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番外編
井上の悩み 上
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「やだ、やだ……」
「ここは……っ?」
「……っ、ソレやめ……っヤダっっっ無理──……っ」
最中、先輩にヤダと言われて逃げられる。逃げようとする先輩の腰を掴んで引き戻すと、先輩はオレを受け入れるんだが、これは強要罪では……。
先輩のかわいい尻で童貞を卒業したオレ。知識はネットから。片思いしてた時期、ソッチ系の動画見て逆に萎えちゃってからは原点に立ち返り先輩を想像してヤッてたんだけど。
文哉に片思いしていた先輩。
抱かれる側で本当に良かったのかっていう、問題。
ほんとは、無理しているんではないかという、疑問。
経験のないオレは先輩の反応でそれを確かめるしかないんだが、オレは自信を失いつつある。
「………………………オレ、下手なの?」
そう考えて愕然とする。先輩はオレより十個年上だし、片思いしてたってそれとは別で経験あるかもしれない。ってか、先輩は抱きたい側だったらマジで強要してねえかな。
「紙、詰まった?」
「えっっっっ!!?」
つい、呟いてしまっていたらしい。先輩が隣に来ていたのにも気が付かなかった。
「いや、下手って、紙詰まり最近多いよな」
「あ……、ホント、ソウデスヨネェ……ハハ」
コピー室で二人きり。オレだけ気まずい状況。先輩はご丁寧にコピー機の蓋まで開けて紙詰まってないよとオレを振り返る。
「井上。今夜、何食う?」
「え? 今夜!?」
「え?」
声がひっくり返ってしまい先輩がキョトンとする。クリスマスが過ぎてこの数日、毎日先輩の部屋に寄っている。だから先輩はそう聞いてきたんだろうが、オレは躊躇った。
それに今日は仕事納めで明日からお正月休みだ。お正月休み一緒に過ごしたいと強請ったのはオレだし、もちろんいいよと返事は貰ってる。だからこその先輩のキョトン顔なんだけど……。
「井上?」
「あ……、えっと、」
口ごもると先輩はオレを見つめていてその瞳に影が宿るのが分かった。少しの動揺が不安にさせてしまう、オレたちはまだ付き合い始めて一ヶ月くらいの危うい関係だ。
「毎日メシ作ってもらって先輩の負担になってないかなって」
「井上にメシ作るの嫌じゃないよ」
「……ほんと?」
「今更なにを遠慮してんのか分かんないなぁ」
先輩は穏やかな顔になって、複製されて次々と排出される紙の擦れる音を聞いている。
「僕は鍋がいいかなと思うけど、どう?」
「鍋、それが良いです!」
「おけ、じゃあ帰り豚バラ買って帰ろ」
「えっ、鶏じゃないんスか」
「え?鶏がいい? 水炊きか。そうだね、それがいっか」
「はい」
「おけー」
先輩はコピー室を出ていった。途端にオレは、はぁ……とため息が出た。うまく笑えていただろうかと。
「井上は豚バラでキムチ鍋とか、そういうのがいいかと思ったけど」
「たしかにキムチ鍋いいっすね」
「でも今夜は水炊きな、井上のリクエストだから」
先輩のマンションの近くのスーパー。オレがカートを押しながら先輩の後を付いていく。先輩の優しい笑顔にオレはほっとする。
鶏じゃないのかと聞いてしまったのは、ばあちゃんとのふたり暮らしで鍋といえば鶏肉が入っていたからだ。なにか魚とかエビのすり身とか、たまたま冷蔵庫にあったかまぼことかも入ってた。とにかくいろんなのが入ったばあちゃんの鍋。
「へぇ、寄せ鍋っていうのかも、それは」先輩が答えてくれた。そんな名前が付くような料理だったのかと驚いた。
風呂から上がるとダイニングテーブルにはカセットコンロの上に鍋がセットされていて、鍋にはもう火が入っていた。
「先に手羽元入れてるから、鍋見張ってて。野菜とか入れてね。僕も風呂入ってくる」
「はい」
蓋を少し開けてみると良い香りが湯気と共に立ち込める。手羽元と一緒に昆布がゆらゆらしてる。先輩って市販の出汁とか鍋の素、使わないよなぁ。先輩って料理詳しいんだな。知らなかったなぁ。
先輩が風呂から上がって、チューハイで乾杯。
「井上のおばあちゃんの鍋、今度作ろうな」
「え……?」
「記憶を頼りに二人で作ってみようよ。あ、正月に作る?」
「ただぶっ込んだだけの鍋っすよ?」
「あ、料理を馬鹿にしたな?」
「そんなことはないですけど」
「きっと、おばあちゃんの味にはならないよ」
「ぶっ込んだだけなのに?」
「ぶっ込んだだけなのに」
先輩はわざとそう言って、熱々の豆腐を口に入れてハフハフしてる。それが可愛くってつい笑うと先輩も笑ってる。
「……んと、幸せだな」
「ふぅん?」
