夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

夫の色のドレスはもう着ない

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 ――夫の色のドレスは、淡いピンクの髪に空色の瞳をした私には似合わない。

 私が着ているピンク色のドレスは、いつもよりよほど似合っていることだろう。

 けれど、会場中から視線が集まっているのはそれが理由ではないはずだ。
 ミラバス王国の社交界においては、妻は夫の色を取り入れたドレスを身につけることが多いのだ。

 もちろん私も、公式の場では必ず夫であるアシェル様の色のドレスを身につけていた。

 しかし、今夜は夫であるアシェル様の髪色である焦げ茶色も、瞳の色である濃い緑色も取り入れず、咲きたての薔薇のようなピンク色のドレスを選んだ。これは私の諦めを表している。

「フィリア……その色のドレス、とてもよく似合う。まるで朝露に濡れた薔薇のようだ」
「――ありがとうございます」

 アシェル様はいつものように優しく私に笑いかけた。
 この笑顔を見れば周囲の人は、たまたま夫が贈ったドレスを着てきたのだろうと考えるかもしれない。

(アシェル様は、今日も褒めてくれるけれどまるで古典恋愛の本から拾ってきたようなセリフだわ……)

 スンッ、という音が聞こえてしまいそうなほど私の声は無機質だったに違いない。

(もしかしたら、アシェル様の色ではないドレスを身につけたなら、少しくらい気にしてくれるかもしれないと思った……。でも、本当にアシェル様は私に興味がないのだわ)

 辺境伯令嬢だった私と、この国の中枢を担う宰相であるアシェル様との結婚は国王陛下の命令によるものだった。

 それでも私は十二歳年上のアシェルが大好きで、帰ってくれば子犬のように出迎え、好きな食べ物があると聞けば料理長に教えを請い自ら作り、彼の隣に立つ大人の女性になろうと彼の色のドレスを着こなす努力をした。

(でも、大人っぽいデザインのドレスも、焦げ茶色も、濃い緑色も私には似合わなかった)

 年が離れていても仲睦まじいベルアメール伯爵夫妻。
 それが、社交界での私たちの評判だったはずだ。

(でも、これではっきりしたわ。アシェル様には他に愛する人がいる)

 会場の中心で高位貴族たちと歓談する背が高く大人びた令嬢に視線を向ける。
 そこにいる令嬢が身につけているドレスは、今日もアシェルの瞳の色と同じ濃い緑色だ。

(……本当にお似合いの二人だわ……。初対面の人に妹と間違えられてしまう私とは大違い)

 夜会の会場はたくさんの色があふれて、キラキラと輝くようだ。
 その中で、たった一人立ちすくむ私に周囲が気の毒そうな目を向けているように思える。

(明日の社交界の噂話はきっと、アシェル様の色を着るのをやめた私と、アシェル様の色を完璧に着こなす愛人の話に違いないわ。でも、もういいの)

 すでに会場では、参加者たちが思い思いにダンスを踊っている。
 
「今日も、そろそろ帰ろうかしら……」

 私は小さく呟くと、会場の出口に向かって一人歩き出したのだった。
 
 
  * * *

 
 ことの始まりは二週間前に執り行われたある夜会で聞いた噂話だった。

 アシェル様は今日も、私と一曲だけ踊ると国王陛下に呼び出されてしまった。
 宰相の地位にありいつも忙しいアシェル様は、夫婦で参加する夜会でもずっと一緒にいてくれたことは一度も無い。

 それでもそれはいつものことなので、私はそこまで気にしていなかった。
 いつものように会場の端へと向かう。そこで、おいしい食事を食べて夫が国王陛下と会話を終えるのを待つのだ。そのときだった。

「ねえ、聞いた? あの噂」
「聞いたわ、まさかあんな大胆なことをするなんて」

 彫刻の陰に私がいることに気がついていないのか、二人の令嬢が噂話を始めた。

「それにしても彼女、ベルアメール伯爵の色を着てくるなんて見え見えよね」

(ベルアメール伯爵? 色って何のことかしら)

 夫の名前が聞こえてきたため、私は噂話に聞き耳を立ててしまった。
 まさか、その会話のせいで強いショックを受けるなんて知りもせずに。

「ランディス子爵令嬢は、王城の秘書官だけど、ベルアメール伯爵の愛人という噂は本当のようね」
「そうね。そうでなければ、妻がいるベルアメール伯爵の瞳の色のドレスなんて着てくるはずがないわ」

 私はレンガで頭を殴られたような衝撃を受けた。
 慌ててその場所を離れてアシェル様を盗み見ると、確かにそのそばには彼の瞳の色のドレスを着た女性が立っている。

(あの人は確か、アシェル様の部下であるユリア・ランディス子爵令嬢……)

 国王陛下に仕える宰相と秘書官という職にあるアシェル様とランディス子爵令嬢は、その仕事柄公的な場所で一緒にいることが多い。もちろん、仕事のためであるということを理解しているので、今まではそのことについて深く考えることも、疑うこともなかった。

 けれど黒髪に金色の瞳をしたランディス爵令嬢は、噂話を裏付けるように濃い緑色のドレスを妖艶なその魅力で完璧に着こなしていた。
 まるで、彼女こそがアシェル様に相応しいのだと周囲に知らしめるように。

 * * *

 先日の出来事を思い、私はため息をつく。

(生まれ持った色は何人たりとも変えることができないもの……)

 本来であれば、アシェル様に直接質問するべきなのだろう。
 けれど、思い返せば思い返すほど、アシェル様は私のことを大切にしてはくれても、大人の女性として扱ってくれたことがない。

(それもそのはず、アシェル様は本当は結婚するつもりがなかったのだもの……)

 一年前、隣国との繋がりが強いフォルス辺境伯家の一人娘である私に、隣国の王太子から婚約の申し出があった。しかし、国王陛下は国境の防衛の要である辺境伯家と隣国との繋がりがこれ以上強くなることをよしとしなかった。

 けれど私と同じくらいの年の高位貴族にはすでに婚約者がいた。
 そこで、独身を貫いていたアシェル・ベルアメール伯爵に白羽の矢が立ったのだった。

 振り返ったけれど、アシェル様の姿はすでに国王陛下のそばにはなかった。

(もしかして、ランディス子爵令嬢と一緒に過ごしているのかしら)

 私はもう一度ため息をつき、今度こそ会場をあとにしたのだった。
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