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第七章 盛夏の逃げ水
第百六十話 盛夏の逃げ水(25)
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「アルヴィン、どうかしたの?」
総長のテントを出てしばらくアルヴィンは落ち着かない様子で辺りを見ていた。周りはまだお祭りのような散らかった状態のままだが、そこかしこで各隊の隊長が隊員たちを集めている姿が見られる。これから明日の話をするのだろう。
「あのさ、これの件、結局なんだったのかと思って」
アルヴィンが左手の甲をエリッツに見せる。そこには灯りを照り返してヒルトリングが光っていた。
「あ、指揮官……」
エリッツもきょろきょろと辺りを見渡した。まさかずっと見張っているはずもないのだが、ラットル村でタイミングよくヒルトリングのロックが外れた件は気味が悪かった。
「明日またロックをかけられたら僕、危ないかもしれない」
戦場に入ったタイミングでロックをかけられたら確かにとんでもないことになるが。
「指揮官がそんな部下を危険な目に遭わせるようなことはしないと思うけど」
めずらしくアルヴィンは煮え切らない様子で何度か首をかしげる。
「もしかしたら指揮官じゃないかもしれない」
指揮官以外の何者かがラットル村でロックを外したということか。そしていつでもまたロックすることができる状態だと。もしそういう状況だったらかなり怖い。
「そんなことできる人がいるの?」
アルヴィンは「うーん」とうなったきり、しばらく黙っている。ようやく口を開いたものの「理論上は可能かもしれないけど……」とやはりはっきりしない。アルヴィン自身もよくわからないのだろう。
「それをする理由もわからないし、それほどの権限を持った人がこんな所でふらふらしているはずもないんだ」
リデロ指揮官以上の権限を持った人がわざわざひとりの新兵のヒルトリングにいたずらをしてくるというのも確かにおかしな話だ。かといって、リデロ指揮官本人が国境という持ち場を離れてこの辺りをうろうろしている状況も考えにくい。いくら変な人だからといってもそれはないだろう。いったいどうなっているんだ。
「エリッツくん」
二人で難しい顔をしながら歩いていたところを誰かに呼び止められた。見るとローガンが少しだけ緊張した面持ちでエリッツたちを見ている。
「明日の件で、ちょっといいかな」
走り寄ってくるローガンを待ち話を促すように二人でうなずいた。
「エリッツくん、きみは明日、後方待機か後方支援ね。怪我が痛んで動けないようだったらここに残って子供たちの面倒を見てもらってもいい。アルヴィンくんは僕と一緒に前線に出るけどいいね?」
「あの……」
エリッツがアルヴィンのヒルトリングの状況を説明しようとしたが、それをさえぎるようにアルヴィンは「わかったよ」と口を開いた。
「え。でも……」
「大丈夫。僕は足が速いからね」
ローガンは「どうかした?」と不思議そうな顔をしている。
「なんでもないよ。それより、あの人、何者なの?」
おそらくそれ以上つっこまれたくないと思ったのだろう。アルヴィンはわかりやすいくらい素早く話題を変えた。
「あの人?」
アルヴィンはややぶっきらぼうに「総長」といって、親指で総長のテントがある背後を指す。
ローガンは少し困ったような顔をして「何者といわれても……」と頭をかいた。
「もともとアルメシエの旧市街でいろいろやってた人なんだけど、実は僕も詳しくはわからない」
「いろいろ?」
ずいぶんとざっくりしている。
「情報屋というか、人材派遣業というか、口入屋? ギルドの元締めというか、仲介屋、いや、あそこまでいくと何でも屋とでもいうのか」
どうやらずいぶんと手を広げていたようだ。
「今の隊長たちはほとんどその仕事上の人脈で集まった人たちらしいよ」
そこでエリッツは首をかしげた。「らしい」ということはローガン自身はそうではないということか。
「腕っぷしの強そうな人たちが多いでしょう。傭兵みたいな人たちだって話だ」
やはり伝聞のような調子である。腕っぷしの強そうといえば、ローガンもかなり強いのではないか。
