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10 ヨーゼフ① 娘は振り返らなかった
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アイリスは一度もこちらを振り返る事なく屋敷を出て行った。
その後ろ姿を見て漸く気付く。
私は娘に捨てられたのだと……。
「あはははは……」
余りにも自分が情けなくて、乾いた笑いが出た。
本当は全て気付いていた……。
メラニア達が彼女を屋敷の中で邪魔者扱いしていた事も……。それによってアイリスがどれだけ孤独な日々に耐えていたのかも……本当は何もかも全て気付いていたんだ。
気付いていてあえて無関心を貫き、あろうことか一方的にメラニア達の肩を持ち、あの子の話を聞こうともせず、頭ごなしに叱りつけてばかりいた。
私がアイリスにしていた事は最低の行為だ。
あの子はこの屋敷でたった一人きりだったと言うのに……。
全て殿下が仰った通りだ。
そうすることが家の中の平穏を保つ一番楽な方法だったから……。
******
メラニアは私が筆頭補佐官に就任した時、新たにつけられた秘書官の中の一人だった。
周辺国の中でも比較的女性の地位が守られているこの国でも、女性の文官は珍しい。
と言うのも、王宮勤めの女性と言えば、誰もが侍女やメイドと言った仕事を思い浮かべるのではないだろうか? そんな中で敢えて彼女は文官を目指し、難関と言われる採用試験に合格した。然もメラニアは、男爵夫人だったとはいえ元は平民の出だ。それだけに彼女は王宮内でも稀有な存在で、他の文官達からも注目されていた。
その頃、宰相筆頭補佐官に任命されたばかりの私は多忙を極め、なかなかアイリスと共に過ごす時間がとれずにいた。
母を失ったアイリスは、これから多感な時期を迎える。ただでさえ母親がいない彼女に、父親である私まで側にいてやる事が出来ないのだ。
私を気遣って何も言わないが、きっとアイリスは一人で寂しい思いをしているに違いない。
私は常にそんな不安を抱えていた。
そんな時、メラニアにアイリスと1つ違いの娘がいることを知った私は、同じ年頃の娘を持つ親同士、仕事の合間、彼女にアイリスの事を相談するようになった。
仕事の合間の単なる雑談。最初はただそんな感じだったのだ。
そんな二人の関係が変わったのは、メラニアの夫に愛人がいると分かってからだ。そして今度は反対に、私が憔悴した彼女から相談を受ける様になった。
その後、結局彼女は男爵と離縁した。
それからと言うもの彼女はずっと、何か思い詰めた様な表情をしていた。
アイリスの事で相談に乗って貰っていた手前、私にはそんな彼女を放っておく事が出来なかった。そうしてメラニアを慰めるうちに、いつの間にか私たちは男女の関係になっていた。
「貴方の子供が出来たの」
ある日突然メラニアにそう告げられた私は、彼女を後妻として屋敷に迎え入れる事に決めた。
すると彼女は私と婚姻したあとは仕事を辞め、伯爵夫人として家政と娘達の子育てに専念したいと申し出てくれた。
それは私にとって願ってもない事だった。
もし彼女が家に入ってくれれば、アイリスも寂しくなくなるだろう……。
私は安易にそう考えていたのだ。
だが、メラニアを後妻として我が家に迎えてから直ぐに、彼女は私にアイリスについて不平不満を漏らす様になった。
「ああ、それはアリア様に対する嫉妬ですね。そりゃあそうでしょう。前妻を快く思う後妻なんていませんからね。特に伯爵とアリア様の出会いは王宮内でも有名でしたから。アイリス様にアリア様を重ねて見ているんじゃないですか? 」
ある日愚痴を漏らした私に、同僚はそう言って笑った。
王宮で泣いていた侯爵令嬢を慰め、恋に落ち結ばれた。然も彼女は王太子妃の親友だ。
考えてみれば話題となって当然だろう。
恐らく王宮で文官として働いていたメラニアは、その話を知っていたのだろうとその同僚は言った。
「まぁ、彼女は伯爵の事が好きでしたからね。そうやって嫉妬されるのは愛されている証拠ですよ」
そう言われると悪い気はしなかった。
