亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
80 / 239
第一章 (仮)

第八十話 尋問

しおりを挟む
「やはりお疑いですね」
 シェイルは憮然と深いため息をつく。
「疑ってなどいない。お前の証言は全部裏が取れているし、体も隅々まで調べさせてもらっている。だからここにいるんだろう。ただ面白そうだから聞くだけだ。ずいぶんと恨みをかっているようじゃないか」
 体を隅々まで――。
 さらりとすごいことを言っている。その場の全員が聞き流しているようだが、聞き流せない。エリッツも調べたい。いや、どちらかというと調べられたい。隅々まで。
 また会話に気を取られている間にアルヴィンが茶器をテーブルに並べている。しまったと思ったものの、自分がやってもテーブルにお茶をこぼしてラヴォート殿下の不興をかうのが目に見えている。
「私は恨んでなどいませんよ」
 フィクタールは殿下よりも先に出されたお茶に手をつける。これくらい度胸があれば何があっても動揺せずにすみそうでうらやましい。
「気の毒だったのはグランディアス様ですね。一介の奴隷に翻弄されて十年は出世が遅れてるんじゃないでしょうか」
「そうなんですか」
 シェイルは他人事のようにそういうと、茶器を手にとった。湯をかけただけだが、口に合うだろうかと一瞬緊張する。
「虫、入れましたよね」
 フィクタールは突然ぽつりとこぼす。シェイルの動きがぴたりと止まったように見えた。
「グランディアス様の食事に、虫入れましたよね。親指大の伸縮するタイプの太いやつを」
「興味深い話だな。お前、雇い主にそんなことをしたのか」
 ラヴォート殿下は頬杖をついてシェイルの方に身をのりだす。そんな仕草すら妙に優雅だ。
「子供のやることじゃないですか。子供は虫が好きでしょう」
 シェイルはやはり憮然としたままだ。子供のころの話を蒸し返されるのはエリッツも好きじゃない。
「虫だけじゃなく、たびたび瀉下薬も入れましたね」
 フィクタールの言葉にシェイルはもはや開き直ったような表情で息をはく。
「グランディアス様は食い意地が張っているわりに食事に対する感謝が足らないからです。説明してもご理解いただけないようだったので、口に入れるものがいかに重要か身をもって感じていただこうとしたんです。わたしも子供だったんですよ。子供はやるでしょう、そういう直情的なことを」
 フィクタールはあきれたように小さくため息をつくとシェイルに向きなおる。
「いや普通、奴隷の子供はそんな大それたことはしませんよ。折檻されますからね。そもそも奴隷の子供ごときが師団トップのグランディアス様へ直訴すること自体があり得ないことです。そういえばそうとう殴られてましたけど、ちっともこたえた様子がなかったですね」
 フィクタールは化け物でも見るような目をして大袈裟に身を引いた。
「こいつは折檻くらいでいいなりにはならんぞ」
 なぜかラヴォート殿下は胸をはって得意げに言う。シェイルへの折檻には持論がありそうだ。
「承知しています。会話したことはなかったですが当時私は新人兵で似たような雑用をやっていましたから。虫はともかくとして子供のいたずらのレベルじゃなかったですよ。上の言うことを聞きやしないんです。下働きは大人から子供まで多くいましたけど群を抜いて目立っていたので忘れられません。最終的には第四師団はほぼ壊滅しましたからね。グランディアス様はとんだ疫病神を拾ったものです」
 子供のいたずらから一個師団壊滅という大事までの差が大きすぎてよくわからない。何が起こればそうなるのだろう。
 コトンと音がして、見るとラヴォート殿下が手にしていた騎馬の駒をテーブルに置いた。
「今、『拾った』と言ったな。この疫病神をどこで拾った?」
 ラヴォート殿下は先ほどまでの余裕の笑みを消し、真顔でフィクタールを見る。対してフィクタールは一瞬だけその顔に動揺の色を浮かべたが、すぐに何ごともなかったかのように茶器を口につけた。
「殿下、その話はもう――」
 シェイルがやや倦んだように口をはさむ。
「お前は黙っていろ。レジスの名誉にかかわる問題だ」
