後輩の幸せな片思い

Gemini

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井上くん

第六話

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 散々所長のグチを聞いて深夜二時。
 部屋に戻ってシャワーから出てきた先輩は、腰にバスタオルを巻いただけの上半身裸でめっちゃきれいな身体してた。
 乳首も薄いピンクだし、エロ過ぎる。細いって思ってたけど、筋肉がしっかり付いていたのは意外だった。

「先輩、運動してんスか?」
「たまに剣道やるくらいかな」
「剣道すか! かっこいい」
「子供の頃からやっててたまに道場行くくらいだよ」
「所長も?」
「うん、一緒にやってた」
「へぇ、先輩は何段なんスか?」
「四段だよ」
「え? 四段てすげーッスよね? えっ? マジで?」
「意外ってこと?」

 顔を傾げてクスっと笑う顔が可愛すぎてドキっとしてしまう。やっぱり文哉と部屋を代わらないで良かった。

「お前は?」
「空手やってて、ジークンドーとかハマってました」
「えっ、やっぱりフルコン?」
「そうっすよ。空手も極心なんでマジで落ちかけます」

 落ちるとは、意識を失うこと。

「お前……えっ、ちょっとすげー背筋じゃん」
「筋トレはずっとしてます」
「うわ、肩やべ」

 先輩も格闘技に興味があるのか上半身裸のままオレの肩や背中の筋肉を触りまくる。普通に男同士格闘技の話で盛り上がれて、新しい発見だ。



 ベッドで大きく伸びをすると心地よい睡魔が襲う。もう三時近い。

「いいよ、寝ろ」
「でも、先輩仕事するんすよね」
「あぁ、少しな。タイル屋の親父さんにメールだけ」
「ほら、寝ろって」布団を掛けられる。
「あちーすよ」
「腹冷やすぞ」
「先輩って、ばーちゃんみたいすね」
「誰がばーちゃんだ」

 頭を小突かれる。そして髪をくしゃっとされる。

「ふわふわだなあ、お前」

 そしてまた髪を撫でられた。

「先輩、撫でててください」
「もう酔いさめてんだろ?」
「まだ酔ってます、お願い」
「変なやつ」

 そう笑うが先輩はベッドの端に座って撫でてくれた。

 それはそれは夢のような時間だった。猫っ毛のオレの髪の手触りを確かめるようにゆっくりと優しく撫でてくれる。 
「犬みてぇ」ぼそりと聞こえた。オレは目を瞑った。なんか訳分かんない気持ちが込み上げてきたから。

 目の奥がジンとして、喉の奥もヒリつく。素敵な片思いは、ひどく辛いものになってると感じた。

 先輩に欲が出てる。この手を掴んでベッドに押し倒したい。オレだけ見てって、オレじゃ駄目かって、こんなにも好きなんだって先輩をめちゃくちゃにしたくなる。

 こんなドロドロした気持ち、…………先輩にぶつけられない。


 オレが寝たと思ったのか先輩が立ち上がる気配がした。うっすら目を開けると先輩の背中があって、真剣な目つきでカチャカチャとパソコンのキーボードを叩いている。
 二年前オレの新人研修で、潰れたふりをしたオレを介抱してくれた先輩。あの時も今日と変わらない笑顔で「ふわふわだな」って言って髪を触ったんだよ。その仕草にオレはドキッとした。ただの憧れだと言い聞かせていた想いが完全に恋に変わってしまった瞬間だったんだ……。

 先輩がふと、オレに振り向いた。おかしそうに笑う。

「眠気と戦ってんの、かわいー」

 くくっと笑ってる。もうそんな先輩さえ見ていられなくなって枕に顔を埋めて隠した。先輩がオレを見て笑ってくれてるのに。

 でも、今夜は目を閉じる瞬間まで先輩を見ていられた。





 先輩に好きな人が居るのを知ったのは、恋に落ちたと自覚した次の日だった。早かった幕引きにオレ自身戸惑うくらいで。

 新人研修の二日目。飲みの席で恋バナの話になって、先輩は女子社員から執拗く聞かれていた。
「告白する勇気がないから側にいられたらそれでいい」と笑いながら白状した。先輩は好きな相手の気持ちを尊重する優しい人なんだって、改めてときめいた。オレも先輩と同じ、先輩の側にいられたらいいんだ。

 だからここまで二年も片思いをこじらせているんだと思う。片思いに素敵なんてないのに。

 先輩の恋の相手がどんな人か分かっていたらもっと早くに諦めていたかもしれない。でも知った今、諦められないでいる。文哉という庇護欲を掻き立てられる美青年。到底敵う相手じゃない。反面、文哉の性的指向が女である可能性も半々にあるわけで、先輩の恋がいつか終わってくれる日を待ち望んでる自分もいた。






 
 文哉の項にキスマークが付いていることに気がついた。文哉もここ最近ニコニコ顔で充実しているっぽい。恋人ができたのかな、にしても随分と所有欲の強い恋人なんだなぁ。

「それ、虫刺され? 首元。ムヒあるよ?」

 いじわるをしてみた。エレベーターでそう声をかけると文哉は咄嗟に隠して照れた。やっぱりそういうことか。相手は先輩だろうか。それとも他の人だろうか。ならばついに先輩は失恋をすることになる。


 事務所を出ると少し離れた所に高級車が停まってて、そこに良い男が立ってた。高身長でパリッとしたスーツを着ている。その男に駆け寄るひとりの男がいた。文哉だった。文哉は駆け寄って色っぽい顔でその男を見上げた。

 その男には見覚えがある。取引先の営業二課だ。何度か先輩と会社へ訪れたことがある。たしか昨年の営業トップだという噂だ。
 何故、先輩ではなくあんな男を。モテ男だから文哉も惚れてしまったのだろうか。……軽い、軽いよ。先輩のほうがどれだけ深い愛で文哉を包み込んでいると思う?

 文哉には先輩の価値が分からないらしい。

 文哉の恋の相手は男だった。正直オレだって先輩だって、好きな相手は男だ、けど、その好きな相手も男を好きとは限らない。もし想いを伝えても性的指向が違ければ成り立たない。

 文哉は男が好きだった。


 先輩が落ち込んでいる。きっと知ったんだ。
 文哉に恋人ができたことを。




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