だから、この分以上に先輩を幸せにしたい。
だからこそ、オレが下手ってのは、マズイよ。
「ここは……っ?」
「……っ、ソレやめ……っヤダっっっ無理──……っ」
最中、先輩にヤダと言われて逃げられる。逃げようとする先輩の腰を掴んで引き戻すと、先輩はオレを受け入れるんだが、これは強要罪では……。
先輩のかわいい尻で童貞を卒業したオレ。知識はネットから。片思いしてた時期、ソッチ系の動画見て逆に萎えちゃってからは原点に立ち返り先輩を想像してヤッてたんだけど。
文哉に片思いしていた先輩。
抱かれる側で本当に良かったのかっていう、問題。
ほんとは、無理しているんではないかという、疑問。
経験のないオレは先輩の反応でそれを確かめるしかないんだが、オレは自信を失いつつある。
「………………………オレ、下手なの?」
そう考えて愕然とする。先輩はオレより十個年上だし、片思いしてたってそれとは別で経験あるかもしれない。ってか、先輩は抱きたい側だったらマジで強要してねえかな。
「紙、詰まった?」
「えっっっっ!!?」
つい、呟いてしまっていたらしい。先輩が隣に来ていたのにも気が付かなかった。
「いや、下手って、紙詰まり最近多いよな」
「あ……、ホント、ソウデスヨネェ……ハハ」
コピー室で二人きり。オレだけ気まずい状況。先輩はご丁寧にコピー機の蓋まで開けて紙詰まってないよとオレを振り返る。
「井上。今夜、何食う?」
「え? 今夜!?」
「え?」
声がひっくり返ってしまい先輩がキョトンとする。クリスマスが過ぎてこの数日、毎日先輩の部屋に寄っている。だから先輩はそう聞いてきたんだろうが、オレは躊躇った。
それに今日は仕事納めで明日からお正月休みだ。お正月休み一緒に過ごしたいと強請ったのはオレだし、もちろんいいよと返事は貰ってる。だからこその先輩のキョトン顔なんだけど……。
「井上?」
「あ……、えっと、」
口ごもると先輩はオレを見つめていてその瞳に影が宿るのが分かった。少しの動揺が不安にさせてしまう、オレたちはまだ付き合い始めて一ヶ月くらいの危うい関係だ。
「毎日メシ作ってもらって先輩の負担になってないかなって」
「井上にメシ作るの嫌じゃないよ」
「……ほんと?」
「今更なにを遠慮してんのか分かんないなぁ」
先輩は穏やかな顔になって、複製されて次々と排出される紙の擦れる音を聞いている。
「僕は鍋がいいかなと思うけど、どう?」
「鍋、それが良いです!」
「おけ、じゃあ帰り豚バラ買って帰ろ」
「えっ、鶏じゃないんスか」
「え?鶏がいい? 水炊きか。そうだね、それがいっか」
「はい」
「おけー」
先輩はコピー室を出ていった。途端にオレは、はぁ……とため息が出た。うまく笑えていただろうかと。
「井上は豚バラでキムチ鍋とか、そういうのがいいかと思ったけど」
「たしかにキムチ鍋いいっすね」
「でも今夜は水炊きな、井上のリクエストだから」
先輩のマンションの近くのスーパー。オレがカートを押しながら先輩の後を付いていく。先輩の優しい笑顔にオレはほっとする。
鶏じゃないのかと聞いてしまったのは、ばあちゃんとのふたり暮らしで鍋といえば鶏肉が入っていたからだ。なにか魚とかエビのすり身とか、たまたま冷蔵庫にあったかまぼことかも入ってた。とにかくいろんなのが入ったばあちゃんの鍋。
「へぇ、寄せ鍋っていうのかも、それは」先輩が答えてくれた。そんな名前が付くような料理だったのかと驚いた。
風呂から上がるとダイニングテーブルにはカセットコンロの上に鍋がセットされていて、鍋にはもう火が入っていた。
「先に手羽元入れてるから、鍋見張ってて。野菜とか入れてね。僕も風呂入ってくる」
「はい」
蓋を少し開けてみると良い香りが湯気と共に立ち込める。手羽元と一緒に昆布がゆらゆらしてる。先輩って市販の出汁とか鍋の素、使わないよなぁ。先輩って料理詳しいんだな。知らなかったなぁ。
先輩が風呂から上がって、チューハイで乾杯。
「井上のおばあちゃんの鍋、今度作ろうな」
「え……?」
「記憶を頼りに二人で作ってみようよ。あ、正月に作る?」
「ただぶっ込んだだけの鍋っすよ?」
「あ、料理を馬鹿にしたな?」
「そんなことはないですけど」
「きっと、おばあちゃんの味にはならないよ」
「ぶっ込んだだけなのに?」
「ぶっ込んだだけなのに」
先輩はわざとそう言って、熱々の豆腐を口に入れてハフハフしてる。それが可愛くってつい笑うと先輩も笑ってる。
「……んと、幸せだな」
「ふぅん?」
だから、この分以上に先輩を幸せにしたい。
だからこそ、オレが下手ってのは、マズイよ。
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