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第2章
sideレナルド 2
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リサが初めて神殿で祈りをささげたあの日、かわいらしい箱が彼女の左肩の上に浮かんだ。
封印の箱は、聖女に関する絵画では、必ず描かれる物体だ。
初代聖女の肖像画を除き、全ての聖女の左肩の上で回っている。
「――――なんだこれ。想像とは違うが」
『え? なんか文句あるの? 僕より先に守護騎士が正式な契約を結んでいるとか、前代未聞なんだけど』
「――――それよりどうして、シスト様は、聖女様の御名を呼ぶことができるのですか?」
珍しく、彼女のそばを離れて、俺についてきた封印の箱。何を企んでいるのだろうか。
『シストでいい。……そうだね、そう願うなら、君も守護騎士なんてやめて、僕みたいな存在になればいい』
シストがポロリとこぼしたその言葉。それだけは、いつもの軽い口調ではなかった。
後から考えれば、意味が深い言葉だったのかもしれない。
中継ぎという周囲の評価。それなのに、魔獣の数は日々増えていく。
まるで、伝記や神話に描かれる、魔人が現れる予兆のように。
だが、その事に気が付いているのは、ごく一部の人間だけだ。
「レナルド、久しぶりね?」
「これは、ピラー伯爵令嬢。お久しぶりです」
「――――その名は、魔術師になるときに捨てたわ。ミルと呼んで」
「――――ミル殿、此度はどのようなご用向きですか?」
ミル・ピラーは、当代随一の魔術師だ。
本人も、伯爵家令嬢を言う地位を捨ててまで、魔術師の道を選んだ。
だが、いつ見ても整えられた姿は、完璧で、隙がない。
不老に関する研究が専門であり、その力により、国王陛下ですら彼女に強く出ることができない。
誰もが彼女の不老と美に関する力を欲しているのだ。
その彼女が、聖女に会いに来た。俺は警戒を強める。
「――――聖女様が、パーティーを募集していると聞いたから」
「……それに、なぜミル殿が参加されるのですか?」
「あの、象牙色の肌、この世界には珍しい黒い色合い。磨けば光るのに、放っておかれるブラックダイアモンドの原石に興味があるから……かな?」
王宮では、中継ぎ聖女だと、下に見られているリサの元には、不思議なことに、王国最高峰の実力者が集まっていく。個性が強く、誰もがその協力を得たいと願っても、思うようにはできなかった彼らは、あっという間にリサに傾倒していった。
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そんなある日、聖女に出撃命令が下った。
「レナルド様は、侯爵家のお方なのですよね?」
「その通りですね」
「――――私なんかに、ついてくる必要ないのでは?」
俺のことを気遣ったであろう、その言葉に、思いのほか傷ついた自分に驚く。
「聖女様の守護騎士が、おそばを離れるはずもないでしょう」
それでも、リサのそばにいたいと、その感情を押し殺して笑う。
それに、あの時みたいに、不安で瞳を揺らす彼女を、隣ですべてから守りたかった。
「どうして守護騎士になったんですか。断ることができたって、皆さん言っていましたよ」
「――――その顔」
「え?」
「この世界に呼ばれた時にも、不安そうなその表情をしていましたよね。……聖女様が戦いの場に立つ必要はありません。そのための守護騎士です。どうか、代わりに戦うように命じてください」
そう、人のことなんて言えない。
自分が一番、リサに執着している。
多分聖女ではない、リサという個人に。
その名を呼べないことが、日に日に苦しくなっていく。
リサが、聖女としての使命を、全うしようと、危険を顧みず飛び込んでしまうほどに。
「私も戦います」
少しだけ驚いた、戦いのない世界から来たというリサのその言葉。
それでも、リサなら、そう答えるのだろうと、あきらめ交じりに納得したのも、事実だった。
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そして、2年の月日が過ぎる。
危険な場所に、すぐに飛び込んでしまうリサ。
そんな彼女に、愛しさが募るばかりの日々。
リサを守りたくて、聖女としての使命から解放すれば、その名を呼んで手に入れることができるのではないかと、黒い欲望が、ふと泥の底から泡のように浮かんでくる。
俺は、聖女がその力を失う方法を、ひそかに調べ始めた。
それと同時に、そうなったときに彼女を守り、俺の手の中に閉じ込めるための準備も……。
聖女様と守護騎士。
お互いの関係が、そういう名称なのだと信じて疑わないリサ。
俺の心を知ることもなく、屈託ない笑顔でリサは笑いかけてくる。
この関係を崩したくないと思うのも、本音で。
幸せそうに笑う彼女を、守り続けたいのも心からの願いで。
それでも、ただ名前が呼びたかった。
そして、危うい均衡は、あの日完全に崩れ去ってしまった。
「これは……」
流行り病という情報は、間違いだったということに気が付く。
どうして、その情報を鵜吞みにしたのだろうか。
事前に情報を集め、リサを守るために、万全を期していたはずなのに、魔が入ってしまったかのように、今回に限っては、流行り病という情報しか得られなかった。
「あの、いつだったか、骸骨を操っていた死霊術師のいた場所に、似てませんか……」
「……聖女様が、そう仰るのであれば、その通りなのでしょう」
薄緑色の光、呪いに関連する、闇の魔術に特徴的な不気味な色合いだ。
いつも気丈にふるまうリサが、涙でその瞳を潤ませて、俺に縋り付いてきた死霊術師との戦い。
俺にできたのは、彼女の視界を塞いで、戦うことくらいしかなかった。
「……一旦引き返しましょう」
それが、この村にいる人間すべてを見殺しにする提案だと、理解していた。
リサがその提案に同意するなんて、決してないと理解していてもそういわずにはいられなかった。
リサの手を引き寄せる。
「レナルド様。王都に戻ったら、被害が拡大してしまいます。聖女の魔法を使えば、一人ずつだけど、浄化できるはず。……私は残ります」
「っ……原因がわからない、危険です。それに、イヤな予感がします。王都に戻りましょう」
「――――レナルド様。このまま戻っても、往復4日はかかります」
「お気持ちは、変わらないのですか?」
「……ここで、助けることができた誰かを見捨ててしまったら、本当に私がこの世界に来た意味が、なくなってしまうから」
そういわれてしまえば、異議を唱えることなんてもう出来ない。
守護騎士としての立場とか、それ以前に、そんな風に誰かのために戦う彼女。
その役割がなくなってしまったら、リサが壊れてしまうことを恐れたからだ。
「聖女様……。では、約束してください。もし、大きな危険が訪れたら、逃げると」
「そうね。もちろん、逃げるわ」
「――――何があっても、お守りします」
シストをちらりと見ながら、リサの髪をそっと撫でた。
封印の箱であるシストは、おそらく何かを知っているのだろう。
守護騎士をやめて、シストのような存在になればいい。その言葉が、急に蘇る。
一体それは、どういう意味だったのだろうか。
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