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2024.11.11
悪夢
しおりを挟むここ、『心霊調査事務所』だなんていう怪しい響きの場所に採用されて少し。私は広いとは言えない事務所で椅子に座り、困り果てていた。
「仕事、来ませんね……」
ポツリと呟くと、近くのデスクでパソコンを見ていた伊藤さんがひょこっとこちらを向いてくる。
「誰も来ないねー電話も鳴らないし」
ちらりと入口の扉を見てみるが、うんともすんとも言わず静かなものだ。実はここ一週間、あそこをくぐったのは私たちしかいない。
そう、依頼が全く来ないのだ。
ここに勤め始めてすぐの頃は、ひっきりなしに依頼が来て驚いた。世の中こんなに怪奇現象に悩む人がいるんだ、と。九条さんと忙しく動き回りいろいろな事件にかかわったものだが、今月に入ってまるで依頼が来なくなってしまった。
依頼がなければやることがない。伊藤さんに他の仕事の手伝いを申し出るも、さすがに彼も何もないらしかった。ここ一週間で、できる仕事は全て終わってしまったらしい。
『暇なときは何しててもいいんだよ。漫画とか本持ってきてもいいし、ネット見ててもいいし』
『えっ、でも……』
『依頼があるときは寝れなかったりして大変なんだから、暇なときは思い切り寛げばいいんだよ。この事務所はそういうスタンスなの。ほら』
と言って指をさした方には、ソファで寝息を立てる九条さんがいた。確かに、九条さんは寝てるかテレビを見てるかで、かなり自由だけれど……。
困っている私をよそに、伊藤さんは家から漫画を持ってきて読んでいたので、本当にそんな感じでいいんだ、と分かった。もしかしたら困っている私を見て、まずは自分が寛いでみよう、と思ったのかもしれない。
それから私も、恐る恐る雑誌を持ってきて見ていたりする。そのうち仕事が来るだろう、と思っていたのだが、今日も何もない。
こんな状態で、お給料とか大丈夫なんだろうか……。三人も雇っているのに。
そう心配になってしまう私の心を読んだように、伊藤さんが裏から持ってきたおせんべいを齧りながら言う。
「ああ、先月も先々月も結構依頼が多かったから、今月は何もしなくても十分経営は出来るんだよ」
「え、そうなんですか!?」
「そうそう。大丈夫、うちの事務所は経営的にかなり潤ってるから」
笑いながらおせんべいを食べる伊藤さん。私は辺りを見回した。
ここの家賃とか私たちの人件費とか光熱費とか、いろいろ出費は多いだろうに、結構収入があるんだなあ、ここ。確かに九条さんは儲かる、なんて言っていたけど。
「とはいえ、普通の会社に勤めてた人が急に自由でいいよ、って言われても困るよね? 光ちゃんは特に真面目そうだからなあ。僕も始めは戸惑ったけど、責任者である九条さんがいつもああだしいいでしょ。おせんべいいる?」
伊藤さんがちらりと視線を送った先には、やっぱり九条さんがソファで仰向けの状態で寝ていた。彼は依頼がないとほぼ寝ているけど、夜は何をしているんだろうか。まさかの夜行性とか?
