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パニック!
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「あ、ああ、うん……じゃ、じゃあそうしよう」
「えっ。いやあの、さっきの俺はぼうっとしてたから……」
「よ、よし、まずは薬を出して、っと……」
「あ、愛理?」
愛理の耳に、湊斗の声は全く届いていなかった。
湊斗に『飲ませて』と言われた途端、昨日湊斗に対してドキドキしてしまった感覚が一気に蘇ったのだ。湊斗は深い意味で言ったんじゃない、きっとまだ体調がすぐれないだけだ、と自分に言い聞かせながらも、意識しだしたら止まらない。
でもとにかくいつも通りにしなきゃ……と半ばパニックになりながら、薬を飲ませようと必死になっているのだ。
取り出した錠剤を指先で摘まむと、愛理はずいっと湊斗に向かって突き出した。真っ赤な顔で。
それを見た湊斗は『本当に飲ませるつもりなのか』とこれまた半ばパニックになりながら、口を開けた。真っ赤な顔で。
ここに紅葉のような二人が完成した。
ぶるぶる震える手で、湊斗の口に薬を運ぼうとする愛理だが、緊張して上手く行かない。それと同時に、湊斗はだらだらと全身に汗をかいた。
(……愛理に口腔内を見られているみたいで、もうだめだ!! 恥ずかしくて死ぬ!!)
愛理がようやく口に放り込んだと思った瞬間、湊斗が口を閉じてしまい、錠剤は唇にぶつかって吹っ飛んだ。
「あ」
「え」
錠剤はころころと床に転がっていった。一瞬固まった二人だが、同時に慌てた様子で錠剤の姿を探し出す。
「ご、ごめん! 上手く口の中に入れられなかった!」
「いや、俺が口を閉じたから! ていうかそもそも飲ませてなんて言ってごめん!」
「それは全然いいの! ちょっと緊張しちゃっただけだから!」
「え、でも雑炊の時は……」
全然普通だったじゃないか。
そう思って湊斗が顔を上げてみると、困ったような顔をしながら床を見つめる愛理の姿が目に入った。その顔は未だに真っ赤に染まっている。その光景を見ながら呆然と湊斗は思った。
(……やっぱり、なんか変だ……)
昨日も少し感じた違和感。愛理の様子がどこかおかしい。今日帰宅してきたときはいつも通りだったので気のせいかとも思ったが、やはり気のせいなんかじゃない。
いつもと何かが違う。
「……愛理」
「え、えーっと、薬どこに落ちたんだろうねえ? やだなあもう、あはは。あ、あった!」
愛理は転がっていた小さな白い錠剤を手に取り、埃を払った。無理やり笑った様子で湊斗に振り返る。
「ほらあったよ、湊斗!」
途端、その笑顔が固まる。思ったより近くに湊斗の顔があったからだ。
湊斗は普段とは全く違った、非常に真剣な顔で愛理を見ていた。どこか熱っぽいその目には、戸惑った愛理の顔が映っている。湊斗がこれまで見たことがない顔だった。
「じゃあ……ちょうだい」
そう囁いた湊斗の声は、いつもより色っぽく聞こえて愛理の心臓は跳ねる。
完全に今までとは何かが変わってしまった。幼い頃から姉弟のように育ってきた湊斗が、全く知らない男性になってしまったようだ。どうして急に? なぜ自分はこんなにドキドキしてしまっているんだろう。あの湊斗に。一度も異性としてなんか見たことがない湊斗に。
湊斗の長いまつ毛やさらりとした髪が間近に見える。見慣れたはずの相手なのに、なぜこんなにも特別に見えてしまうのか。
「あ……」
このままだと、心臓が壊れるかもしれない。
「……っていうか、自分で飲めるでしょう!!!」
愛理は大きな声でそう言って湊斗の体を押し返した。今更ながら、こんなに元気そうな湊斗になぜ薬を飲ませる必要がないと気づいたのだ。
湊斗はあははっといつものように笑った。
「バレた?」
「も、もう! はい薬。私はお風呂に入ってくるから、ちゃんと飲んで!」
「はーい」
「まったく……元気なんじゃん……」
ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がり、愛理は頬を赤く染めたままリビングから出て行った。これは冷水でも浴びて頭をスッキリさせるしかない、と心で思いながら。
そんな愛理をにこにこ見送った湊斗だが、リビングの扉が閉まり数十秒後、一気に脱力してその場にどさっと崩れ落ちた。目を見開いたまま驚愕の表情で固まる。
(なんだ今のなんだ今のなんだ今の……! えっ、なんか何が起こったかよくわかんなかったけど、なんかいい感じ……?)
いい感じだよな? あれどう見ても異性として意識されてそうだったよなあ!!?
