106 / 239
第三章 黒い狼
第百六話 黒い狼(5)
しおりを挟む
「もうルゥがここに来たのか」
少年はそれには返事をせず、ラヴォートを見て首をかしげる。すぐに何かを思い出したかのように頷いた。
「昨日はありがとうございました。わたしが縛られることに抗議してくださっていたのが聞こえました。――何かお菓子があればいいのですが」
羞恥でさっと顔が熱くなる。あんな状態で全部聞こえていたのだ。
「黙れ。菓子などいらん! そもそもお前のことは関係ない。この国の捕虜の扱いについて責任者に問いただしていただけだ」
突然大きな声を出したラヴォートに少年は驚いたように軽く身を引く。
そういえば大怪我を負っているはずなのに動きに支障がないようで不思議だ。ラヴォートは立ち上がって巻かれたさらしの上から少年の肩をつかむが、痛がる様子はない。
「どうかしたんですか、――ラヴちゃん」
不意打ちにそんな呼ばれ方をして言葉が出ない。しばらく二人とも無言になり妙な空気が流れた。
「――なんだそれは。無礼者」
ようやく抗議の声をあげたものの何だか間が抜けている。頭のおかしい兄は言っても聞かないので面倒でそのままにしているが、あんな馬鹿みたいな呼び方を他人にされると頭にくる。
「先ほどルーヴィック様がそう呼んでいたので。それに急に肩をつかむのも無礼ですよ」
少年が軽く手で払うようにしただけで、ラヴォートの手があっさりと肩から外される。相手は帝国軍にいた少年だ。ラヴォートよりもずっと実戦経験がある。それに術士の才まであるらしい。正面からではまず勝ち目がない。
「なんだ。びゃーびゃー泣いていたくせに」
仕方なく口を使う。思惑通り少年の頬に朱がさした。頭に血が上れば判断能力は格段に落ちる。すぐさま少年の肩をつかみ、腹に拳を入れてやろうとしたところで一瞬手がとまった。そういえば、こいつはわき腹にかなり深い怪我を負っていたのだった。
その一瞬が仇になる。
足払いをくらわされ地面に転がった後は何が何だかわからない。痛む箇所からおそらく胸と腹を打たれた。最後の一打は平手打ちだったことはきちんと記憶している。動きが尋常ではなく俊敏だ。顔を拳で殴れば拳が痛む。満身創痍ではなおのことだ。冷静ではないか。
「何の騒ぎだ!」
見ればオズバルだけではない。ラウルドや見張りの兵たち、それに軍部のお偉い様方が勢揃いである。なぜこんなカビ臭い塔に集まっているのか。それほど急を要する事態なのかもしれない。
「ラヴォート様? なぜここに?」
その場の全員が大きく目を見開いてこちらを見ている。
「オズバル殿、これはどういうことだ!」
名前は忘れたが軍部の高官であることは確かだ。すごい剣幕でオズバルに怒鳴り散らしている。何があったのかと他人事のようにぼんやりとしていたが、ぼんやりしていることが異常事態であった。
平手で打たれて頭が振れたせいだろう。意識が朦朧としている。何気なく手で顔を拭うと真っ赤だった。口の中まで切れているらしい。
ふとかたわらを見ると、あの少年もなぜか倒れている。ラヴォートがつかんだ肩のさらし布は血が滲み、傷が開いてしまっているのが明白だった。痛みのためか、熱のためか少年はもう何も言わずに肩で息をしているだけだ。二度も強くつかんでしまった。
「痛いなら痛いって最初に言えよ」
ラヴォートはそう毒づくと頭をゆっくりと振る。段々と意識がはっきりしてきた。怒鳴り散らしているのは軍人でありながら議会でも弁が立つことで有名なゴルドローグ指揮官だ。これはあまりよい状況ではない。
何があったのか判断できないのだろう。オズバルは困ったような顔で少年とラヴォート、そしてゴルドローグ指揮官を順に見ている。
「たとえどこぞの王族だとしても、レジスの王子に手をかけるとは由々しきことだぞ。陛下にご報告してしかるべき処分を下してもらう他ないだろう」
ラヴォートはふらつく足でゆっくりと立ち上がり、「待て」と声を張った。その場の全員が驚いたような顔でラヴォートを見る。
「ゴルドローグ指揮官、私に恥をかかせる気か。私が先に手を出してやり返された。こんな話を広められ陛下にまで報告されては恥の上塗りだ。あなたも軍人ならわかるだろう?」
ゴルドローグ指揮官は大きくため息をついてあきれたように頭を左右に振る。
「殿下、これは国同士の話です。個人の恥云々で方がつくようなことではありません。殿下が負った傷はレジスの傷です」
子供をいさめようとするような口調にイラ立つが激高すれば負けである。ラヴォートは小さく息をついて呼吸を整える。
「ではなおのこと。捕虜に不当な扱いをしたあげく不条理な言いがかりで処分するなど大国レジスの名を貶めることになる」
