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意識し始めた結果
「ただいまあ」
愛理が玄関の扉を開けると、ふわりと美味しそうな香りが漂ってきてハッとした。慌ててリビングへ入ると、湊斗がキッチンに立っていたので目を見開く。
「湊斗! 大丈夫なの? 寝てなよ!」
「おかえり愛理。さっき測ったらもう平熱だったよ」
「でも無理しちゃダメでしょう! 私が作るからじっとしてなよ!」
愛理は慌てて湊斗に近づき、彼の腕を引いてソファに押し込んだ。湊斗は笑う。
「もう大丈夫なのに。夕飯も、簡単な物にするつもりだから」
「でもゆっくりしてて! もう、すぐ無理するんだから」
愛理は呆れたように言って、自分がキッチンに立った。そんな彼女を湊斗は眩しそうな目で眺め、優しく微笑む。
(愛理に看病されたなんて……一生忘れられないな。どこかに監視カメラでも設置して録画しておけばよかった……)
そんな馬鹿なことを考えている湊斗に、愛理が手を洗いながら尋ねる。
「食欲はあるの?」
「んー少しなら」
「これ何作ろうと思ってたの?」
「俺はインスタントのおかゆでいいかなって。愛理にはパスタでも作ろうかと思ってて。それはまだただのスープ」
「湊斗がインスタントなら私の分なんていらないって!! もう。スープは明日二人で飲もうよ。私は適当に食べるから」
愛理はキッチンで作業を始める。そんな愛理の姿を目に焼き付けようとギンギラな目で見守る湊斗に、思い出したように提案した。
「そうだ。今はずっと湊斗がご飯作ってるけどさ。やっぱり湊斗の負担が大きいし、当番制にしない? 私の料理はあんまり味の保証は出来ないけど……」
「えっ、なんで? 別にいいのに」
「なんか湊斗に甘えすぎなんじゃないかな、って」
「いや、俺は全然いいんだよ!? 風邪ひいたのはほら、冷す……ごほん、季節の変わり目だったからだと思う。愛理は掃除とかちゃんとやってくれてるから。それに、俺料理嫌いじゃないし」
「そ、そう……? 何か、申し訳ないなって」
愛理がそう言ったので、湊斗は唸った。愛理に手料理を振舞うのは本当に苦ではないし、むしろ楽しいと思っている。でもそれで愛理が心苦しく思うのなら、考えた方がいいのかもしれない。
「わかった。じゃあ、木曜日と金曜日は愛理に作ってもらおうかな。他の曜日は、俺。愛理は掃除もしてくれてるからさ」
湊斗が提案すると、愛理がぱっと顔を上げてほっとした表情になった。
「うん、そうしよう。私もレパートリー増やさないと」
「別に作れるもんでいいよ。作ってくれたうどん美味しかったし、俺毎週あれで十分」
「あは、あんなんでいいの?」
笑いながら料理をする愛理を、湊斗は幸せそうに見つめる。少しして夕飯の準備を終えた愛理とダイニングテーブルで向かい合い、食事を開始する。結局愛理が作ったのは、湊斗にはレトルトのおかゆと、自分は炒飯だった。
「いただきます」
「いただきます。湊斗、明日は仕事行くの? まだ食欲ないんでしょ」
「行くつもりだけど、一晩寝てからまた考えるよ。心配かけてごめん。愛理は仕事どう? 忙しい?」
「まあまあかな。新婚って言うと早く帰りなって言われることが増えて、やりやすくなったかも」
「はは、それは俺も。結婚したってなると、食事の誘いとかピタッと止んで静かだし。よかった」
「モテる男は違うねー。まあ、結婚したって聞くとさすがに近づいてくる人なんて……」
言いかけて、愛理は言葉を止めた。今日、結婚した自分に告白してくれた山本の事を思い出したからだ。既婚者に気持ちを伝えるなんて、普通はしないからさぞかし勇気がいっただろう。
愛理の些細な表情の変化を湊斗は見逃さない。すぐに核心に触れた。
「愛理にはいたんだ? もしかしてこの前会った山本って人とか?」
「えっ、なんでわかるの!!?」
「へえ……」
すうーっと湊斗の目が細くなる。
(愛理に特別な感情を抱いていそうだとは思ったが……まさか既婚者に告白するなんてなあ……)
胸にモヤモヤとした黒い物が渦巻いてくる。愛理と自分には恋愛感情がないので、山本という男からの好意は脅威でしかなかった。もし愛理がそちらに靡いてしまったら……と、どうしても想像してしまう。
愛理は俯いて困ったように息を吐いた。
「今まで全然気づかなくて……山本くんに申し訳ないと思って」
「愛理はなんて返事したの?」
「返事も何も、私は湊斗と結婚してるんだから。ありがとう、これからも同期としてよろしくねって言っただけ」
愛理の答えを聞いて、とりあえずホッと胸を撫でおろした。この様子だと、全く意識していなかったようだ。
でも――すっきりしない。形だけの結婚には持ち込んだけれど、愛理は自分の物ではないのだから。もし万が一、これから愛理が山本を意識してしまったら?
せめて両想いになれたら、こんな気持ちにはならないのに。
なんとなく沈黙が流れ、食事を終える。片付けも引き受けてくれた愛理に任せ、湊斗はリビングのソファに座ってぼんやりテレビを眺めながら考え事をしていた。頭の中は山本に告白されたという話でいっぱいだった。
「湊斗ー? 薬は飲んだ?」
皿を洗いながら愛理が尋ねてきたので、湊斗はやや上の空で答える。
「あ、まだ」
「ちゃんと飲んだ方がいいよ。持ってくから待ってて」
愛理は水と薬を用意すると、湊斗のそばへ駆け寄った。ローテーブルに水を置き、湊斗に錠剤を差し出す。
「はい!」
薬を差し出す愛理を、湊斗はぼんやりと見上げる。ありがとう、そう言おうと思ったのに、なぜか湊斗の口からはこんな言葉が出てきた。
「飲ませて」
恐らく、昨日雑炊を食べさせてもらった光景が忘れられなかったせいだ。
言い終わった瞬間、ハッと我に返った。何を口走ったのだ自分は! 願望がそのまま出て来てしまった。やっぱりまだ病み上がりで本調子ではなさそうだ、明日の仕事は休んだ方がいいいかもしれない。
「あ、い、いや、ごめん、ちょっとぼーっとしてて……!」
慌ててそう言い訳をしたが、きっと愛理は笑いながら『まだ熱下がってなさそうだねえ。大丈夫なの?』なんていうのだろうと思っていた。
だが見上げた愛理の顔は、普段とは違い真っ赤に染まっていたので、湊斗はきょとんとしてしまった。
(……え? 愛理……?)
耳まで真っ赤になっている。薬を持ったまま固まり、普段とは別人のようだった。
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