12 / 21
12 ヨーゼフ③ 捨てられて当然だ
しおりを挟む
そこにあったのは使用人以下の安物のベッドとテーブル……ただそれだけだった。
私はそれがメラニアによる嫌がらせだと直ぐに気付いた。
「……アイリスが以前使っていたものはどうした?」
私が怒りに震える声で側にいた侍女に問うと、彼女の視線がラデッシュを捉える。
それだけで分かった。
そうかアイリスの使っていた家具は今、ラデッシュの部屋にあるのか……。
「あれはあの子の母親がアイリスのために買った物だぞ? 部屋を移ったからと言って、何故家具まで変える必要がある? 何故私の娘の物を赤の他人が使うのだ!?」
私はメラニアに怒声を浴びせた。自分で思ったよりずっと低い声が出た。
「…………」
私のその声を聞いたメラニアは、顔を青ざめさせ、口を噤む。
そう言えばアイリスはアリアの遺品を全て返せと言っていた。その言葉に不穏な物を感じた私は、今度は慌ててテーブルの引き出しを開けた。
思った通り、中には何一つ入ってはいなかった。
本来アイリスが持っているはずのアリアの遺品が何処を探しても一つもないのだ。
「まさか……あの子から本当に全てを取り上げていたのか……」
次の言葉が出て来なかった。
メラニアがアリアの物をアイリスから取り上げている事には薄々気付いてはいた。
だが流石に私にとっても、それは許せる事ではなかった。それに私は知っていた。侯爵夫妻の本当の恐ろしさを……。
だから私はそれを見咎めた。
その時メラニアは私に言ったのだ。
自分は平民だったから、アクセサリーを殆ど何も持っていない。たがら、今は借りているだけ。用が済めば必ず返すからと……。
彼女は私にも平然と嘘を吐いていた。
アイリスは鞄の一つも持たずに屋敷を出て行った。
つまりドレスの一枚すら持ち出してはいないのだ。
私は嫌な予感がして部屋に備え付けてあるクローゼットの扉を開けた。入っていたのは、今のあの子が着るにはどう見ても少し小さくみえるドレス数枚だけ。
「あの子はこれを着ていたのか……。どう言うことだ? あの子に当てられた予算は毎年使い切られていただろう……?」
呟いた私はその時気付いた。
何故赤の他人のラデッシュが何時も新しいドレスを着ていたのかと。
「まさかお前、アイリスの予算をこの娘に使っていたのではないだろうな!?」
私はメラニアを問い詰めた。すると彼女は、分かりやすく視線を彷徨わせる。
私の中に怒りが湧いた。
「何故伯爵家とは何の関係もない赤の他人がアイリスより良い生活をしているんだ! 私はそんな事許した覚えはないぞ!!」
私はメラニアを怒鳴りつけた。
「赤の他人なんて酷いわ。この子は私の娘よ!」
「ああ、そうか! だったらアイリスは私の娘だ! それにこの娘の事も考えて私は君に少し多めに予算を割り振っていただろう? その金は一体何処に行ったんだ!?」
だがメラニアは私の問いに答える事なくこう言い放った。
「だって貴方は何も言わなかったじゃない! 今までアイリスの事なんて気にした事もなかったくせに今更なんだと言うの!?」
そう言われて息を飲んだ。
そう言えば、あの子の姿をきちんと見たのはいつ以来だっただろう……。
ここ数年、私はアイリスを呼び出し、叱りつけ、あの子の姿をきちんと目に留める事すら無かった。
『はい、分かりました。お父様』
私が叱るたびアイリスはそう答え、手を体の前で握りしめながら俯いた。
その時、あの子はどんな顔をしていた……?
アイリスの気持ちを考えると、鼻の中にツンと嫌な痛みを覚える。
ふとテーブルの上を見れば、トレーに乗せられたパンと粗末なスープが水とともに手をつけられた様子もなく置かれていた。
私はとっくに頭の中では答えの分かっている問いを、側にいた侍女にした。
「これは一体何だ?」
侍女は躊躇いがちに答える。
「アイリス様の……朝食でございます」
こんな使用人以下の食事をあの子は毎日食べさせられていたのか……。
自分達は毎日豪華な食事をしておいて、私の目が届いていないのを良い事にアイリスにはこの扱いか……。
体の中にどんどん熱が溜まっていく。
「何故だ? あの子は私の娘だ! 何故こんな食事をあの子に与えていた!? 成長期の娘だぞ!」
私は大声で叫んだ。
「それは……その……奥様の命令で……。アイリス様のドレスが小さいのは太り過ぎているからだと……」
侍女はそう答えると怯えた様に瞳を伏せた。
「アイリスが太り過ぎ……? いや、今日見たあの子は寧ろ……」
信じられない程に痩せていた……。
そうだ。こけた頬。無駄な肉なんて全く付いてはいなかった。そして、1つ違いのラデッシュよりずっと体が小さかった。
それが太り過ぎ……?
