【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら

文字の大きさ
17 / 33
第2章

sideレナルド 1

しおりを挟む


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 中継ぎ聖女の守護騎士。
 それは、どちらかというと、誰もが避けたい役割だ。

 騎士として生きていくのなら、聖女とともに魔獣と戦い命を散らすことを、望むものが多いだろう。
 だが、平和な時代であれば、聖女は、空っぽの偶像でしかない。

 俺も、あの瞬間まで、そう思っていた。
 むしろ、この役割を、誰かほかの貴族に押し付けようとすら考えていた。

 ――――まるで、たった一人、荒野に投げ出された幼子みたいだ。

 それが、聖女を見た時の第一印象だった。
 その姿は、どこか過去の自分と重なるような気がした。

 床に座りこみ、誰にも手を差し伸べられることもなく、不安げに瞳を揺らしている。
 聖女の名を冠するには、あまりにも頼りない普通の少女が、そこにいた。

 庇護欲というのだろうか。
 それとも、この気持ちは、すでにその時に芽生えていたのだろうか。

 それが、リサと俺の出会いだった。
 初めは、ただの同情だったのかもしれない。
 でも、リサのことが気になって仕方がない。
 出会った日から、彼女のことを考えない日などない。それは事実だった。

「レナルド・ディストリア卿。ディストリア家が、今回の担当だったな? まあ、中継ぎではあっても、聖女は聖女。不本意やもしれないが、守護騎士の役目を全うするように」

 断ろうと思っていたのに、彼女に興味を持ってしまった俺は、もう、決めていた。彼女の守護騎士になると。

「は……。陛下のお言葉の通りに」

 周囲のざわめきが、静かになっていく。
 まさか俺が、守護騎士を受け入れるとは、誰も思っていなかったらしい。
 俺自身がそうなのだから……。

 平凡な娘だ、という言葉を残して、国王陛下が退室していく。
 そこで初めて、俺は聖女に歩み寄る。
 手を差し伸べれば、しばらくの間、茫然と俺の顔を見つめた後、泣きそうな顔で少しだけ笑い、彼女は俺の手を取った。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 侍女との会話から、異世界から現れた聖女が、リサという名前と知った時、名前で呼びたいと思った。
 
 それにも関わらず、小さな花のように可憐な響きの、その名前を口にしようとして、できないことに愕然とする。
 騎士としての精神力も、持っている魔法も、大抵の呪術、魔法に抵抗できると自負している。

 ――――聖女の名前を呼ぶことができないなんて、ただの言い伝えや儀式の類で呼んではいけないだけだと思っていたのに。

 どんなにその名を口にしようとしても、リサという単語が出ない。
 おそらく彼女のことは、聖女様としか呼ぶことができないのだろう。

「――――聖女様。そのお名前は、神聖なもの。ご本人であっても、簡単に口にしてはいけません」

 たしか、この侍女は、男爵家の令嬢だったな……。
 彼女が、せめて心穏やかに暮らすためにも、侍女は替えたほうがほうがいいだろう。
 侯爵家にも、穏やかな性格のリサと年が近い侍女がいたはずだ。

 退室していく侍女を横目で見ながら、俺は一つの決意をしていた。

「あの……」
「私はレナルド・ディストリアと申します。聖女様の守護騎士を拝命いたしました」

 その瞬間、彼女の黒曜石のような、それでいて水晶のように澄んだ瞳が、悲し気に伏せられた。

「――――あなたも、私のことを名前で呼んではいけないの?」
「もちろんです。聖女様」

 そうとしか答えようがない。
 呼ぼうとする者がいないのと、呼ぶことができないのでは、次元が違う。
 いたずらに不安がらせるわけにもいかない。
 だから、俺にできることは一つしかない。

 後から考えても、初対面の人間に、人生で一度きりの忠誠を捧げるなんて、おかしいとしか言えない。
 それでも、心の奥底に芽生えてしまった感情に、突き動かされるように、その言葉を告げていた。

「そうですね、では、守護騎士の誓いを……。一度だけ、その神聖な言葉を口にすることをお許しください。守護騎士として授かった栄誉、この剣に誓い、リサ様をお守りいたします」

 守護騎士の誓いだけは、その名を呼ぶことが正式に許されていると、聖女に関する文献には書いてあった。
 多分意味が分からないのだろう、その可愛らしい瞳を瞬いて、リサが俺を見つめる。

「赦しますと、ただ一言」

 そうすれば、守護騎士は俺一人。
 どうしても、リサに受け入れてもらいたかった。

「あの。ゆるします?」

 その瞬間、俺たち二人の足元から桃色の光があふれ出した。
 
 ――――聖女の初めてには、大きな意味がある。

 桃色の光は、俺の剣に吸い込まれていった。
 文献に書かれていた。ある聖女が、初めて使った魔法で、守護騎士の剣は聖剣になったのだと。

 守護騎士になった瞬間、リサを守りたいという気持ちは、より強くなる。
 これは、守護騎士の誓いによるものなのかもしれない。

 それでは、もう一つ、心の奥底に生まれてしまった、ドロドロとして熱い、小さなマグマのようなものは、何なのだろうか。その問いに答えが出るのは、あの日。もう一度、彼女からの初めてを受け取った日に、俺はその気持ちの蓋を開けてしまうのだ。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 後日、リサは本当に申し訳なさそうに、俺に声をかけてきた。

「あの、守護騎士様……」
「レナルドと呼んでもらえませんか?」
「――――レナルド様、あの、守護騎士の誓いは、お互い生涯にただ一人としか結べないって……。あの、後悔していませんか」
「後悔していませんよ? それに、聖女様のはじめての魔法を頂いてしまって、逆に申し訳なかったかもしれませんね」

 そう、たしかに、後悔なんてするはずもない。
 もし聖女の魔法で愛剣に加護が受けられると知られれば、それだけで多くの騎士が守護騎士になりたいと願い出るだろう。

 だが、そんな理由で、守護騎士になったわけではない。
 勘違いされないように、俺の剣が聖剣になった件については、あえて伏せた。
 ただ、守りたくなった。その言葉のほうが、よっぽど理由としてしっくりとくる。

 侯爵家から連れてきたリーフという名の侍女には、誠心誠意仕えるように命令した。
 だが、いつのまにかリーフは、リサに夢中になってしまったようだ。
 真の主はリサだとばかりに、リサの置かれた状況を逐一俺に伝え、改善を願ってくる。

「聖女様は、お肉を食べてはいけないって、王宮では粗末な野菜料理しか出ないんです!」

 彼女は、今日もリサの置かれた状況に、憤慨していた。

「そうか……。守護騎士として王宮にいることも多い、俺に卵料理の入った食事を届けるよう、執事に伝えておくように。ああ、最近空腹になることが多い。卵料理は多めに、毎回種類を変えてくれ」
「かしこまりました」

 リーフは若くても、侯爵家で厳しい侍女としての教育を受けている。そんな淑女の見本のような彼女が、うれしそうに小走りに去っていった。どれだけ、リサが好きなのだろう。
 男爵家令嬢のリーフは、珍しいことに貴族であっても、異世界から来たという聖女を低く見ることはない。彼女に言われるがまま、俺はリサのドレスやアクセサリーを揃えていった。

「淡い水色やラベンダーが多くありませんか?」

 一度だけ、半眼になったリーフに、呆れられたが、言われるまでその事に気が付かなかった自分に、驚いた。そして、食事の準備が整う。

「――――食べている姿を見ていて、おなか空きませんか?」

 まさか王宮で、守護騎士と聖女が一緒の食卓で食事をするわけにもいくまい。

「ふ。空きませんよ。鍛えていますから」

 リサは、いつも食事を少し急いで食べる。
 それでも、元の世界で教育を受けていたのだろう。その所作は美しい。

「よろしければ、こちらもお召し上がりください。俺のと同じで申し訳ないのですが」
「え? あ、卵料理……。あの、お気遣いいただきありがとうございます」
「――――好きなんです。卵料理」

 そう言ったせいなのか、リサは遠征先では俺の分まで、卵料理を作ってくれるようになったのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

処理中です...