夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

文字の大きさ
14 / 43
第1章

秘書官

しおりを挟む

「ベルアメール伯爵夫人。はじめまして、第三王女マリーナ・ミラバスです」
「マリーナ殿下、本日はご招待いただき大変光栄です。フィリア・ベルアメールと申します」
「ようやくお会いできましたね。ベルアメール伯爵に夫人を招待したいとお伝えしていたのに何度頼んでも断られて……」
「アシェル様……いいえ、夫が?」

 公式の場に出すには恥ずかしいと思われていたのだろうか。
 確かに私は幼く世間知らずに違いないけれど……。

(アシェル様とは十二歳も年が離れているのだもの……)

 十二歳の年の差はあまりに大きい。
 アシェル様は出会ったときから大人で、素敵で、輝いていた。

「それにしても、ベルアメール伯爵も大人げない……」

 パサリと音がして視線を向けると、マリーナ殿下が扇を拡げて口元を隠していた。

(今一瞬、アシェル様が大人げないと聞こえたような……?)

 アシェル様と大人げないという言葉がどうしても結びつかない。
 それとも、私よりも大人びたこのお茶会の参加者には、アシェル様のいろいろな面が見えているのだろうか……。

「確かに、こんなに可愛らしいのですもの。ベルアメール伯爵が隠しておきたいのもわかる気がしますわ」
「確かに……気持ちはわからなくもないですね」

 ミリアリア公爵夫人とマリーナ殿下が私のことを見ながらそんなことを言う。

(そういえば、ミリアリア公爵夫人はアシェル様と王立学園では一緒の学年だったはず……。私と同じ年の頃のアシェル様は、一体どんな感じだったのかしら?)

 きっと、私より大人びた冷静な判断ができる学生だったに違いない。

(それにしても……)

 直立不動のまま、金色の目だけこちらに向けている黒髪の美女。
 ランディス子爵令嬢が気になっていると、マリーナ殿下がにっこりと微笑んだ。

「ああ、紹介がまだでしたね。こちらはユリア・ランディス子爵令嬢です。ベルアメール伯爵の部下なので、夫人はすでにご存じかもしれませんね」
「ええ……先日の夜会で少しだけお話ししました。改めまして、フィリア・ベルアメールです。よろしくお願いいたします」
「ユリア・ランディスです。……先日は大変失礼致しました」

 確かに、ランディス子爵令嬢との初めての会話は衝撃的だった。

(そういえばあのとき、どうしてアシェル様の色のドレスを着なくなったのか聞かれた上に、迷惑だと言われたわね……一体どういう意味だったのかしら?)

 その点については気になるけれど、王女殿下主催のお茶会で聞くような内容でもないだろう。
 そう思って「お気になさらず」と答えるだけにとどめる。

「そういえば、ベルアメール伯爵とランディス子爵令嬢が愛人関係という噂があったわね。ちゃんと、釈明した方がよろしいのでは?」

 それについての話題は出すまいと思っていたのに、マリーナ殿下が急にそんなことを言い始めた。
 その言葉を聞いた途端、ランディス子爵令嬢はものすごく嫌そうな顔をした。

「勘弁してください……あの無口で無愛想で仕事だけにしか興味がないくせに最近遅すぎる初恋……いえ、それは言わない約束でしたね……な男には興味ありません」
「……えっ」

 先日の夜会で直接お会いしてから、ランディス子爵令嬢がアシェル様の愛人だという噂は違うのではないかと思っていた。

(そう……やっぱり愛人ではなかったのね。でも、初恋って何のことかしら?)

 そんなことを思いながら、考え込んでいるとランディス子爵令嬢が私に近づいてきた。

「……先日は不躾なことをして申し訳ありませんでした。ただ、私もあの噂話にはとても迷惑していたので……」
「……ランディス子爵令嬢」
「それから、勘違いされていると困るので伝えさせていただきますが、私のドレスの色は断じて宰相殿の瞳の色ではありません。ですから、今後も着させていただきます」
「はあ……」

 ランディス子爵令嬢は、はっきり物を言うタイプなのだろう。

「お詫びしているのに失礼を重ねているわよ!」
「――失礼致しました」

 マリーナ殿下が慌てたようにランディス子爵令嬢を止めているけれど、私は彼女に対してそんなに嫌な印象がない。

(少々変わっているとは思うけれど……)

「だから、また宰相殿の色のドレスを着て差し上げてください」
「――ええ、でも……私には似合わないですから」
「それは……。ああ、いけない。もうこんな時間ですか」

 ランディス子爵令嬢は、胸元から出した懐中時計を見つめて眉根を寄せた。

「申し訳ありません、重要会議の合間を縫ってご挨拶に来たものですから……マリーナ殿下、お誘いいただきありがとうございました」
「ランディス子爵令嬢、またいらしてね?」
「ええ……都合がつけば……。何にせよ、殿下からも陛下に文官の人員補充を申し出てくださいませ。一人でも大抵のことをこなせてしまうからと言って、その一人ばかりに命令するのは怠慢だと私は思います」
「――そうね、今回の問題もそれが原因の一つですもの。陛下には私からも再度お伝えしておくわ」
「ええ、それにしても遅すぎた初恋を拗らせた人というのは……面倒なものです」
「でも初恋相手がこんなに可愛いのですもの。気持ちはわからないでもないわ」

 ぼそぼそと内緒話をするランディス子爵令嬢とマリーナ殿下が、一瞬私に視線を向けた気がした。

「では、失礼致します」

 ランディス子爵令嬢の美しい礼は、令嬢としてのものではなく文官としての正式なものだ。
 その凜々しい所作にしばし心を奪われる。
 去って行く後ろ姿は次第に駆け足になり、あっという間にその姿は消えたのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...