ゴルドローグ指揮官は盛大に鼻で笑う。
「国王陛下が贔屓するだけあってずいぶんと真っ当にお育ちだ。――ですが殿下、ずっとそのままではおられませんよ。戦はそんなきれい事だけでは勝てませぬ」
憐れむような眼でラヴォートを見ると、ゴルドローグ指揮官は見張りの兵に「早く城医臣を呼べ」と短く指示をして塔内に靴音を響かせて立ち去った。何名かがその後に続く。残されたのはオズバルとラウルド、もとからいた見張りの兵であった。
「まったく。おとなしく待っていることもできないのか」
オズバルはもはやあきれきったように少年のかたわらに座ると血で濡れたたさらし布を外して傷を見ている。顔をしかめているところ見るとやはり傷は深いのだ。
我に返ったようにラウルドがラヴォートに走り寄り、血の付いた顔をぬぐってくれる。もともとたいした怪我は負っていない。「レジスの傷」とはゴルドローグ指揮官も御大層な言い方をしたものだ。
「殿下、何があったんですか。ゴルドローグ指揮官ではないですが、ちょっとこれは面倒なことになりそうですよ」
ラウルドは心配そうにラヴォートの顔をのぞきこむ。それからふと不思議そうに視線を落した。
「こんなところにまでおやつを持ってきたんですか」
ポケットから油紙がのぞいていた。今日ラウルドからもらったばかりのものだ。ラウルド当人はポケットから目をそらして眉間に力を入れて真顔になっている。これは笑わないように全身の力を顔に集中させている顔つきだ。
ラヴォートは舌打ちしたくなる。ルーヴィックが狼は菓子を食べるのかなどと言うのでつい持ってきてしまった。
「これは違う。食事に手を付けないと聞いたから、その……甘いものなら食べられるのではないかと……」
自分のおやつだと思われるよりはいくらかマシだ。ラヴォートは素直にポケットから油紙の包みを出す。全部あげてしまうのは惜しくて半分にして持ってきた。
異国の菓子で板状にのして固めたチョコレートというものである。原材料となっている木の実については異国のものでよくわからないが、そこに未精製の赤砂糖を加え、穀物や乾燥させたフルーツ、ナッツでかさ増しをして固めた庶民の菓子だ。できるだけ安価にすまそうとした工夫が随所に見られるが、ラヴォートにとってはその雑味がむしろ新鮮で好ましい。純粋なチョコレートは上流階級でも好まれる高級品であり、まるで別の菓子だった。だがどちらも滋養に富み体温でやわらかくなるので食べやすい。それどころかすでにポケットの中でやわらかくなってしまっている。
ラウルドは一転して「なんとお優しい」と感じ入ったようにため息をもらす。
「ところでオズバル殿、こいつは何者だ」
ラヴォートはチョコレートの包みを手渡しながらオズバルに問う。オズバルは目じりを下げて包みを受けとった。
「殿下、ありがとうございます。この子も菓子は嫌いではないので喜びます」
この凶悪な獣のような子供が菓子を喜んでいる姿が想像できない。どちらかというと狩った獲物の肉をそのまま食いそうだ。ラヴォートは無言でうなずくだけにとどめる。
「この子は北のロイという小国、アルサフィア王の末子で、諸事情があり赤子の頃から私が面倒を見てきました」
国の名前くらいは聞いたことがあり、地図上の位置も何となくはわかるが、どういう国なのかは詳しく知らない。特段レジスと条約などを結んでいる関係でもなく、数年に一度、使者が外遊に訪れるくらいだ。イメージは良くも悪くもない。
そんな小国の王子だと言われてもあまりピンとこなかった。確かにオズバルは帝国の動きを調査するためにそのあたりに拠点を構えていたという話は聞いたことがある。まさかその間、他国の王子の世話をしていたとは――。
当の少年はオズバルの膝の上で安心したように軽く目を閉じている。相変わらず頬は上気しており、熱があるようだ。それに肩の傷は思っていた以上にひどい。ラヴォートに肩を強くつかまれて相当な痛みがあったはずだが一言も「痛い」とは言わず、それどころか顔色一つ変えなかった。どれほど人に弱みを見せられない状況に置かれていたのか。
「ロイは帝国に攻め滅ぼされましたが、アルサフィア王の機転により多くの民が国を出て生き残っております。この子とはその戦乱の中、はぐれてしまったのですが、なぜ帝国軍にいたのか――。おそらく正面から帝国領を抜けてレジスに逃れるつもりだったのでしょう。最短距離とはいえますが、なんとまぁ無謀なことを」
言いながらオズバルは乱れた少年の髪をなでつけてやっている。
「なるほど、そういうことでしたか。だからレジスとの国境を目前にしてあのように無鉄砲な真似を――」