「ライラもそうなの?」
ライラに裏稼業のような印象があまりない。確かにどこでも生き延びそうなしたたかさはあるが、わりとまっすぐな強さである。
「隊長は……」
ローガンは少し目をそらして「ちょっと違う、かな」とつぶやくように言った。
「出身はラインデルでしょう。言葉でわかるよ」
ローガンは「そうだよね。わかっちゃうよね」と苦笑いする。理由は不明だが話題を変えて欲しそうな様子である。
ローガンはライラの事情をくわしく知っているようだ。ライラとローガンは総長の人脈とは別のルートからこの組織に入ったのではないだろうか。しかしそのわりには総長とライラは親しそうな様子であった。なんだかどういうつながりなのかよくわからなくなってくる。
「ローガン、簡単な話にいつまで時間をかけるんだ」
当のライラが近づいてくる気配に悪口を言っていたわけではないが、後ろめたいような気分におそわれる。本人のいないところで事情を探るのはあまりよくない。
「隊長すみません。エリッツくんは後方支援、アルヴィンくんは前線でオッケーです」
「大丈夫?」
ライラは少し心配そうにエリッツを見る。
「聞いてると思うけど、明日の朝具合が悪かったらここに残るように。元気になったら別件でがんがん働いてもらうから」
相変わらずだ。ライラの方は特に緊張も見せない。
「――で、何の話してたの?」
ライラはさっと腕を組んでエリッツを見た。おそらくエリッツの顔にすべて書いてあったのだろう。
「総長が何者かって話」
アルヴィンがまたそっちの話を蒸し返す。
ライラは一瞬「総長?」と、虚をつかれたような顔をしてからローガンを見た。ローガンは少しばつの悪そうな顔をする。やはり総長とライラとローガンの三人の間で何かしらの秘密を共有しているのではないだろうか。
「総長はロイから焼け出されてアルメシエの旧市街に住みついちゃったならず者だけど」
ローガンと同じようなことを言っているはずだがライラが言うと妙に手厳しい。
「それが何か問題? みんなそんなもんだよ」
ライラは軽い調子で言う。
「――どういうわけか命を預けることになっちゃったからね。知っておきたいのが当然じゃない? それとも買われた僕らにはそんな権利もないのかな」
アルヴィンの命を預けることになったというのは別の意味を帯びていておそろしい。前線で術が使えなくなったらもう物理的に切り抜けるしかない。エリッツの見たところアルヴィンの動きは悪くないものの、術なしでどうかといえば、だいぶ厳しいだろう。相手は賊ではなくアルメシエの軍人だ。
ライラは急にまじめな顔をして黙りこむ。何かを考えている表情だ。ローガンは少し心配そうにそれを見守っている。
エリッツが後方にいるときにアルヴィンが危険な状況に陥ったらと考えたら発作的にぞっとした。
「あの、あの!」
居た堪れなくなってエリッツが沈黙をやぶる。
「おれも前線に出てもいいですか」
なぜか全員が同じタイミングで深いため息をついた。またぬるいことをいっていると思われている。
「大丈夫です。そんなにひどい怪我じゃ――」
左腕を動かして見せようとして、ちょっと肩をあげた途端に激痛がはしる。
「うぅ……」
思わずしゃがみこんで涙目になる。せっかく手当てをしてもらったのに、また傷口を傷めたかもしれない。
「エリッツくん、それは無茶でしょ」
ローガンが憐れむような目でエリッツを見おろしている。
「おれ、右腕でも戦えますよ」
途端にライラは怖い顔をする。心なしかローガンが後ろに下がった。
「確かに。右腕で賊を切り捨てたのは見た。きみにはできるだろうね。でも慢心はよくない。死ぬよ。あたしはそういうのを何人も見てきた。今回は絶対に許さない」
怖い。
だがワイダットにも同じようなことをいわれている。自信と慢心は違う。今のエリッツは少しバランスを崩しただけでもまともに戦えなくなる。エリッツ一人のことであれば限界まで戦ってダメなら死ぬだけだが、戦場では周りの人も危険にさらすことになる。
しゅんとうなだれたエリッツにアルヴィンが追い打ちをかける。
「エリッツ、きみが何を考えているのか顔を見ればよくわかるよ。心配してくれるのはうれしいけど、僕はもうレジスの軍人だからね。それに当初の目的を忘れたわけじゃないでしょう」
