亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第七十九話 飯炊き奴隷

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「これ以上ないくらいに見ているな。何か考えているようだが」
 ダフィットも首をかしげた。
「わたしでしょうか」
 シェイルが自身を指さす。
「シェイラリオ様、仮面を外したままです」
 ロイの町内会は離れたところで訓練をしているし、レジス兵たちには作戦が伝えられているので問題はないが、帝国兵たちは北の王だと思っていた人物の素顔を見て真贋を決めかねているのだろうか。
「帝国兵には何かと恨みをかっているんですよね。見覚えがあるというような顔をしています」
 シェイルは言いながら心もち後ろにさがる。北の王が偽者だとばれたということだろうか。エリッツはしばらく考えたが、さしあたって問題はないような気がした。
「すみません!」と、帝国の術師が何かを確信したように大声をあげたのがエリッツにも聞こえる。
「ストップ。待ってください。この状況で私がどうしようもないことはわかりますよね。逃げようとしたのは間違いでしたすみません。バジェイン様、うるさい。黙って」
 こんな状況でもやけに落ちついた例の術士の声がきこえる。こんなに堂々とふるまわれると返って困惑するのだろう。レジス兵たちのどよめきやささやき合うような声が聞こえてくる。
「そこの人、すみません、あの方は誰ですか。たぶん知っている人なんですが」 
 自身をとらえようと取り囲んでいる兵たちに道でもたずねるような口調で聞きまわっている。すごい神経の持ち主だ。
「バジェイン様、ちょっとここで寝ていてください。あの、お手数かけますが軍医を呼んでください。この人、生かしておいた方がお得ですよ。こんなんですが、そこそこ立場のある方なんです。取引のネタとか何かと使えますから。絶対損はさせません」
 商人の口上のようなものが聞こえてくると同時にレジス兵たちのとまどいの声もいよいよ高くなる。
「いい、許可する。軍医を呼べ」
 ダフィットのやや面倒くさそうな声に兵たちがようやく動きはじめる気配がする。そういえばいつの間にかバジェインの声が聞こえなくなっていた。生きているのだろうか。エリッツは外をのぞきたい衝動にかられるが、レジス兵たちの前では背筋を伸ばしていなければならないのでそれはそれでわずらわしい。
 おそらく例の術士だろう。近づいてくる足音にダフィットとアルヴィンが緊張感のある表情をして、シェイルの前にでる。
「信じてもらえないとは思いますが、害意はありません。こんなに取り囲まれてはさすがにお手上げです。一人なら逃げ切る自信はあるんですけどね。――で、ただの好奇心で聞くんですが、そちらの方は誰ですか。ロイの王族じゃないですよね。絶対見たことあるんですよ。わかりますでしょう。こういうの気になって眠れなくなるんです」
 この場で永遠の眠りについてもおかしくない状況なのに、やはり神経が太い。さらにずかずかとテントの中に入ってこようとする。
「立場をわきまえろ。教えてやる義理はないし、たとえロイの王族でなくともお前ごときが軽々しく口をきける身分の方でもない」
 ダフィットが術士の前に立ちふさがって言い放つが帝国の術士は意に介した様子もなく、ぐっとシェイルの方へ顔を近づける。
「わたしはあなたのことを知りませんよ」
 シェイルは素知らぬ顔でそっぽを向く。すると帝国の術士はしばらく考えるようなそぶりをしてから唐突に口を開いた。エリッツには理解できない言語だ。ロイの言葉とも違うということは帝国の言葉だろう。シェイルは即座にそれに短く答えた。
「あっ」
 帝国の術士はシェイルの返答に大きな声をあげた。
「その声、話し方、やはりラインデル第四師団の飯炊き奴隷をやっていた子供、でしたよね」
「ただの飯炊き奴隷のことを覚えているとは、その記憶力に感服します」
 シェイルは小さく両手をあげた。
「飯炊きなんてやってたのか」
 突然会話に入ってきたのはラヴォート殿下だ。すでにダフィットの分のお茶まで飲みはじめている。
「こいつの作る飯はまずい。なんでもかんでもぐっだぐだになるまで煮込みやがって、変なにおいがするし」
 殿下は続けてよくわからない文句を言いはじめる。エリッツはずっとシェイルの作ったごはんを食べていたが、まずいと思ったことは一度もない。
「いや、それはラインデル軍では普通です。よく具材を煮込んでやわらかくして、体を温めるためにスパイスをふんだんに入れるんです。レジスの方々の口には合わないでしょうけどね」
 ラヴォート殿下とごく普通に会話を続ける。ますますよくわからなくなってきた。この人は帝国兵で敵ではないのか。なぜ一緒にごはんの話をしているんだろう。
「思い出してすっきりしましたか。ちょっとこちらは急を要するのでお戻りいただけますね」
 シェイルの言葉に即座に反応しダフィットが帝国の術士の腕をつかんだ。
「いや、ただの飯炊きの子供だったら覚えてませんよ」
 術士はやんわりとダフィットの手をふり払う。
「なんだ、ただの子供じゃなかったのか」
 ラヴォート殿下の方は帝国兵との会話を続けようとする。
「ダフィット、さっきいった通りの内容を各所に伝えろ」
 帝国の術士が口を開く前にきちんと指示もとばす。ダフィットは釈然としない様子だったが「承知しました」と、しぶしぶテントを出ていく。
「ラヴォート様、わたしはすべてをあなたにお話ししましたよ。お疑いですか」
 シェイルは憮然として殿下の隣に腰をおろす。
「飯炊きの話は聞いてない」
「飯炊きしかしていなかったわけじゃないですから。以前お話しした通り奴隷の一般的な雑務をこなしていました」
 何だかまたもめている。エリッツとしても師の前歴は気になる。しかも帝国兵たちの奴隷だったというのはまったく今の姿からは想像ができない。興味がないわけがない。
 しかしダフィットが席を外している間に何かあったらアルヴィンと二人でなんとかせねばならないと思うと不安だ。
「おい、お前、ここに座れ」
 ラヴォート殿下の威圧的な声にもかかわらず、やはり堂々とした様子で帝国の術士は殿下の前に腰かけた。
「ラインデルのフィクタールといいます。あなたはレジスの第二王子、ラヴォート様でいらっしゃいますね」
 帝国の術士はあっさりと名乗ると、臆した様子もなく殿下に問いかける。
「いかにも。そちらの王子はずいぶんと頭が弱そうで気苦労が絶えないようだな」
 ラヴォート殿下が小馬鹿にしたように鼻で笑うが、フィクタールは特に気を悪くした様子もなく、むしろ感心したように深くうなずいた。
「よくおわかりになりましたね。王子とはいっても妾腹の子ですから、殺したってどうにもなりませんよ。今後王位につく可能性はほぼゼロです。バカですし。ただ取引に使えるといったのは嘘ではありません。バカな子ほどかわいいんでしょうね。王太后様が目に入れてもいたくないほどかわいがっておいでです。そちらはグランディアス総督の身柄も押さえていらっしゃると思いますが、バジェイン様の方がよっぽど使えますよ。ご存じとは思いますがラインデルでの王太后様の発言力は抜群です」
 あのバジェインが帝国の王子とは。同じ王子でもえらい違いだ。ちらりとラヴォート殿下を盗み見ると、相変わらずその存在感と華やかな輝かしさに圧倒されてしまう。
 しかしエリッツはバジェインのいう「武功をあげたい」という言葉にさっきまでとは別の印象を抱きはじめていた。妾腹の子でたいした才覚もないとなると王子とはいえ、さんざん軽視されてきたに違いない。よくできるほかの王子たちと比べられ嫌な思いもしたことだろう。ひとつ見返してやりたいという気持ちは日ごろから子供扱いされているエリッツにもよくわかった。あらためてエリッツはバジェインに悪いことをしてしまったと気持ちが落ちこむ。下手な小細工などせずに正面から戦えばよかった。
「ちょっとエリッツ、湯をかけるのは君の仕事だろ」
 すっかり会話に聞き入っていたエリッツはアルヴィンのひそやかな声にはっとふり返る。見ると新しく茶器が用意されていた。
 こういうところだ。自分が直さなければならないのは。テントのすみに身を隠していたエリッツはあわててアルヴィンの方へ駆けよる。
「じゃあ、お湯をかけます」
 あらかじめ人数分の茶葉が入れてあるポットに湯をそそぐ。ふわりと花がひらくようによい香りが立ちのぼった。
「なるほど。ではその時がきたらバジェイン殿を便利に使わせていただこう」
 ラヴォート殿下はあいかわらず優雅なしぐさで組んでいた腕をほどいてフィクタールに向きなおった。
「では、ラインデル第四師団の飯炊き奴隷の話を聞こうか」
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