「まさか……。ずっと食事すらまともに与えていなかったのか……」
私はメラニアを睨みつけた。彼女はそんな私の怒りを感じ取ったのか分かりやすく目を逸らす。
嫉妬と言う言葉ですますには余りにも度が過ぎた悪意……。
ただの一度で良かった。この部屋を訪れていればもっと早くにそれに気付けたはずだ。
誕生日会の日、侯爵夫妻は毎年我が家を訪れていた。
それでもこの扱いだ。
もし、それさえ無くなったら……。あの子はこの先どれ程の目にあっていたのだろう……。
いや寧ろ侯爵夫妻は年にたった一度訪れるだけで、あの子の異変を感じ取っていた。
それなのに毎日同じ屋敷に住んでいた私は……。
激しい後悔が私を襲う。
「捨てられて当然だな」
気がつくとそう口を突いて出ていた。
私はそれがメラニアによる嫌がらせだと直ぐに気付いた。
「……アイリスが以前使っていたものはどうした?」
私が怒りに震える声で側にいた侍女に問うと、彼女の視線がラデッシュを捉える。
それだけで分かった。
そうかアイリスの使っていた家具は今、ラデッシュの部屋にあるのか……。
「あれはあの子の母親がアイリスのために買った物だぞ? 部屋を移ったからと言って、何故家具まで変える必要がある? 何故私の娘の物を赤の他人が使うのだ!?」
私はメラニアに怒声を浴びせた。自分で思ったよりずっと低い声が出た。
「…………」
私のその声を聞いたメラニアは、顔を青ざめさせ、口を噤む。
そう言えばアイリスはアリアの遺品を全て返せと言っていた。その言葉に不穏な物を感じた私は、今度は慌ててテーブルの引き出しを開けた。
思った通り、中には何一つ入ってはいなかった。
本来アイリスが持っているはずのアリアの遺品が何処を探しても一つもないのだ。
「まさか……あの子から本当に全てを取り上げていたのか……」
次の言葉が出て来なかった。
メラニアがアリアの物をアイリスから取り上げている事には薄々気付いてはいた。
だが流石に私にとっても、それは許せる事ではなかった。それに私は知っていた。侯爵夫妻の本当の恐ろしさを……。
だから私はそれを見咎めた。
その時メラニアは私に言ったのだ。
自分は平民だったから、アクセサリーを殆ど何も持っていない。たがら、今は借りているだけ。用が済めば必ず返すからと……。
彼女は私にも平然と嘘を吐いていた。
アイリスは鞄の一つも持たずに屋敷を出て行った。
つまりドレスの一枚すら持ち出してはいないのだ。
私は嫌な予感がして部屋に備え付けてあるクローゼットの扉を開けた。入っていたのは、今のあの子が着るにはどう見ても少し小さくみえるドレス数枚だけ。
「あの子はこれを着ていたのか……。どう言うことだ? あの子に当てられた予算は毎年使い切られていただろう……?」
呟いた私はその時気付いた。
何故赤の他人のラデッシュが何時も新しいドレスを着ていたのかと。
「まさかお前、アイリスの予算をこの娘に使っていたのではないだろうな!?」
私はメラニアを問い詰めた。すると彼女は、分かりやすく視線を彷徨わせる。
私の中に怒りが湧いた。
「何故伯爵家とは何の関係もない赤の他人がアイリスより良い生活をしているんだ! 私はそんな事許した覚えはないぞ!!」
私はメラニアを怒鳴りつけた。
「赤の他人なんて酷いわ。この子は私の娘よ!」
「ああ、そうか! だったらアイリスは私の娘だ! それにこの娘の事も考えて私は君に少し多めに予算を割り振っていただろう? その金は一体何処に行ったんだ!?」
だがメラニアは私の問いに答える事なくこう言い放った。
「だって貴方は何も言わなかったじゃない! 今までアイリスの事なんて気にした事もなかったくせに今更なんだと言うの!?」
そう言われて息を飲んだ。
そう言えば、あの子の姿をきちんと見たのはいつ以来だっただろう……。
ここ数年、私はアイリスを呼び出し、叱りつけ、あの子の姿をきちんと目に留める事すら無かった。
『はい、分かりました。お父様』
私が叱るたびアイリスはそう答え、手を体の前で握りしめながら俯いた。
その時、あの子はどんな顔をしていた……?