ラウルドも言葉を詰まらせた。
あの獣のような少年はオズバルには気を許している。弱みも見せるし、体にも触れさせる。ラヴォートの中で何かおぼろ気に欲のようなものがうごめくのを感じていた。ルーヴィックの言っていたのはそういうことなのか。
この容易に人に気を許さない美しく気高い者に唯一信頼され、触れられる立場にあればと想像するとぞくぞくと体が震えた。バイリヨンの黒い狼を手懐けて足元に座らせる。
そうだ。この黒い狼が欲しい。
「オズバル殿、この少年の名をもう一度教えてくれ」
だがオズバルが口を開く前に、ぐったりと身を横たえていた少年の方がこたえた。
「シェイラリオ・フィル・ロイットです。レジスの方には発音しづらいでしょう。ラヴォート様、シェイルで結構です」
きちんと名を呼ばれただけでまたぞくりと背筋が震える。真っ黒な目がこちらを正面から見ていた。
遠く塔の入口から何人かの足音が近づいてくる。
「ラヴォート殿下、城医臣をお呼びしました。お怪我の具合は?」
城医臣は主に王族を診る医官たちのことである。
「俺はいい。怪我などしていない。こいつの肩の傷を今すぐ何とかしろ」
少年はそれには返事をせず、ラヴォートを見て首をかしげる。すぐに何かを思い出したかのように頷いた。
「昨日はありがとうございました。わたしが縛られることに抗議してくださっていたのが聞こえました。――何かお菓子があればいいのですが」
羞恥でさっと顔が熱くなる。あんな状態で全部聞こえていたのだ。
「黙れ。菓子などいらん! そもそもお前のことは関係ない。この国の捕虜の扱いについて責任者に問いただしていただけだ」
突然大きな声を出したラヴォートに少年は驚いたように軽く身を引く。
そういえば大怪我を負っているはずなのに動きに支障がないようで不思議だ。ラヴォートは立ち上がって巻かれたさらしの上から少年の肩をつかむが、痛がる様子はない。
「どうかしたんですか、――ラヴちゃん」
不意打ちにそんな呼ばれ方をして言葉が出ない。しばらく二人とも無言になり妙な空気が流れた。
「――なんだそれは。無礼者」
ようやく抗議の声をあげたものの何だか間が抜けている。頭のおかしい兄は言っても聞かないので面倒でそのままにしているが、あんな馬鹿みたいな呼び方を他人にされると頭にくる。
「先ほどルーヴィック様がそう呼んでいたので。それに急に肩をつかむのも無礼ですよ」
少年が軽く手で払うようにしただけで、ラヴォートの手があっさりと肩から外される。相手は帝国軍にいた少年だ。ラヴォートよりもずっと実戦経験がある。それに術士の才まであるらしい。正面からではまず勝ち目がない。
「なんだ。びゃーびゃー泣いていたくせに」
仕方なく口を使う。思惑通り少年の頬に朱がさした。頭に血が上れば判断能力は格段に落ちる。すぐさま少年の肩をつかみ、腹に拳を入れてやろうとしたところで一瞬手がとまった。そういえば、こいつはわき腹にかなり深い怪我を負っていたのだった。
その一瞬が仇になる。
足払いをくらわされ地面に転がった後は何が何だかわからない。痛む箇所からおそらく胸と腹を打たれた。最後の一打は平手打ちだったことはきちんと記憶している。動きが尋常ではなく俊敏だ。顔を拳で殴れば拳が痛む。満身創痍ではなおのことだ。冷静ではないか。
「何の騒ぎだ!」
見ればオズバルだけではない。ラウルドや見張りの兵たち、それに軍部のお偉い様方が勢揃いである。なぜこんなカビ臭い塔に集まっているのか。それほど急を要する事態なのかもしれない。
「ラヴォート様? なぜここに?」
その場の全員が大きく目を見開いてこちらを見ている。
「オズバル殿、これはどういうことだ!」
名前は忘れたが軍部の高官であることは確かだ。すごい剣幕でオズバルに怒鳴り散らしている。何があったのかと他人事のようにぼんやりとしていたが、ぼんやりしていることが異常事態であった。
平手で打たれて頭が振れたせいだろう。意識が朦朧としている。何気なく手で顔を拭うと真っ赤だった。口の中まで切れているらしい。
ふとかたわらを見ると、あの少年もなぜか倒れている。ラヴォートがつかんだ肩のさらし布は血が滲み、傷が開いてしまっているのが明白だった。痛みのためか、熱のためか少年はもう何も言わずに肩で息をしているだけだ。二度も強くつかんでしまった。
「痛いなら痛いって最初に言えよ」
ラヴォートはそう毒づくと頭をゆっくりと振る。段々と意識がはっきりしてきた。怒鳴り散らしているのは軍人でありながら議会でも弁が立つことで有名なゴルドローグ指揮官だ。これはあまりよい状況ではない。