だから私は、同僚のこの言葉の裏に潜む本当の意味を考えた事もなかったのだ。
その後、事件はすぐに起こった。
メラニアが突然、家中の模様替えを始めたのだ。
そのせいでアリアの残した屋敷の面影が、どんどん家の中から失われていった。
アイリスは耐えられなかったのだろう。すっかり変わってしまった屋敷で泣いていた。
そんな娘の姿を見ると否が応でも思う。
こんなはずではなかったと……。
だがもう後戻りは出来なかった。何よりメラニアは私の子をその身に宿しているのだ。
それからも、メラニアから聞くアイリスへの不満は日に日に増していく。
気に入らない事があると暴れて屋敷内の物を壊す。
ラデッシュを虐める。
使用人達に辛く当たる。
だがアイリスは私の娘だ。
彼女がメラニアの言う様な子ではないこと位、誰よりも私が一番よく知っていた。
そもそもメラニア達とアイリスでは生まれも育った環境も全く違うのだ。何かお互い誤解しているだけ。きっとそのうち、時間が解決してくれるだろう。私はそう思っていた。
だから私は最初、アイリスを庇っていた。
だが流石に難関の文官採用試験に合格しただけあって、メラニアは兎に角、口が立った。
筆頭補佐官の仕事は多岐に渡り、私の仕事は相変わらず多忙を極めていた。疲れ果てて屋敷に帰ったあと、メラニアからアイリスの愚痴を延々と聞かされ、アイリスを庇うと言い争いになる。
私は少しずつそれを煩わしいと感じるようになっていた。
もう勘弁してくれ。疲れているのだ。そう叫びたかった。
ただでさえ宰相補佐官と言う仕事は対外的にも対内的にも気を使う仕事だ。
せめて家の中でくらい、安らぎを得たかった。
「そうだな。アイリスには私から注意しておくよ」
ある日、いつもの様にメラニアにアイリスの愚痴を言われ、面倒になった私はついそう言って頷いてしまった。
「本当に? やっと分かってくれたのね」
その時、メラニアが心底嬉しそうに微笑んだ。
途端に彼女の機嫌が良くなる。
そんなメラニアを見て、同僚の言葉を思い出した。
そうか……。メラニアはアイリスに嫉妬しているだけだ。ならば、少しだけアイリスに悪者になって貰えば、私はこの煩わしさから解放されるのか……。
この時私はそう考えてしまった……。
その後ろ姿を見て漸く気付く。
私は娘に捨てられたのだと……。
「あはははは……」
余りにも自分が情けなくて、乾いた笑いが出た。
本当は全て気付いていた……。
メラニア達が彼女を屋敷の中で邪魔者扱いしていた事も……。それによってアイリスがどれだけ孤独な日々に耐えていたのかも……本当は何もかも全て気付いていたんだ。
気付いていてあえて無関心を貫き、あろうことか一方的にメラニア達の肩を持ち、あの子の話を聞こうともせず、頭ごなしに叱りつけてばかりいた。
私がアイリスにしていた事は最低の行為だ。
あの子はこの屋敷でたった一人きりだったと言うのに……。
全て殿下が仰った通りだ。
そうすることが家の中の平穏を保つ一番楽な方法だったから……。
******
メラニアは私が筆頭補佐官に就任した時、新たにつけられた秘書官の中の一人だった。
周辺国の中でも比較的女性の地位が守られているこの国でも、女性の文官は珍しい。
と言うのも、王宮勤めの女性と言えば、誰もが侍女やメイドと言った仕事を思い浮かべるのではないだろうか? そんな中で敢えて彼女は文官を目指し、難関と言われる採用試験に合格した。然もメラニアは、男爵夫人だったとはいえ元は平民の出だ。それだけに彼女は王宮内でも稀有な存在で、他の文官達からも注目されていた。
その頃、宰相筆頭補佐官に任命されたばかりの私は多忙を極め、なかなかアイリスと共に過ごす時間がとれずにいた。
母を失ったアイリスは、これから多感な時期を迎える。ただでさえ母親がいない彼女に、父親である私まで側にいてやる事が出来ないのだ。
私を気遣って何も言わないが、きっとアイリスは一人で寂しい思いをしているに違いない。
私は常にそんな不安を抱えていた。
そんな時、メラニアにアイリスと1つ違いの娘がいることを知った私は、同じ年頃の娘を持つ親同士、仕事の合間、彼女にアイリスの事を相談するようになった。
仕事の合間の単なる雑談。最初はただそんな感じだったのだ。