そうだ。戦場にはシェイルかいるかもしれないのだった。
総長のテントを出てしばらくアルヴィンは落ち着かない様子で辺りを見ていた。周りはまだお祭りのような散らかった状態のままだが、そこかしこで各隊の隊長が隊員たちを集めている姿が見られる。これから明日の話をするのだろう。
「あのさ、これの件、結局なんだったのかと思って」
アルヴィンが左手の甲をエリッツに見せる。そこには灯りを照り返してヒルトリングが光っていた。
「あ、指揮官……」
エリッツもきょろきょろと辺りを見渡した。まさかずっと見張っているはずもないのだが、ラットル村でタイミングよくヒルトリングのロックが外れた件は気味が悪かった。
「明日またロックをかけられたら僕、危ないかもしれない」
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めずらしくアルヴィンは煮え切らない様子で何度か首をかしげる。
「もしかしたら指揮官じゃないかもしれない」
指揮官以外の何者かがラットル村でロックを外したということか。そしていつでもまたロックすることができる状態だと。もしそういう状況だったらかなり怖い。
「そんなことできる人がいるの?」
アルヴィンは「うーん」とうなったきり、しばらく黙っている。ようやく口を開いたものの「理論上は可能かもしれないけど……」とやはりはっきりしない。アルヴィン自身もよくわからないのだろう。
「それをする理由もわからないし、それほどの権限を持った人がこんな所でふらふらしているはずもないんだ」
リデロ指揮官以上の権限を持った人がわざわざひとりの新兵のヒルトリングにいたずらをしてくるというのも確かにおかしな話だ。かといって、リデロ指揮官本人が国境という持ち場を離れてこの辺りをうろうろしている状況も考えにくい。いくら変な人だからといってもそれはないだろう。いったいどうなっているんだ。
「エリッツくん」
二人で難しい顔をしながら歩いていたところを誰かに呼び止められた。見るとローガンが少しだけ緊張した面持ちでエリッツたちを見ている。
「明日の件で、ちょっといいかな」
走り寄ってくるローガンを待ち話を促すように二人でうなずいた。
「エリッツくん、きみは明日、後方待機か後方支援ね。怪我が痛んで動けないようだったらここに残って子供たちの面倒を見てもらってもいい。アルヴィンくんは僕と一緒に前線に出るけどいいね?」
「あの……」
エリッツがアルヴィンのヒルトリングの状況を説明しようとしたが、それをさえぎるようにアルヴィンは「わかったよ」と口を開いた。
「え。でも……」
「大丈夫。僕は足が速いからね」
ローガンは「どうかした?」と不思議そうな顔をしている。
「なんでもないよ。それより、あの人、何者なの?」
おそらくそれ以上つっこまれたくないと思ったのだろう。アルヴィンはわかりやすいくらい素早く話題を変えた。
「あの人?」
アルヴィンはややぶっきらぼうに「総長」といって、親指で総長のテントがある背後を指す。
ローガンは少し困ったような顔をして「何者といわれても……」と頭をかいた。
「もともとアルメシエの旧市街でいろいろやってた人なんだけど、実は僕も詳しくはわからない」
「いろいろ?」
ずいぶんとざっくりしている。
「情報屋というか、人材派遣業というか、口入屋? ギルドの元締めというか、仲介屋、いや、あそこまでいくと何でも屋とでもいうのか」
どうやらずいぶんと手を広げていたようだ。
「今の隊長たちはほとんどその仕事上の人脈で集まった人たちらしいよ」
そこでエリッツは首をかしげた。「らしい」ということはローガン自身はそうではないということか。
「腕っぷしの強そうな人たちが多いでしょう。傭兵みたいな人たちだって話だ」
やはり伝聞のような調子である。腕っぷしの強そうといえば、ローガンもかなり強いのではないか。
「ライラもそうなの?」
ライラに裏稼業のような印象があまりない。確かにどこでも生き延びそうなしたたかさはあるが、わりとまっすぐな強さである。
「隊長は……」
ローガンは少し目をそらして「ちょっと違う、かな」とつぶやくように言った。
