質でありながら、これまでの人生一度も恐怖体験をしたことがないなら、そっちの才能が本当にゼロなんでしょう。とんでもなく凶悪な霊が相手なら分かりませんが、そんなものあまり出会いませんからね」
「見えなくて幸せでもあるんですけど、その間に布団の中に知らない女が入っていたと知ってしまったので、何が正解か分からないです……」
「それに関しては同情します」
会話を交わしつつ、九条は問題のシーンを再生しだした。画面の中で、一番奥にレースのカーテンがかけられた窓が見える。九条はベッドで寝ており、少し離れたところで伊藤がスマホを見ているところだ。特に変わった様子はなく、静かな映像だ。
しばらくそのまま映像が流れる。
「この辺りです」
九条が低い声を出したので、伊藤もじっと画面に集中する。
映像の中で、九条がもぞもぞと動いたのが分かった。不快そうにゆっくり首を左右に振る。そして、微かにうめき声を上げたのを、カメラはとらえていた。
スマホを見ていた伊藤もそれに気づき、九条の方を見る。立ち上がり、九条の隣へ移動し顔を覗き込んだ。
『うう……ん』
さらにはっきりうめき声が聞こえる。途端、画面を見ていた九条が大きな声を上げた。
「奥です!」
言われた通り伊藤は部屋の奥に視線を動かした。すると、レースのカーテンに、ぼんやりと影が浮かび上がってくる。呼吸すらも止めて見入っていると、どんどん影が濃くなっていくのが分かった。
女だ。髪の長い女が、じっと動かずこちらを見ている。うめき苦しむ九条を、それを心配する伊藤を、ただ黙って観察し続けている。顔がはっきりとは見えないが、なぜか楽しそうだ、と伊藤は感じた。
『九条さん! 九条さん!』
映像の中で伊藤が叫ぶと、その瞬間カーテンが風もないのにわずかに揺れた。ほんの十センチほどだけ隙間ができ、そこから見えたのはおぞましい『目』だった。
見開いて白目が大きくなった目は、九条と伊藤の様子を眺めている。前髪が長く、目にかかるぐらいの長さだ。さらに、白いシャツらしきものと黒いスカートまでが見えた。
そして、生きてる人間とは到底思えない真っ白な肌をした首には、一本のロープがぶら下がっていた。
「わっ……!」
つい伊藤が声を上げた時、丁度モニターの中の九条が目を冷ました時だった。同時に、ベランダにいた女は姿を消す。気付かない二人はそのまま洗面所に行ってしまい、部屋に誰もいなくなってしまった。
静かになったところで、九条が映像を止めた。伊藤は真っ青な顔になり、体中にびっしょりと汗をかいていた。
「……み、見えました……僕、にも」
途切れ途切れに言う彼に、九条は淡々と答える。
「やっぱり映像に映れば見えますね」
「見える人は、普段からあ、あんな怖い物を見て生きてるんですか!」
「はっきり見える人も結構いますからね。そういう人たちは確かに大変でしょうね」
伊藤はどっと疲れを感じて脱力した。あまりの恐ろしさに、少し手が震えている。
未だかつて、霊という存在を間近に感じたことはなかった。体調不良にはなるものの、霊を見ることもないし、明らかなポルターガイストなども体験したことはない。霊に好かれやすいという特殊な体質も大人になるまで知らなかったぐらいだ。
だからまさか、本物がこれほど恐ろしいとは知らなかった。心霊番組で流れる映像など比ではない。あんなものが、自分に取りついているというのか。
「とんでもない姿でした……なんか、楽しんでる感じが伝わってきてました」
「そうですね。首にロープが巻き付いてあったのは見えましたか? やはり、円城寺綾子で間違いないでしょう」
「やっぱり……」
好きな男に振り向いてもらえず、自殺した女。想いが報われなかったのは同情出来るが、生前から包丁を持ち出したりと過激な性格で、なおかつ死んでからも人を攻撃するなど、身勝手この上ないと伊藤は思う。
……口には出せないが。どこで聞いているか分からない。
「どうするんですか、あれ……九条さんのやり方は浄霊ってことでしたけど、結構厄介そうな相手じゃないですか?」
不安げに伊藤が聞くと、九条は腕を組んで考えながら答える。
「身元が判明したので、今度はなぜこの世に留まっているかの理由を本人の口から聞きたいですね。『寂しいから誰かを連れて行きたい』というものだと確定したなら、少し私に考えがあります」
「え!」
「まあ……それは理由がはっきりしてから伝えます。今夜、あなたが眠った後、円城寺綾子が出た時話しかけてみます。昨晩はだめでしたが、名前を呼びかければ反応してくれる可能性は高いです」
九条がそう言ったので、伊藤はそれ以上追及しなかった。ただ、自分は直接は見えないとはいえ、また夜にこの部屋で眠らねばならないのか、という点がひたすら憂鬱だった。
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