後輩の幸せな片思い

Gemini

文字の大きさ
16 / 18
番外編

所長と吉野の憂い

しおりを挟む
「槇はさ」

 吉野がため息混じりに放った。

「あそこまでいくと、本当に天然記念物なんだよね」




 マレーシアのクアラルンプールから成田までの機内。アイマスクまでして一切を遮断しているオーラを出しているにも関わらず、吉野が話を続けている。

「……俺に言ってる?」
「はぁ? 他に誰がいんのよ」
「だよな」

 俺はあっさりとアイマスクを剥ぎ取り、吉野に背を向けていた身体を起こした。

 マレーシアにある日系ホテルのコンペで撃沈した帰りでとにかく落ち込んでいる俺に、恭介が天然でも養殖でもどっちでもいいんだが。

「仁、あなたも薄々は気が付いてるんじゃない?」
「あ?」
「井上の槇への恋心に」
「下心の間違いだろ」
「やっぱ知ってた」
「明らかだろ、誰が見たって。気づいてねぇのは恭介だけだ」

 そう言ってハッする。だから天然記念物だと吉野は言ったのかと時差で納得した。

「井上はさ。気に入られたくって、名前呼んで欲しくて、ハチ公みたいな? ゴールデンレトリバーかな? まぁどっちでもいいんだけど、でもさすがにご主人様に振り向いて欲しくなるよね」
「あいつはハチ公だ。秋田犬の類だろ」
「ほんんんっと……どっちでもいい」

 そういうとこウザいと吉野が眉間にシワを寄せる。

「恋愛においてリターンを求めるのは当然。満たされなきゃハチ公だって悲しいよ」

 吉野はうちの営業セールストップを誇る人材。女だからとか、女にしては、などとは言いたくはないが、その負けん気でここまでのし上がったのは吉野の中にある女のプライドだと俺は買っている。

 恋バナで誰かと盛り上がっているのは見たことないし、恋人がいるのかさえ知らない。業務上、事業主の俺が知っているのは吉野は独身であること。

「ってか、なんで吉野がそんなに井上の肩持ってんだ?」
「え?」
「誰の恋愛だって、気にしなさそうなのに」
「私だって後輩には気を遣ってる」
「へぇ」
「井上が最近静かでしょ? 後輩の精神衛生上よろしくないことが起こってるって思うわけ。肩を持ってるわけじゃない」
「イヤイヤイヤイヤ。いちいち従業員の精神衛生に気を遣う事業主がいるかよ」
「……そうだよねぇ。あんたは職権乱用で弟クンを連れてきたもんねぇ」

 横目に睨まれる。「あれは、親に頼まれて」とつぶやくと吉野は盛大にため息をついた。

「……弟クンだって優秀だと見込んでるんだろうからそこはもういい」
「いいんだ? 文哉も頑張ってるんだな」
「あんたのブラコンに興味はない。問題なのはあんたが槇の気持ち知っててこの会社に弟クンを連れてきたことだよ」
「……」
「あの天然記念物がさ弟クンを好きだっての知ってたんでしょう?」

 恭介と俺ら兄弟は小さい頃からの幼馴染で、年の離れた文哉のことを気に掛けるのは優しい恭介にとっては性格上当たり前のことで、俺は当初は何も気にもしていなかった。

 俺が三十歳目前に独立のために恭介をヘッドハンティングしている最中のこと。恭介がうちにやってきて高校生になった文哉と久しぶりに会ったときの恭介の態度が何となく妙で、本当に何となくなんだけど、色を感じたんだ。