「出身はラインデルでしょう。言葉でわかるよ」
ローガンは「そうだよね。わかっちゃうよね」と苦笑いする。理由は不明だが話題を変えて欲しそうな様子である。
ローガンはライラの事情をくわしく知っているようだ。ライラとローガンは総長の人脈とは別のルートからこの組織に入ったのではないだろうか。しかしそのわりには総長とライラは親しそうな様子であった。なんだかどういうつながりなのかよくわからなくなってくる。
「ローガン、簡単な話にいつまで時間をかけるんだ」
当のライラが近づいてくる気配に悪口を言っていたわけではないが、後ろめたいような気分におそわれる。本人のいないところで事情を探るのはあまりよくない。
「隊長すみません。エリッツくんは後方支援、アルヴィンくんは前線でオッケーです」
「大丈夫?」
ライラは少し心配そうにエリッツを見る。
「聞いてると思うけど、明日の朝具合が悪かったらここに残るように。元気になったら別件でがんがん働いてもらうから」
相変わらずだ。ライラの方は特に緊張も見せない。
「――で、何の話してたの?」
ライラはさっと腕を組んでエリッツを見た。おそらくエリッツの顔にすべて書いてあったのだろう。
「総長が何者かって話」
アルヴィンがまたそっちの話を蒸し返す。
ライラは一瞬「総長?」と、虚をつかれたような顔をしてからローガンを見た。ローガンは少しばつの悪そうな顔をする。やはり総長とライラとローガンの三人の間で何かしらの秘密を共有しているのではないだろうか。
「総長はロイから焼け出されてアルメシエの旧市街に住みついちゃったならず者だけど」
ローガンと同じようなことを言っているはずだがライラが言うと妙に手厳しい。
「それが何か問題? みんなそんなもんだよ」
ライラは軽い調子で言う。
「――どういうわけか命を預けることになっちゃったからね。知っておきたいのが当然じゃない? それとも買われた僕らにはそんな権利もないのかな」
アルヴィンの命を預けることになったというのは別の意味を帯びていておそろしい。前線で術が使えなくなったらもう物理的に切り抜けるしかない。エリッツの見たところアルヴィンの動きは悪くないものの、術なしでどうかといえば、だいぶ厳しいだろう。相手は賊ではなくアルメシエの軍人だ。
ライラは急にまじめな顔をして黙りこむ。何かを考えている表情だ。ローガンは少し心配そうにそれを見守っている。
エリッツが後方にいるときにアルヴィンが危険な状況に陥ったらと考えたら発作的にぞっとした。
「あの、あの!」
居た堪れなくなってエリッツが沈黙をやぶる。
「おれも前線に出てもいいですか」
なぜか全員が同じタイミングで深いため息をついた。またぬるいことをいっていると思われている。
「大丈夫です。そんなにひどい怪我じゃ――」
左腕を動かして見せようとして、ちょっと肩をあげた途端に激痛がはしる。
「うぅ……」
思わずしゃがみこんで涙目になる。せっかく手当てをしてもらったのに、また傷口を傷めたかもしれない。
「エリッツくん、それは無茶でしょ」
ローガンが憐れむような目でエリッツを見おろしている。
「おれ、右腕でも戦えますよ」
途端にライラは怖い顔をする。心なしかローガンが後ろに下がった。
「確かに。右腕で賊を切り捨てたのは見た。きみにはできるだろうね。でも慢心はよくない。死ぬよ。あたしはそういうのを何人も見てきた。今回は絶対に許さない」
怖い。
だがワイダットにも同じようなことをいわれている。自信と慢心は違う。今のエリッツは少しバランスを崩しただけでもまともに戦えなくなる。エリッツ一人のことであれば限界まで戦ってダメなら死ぬだけだが、戦場では周りの人も危険にさらすことになる。
しゅんとうなだれたエリッツにアルヴィンが追い打ちをかける。
「エリッツ、きみが何を考えているのか顔を見ればよくわかるよ。心配してくれるのはうれしいけど、僕はもうレジスの軍人だからね。それに当初の目的を忘れたわけじゃないでしょう」
そうだ。戦場にはシェイルかいるかもしれないのだった。
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