そんな二人の関係が変わったのは、メラニアの夫に愛人がいると分かってからだ。そして今度は反対に、私が憔悴した彼女から相談を受ける様になった。
その後、結局彼女は男爵と離縁した。
それからと言うもの彼女はずっと、何か思い詰めた様な表情をしていた。
アイリスの事で相談に乗って貰っていた手前、私にはそんな彼女を放っておく事が出来なかった。そうしてメラニアを慰めるうちに、いつの間にか私たちは男女の関係になっていた。
「貴方の子供が出来たの」
ある日突然メラニアにそう告げられた私は、彼女を後妻として屋敷に迎え入れる事に決めた。
すると彼女は私と婚姻したあとは仕事を辞め、伯爵夫人として家政と娘達の子育てに専念したいと申し出てくれた。
それは私にとって願ってもない事だった。
もし彼女が家に入ってくれれば、アイリスも寂しくなくなるだろう……。
私は安易にそう考えていたのだ。
だが、メラニアを後妻として我が家に迎えてから直ぐに、彼女は私にアイリスについて不平不満を漏らす様になった。
「ああ、それはアリア様に対する嫉妬ですね。そりゃあそうでしょう。前妻を快く思う後妻なんていませんからね。特に伯爵とアリア様の出会いは王宮内でも有名でしたから。アイリス様にアリア様を重ねて見ているんじゃないですか? 」
ある日愚痴を漏らした私に、同僚はそう言って笑った。
王宮で泣いていた侯爵令嬢を慰め、恋に落ち結ばれた。然も彼女は王太子妃の親友だ。
考えてみれば話題となって当然だろう。
恐らく王宮で文官として働いていたメラニアは、その話を知っていたのだろうとその同僚は言った。
「まぁ、彼女は伯爵の事が好きでしたからね。そうやって嫉妬されるのは愛されている証拠ですよ」
そう言われると悪い気はしなかった。
だから私は、同僚のこの言葉の裏に潜む本当の意味を考えた事もなかったのだ。
その後、事件はすぐに起こった。
メラニアが突然、家中の模様替えを始めたのだ。
そのせいでアリアの残した屋敷の面影が、どんどん家の中から失われていった。
アイリスは耐えられなかったのだろう。すっかり変わってしまった屋敷で泣いていた。
そんな娘の姿を見ると否が応でも思う。
こんなはずではなかったと……。
だがもう後戻りは出来なかった。何よりメラニアは私の子をその身に宿しているのだ。
それからも、メラニアから聞くアイリスへの不満は日に日に増していく。
気に入らない事があると暴れて屋敷内の物を壊す。
ラデッシュを虐める。
使用人達に辛く当たる。
だがアイリスは私の娘だ。
彼女がメラニアの言う様な子ではないこと位、誰よりも私が一番よく知っていた。
そもそもメラニア達とアイリスでは生まれも育った環境も全く違うのだ。何かお互い誤解しているだけ。きっとそのうち、時間が解決してくれるだろう。私はそう思っていた。
だから私は最初、アイリスを庇っていた。
だが流石に難関の文官採用試験に合格しただけあって、メラニアは兎に角、口が立った。
筆頭補佐官の仕事は多岐に渡り、私の仕事は相変わらず多忙を極めていた。疲れ果てて屋敷に帰ったあと、メラニアからアイリスの愚痴を延々と聞かされ、アイリスを庇うと言い争いになる。
私は少しずつそれを煩わしいと感じるようになっていた。
もう勘弁してくれ。疲れているのだ。そう叫びたかった。
ただでさえ宰相補佐官と言う仕事は対外的にも対内的にも気を使う仕事だ。
せめて家の中でくらい、安らぎを得たかった。
「そうだな。アイリスには私から注意しておくよ」
ある日、いつもの様にメラニアにアイリスの愚痴を言われ、面倒になった私はついそう言って頷いてしまった。
「本当に? やっと分かってくれたのね」
その時、メラニアが心底嬉しそうに微笑んだ。
途端に彼女の機嫌が良くなる。
そんなメラニアを見て、同僚の言葉を思い出した。
そうか……。メラニアはアイリスに嫉妬しているだけだ。ならば、少しだけアイリスに悪者になって貰えば、私はこの煩わしさから解放されるのか……。
この時私はそう考えてしまった……。
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