「い、いただきます、ありがとうございます。九条さんってあんな狭い場所でよく熟睡できますよね……しかもあんなに寝て、頭痛くなりそう」
おせんべいを一枚頂きながら私が言うと、伊藤さんは困ったように肩をすくめた。
「僕が来た時からああだよ。あの人、人生の選択肢に寝るかポッキー食べるかの二択しか出てこないんだと思う」
「あは! 何もイベントが起きそうにない選択ですね。でもほんと、その二つくらいにしか興味なさそうですよね……仕事はちゃんとしてますけど。趣味もないみたいだし」
「暇だし何しててもいいんだけどさ。あ、そうだ。夜ラーメン食べに行こうよ、九条さんのおごりで!」
「おごりなのを私たちが決めていいんですか……」
「あはは、いいのいいの」
伊藤さんはよくこうやって九条さんのおごりにしてくれる。確か、伊藤さんより九条さんが一つ年上で私たちの中では一番上だ。先輩が後輩におごると言えば普通のことではあるのだが、後輩がおごりを決めるということもなかなかない。
まあ、二人の信頼関係がなせる業なのかな。私は一人でおせんべいを食べながら笑う。
するとその時、奥から小さなうめき声が聞こえてきたのでぎょっとした。伊藤さんと二人で振り返ってみると、九条さんが顔を歪めていることに気が付いた。
「……あれ、うなされてますか?」
「みたいだね。珍しい」
九条さんはいつも、睡眠中ほぼ動かず寝息を立てるだけで、寝言を言うとかそんな様子は一切ない。そんな彼がうなされているところなんて初めて見た。
九条さんは小さく首を振るようにし、明らかに嫌そうにしている。
「起こした方がいいでしょうか。九条さんがうなされるなんて……」
「とはいっても、なかなか起きないんだよなあ九条さん。ポッキーが販売中止になった夢でも見てるのかな」
「確かに、九条さんの見る悪夢ってそんな感じでしょうね……何かに怖いとか思うタイプでもないし……」
「じゃあ販売中止になってませんよと教えてあげようかな」
伊藤さんはそう言って、奥からポッキーの箱を取ってくる。九条さんを起こすにはこれが必須だ。ちなみに私はまだ九条さんの起こし方を習得していない。
伊藤さんが封を開け、そのうちの一本を九条さんの口に入れようとした時だった。
突然九条さんががばっと起き上がった。九条さんを覗き込んでいた伊藤さんにぶつかりそうだった。伊藤さんは驚いて声を上げる。
「うわっ! びっくりしたー!」
「……伊藤さん」
「あ、今起こそうと思ってたんですよ。九条さん、うなされてましたよ。はい」
九条さんはまだ起きて頭がはっきりしていないのか、どこか呆然としている。悪夢からさめきっていないのか、どこか顔色もよくない。
伊藤さんにポッキーを差し出された九条さんはそっと受け取り、それを齧ってほっとしたような声を出す。
「ああ、夢ですか……それでうなされていたんですね私。普段、夢なんてあまり見ないタイプなんですが」
「凄く苦しそうにしてて、珍しいなって思いました。何の夢見てたんですか? ポッキーが販売停止にでもなったんですか」
「いいえ。もっと恐ろしい夢でした」
九条さんがそんなことを言ったので、私たちは顔を見合わせる。ポッキーの販売停止よりもっと怖い? 九条さんにそれ以上の恐怖があるというのか。人類滅亡とか、地球が終わるとかだろうか?
私もつい、気になって口を挟んでしまう。
「え、どんな夢だったんですか?」
九条さんは無言でポッキーを食べ終え、すっと伊藤さんに手を差し出した。もっとよこせと言っているらしい。伊藤さんから残りのポッキーを受け取り袋に指を突っ込みながら、九条さんは言う。
「伊藤さんと光さんが、仕事中に倒れてしまったんです」
「……え?」
「原因はわからず、霊が関係しているのか、それとも病気なのか、それを探ろうと必死になってて……」
「……」
「と、いう夢でした」
説明を終えた九条さんはふうと一息つく。私と伊藤さんは、固まったまま動けずにいた。
……ポッキー販売停止より、そっちの方が恐ろしいって思ってくれてるんだ……
普通に考えたら、『ポッキーより……』なんて思うこと自体意味がわからないと思うのだが、九条さんにとってあれは命の源だと知っているから感激もしてしまう。だって彼の人生の唯一の楽しみなのに。なんだかソワソワして落ち着かない。恥ずかしいのと、嬉しいのとごっちゃまぜ。
伊藤さんも同じだったようで、私を見て笑った。
そういえば九条さんって、人に興味なさそうな顔をしてるけど、ちゃんと周りの人を大事にしてるんだったな……。
「はあ、嫌な目覚めでした。ところで依頼……は来てないようですね。まあ暇な時間も必要でしょう。二人ともゆっくりしててください」
「すでにゆっくりしてますから大丈夫です! あ、九条さん、今日終わったらみんなでラーメン行きません?」
「ああ、いいですけど」
「僕のおごりで!」
「……珍しいですね」
九条さんが目を丸くしてそう言った。私は笑いながら言う。
「私も奢ります!」
「それではラーメン二杯になってしまうのでは」
「じゃあ私は餃子を奢ります!」
「はあ、ありがとうございます。私今日誕生日でしたっけ」
急に私たちが驕るだなんて言いだしたので、九条さんが不思議そうに頭を搔く中、私と伊藤さんだけが笑っていた。
ありがとうございました!
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