英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら

文字の大きさ
5 / 13

雪に閉ざされた楽園 1

しおりを挟む

 外は吹雪だが、部屋の中は暖かい。
 カナン様は、ベッドに横になっている。
 彼の視力を奪った傷は予想以上に深く、起きていることに驚いたリーベルン先生に叱られ、一週間の安静を言い渡されてしまったのだ。

「問題ないのに……今までだって」
「今までだって何ですか?」

 彼の言葉の続きはこうだろう。
 ――今までだって戦場では、傷を負っても戦い続けていた。

「うわ! じっとしているから! 泣かないでくれ!」
「泣いてません!」

 ――実はちょっと泣いてしまった。

 カナン様は体中傷だらけだった。
 確かに、今回出血していたのは右目の上の傷だけだったけれど……。
 彼が四年もの戦いに身を投じたのは、二十歳のときだった。それ以前から、彼は戦い続けていた。

 ――完璧で冷静な彼が、本当は戦場と死を恐れているなど、周囲の誰一人として思わなかっただろう。
 でも、私はあの夜に知ってしまった……彼は普通の感性を持つ、優しくて臆病な人なのだと。
 大事な人や場所を守るために、気丈に振る舞っていただけなのだと……。

 でもきっと彼はこれからも、大切なものを守るため戦いつづける……そんな気がしている。

「はっぴば~すで~♪」

 ちょっとだけ音程が外れた歌が聞こえてくる。
 シェリアがケーキが載った皿を持って、ゆっくりと歩んでくる。
 まだ三歳の彼女が、大きなケーキを運ぶのは難しい。
 けれど彼女は、カナン様が戻ってきた日に行うはずだった誕生会をやり直すにあたり、ケーキを運ぶ役だけは頑なに譲らなかったのだ。

「……」
「……」

 私たちは息を詰めて、ケーキが載ったお皿を見つめている。
 楽しそうなシェリアの歌……その割に妙に静まり返り、緊迫感に包まれた寝室。
 シェリアが無事にテーブルにお皿を置いた。ケーキはお皿の端に寄りながらもかろうじて落ちなかった。

 シェリアの頭の上にいた光の精霊マリルも、心なしか安堵したように見える。

「ふう……」
「はあ……」

 私はようやく呼吸ができた気がした。それは、カナン様にとっても同じことだろう。

「お父さま、お母さまが作ってくれたお誕生日のケーキだよ! シェリーが食べさせてあげるね」
「自分で食べられるが……」
「リーベルンせんせいが、お父さまは動いちゃダメだから見ててって言ったの。シェリーが 食べさせて あげるの!!」
「わかった……誕生日おめでとう、シェリア」
「うん!」
「誕生日プレゼントも……用意できなかったな」

 シェリアはカナン様の口の周りをたっぷり汚しながらケーキを食べさせていたが、ふと手を止めた。

「シェリーね。もうお父さまにプレゼントもらったの」
「え? しかし、一度も……」
「精霊さまにお願いしたんだ~。お父さまと一緒にお誕生会したいって」
「……っ!」

 カナン様の右目からは、もう涙は流れない。
 その分まで……というくらい左の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。

「泣かないの~!」
「ああ……俺にとっても君がいることが最高の贈り物だ」
「シェリーがお父さまへの贈り物?」
「……家族が欲しかったから」
「えへへ、良かったねぇ……」

 シェリアがにっこりと笑った。
 カナン様には家族がいない。
 彼の家族は皆、強い力を持つ魔術師だったが……。

 彼が幼い頃、母は亡くなったという。
 そして――彼の父は戦死した。兄は大きすぎる魔力に幼少の頃飲まれてしまった。
 一人残された幼いカナン様は、強い魔力を持つゆえに親族に魔塔へ売られてしまった。
 魔塔がどんな場所なのか私は知らないが……カナン様はその頃のことを語りたがらない。
 それが、彼がそこで被った境遇を表している気がした。

 邪竜を倒して生き残った彼は、この先英雄ともてはやされることになる。
 だが、これからも戦いは続くだろう。
 
「……シェリアには、同じ思いをさせたくない」
「カナン様」
「少なくとも……むぐ」
「はい、あーん」

 シェリアはニコニコしながら、ちょっと大きすぎるケーキの塊をカナン様の口に押し込んだ。

「ふふ、今度はお父さまのお誕生日をお祝いしようねぇ」
「――ああ、それは楽しみだ」

 カナン様は微笑んでいたが……その表情には覚悟が浮かんでいるようにも見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

幼馴染同士が両想いらしいので応援することにしたのに、なぜか彼の様子がおかしい

今川幸乃
恋愛
カーラ、ブライアン、キャシーの三人は皆中堅貴族の生まれで、年も近い幼馴染同士。 しかしある時カーラはたまたま、ブライアンがキャシーに告白し、二人が結ばれるのを見てしまった(と勘違いした)。 そのためカーラは自分は一歩引いて二人の仲を応援しようと決意する。 が、せっかくカーラが応援しているのになぜかブライアンの様子がおかしくて…… ※短め、軽め

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

処理中です...