今までの愛理だったらあんな反応はしなかった。顔を真っ赤にして、手を震わせて、恥ずかしそうにしていた。思い出すと愛理が可愛すぎて胸が締め付けられて死にそうだった。死因:尊死。
だが同時に、湊斗は首を傾げる。
「でも何で急に……? 昨日の雑炊まで普通だったし。寝ちゃって、起きてからなんか変な感じだったけど。寝言でなんか言ったのか……?」
考えても考えてもわからない。その原因がわかれば、これからの動き方にも違いが出てきそうなのだが……。
だがわからないものは仕方ない。大事なのは、愛理は嫌がってるわけではなさそうで、むしろ自分を意識し始めてくれているのだということ。
長かった……ここまでどれだけの時間と労力を使ったのだろう。
湊斗は起き上がり、拳を握った。
「絶対本物の夫婦になって見せる」
「えっ。いやあの、さっきの俺はぼうっとしてたから……」
「よ、よし、まずは薬を出して、っと……」
「あ、愛理?」
愛理の耳に、湊斗の声は全く届いていなかった。
湊斗に『飲ませて』と言われた途端、昨日湊斗に対してドキドキしてしまった感覚が一気に蘇ったのだ。湊斗は深い意味で言ったんじゃない、きっとまだ体調がすぐれないだけだ、と自分に言い聞かせながらも、意識しだしたら止まらない。
でもとにかくいつも通りにしなきゃ……と半ばパニックになりながら、薬を飲ませようと必死になっているのだ。
取り出した錠剤を指先で摘まむと、愛理はずいっと湊斗に向かって突き出した。真っ赤な顔で。
それを見た湊斗は『本当に飲ませるつもりなのか』とこれまた半ばパニックになりながら、口を開けた。真っ赤な顔で。
ここに紅葉のような二人が完成した。
ぶるぶる震える手で、湊斗の口に薬を運ぼうとする愛理だが、緊張して上手く行かない。それと同時に、湊斗はだらだらと全身に汗をかいた。
(……愛理に口腔内を見られているみたいで、もうだめだ!! 恥ずかしくて死ぬ!!)
愛理がようやく口に放り込んだと思った瞬間、湊斗が口を閉じてしまい、錠剤は唇にぶつかって吹っ飛んだ。
「あ」
「え」
錠剤はころころと床に転がっていった。一瞬固まった二人だが、同時に慌てた様子で錠剤の姿を探し出す。
「ご、ごめん! 上手く口の中に入れられなかった!」
「いや、俺が口を閉じたから! ていうかそもそも飲ませてなんて言ってごめん!」
「それは全然いいの! ちょっと緊張しちゃっただけだから!」
「え、でも雑炊の時は……」
全然普通だったじゃないか。
そう思って湊斗が顔を上げてみると、困ったような顔をしながら床を見つめる愛理の姿が目に入った。その顔は未だに真っ赤に染まっている。その光景を見ながら呆然と湊斗は思った。
(……やっぱり、なんか変だ……)
昨日も少し感じた違和感。愛理の様子がどこかおかしい。今日帰宅してきたときはいつも通りだったので気のせいかとも思ったが、やはり気のせいなんかじゃない。
いつもと何かが違う。
「……愛理」
「え、えーっと、薬どこに落ちたんだろうねえ? やだなあもう、あはは。あ、あった!」
愛理は転がっていた小さな白い錠剤を手に取り、埃を払った。無理やり笑った様子で湊斗に振り返る。
「ほらあったよ、湊斗!」
途端、その笑顔が固まる。思ったより近くに湊斗の顔があったからだ。
湊斗は普段とは全く違った、非常に真剣な顔で愛理を見ていた。どこか熱っぽいその目には、戸惑った愛理の顔が映っている。湊斗がこれまで見たことがない顔だった。
「じゃあ……ちょうだい」
そう囁いた湊斗の声は、いつもより色っぽく聞こえて愛理の心臓は跳ねる。
完全に今までとは何かが変わってしまった。幼い頃から姉弟のように育ってきた湊斗が、全く知らない男性になってしまったようだ。どうして急に? なぜ自分はこんなにドキドキしてしまっているんだろう。あの湊斗に。一度も異性としてなんか見たことがない湊斗に。
湊斗の長いまつ毛やさらりとした髪が間近に見える。見慣れたはずの相手なのに、なぜこんなにも特別に見えてしまうのか。
「あ……」
このままだと、心臓が壊れるかもしれない。
「……っていうか、自分で飲めるでしょう!!!」
愛理は大きな声でそう言って湊斗の体を押し返した。今更ながら、こんなに元気そうな湊斗になぜ薬を飲ませる必要がないと気づいたのだ。
湊斗はあははっといつものように笑った。
「バレた?」
「も、もう! はい薬。私はお風呂に入ってくるから、ちゃんと飲んで!」
「はーい」
「まったく……元気なんじゃん……」
ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がり、愛理は頬を赤く染めたままリビングから出て行った。これは冷水でも浴びて頭をスッキリさせるしかない、と心で思いながら。
そんな愛理をにこにこ見送った湊斗だが、リビングの扉が閉まり数十秒後、一気に脱力してその場にどさっと崩れ落ちた。目を見開いたまま驚愕の表情で固まる。
(なんだ今のなんだ今のなんだ今の……! えっ、なんか何が起こったかよくわかんなかったけど、なんかいい感じ……?)
いい感じだよな? あれどう見ても異性として意識されてそうだったよなあ!!?
今までの愛理だったらあんな反応はしなかった。顔を真っ赤にして、手を震わせて、恥ずかしそうにしていた。思い出すと愛理が可愛すぎて胸が締め付けられて死にそうだった。死因:尊死。
だが同時に、湊斗は首を傾げる。
「でも何で急に……? 昨日の雑炊まで普通だったし。寝ちゃって、起きてからなんか変な感じだったけど。寝言でなんか言ったのか……?」
考えても考えてもわからない。その原因がわかれば、これからの動き方にも違いが出てきそうなのだが……。
だがわからないものは仕方ない。大事なのは、愛理は嫌がってるわけではなさそうで、むしろ自分を意識し始めてくれているのだということ。
長かった……ここまでどれだけの時間と労力を使ったのだろう。
湊斗は起き上がり、拳を握った。
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