最後の誕生日会

まるまる⭐️

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12 ヨーゼフ③ 捨てられて当然だ

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 そこにあったのは使用人以下の安物のベッドとテーブル……ただそれだけだった。

 私はそれがメラニアによる嫌がらせだと直ぐに気付いた。

「……アイリスが以前使っていたものはどうした?」

 私が怒りに震える声で側にいた侍女に問うと、彼女の視線がラデッシュを捉える。

 それだけで分かった。

 そうかアイリスの使っていた家具は今、ラデッシュの部屋にあるのか……。

「あれはあの子の母親がアイリスのために買った物だぞ? 部屋を移ったからと言って、何故家具まで変える必要がある? 何故私の娘の物を赤の他人が使うのだ!?」

 私はメラニアに怒声を浴びせた。自分で思ったよりずっと低い声が出た。

「…………」

 私のその声を聞いたメラニアは、顔を青ざめさせ、口を噤む。

 そう言えばアイリスはアリアの遺品を全て返せと言っていた。その言葉に不穏な物を感じた私は、今度は慌ててテーブルの引き出しを開けた。

 思った通り、中には何一つ入ってはいなかった。

 本来アイリスが持っているはずのアリアの遺品が何処を探しても一つもないのだ。

「まさか……あの子から本当に全てを取り上げていたのか……」

 次の言葉が出て来なかった。

 メラニアがアリアの物をアイリスから取り上げている事には薄々気付いてはいた。

 だが流石に私にとっても、それは許せる事ではなかった。それに私は知っていた。侯爵夫妻の本当の恐ろしさを……。

 だから私はそれを見咎めた。

 その時メラニアは私に言ったのだ。

 自分は平民だったから、アクセサリーを殆ど何も持っていない。たがら、今は借りているだけ。用が済めば必ず返すからと……。

 彼女は私にも平然と嘘を吐いていた。

 アイリスは鞄の一つも持たずに屋敷を出て行った。

 つまりドレスの一枚すら持ち出してはいないのだ。

 私は嫌な予感がして部屋に備え付けてあるクローゼットの扉を開けた。入っていたのは、今のあの子が着るにはどう見ても少し小さくみえるドレス数枚だけ。

「あの子はこれを着ていたのか……。どう言うことだ? あの子に当てられた予算は毎年使い切られていただろう……?」

 呟いた私はその時気付いた。

 何故赤の他人のラデッシュが何時も新しいドレスを着ていたのかと。

「まさかお前、アイリスの予算をこの娘に使っていたのではないだろうな!?」

 私はメラニアを問い詰めた。すると彼女は、分かりやすく視線を彷徨わせる。

 私の中に怒りが湧いた。

「何故伯爵家とは何の関係もない赤の他人がアイリスより良い生活をしているんだ! 私はそんな事許した覚えはないぞ!!」

 私はメラニアを怒鳴りつけた。

「赤の他人なんて酷いわ。この子は私の娘よ!」

「ああ、そうか! だったらアイリスは私の娘だ! それにこの娘の事も考えて私は君に少し多めに予算を割り振っていただろう? その金は一体何処に行ったんだ!?」

 だがメラニアは私の問いに答える事なくこう言い放った。

「だって貴方は何も言わなかったじゃない! 今までアイリスの事なんて気にした事もなかったくせに今更なんだと言うの!?」

 そう言われて息を飲んだ。

 そう言えば、あの子の姿をきちんと見たのはいつ以来だっただろう……。

 ここ数年、私はアイリスを呼び出し、叱りつけ、あの子の姿をきちんと目に留める事すら無かった。

『はい、分かりました。お父様』

 私が叱るたびアイリスはそう答え、手を体の前で握りしめながら俯いた。

 その時、あの子はどんな顔をしていた……?

 アイリスの気持ちを考えると、鼻の中にツンと嫌な痛みを覚える。

 ふとテーブルの上を見れば、トレーに乗せられたパンと粗末なスープが水とともに手をつけられた様子もなく置かれていた。

 私はとっくに頭の中では答えの分かっている問いを、側にいた侍女にした。

「これは一体何だ?」

 侍女は躊躇いがちに答える。

「アイリス様の……朝食でございます」

 こんな使用人以下の食事をあの子は毎日食べさせられていたのか……。

 自分達は毎日豪華な食事をしておいて、私の目が届いていないのを良い事にアイリスにはこの扱いか……。

 体の中にどんどん熱が溜まっていく。

「何故だ? あの子は私の娘だ! 何故こんな食事をあの子に与えていた!? 成長期の娘だぞ!」

 私は大声で叫んだ。

「それは……その……奥様の命令で……。アイリス様のドレスが小さいのは太り過ぎているからだと……」

 侍女はそう答えると怯えた様に瞳を伏せた。

「アイリスが太り過ぎ……? いや、今日見たあの子は寧ろ……」

 信じられない程に痩せていた……。

 そうだ。こけた頬。無駄な肉なんて全く付いてはいなかった。そして、1つ違いのラデッシュよりずっと体が小さかった。

 それが太り過ぎ……?

「まさか……。ずっと食事すらまともに与えていなかったのか……」

 私はメラニアを睨みつけた。彼女はそんな私の怒りを感じ取ったのか分かりやすく目を逸らす。

 嫉妬と言う言葉ですますには余りにも度が過ぎた悪意……。

 ただの一度で良かった。この部屋を訪れていればもっと早くにそれに気付けたはずだ。

 誕生日会の日、侯爵夫妻は毎年我が家を訪れていた。

 それでもこの扱いだ。

 もし、それさえ無くなったら……。あの子はこの先どれ程の目にあっていたのだろう……。

 いや寧ろ侯爵夫妻は年にたった一度訪れるだけで、あの子の異変を感じ取っていた。

 それなのに毎日同じ屋敷に住んでいた私は……。

 激しい後悔が私を襲う。

「捨てられて当然だな」

 気がつくとそう口を突いて出ていた。

 
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