悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️

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 夢を見た。もう30年も前の夢だ。

 戦と言うのは攻め込まれた側の方が圧倒的に不利になる。失うもの、守るべきものがあるからだ。

 突如攻め入って来たルクソル軍によって国土は蹂躙され、多くの民の命が失われた。王都の所々で火の手が上がり、人々は逃げ惑う。そんな中、突如ルクソルは停戦の話を持ち掛けて来た。

 兵を引く代わりに王妃を人質に寄越せと……。

 当然ワシやダンケルは反対した。罠に違いない。騙されるだけだと……。

 ダンケルの父である前国王もワシらと同じ考えだった。我が国はその要求を突っぱねた。

 だがルクソルは諦めなかった。民達の気持ちを煽るため、王都中にビラを撒いた。

 ルクソルは王家に対し停戦を呼び掛けている。それにも関わらず、国王は王妃を差し出さない。彼は多くの民の命より王妃ただ一人の方が大切なのだ。そして最後にこう呼び掛けたのだ。今のこの事態を招いているのは王家なのだ。民よ、立ち上がれ……と!

 苦しく辛い日々は民達の判断力を狂わせた。その結果、各地で暴動が起きた。

「「王妃を差し出せ」」と!

 藁にも縋る思いとはこの事だ。

 暴動に参加した者達は王妃を差し出せばルクソルが兵を引いてくれると、本気でそう思っていた。いや、思い込もうとしていたのかも知れない。

 王妃さえ差し出せば元の平穏な暮らしに戻る事が出来ると……。

 その結果、ワシらはルクソルだけでは無く、自国の民達の暴動の鎮圧にも人手を割かれる様になった。何より自国の民達に刃を向けなければならない兵達の心を憂い、王妃は自ら人質となる事を王に告げた。

『分かっておるのか? これは罠なのだ。お前が行ったところでルクソルが兵を引くはずがないではないか⁉︎   我が国はみすみすお前と言う人質を奴らにくれてやるだけの結果となるのだぞ』

 国王は必死になって王妃を止めた。だが王妃の決意は固かった。

『例えそうだったとしても民達は目覚めます。それに兵達にしてもそうです。本来守るべき存在であるはずの自国の民に刃を向けるのは、彼らにとっても酷と言うものです。私は自分から進んで人質となるのです。ですからもし私を盾に脅された場合、私への配慮はいりません。迷わず私を切り捨てて下さい!』

 王妃は気丈にもそう言い放った。その王妃が今の王太后ヘラだ。

 結局王妃が人質となったところで、ルクソルの兵が引く事は無かった。民達は現実を突き付けられた。それどころか平然と王妃を使って此方を脅して来た。だがルクソルは間違えたのだ。ルクソルのこの卑劣な行いに、当初は逃げ惑うだけだった民達は立ち上がった。

 軈て我が国はワシら兵だけでは無く、民達も共に戦う様になった。まさに国を挙げての総力戦だ。攻め込んで来たルクソル側の弱点。それは兵力の増強の難しさと物資の不足だ。戦が長引けば長引く程それらが不足していく。反対に民達を引き入れた我が軍は数の力で圧倒的に優位に立った。

 どんどんルクソルの軍は押されていく。切迫したルクソルが次にどんな手を使うかなど分かり切っていた。彼女本人が懸念した通り、人質である王妃を盾として前面に立たせる事だ。

『このままでは仰った通り、母上を切り捨てるしかなくなるかも知れない。いや、自らの存在が我が国の足枷となるのであれば、あの人は自らその命を断つだろう。私の母なのだ。私はどうしても母上を助けたい。だが、そのために兵達の命を危険に晒す事は出来ない。なぁ、ダンケル。お前を見込んで頼みがある。すまんが力を貸してはくれんか?』

 そうダンケルに頼まれ、二人で考え出したのがあの身代わり人形だった。

 ワシらは王妃が何処に捉えられているのかを探りだし、ダンケル自身が囮となり敵を引きつける。その間にワシは王妃と人形をすり替えた。

 ダンケルは自分の命を賭け、王妃……今の王太后であるヘラを救った。

 だが王妃は既に心も体もボロボロになっていた。彼女が捉えられていた間、どんな扱いを受けていたのか、誰も聞く事は無かったし、彼女自身が話す事も無かった。

 だが、そんな状態でも彼女は言った。私が無事な姿を見せれば味方の士気が高まるはずだ。私が民の前には立ちますと……。

 その後、またワシらの前に見せしめの様に連れて来られた王妃の人形が、ワシが指を弾くと同時に消えてなくなった時の、ルクソル兵達の呆然とした顔を忘れる事は出来ない。そしてその代わりに、ダンケルに連れられた王妃が奴らの前にその姿を現した時、彼女の思惑通り我が軍の士気は最高潮に高まった。

 こうして遂にルクソルは本当に我が国から兵を引いた。だがその後に残ったのは、筆舌しがたい程の光景だった。

 沢山の民の亡骸と破壊され尽くした街を見たワシとダンケルは心に誓った。二度とこの国を戦禍に巻き込む事はしないと……。

 目が覚めるとワシは涙を流していた。そして隣には、ワシの手を握り締め目に涙を浮かべるアルテミスがいた。

「気付いたのですね。本当に……お父様は無理ばかりなさって……」

 その言葉と共に娘の目から涙の雫が落ち、握られたワシな手に落ちた。

「心配を掛けて……すまんかった」

 ワシはアルテミスに謝まった。

「怖い夢でも見ておられたのですか? ずっと……泣いておられました……」

 アルテミスが心配そうにが問い掛ける。

「いや、昔の夢を見ておった」

 ワシは娘に答えた。
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