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吟遊詩人は春と出会いを詠う 1
しおりを挟む――吟遊詩人は詠う。
邪竜を倒した英雄は、光の精霊に導かれ南端の地に。
王都に向かう彼が通り過ぎた道は、一面の花に覆われ鳥が鳴き蝶が舞う。
嗚呼、我らが英雄は、春を取り戻した
「……ぐぁ」
カナン様がエールを手にテーブルに突っ伏した。
彼は英雄と言われるのが苦手なのだ。
フードを深く被っているから、彼が英雄カナンだと気がつく者はいないだろうが……。
――吟遊詩人は詠う。
彼の隣には愛しき人。
彼は笑う、彼女の前でだけ。
二人には愛の結晶。
英雄は幸せを手に入れた。
「ふぁ!?」
本来であれば、叔父様は吟遊詩人にシェリアの力を隠すため、カナン様が花を咲かせたように詠わせれば良かっただけのはず。
「……ご存じだったのですか?」
「ああ、吟遊詩人に詠わせるなら、恋を織り込んだほうが広まりやすいというところまでは」
「……相談して」
カナン様がエールをひと息に飲み干した。
その頬が赤いのはアルコールのせいか、それとも照れているのか。
恐らく後者だろう。
「懐かしいな」
「ええ……」
シェリアが眠ると、叔父様は私たちに吟遊詩人の詩を聞いてくるように言った。
続いて吟遊詩人は、私とカナン様の出会いを詠いはじめた。
* * *
私とカナン様が出会ったのは、七年前……私は十五歳、カナン様は十七歳だった。
「あの、大丈夫ですか?」
黒髪の男性が、具合が悪そうに道ばたにうずくまっていた。誰も彼もチラリと視線を向けるのに、彼に近づこうとはしない。
私は放っておくことができず、彼に駆け寄った。
分厚い眼鏡をかけているから瞳の色は見えない。
「……は?」
間の抜けた声が男性の口から漏れ出した。
「君は、近づけるのか」
「え? どういうことですか」
「気分が悪くなったり――うぐ」
「わわ……!?」
男性は口元を押さえて俯いた。
顔色が悪く、冷や汗をかいている。
「あの、叔父の家がすぐ近くなので……休ませてもらいましょう?」
「……迷惑をかけるわけには」
「お互い様ですよ!」
当たり前のことを言っただけなのに、男性は驚いたようだった。
「肩を貸しますから、立てますか?」
「あ、ああ……」
男性は大人しく私に寄りかかり立ち上がった。
運良く叔父様は家にいた。
いつも仕事で忙しく不在がちだ。
鍵を預かって何かあったら来ても良いと言われていたが……。
「おや、大きな拾いものだね」
「叔父様、こちらの方の具合が悪そうなので少し休ませて差し上げてください」
「いいよ。助けて損はなさそうだし」
なぜか叔父様は冷たい目で彼を見た。
でも、口ではそんなことを言っても、叔父様が捨て猫すら放っておけないお人好しであることを私は知っている。
「ベッドは一つしかないけど、どうぞ」
「どうして」
「――具合が悪い人を助ける。何かおかしいことでも?」
「俺の――ことを」
「ははは……道ばたで具合が悪かっただけの人だろう? 面倒だからお互いその方が良いのでは?」
「そうですね……しかし、あなたも大丈夫なのですか?」
叔父様は男性の顔をのぞき込み、珍しいことに前髪を上げた。
「金色の瞳……」
「そ、魔法は上手くないけど、魔力が高いから君の魔力が安定してなくても影響はない」
「彼女も?」
「姪は魔力がない」
叔父様は男性に、私が魔力を持たないことをサラリと伝えてしまった。
彼も、私に気の毒そうな視線を向けるだろうか。それとも蔑むような視線を……?
しかし、彼は表情を変えなかった。そしてただ「そうでしたか、道理で」と言った。
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