何があったのか判断できないのだろう。オズバルは困ったような顔で少年とラヴォート、そしてゴルドローグ指揮官を順に見ている。
「たとえどこぞの王族だとしても、レジスの王子に手をかけるとは由々しきことだぞ。陛下にご報告してしかるべき処分を下してもらう他ないだろう」
ラヴォートはふらつく足でゆっくりと立ち上がり、「待て」と声を張った。その場の全員が驚いたような顔でラヴォートを見る。
「ゴルドローグ指揮官、私に恥をかかせる気か。私が先に手を出してやり返された。こんな話を広められ陛下にまで報告されては恥の上塗りだ。あなたも軍人ならわかるだろう?」
ゴルドローグ指揮官は大きくため息をついてあきれたように頭を左右に振る。
「殿下、これは国同士の話です。個人の恥云々で方がつくようなことではありません。殿下が負った傷はレジスの傷です」
子供をいさめようとするような口調にイラ立つが激高すれば負けである。ラヴォートは小さく息をついて呼吸を整える。
「ではなおのこと。捕虜に不当な扱いをしたあげく不条理な言いがかりで処分するなど大国レジスの名を貶めることになる」
ゴルドローグ指揮官は盛大に鼻で笑う。
「国王陛下が贔屓するだけあってずいぶんと真っ当にお育ちだ。――ですが殿下、ずっとそのままではおられませんよ。戦はそんなきれい事だけでは勝てませぬ」
憐れむような眼でラヴォートを見ると、ゴルドローグ指揮官は見張りの兵に「早く城医臣を呼べ」と短く指示をして塔内に靴音を響かせて立ち去った。何名かがその後に続く。残されたのはオズバルとラウルド、もとからいた見張りの兵であった。
「まったく。おとなしく待っていることもできないのか」
オズバルはもはやあきれきったように少年のかたわらに座ると血で濡れたたさらし布を外して傷を見ている。顔をしかめているところ見るとやはり傷は深いのだ。
我に返ったようにラウルドがラヴォートに走り寄り、血の付いた顔をぬぐってくれる。もともとたいした怪我は負っていない。「レジスの傷」とはゴルドローグ指揮官も御大層な言い方をしたものだ。
「殿下、何があったんですか。ゴルドローグ指揮官ではないですが、ちょっとこれは面倒なことになりそうですよ」
ラウルドは心配そうにラヴォートの顔をのぞきこむ。それからふと不思議そうに視線を落した。
「こんなところにまでおやつを持ってきたんですか」
ポケットから油紙がのぞいていた。今日ラウルドからもらったばかりのものだ。ラウルド当人はポケットから目をそらして眉間に力を入れて真顔になっている。これは笑わないように全身の力を顔に集中させている顔つきだ。
ラヴォートは舌打ちしたくなる。ルーヴィックが狼は菓子を食べるのかなどと言うのでつい持ってきてしまった。
「これは違う。食事に手を付けないと聞いたから、その……甘いものなら食べられるのではないかと……」
自分のおやつだと思われるよりはいくらかマシだ。ラヴォートは素直にポケットから油紙の包みを出す。全部あげてしまうのは惜しくて半分にして持ってきた。
異国の菓子で板状にのして固めたチョコレートというものである。原材料となっている木の実については異国のものでよくわからないが、そこに未精製の赤砂糖を加え、穀物や乾燥させたフルーツ、ナッツでかさ増しをして固めた庶民の菓子だ。できるだけ安価にすまそうとした工夫が随所に見られるが、ラヴォートにとってはその雑味がむしろ新鮮で好ましい。純粋なチョコレートは上流階級でも好まれる高級品であり、まるで別の菓子だった。だがどちらも滋養に富み体温でやわらかくなるので食べやすい。それどころかすでにポケットの中でやわらかくなってしまっている。
ラウルドは一転して「なんとお優しい」と感じ入ったようにため息をもらす。
「ところでオズバル殿、こいつは何者だ」
ラヴォートはチョコレートの包みを手渡しながらオズバルに問う。オズバルは目じりを下げて包みを受けとった。
「殿下、ありがとうございます。この子も菓子は嫌いではないので喜びます」
この凶悪な獣のような子供が菓子を喜んでいる姿が想像できない。どちらかというと狩った獲物の肉をそのまま食いそうだ。ラヴォートは無言でうなずくだけにとどめる。
「この子は北のロイという小国、アルサフィア王の末子で、諸事情があり赤子の頃から私が面倒を見てきました」
国の名前くらいは聞いたことがあり、地図上の位置も何となくはわかるが、どういう国なのかは詳しく知らない。特段レジスと条約などを結んでいる関係でもなく、数年に一度、使者が外遊に訪れるくらいだ。イメージは良くも悪くもない。
そんな小国の王子だと言われてもあまりピンとこなかった。確かにオズバルは帝国の動きを調査するためにそのあたりに拠点を構えていたという話は聞いたことがある。まさかその間、他国の王子の世話をしていたとは――。
当の少年はオズバルの膝の上で安心したように軽く目を閉じている。相変わらず頬は上気しており、熱があるようだ。それに肩の傷は思っていた以上にひどい。ラヴォートに肩を強くつかまれて相当な痛みがあったはずだが一言も「痛い」とは言わず、それどころか顔色一つ変えなかった。どれほど人に弱みを見せられない状況に置かれていたのか。
「ロイは帝国に攻め滅ぼされましたが、アルサフィア王の機転により多くの民が国を出て生き残っております。この子とはその戦乱の中、はぐれてしまったのですが、なぜ帝国軍にいたのか――。おそらく正面から帝国領を抜けてレジスに逃れるつもりだったのでしょう。最短距離とはいえますが、なんとまぁ無謀なことを」
言いながらオズバルは乱れた少年の髪をなでつけてやっている。
「なるほど、そういうことでしたか。だからレジスとの国境を目前にしてあのように無鉄砲な真似を――」
ラウルドも言葉を詰まらせた。
あの獣のような少年はオズバルには気を許している。弱みも見せるし、体にも触れさせる。ラヴォートの中で何かおぼろ気に欲のようなものがうごめくのを感じていた。ルーヴィックの言っていたのはそういうことなのか。
この容易に人に気を許さない美しく気高い者に唯一信頼され、触れられる立場にあればと想像するとぞくぞくと体が震えた。バイリヨンの黒い狼を手懐けて足元に座らせる。
そうだ。この黒い狼が欲しい。
「オズバル殿、この少年の名をもう一度教えてくれ」
だがオズバルが口を開く前に、ぐったりと身を横たえていた少年の方がこたえた。
「シェイラリオ・フィル・ロイットです。レジスの方には発音しづらいでしょう。ラヴォート様、シェイルで結構です」
きちんと名を呼ばれただけでまたぞくりと背筋が震える。真っ黒な目がこちらを正面から見ていた。
遠く塔の入口から何人かの足音が近づいてくる。
「ラヴォート殿下、城医臣をお呼びしました。お怪我の具合は?」
城医臣は主に王族を診る医官たちのことである。
「俺はいい。怪我などしていない。こいつの肩の傷を今すぐ何とかしろ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。
従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。
ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。
帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……
いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!
これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。
※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。
嘘つきな君の世界一優しい断罪計画
空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。
悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。
軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。
しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。
リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。
※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です
恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。
主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。
主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも?
※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。
また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる