溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

文字の大きさ
12 / 38

発熱

しおりを挟む


 翌朝、愛理が目を覚ますともう十時近くになっていた。よく寝たな、とあくびしながら体を起こす。ゆっくりベッドから下りて洗面所へ向かった。

 寝ぼけ眼で歯磨きをしながら、今日は何も予定がなかったな、とぼんやり考えた。

 最近は引っ越し作業をしたり、買い物に行ったり千紗が来たり……あまりまったり出来なかった。今日は一日フリーなので、昼間からだらだらビールでも飲んでしまおうか。もし湊斗も予定がないのなら、飲みながらゲームをするのがいいかもしれない。

「おお、充実した一日になりそうだ!」

 目をらんらんと輝かせると、早速湊斗を誘うためにリビングへ入った。湊斗は休日でも朝早めに起きることが多いので、とっくにリビングにいるかと思ったのだ。

「あれ……まだ寝てるのか」

 がらんとしたリビングを見て首を傾げる。自分とは違って休日も早起きの湊斗だが、今日はゆっくりしてるのか。

「ま、そういう時もあるよね。湊斗だって疲れを取らないと。起きたら誘おう」

 そう独り言を言って自分の部屋に戻ると、置いてあったスマホが光っていることに気が付く。見てみると、湊斗からだった。

『ちょっと体調がすぐれないから、寝てるね。食事は自分で作ってもらえる? ごめん』

「……え」

 湊斗が体調不良?

 隣の部屋から小さな物音が聞こえた。湊斗だ。どうやら体調が悪いので部屋に籠るつもりらしかった。

(湊斗でも体調崩したりするんだ……って、当たり前か、人間なんだし)

 ただ、彼が寝込んでいる姿が想像つかなかった。完全無欠で、いつだって涼しい顔をしている人のイメージだからだ。

 愛理は心配になりすぐに隣の部屋へ向かう。コンコンとノックをした。

「湊斗? 大丈夫なの?」

 少しして、掠れた声が返ってくる。

「うん、寝てれば治るから。愛理はゆっくりしてて」

「風邪なの? 声、酷い」

「……軽い風邪。うつったら大変だから」

「熱は?」

「少しあるだけだから」

「薬は飲んだの? 何か食べられそう? 水分取らないと」

「……もう飲んだから。水分だけ、ペットボトルを部屋の前に置いといてくれる?」

 湊斗は明るく振舞おうとしているようだが、愛理はすぐに気づいた。これはかなり無理している。なぜならいつもの湊斗と大分雰囲気が違う。

(嘘だ……なんで隠すの? 同居してるんだし、私に頼ればいいのに)

 愛理は目を据わらせて、勢いよく扉を開けた。ベッドの上で目を丸くしている湊斗が視界に入る。

 すっきりした部屋だった。自分の部屋よりずっと物が少ないな、と愛理は心の中で思う。共通しているのは、漫画が本棚にぎっしりあるところだった。だが湊斗の部屋は漫画だけではなく、難しそうな本も同様に並んでいる。

 愛理はつかつかと湊斗のそばへ寄ると、一目で彼の重症さを見抜いた。湊斗は顔色が悪く、どこかげっそりしていたのだ。目は真っ赤に充血し、唇は乾燥して割れている。

「どこが軽い風邪なの! 死にそうな顔してるじゃん!」

 そう言ってすぐさま湊斗のおでこに手を伸ばすと、あまりの熱さにひいっと声を上げた。

「あっつ! あっつ! 何度あるの!?」

「……えっと、38度くらい、かな……」

 そう答えた湊斗を愛理はぎろりと睨む。サイドテーブルに体温計が置いてあるのを見つけ、すぐに電源を入れた。最近の体温計は、前回の測定値が表示されるものが多い。

「あ、愛理……!」

「ひいっ! 嘘つけ、40度あるじゃん! なんで軽傷だなんて嘘つくの!」

 これほど高熱なら、かなり辛いはずだ。自分に頼ってくれればいいものを、なぜ頑なに嘘をついたのか。

 もう嘘をつき続けられないと観念した湊斗は、ぐったりしつつ乱れた息で何とか答える。

「……だって……弱ってるとこ、かっこ悪い……」

 しかも多分、熱を出したのはここ最近冷水を浴びまくったせいもある気がする。あまりにダサすぎる原因で自分でも呆れている……ぼうっとする頭で湊斗はそんなことを考えた。

 愛理に看病してもらえるなら、そりゃ最高に嬉しい。でもそれより、愛理にかっこ悪い所を見せたくないと思う方が強かった。これまで愛理に何とかいい男と意識してもらうため、全てを頑張ってきた。

 勉強も、スポーツも、立ち振る舞いも。おかげで先日、愛理から『文句のつけようがない人』と評価を得られた。なんでもできる完璧な男が、ここで弱っている所を見せるわけにはいかない。汗だくで髪もぐちゃぐちゃ、それにどうもぼうっとして頭が回らないので、変な発言をしてしまうかもしれない。

 だが愛理は一瞬ぽかんとしたあと、湊斗を𠮟りつけた。

「誰だって体調崩すことぐらいあるでしょう! それをかっこ悪いなんて思わないから!」

「……え……でも(原因は間違いなくかっこ悪いんだけど……)」

「むしろ噓つかれる方が嫌なんだけど? なんか食べた? 薬は飲めたの?」

 ぎろりと睨まれながらそう聞かれ、湊斗はおずおずと真実を語る。

「……何も食べてない……薬も、まだ……起き上がれなくて……」

 愛理はふうとため息をついた。40度も熱があれば、なかなか動けなくて当然とも言える。

「持ってくる。何も食べてないなら、一口でも食べた方がいいね。おかゆとか、雑炊食べられそう?」

「……愛理が作るの?」

「失礼な。それぐらいなら作れるから」

「そういう意味じゃなくて……少しなら食べられます」

「よしちょっと待ってて。あ、その前に冷やすものと水分補給と……」

 愛理はすぐさま動き出す。プライベートはだらしない部分もある愛理だが、仕事はできるので、こういう時の手際はかなりいい。高熱の湊斗の体を冷やす物を運び、水分を飲ませ、すぐにキッチンに立った。

 普段湊斗が料理をしてくれているので、引っ越してきてから初めて料理をする。料理は得意ではないが、うどんや炒飯、オムライスなど、簡単なものなら一人暮らしの時に作ったことはある。

 まず冷蔵庫の中や調味料を確認した。

(調味料の種類も把握してないなんて……ちょっと湊斗に頼りすぎてたかな……掃除とかはちゃんとしてるけど、やっぱりたまには私も料理しないと。治ったら当番制を提案してみよう)

 愛理は密かに反省する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

夜更けにほどける想い

yukataka
恋愛
雨粒の音に紛れて、久しぶりの通知が鳴った。 もう恋はしないと決めた夜に、彼の名前が戻ってきた。 これは、四十代を迎えた主人公が同窓会でかつての恋人と再会し、心を揺らす物語です。 過去の未練と現在の生活、そして再び芽生える恋心。 やがて二人は、心と体を重ね合わせることで、忘れていた自分自身を取り戻していきます。 切なくも温かい、大人の純愛ストーリーです。 四十四歳の篠原夕は、企画会社で走り続けてきた。離婚から三年。実母の通院に付き添いながら、仕事の締切を積み木のように積み上げる日々。同窓会の知らせが届いた秋雨の夜、幹事の真紀に押し切られるように参加を決めた会場で、夕は久我陸と再会する。高校時代、互いに好き合いながら言葉にできなかった相手だ。近況を交わすうち、沈黙がやさしく戻ってくる。ビストロ、川沿い、駅前のラウンジ。途切れた時間を縫うように、ふたりは少しずつ距離を縮める。冬、陸は地方出張の辞令を受ける。夕は迷いながらも、今の自分で相手に向き合うと決める。ある夜、雪の予報。小さな部屋で肩を寄せた体温は、若い頃よりあたたかかった。春が来る。選ぶのは、約束ではなく、毎日の小さな行き来。夕は言葉を尽くすこと、沈黙を恐れないことを学び直し、ふたりは「終わりから始める」恋を続けていく。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

処理中です...