アイリスの気持ちを考えると、鼻の中にツンと嫌な痛みを覚える。
ふとテーブルの上を見れば、トレーに乗せられたパンと粗末なスープが水とともに手をつけられた様子もなく置かれていた。
私はとっくに頭の中では答えの分かっている問いを、側にいた侍女にした。
「これは一体何だ?」
侍女は躊躇いがちに答える。
「アイリス様の……朝食でございます」
こんな使用人以下の食事をあの子は毎日食べさせられていたのか……。
自分達は毎日豪華な食事をしておいて、私の目が届いていないのを良い事にアイリスにはこの扱いか……。
体の中にどんどん熱が溜まっていく。
「何故だ? あの子は私の娘だ! 何故こんな食事をあの子に与えていた!? 成長期の娘だぞ!」
私は大声で叫んだ。
「それは……その……奥様の命令で……。アイリス様のドレスが小さいのは太り過ぎているからだと……」
侍女はそう答えると怯えた様に瞳を伏せた。
「アイリスが太り過ぎ……? いや、今日見たあの子は寧ろ……」
信じられない程に痩せていた……。
そうだ。こけた頬。無駄な肉なんて全く付いてはいなかった。そして、1つ違いのラデッシュよりずっと体が小さかった。
それが太り過ぎ……?
「まさか……。ずっと食事すらまともに与えていなかったのか……」
私はメラニアを睨みつけた。彼女はそんな私の怒りを感じ取ったのか分かりやすく目を逸らす。
嫉妬と言う言葉ですますには余りにも度が過ぎた悪意……。
ただの一度で良かった。この部屋を訪れていればもっと早くにそれに気付けたはずだ。
誕生日会の日、侯爵夫妻は毎年我が家を訪れていた。
それでもこの扱いだ。
もし、それさえ無くなったら……。あの子はこの先どれ程の目にあっていたのだろう……。
いや寧ろ侯爵夫妻は年にたった一度訪れるだけで、あの子の異変を感じ取っていた。
それなのに毎日同じ屋敷に住んでいた私は……。
激しい後悔が私を襲う。
「捨てられて当然だな」
気がつくとそう口を突いて出ていた。
2,595
あなたにおすすめの小説
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
【完結】手紙
325号室の住人
恋愛
☆全3話 完結済
俺は今、大事な手紙を探している。
婚約者…いや、元婚約者の兄から預かった、《確かに婚約解消を認める》という内容の手紙だ。
アレがなければ、俺の婚約はきちんと解消されないだろう。
父に言われたのだ。
「あちらの当主が認めたのなら、こちらもお前の主張を聞いてやろう。」
と。
※当主を《兄》で統一しました。紛らわしくて申し訳ありませんでした。
とある侯爵令息の婚約と結婚
ふじよし
恋愛
ノーリッシュ侯爵の令息ダニエルはリグリー伯爵の令嬢アイリスと婚約していた。けれど彼は婚約から半年、アイリスの義妹カレンと婚約することに。社交界では格好の噂になっている。
今回のノーリッシュ侯爵とリグリー伯爵の縁を結ぶための結婚だった。政略としては婚約者が姉妹で入れ替わることに問題はないだろうけれど……
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
夢から醒めた令嬢は幸せになった
春野オカリナ
恋愛
カレンデュラは、国立公園の遊覧船から落ちて湖で溺れた。
助けてくれたのは幼馴染のデュエル。
溺れている時に見た走馬灯の様な見た事のない未来の幻。
しかし、幻は現実となって彼女の身に降りかかる。夢に見た死を回避する為、カレンデュラは変身魔法で七色の鳥に姿を変えて、デュエルと共に祖父のいる辺境地ザースデンへ向かう。
一方、カレンが去った後、仲の良かった公爵家の面々の偽りの仮面が剥がれつつあった。
辺境地に辿り着くと、カレンを待っていたのは暖かな祖父や伯父一家そして彼女の本当の父親が待っていた。彼女の新しい幸せが辺境地で花開く。
完 これが何か、お分かりになりますか?〜リスカ令嬢の華麗なる復讐劇〜
水鳥楓椛
恋愛
バージンロード、それは花嫁が通る美しき華道。
しかし、本日行われる王太子夫妻の結婚式は、どうやら少し異なっている様子。
「ジュリアンヌ・ネモフィエラ!王太子妃にあるまじき陰湿な女め!今この瞬間を以て、僕、いいや、王太子レアンドル・ハイリーの名に誓い、貴様との婚約を破棄する!!」
不穏な言葉から始まる結婚式の行き着く先は———?
【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。
10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。
婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。
その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。
それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー?
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる