この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら

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瑠璃色の宝石

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 二人並んで馬車に乗るなんて、いつ以来だろうか。
 揺られる、辺境伯家の馬車の中、ルナシェと兄のアベルは、並んで座っていた。

 幼い頃は、いつも一緒走り回っていたアベルとルナシェ。
 大人たちも、ミンティア辺境伯家の瑠璃色の瞳を受け継いだルナシェとアベルにそろいの服を着せては楽しんでいた。

 けれど、アベルが本格的な騎士、そして嫡男としての教育、ルナシェの淑女教育が始まってから二人の距離は遠く離れた。

 それでも、兄のアベルは妹のルナシェを気遣い、ルナシェもアベルを慕っていた。

「……本当によかったのか?」

 ルナシェは、予想外の言葉に息を詰める。
 なぜなら、二人の共通の視点は、辺境伯領の平和であり、領民の安寧のはずだから。

 だから、ルナシェが、慣例通りに動かなかったことも、ましてや姿をくらませたことも、こんな風に気遣わしげに聞いてもらえるはずなかったからだ。

「ルナシェの兄として、こんなことを言うのは、今この瞬間だけだ。よほどの理由があったのだろう? ルナシェが、わがままだけでこんなことするはずない」
「お兄様……」

 辺境伯領と領民の平和が絡まなければ、ルナシェにどこまでも甘いのが兄、アベルだ。
 アベルは今、辺境伯領の次期当主としての視点ではなく、あくまで家族としてルナシェに問いかけている。

「昨日の朝なら、残りたいと言ったのかもしれませんが……」
「――――まさか、すでに二人は」
「え?」

 全く意味が分からずに、瑠璃色の瞳を瞬くルナシェ。
 妹は、努力家で賢いが、男女の機微には年齢のわりに疎い。
 ベリアスが、そんなルナシェになぜか異常なほど執着していることも知っているが、それと同時に壊れ物のように扱っていることもアベルは知っている。
 
「……うん、ないな。むしろあったら、今から戻って息の根を」
「い、息の根?」
「いや、もしもの話だ」

 物騒すぎる兄の言葉に、目をしばたかせるルナシェ。
 侯爵家が、そして第一騎士団長が、さらには彼個人が持つ、ありとあらゆる手を使い、ルナシェとの婚約をもぎ取ったベリアス・シェンディア。

 しかし、婚約式にすら現れず、その行動はどこか、はじめて恋をした人間のようにちぐはぐだ。

「ん? どうしたルナシェ」

(物騒すぎる……。まさか、お兄様が黒幕なんてこと)

 兄に限ってそれはないだろうと、ルナシェは思い直した。兄は、辺境伯家のためなら時に相手を切り捨てることもあるが、卑怯なことをするのは好まないまっすぐな性格だ。

 その辺りは、やはりルナシェと兄妹といったところか。

「…………ところで、そのネックレスとイヤリングだが」
「――――なにかありますか?」

 東方の外れにある魔塔、そこにいるという魔術師が魔力を込めたというネックレス。
 人生の終わりに、このネックレスに願い事をしたせいで、ルナシェはやり直しているのだろうか。

「――――得体の知れない力、恐らく魔力がこもっていたのに、今はなくなっている」
「え…………?」

 ルナシェが見つめ返した先には、ルナシェの瞳と、宝石と同じ色をしたアベルの瞳がある。

「お兄様は、このネックレスに何か感じていたのですか?」
「――――ああ」

 それだけ言うと、アベルは頬杖をついて外を眺めた。
 乾いた風が吹く石ころだらけの荒野だった景色。
 馬車が南下するほどに、その景色は緑を取り戻していく。

 ミンティア辺境伯領は広大だ。

 ドランクの街がある北端は、夏は緑のない大地に乾いた風が吹き、冬になれば雪と氷に閉ざされる過酷な場所だ。隣国と国境を接し、街道が続く国防の要だ。
 辺境伯の屋敷がある中央部は、緑豊かで実りが多い。

 ――――そして、辺境伯領の東方、さらにその向こうは、巨大な要塞のような断崖絶壁がどこまでも続いていて、誰も行くことができない。魔塔はその先にあると言われている。

「魔塔、か」

 ルナシェのネックレスを、そっと手のひらにのせて見つめながら、アベルはその単語を口にする。
 
(そういえば、お兄様は、昔から魔塔の魔術師が魔力を込めた品を研究するのが好きだったわね)

 元々、ミンティア辺境伯家の始祖は、魔法を使っていたと逸話が残されている。
 そして、辺境伯家の血を引く人間は、特徴的な瑠璃色の瞳をしていることが多い。
 だから、アベルもこのネックレスに、魔力と呼ばれるものが込められていると感じることができたのだろうか。

 今はまだ、誰にも分からない。
 ベリアス・シェンディアが、冬の戦いでどんな結末を迎えるのかも。
 瞳の色をしたネックレスとイヤリングが、ルナシェの元にきた意味も。
 辺境伯家の未来も。

 そして、ベリアスとルナシェ、二人の恋の行方すら。

 すべてを見てきたのかもしれない、瑠璃色の宝石だけが、ルナシェを彩りながら、輝いていた。

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