 ラヴォート殿下は居丈高に言い放つとフィクタールの返答を待つように腕を組む。
「私は詳しく知りませんけど、よくあることじゃないんですか。通りすがりの町や村で労働力として口減らしの子供を雇い入れるようなことは」
 ラヴォート殿下は手のひらでフィクタールの発言を遮るような仕草をする。
「悪いがこちらはある程度調べがついている」
 フィクタールがちらりとシェイルを見るがシェイルは小さく首をふる。
「何をしでかしたか知らないがこいつは元の雇い主に殴られて気絶しているところを泥の中に埋められていたらしくて何も知らない。したがってこの件に関しては何一つ証言していない」
 殴られて埋められるって、本当に何をしたらそこまでの仕打ちを受けるのだろう。
 ラヴォート殿下はさらにたたみかけるような口調でフィクタールにつめ寄る。
「本来であれば生け捕る予定だったこの疫病神の元の雇い主、つまりロイの王弟を殺したのはグランディアスというやつか、それともお前か」
 フィクタールは探るような視線をラヴォート殿下に向ける。
 エリッツは一瞬その情報が解釈できず固まった。殿下のいう通りならシェイルはもともとロイの王弟の使用人だったということになる。そうなるとみんなが噂するような帝国の人間ではなかったということか。
「なぜ二択なんです。当時新兵だった私というのはありえないでしょう。しかしグランディアス様でもないと思いますよ。トップは指示を出すのが仕事です。誰がやったかなんて下っ端の私にはわかりません」
 ここでようやくラヴォート殿下は不敵な笑みを浮かべた。
「ロイ王弟の殺害はラインデル第四師団の仕業だな」
 フィクタールは目を細めてラヴォート殿下をじっと見つめる。焦れるような長い沈黙が流れた。
「なるほど。うちの王子様とはえらい違いです。噂にたがわぬ切れ者ですね。確かに上からは生き残っているフィル・ロイットの情報を得るために生け捕りにしろという指示があったようです。それにも関わらず激しい抵抗を受け失敗に終わったため、レジスに逃れたと嘘の報告をしていたと聞きましたが、今さらそんなことを明らかにしてどうなりますか」
 ラヴォート殿下は一度深くうなずくと、ゆっくりと間をとって茶器に口をつける。
「我が国に多くのロイの難民が暮らしているのは知っているかと思うが、ロイの王弟がレジスまで逃れたものの、厄介払いのためにレジス軍に殺されたという噂を信じている者がいる。お前たちの責任逃れのために我が国が汚名を着せられるいわれはない。ロイの王弟を殺したのはラインデル第四師団だな。はっきりと言え」
 フィクタールはしばらく何かを考えるように視線をそらして黙っていたが、やがてふつふつと不気味に笑い始める。
「参りましたね。おっしゃる通りです。ロイの王弟のガルフィリオ殿を始末したのはラインデル第四師団ですよ」
 ラヴォート殿下は視線をテントの入り口に向ける。
「聞いたな?」
 そこにはちょうど戻って来たダフィットが立っていた。
「最初から帝国からもたらされた噂など信じておりませんでしたが」
 ダフィットはやや困惑したようにテーブルに戻ってくる。
「おい、デブ。お前も聞いたな」
「デブはやめてよ。僕も噂なんて信じちゃいなかったけど。レジス軍に騙されて、いいように使われている可能性を一度たりとも考えたことがないというと嘘になるね」
 アルヴィンは嫌そうな顔をしてラヴォート殿下を横目で見た。やはり「デブ」呼ばわりは失礼だろう。実際、ふっくらしていることは事実だが。
「聞こえたな?」
 最後にラヴォート殿下はシェイルの方に向きなおる。シェイルがじっとうつむいているので、殿下はそれを下からのぞきこむようにして「聞こえたな?」としつこく問うた。
「この至近距離で聞こえないと思いますか」
「埋められて置き去りにされたと思い込んで半べそかいて、とりあえず生き残るため適当なことをいってもぐりこんだ師団であれこれ憂さ晴らしの果てに壊滅させてきたようだが」
 驚くほど大きな音をたててシェイルが立ち上がった。
「コルトニエスへ急いだ方がいいですよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...