 恭介は仕事熱心だし、奥手なのもあってずっと恋人がいないこともまたあいつの性格上……と思っていた。しかしもしそうでないなら……

「……知っても、確かめようがないだろ」
「別に確かめなくてもいいし、それでいい。でもあんたは気がついてたってことでしょう?」
「でもそれは憶測だ、俺がただそう感じたってだけ」
「まあね……でも、少なくとも槇は動揺したろうね。人生変えちゃうくらいの」
「……俺にどうしろって?」
「別にどう、って」
「恭介に聞きゃあいいのか? 違うだろ。敢えて聞かなくとも一緒にいてやるのが幼馴染だろ」
「ふうん」
「俺たちがヤキモキしてたって仕方ねぇ、井上が片思いして傷ついてても、恭介か傷ついてても、俺らが予防線張っとくわけにもいかねえだろ」
「無理やりふたりをくっつけるわけにも、ね」
「ああ、井上に恭介を充てがったって、気持ちが付いて来なきゃ、むしろ酷だ」

 わかった。と、吉野は座席に凭れてため息を付く。






 それから二ヶ月も経ってないある秋の日。

「仁、どういうことだ!」

 恭介は出社するなり俺のネクタイを掴んで今にも噛みつきそうな勢いだった。恭介はそのまま使ってない打ち合わせ室に俺を連れ込んだ。わかってはいたが、なんの事だとシラを切る。

「井上は会社を辞めない。……嘘だった」
「ア? ソウナノ? ヨカッタ」
「なんであんな嘘ついた?!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ」

 恭介はネクタイから手を離すと椅子を引き出してドカリと座った。

「……大した役者だよ」
「まぁ、結果オーライだったんだろ?」
「え?」
「井上から昨日のうちに連絡あった。そんで、感謝されたし」
「感謝……。まさか共謀?」
「違う、違う、それは間違い。井上は無関係だよ」
「そうなのか?」

 本当だともう一度言って恭介を落ち着かせた。井上との共犯となると話が拗れてしまう。それは避けなければならない。すっかり縒れてしまったネクタイを直しながら俺はテーブルに寄りかかる。

「俺が勝手にやったこと。だって、土曜は朝から鼻歌まじりにご機嫌で、帰りも定時できっちり上がってたし、恭介もそわそわしてたしさ。二人でどっか行くんだろうなって思ってた。んで、次の日井上が滅茶苦茶落ち込んでた。それって恭介のせいだろ?」
「う……」

 恭介は思い出してか唇を噛み締めた。

「案の定井上はずっとお前のこと避けてるし、終いには槇さんなんて呼んでるし、元気印の井上が元気ないのは会社としても不利益なんだよ」
「……それでなんであの嘘に繋がるんだよ」
「井上が恭介の隣にいるのも辛いってことは、会社辞めかねないだろう?」
「そんな」
「それくらい、井上はお前のことが好きなんだろ」
「はぁ?」
「昨日井上に言われた。先輩のこと一生大事にするから社内恋愛許してほしいって」
「しゃな……!!?」
「よかったな」
「……!!」

 恭介は耳まで真っ赤にしてなにを返していいのか口をパクパクさせていた。

 恭介は長いこと文哉のことを好きだったんだろう。その想いが特別な想いだとしてもずっと文哉を大切にしてくれていた。それは俺が潰していいことじゃない。いつか、井上の存在によって文哉への気持ちが思い出に変わってくれたらいいと願うばかりだ。





 恭介から開放されて社用車に乗り込むと、直後窓をコンコンと叩かれた。エンジンをかけて窓を開けると吉野が顔を出した。

「……無理やりくっつけたんじゃねえからな」

 小言を言われる前に吉野に牽制した。

「わかってる。ある時から槇は井上に気持ちが寄ってたもんね」

 吉野は呆れながらも穏やかに笑う。そして窓から缶コーヒーを差し出した。

「次のコンペはいい知らせ持って帰ってきてよね、所長」
「あぁ」

 トントンと車のボディを叩いて吉野は俺を送り出した。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

オメガ公子とアルファ王子の初恋婚姻譚

須宮りんこ
BL
ノアメット公国の公子であるユーリアスは、二十三歳のオメガだ。大寒波に襲われ、復興の途にある祖国のためにシャムスバハル王国のアルファ王子・アディムと政略結婚をする。  この結婚に気持ちはいらないとアディムに宣言するユーリアスだが、あるときアディムの初恋の相手が自分であることを知る。子どもっぽいところがありつつも、単身シャムスバハルへと嫁いだ自分を気遣ってくれるアディム。そんな夫にユーリアスは徐々に惹かれていくが――。

ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ
BL
「強情だな」 忠頼はぽつりと呟く。 「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」  滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。 ――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。 *******  雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。  やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。  身分差を越えて、二人は惹かれ合う。  けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。 ※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。 ※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。 https://www.pixiv.net/users/4499660 【キャラクター紹介】 ●弥次郎  「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」 ・十八歳。 ・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。 ・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。 ・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。 ・はねっかえりだが、本質は割と素直。 ●忠頼  忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。 「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」  地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。 ・二十八歳。 ・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。 ・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。 ・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。 ・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。 ●南波 ・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。 ●源太 ・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。 ●五郎兵衛 ・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。 ●孝太郎 ・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。 ●庄吉 ・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。

魔法学校の城に囚われている想い人♡を救い出して結婚したい天才有能美形魔術師(強火執着)の話

ぱふぇ
BL
名門魔法学校を首席で卒業し、若くして国家機関のエースに上り詰めた天才魔術師パドリグ・ウインズロー(26歳)。顔よし、頭脳よし、キャリアよし! さぞかしおモテになるんでしょう? ええ、モテますとも。でも問題がある。十年越しの想い人に、いまだに振り向いてもらえないのだ。そんな片思い相手は学生時代の恩師・ハウベオル先生(48歳屈強男性)。無愛想で不器用、そしてある事情から、魔法学校の城から一歩も出られない身の上。先生を外の世界に連れ出すまで、全力求婚は止まらない! 26歳魔術師(元生徒)×48歳魔術師(元教師)

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】逆転シンデレラ〜かわいい「姫」は、俺(王子)を甘やかしたいスパダリだった〜

粗々木くうね
BL
「本当はずっと、お姫様になりたかったんだ……」 周りから「王子様」と持て囃され、知らず知らずのうちにその役割を演じてきた大学二年生の王子 光希(おうじ みつき)。 しかし彼の本当の願いは、誰かを愛す“王子”ではなく、誰かに愛される“お姫様”になることだった。 そんな光希の前に現れたのは、学科のアイドルで「姫」と呼ばれる、かわいらしい同級生・姫川 楓(ひめかわ かえで)。 彼が光希に告げたのは、予想もしない言葉だった──。 「僕に……愛されてみない?」 “姫”の顔をした“王子様”に、心も身体も解きほぐされていく──。 “王子”が“お姫様”になる、逆転シンデレラストーリー。 【登場人物】 姫川 楓(ひめかわ かえで) ・ポジション…攻め ・3月3日生まれ 19歳 ・大学で建築を学ぶ2回生 ・身長170cm ・髪型:ミディアムショートにやわらかミルクティーブラウンカラー。ゆるいパーマをかけている ・目元:たれ目 ・下に2人妹がいる。長男。 ・人懐っこくて愛嬌がある。一見不真面目に見えるが、勉学に対して真面目に取り組んでいて要領もよく優秀。 ・可愛いものが好き。女友達が多いが男友達ともうまくやってる。 ・おしゃれが大好き。ネイルもカラフル。 ・王子とセットで「建築学科の姫」と呼ばれている ・かわいい見た目でペニスが大きい 王子 光希(おうじ みつき) ・ポジション…受け ・5月5日生まれ 20歳 ・大学で建築を学ぶ2回生 ・身長178cm ・髪型:センターパートのラフショート。ダークトーンのアッシュグレー ・目元:切れ長 ・空気が読める。一軍男子。学業もスポーツも割とよくできる。 ・上に姉と兄がいる。末っ子。 ・姫川とセットで「建築学科の王子」と呼ばれている ・「かっこいい・頼れる王子」像を求められるので、自然と演じて生きてきた。本当は甘えたいし愛されたい。家族には甘えられる。

かわいい王子の残像

芽吹鹿
BL
 王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

処理中です...