亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
217 / 239
第十一章 客来の予兆

第二百十六話 客来の予兆(13)

しおりを挟む
「し、仕事です」
 やましいことが満載なので思わず視線をそらす。仕事は仕事だが、今とても個人的な事情で質問をしていたところだ。隣で案内役が恐れ多いといわんばかりに腰を低くしている。エリッツもラヴォート殿下の相変わらずの眩しさに視線を戻せない。
「仕事?」
 案の定、ラヴォート殿下は大袈裟な声をあげる。
「あんた、第二王子のラヴォートか」
 そしてシュクロはまた偉そうな口の利き方をしていた。ラヴォート殿下は意に介さずといった様子でちらりとシュクロを見ただけで、空いている椅子に優雅に腰掛ける。横柄といえばそうだが、こちらは立ち居振る舞いが上品である。これが本当の王族というものだろう。エリッツは納得したようにひとつ頷いた。やはりシュクロは下品な感じだ。
 そういえば近くにダフィットがいないのはめずらしい。城内とはいえ、誰も共をつけずに歩いていたのだろうか。エリッツは思わず辺り見渡した。殿下が下品な外国人のシュクロと同席するのは大丈夫なのか不安だ。
「おい。それで何を話していたんだ? 行き先は決まったか?」
 きょろきょろしているエリッツにいつも通り不機嫌そうな声をあげる。間にシェイルがいないと少し緊張する。
「いえ、あの……」
 シュクロを連れ出す話はまだ全然進んでいない。
「今エチェット・カウラニーについていろいろと聞かれていた」
 いつも人の話など無視するくせに何故こんなときに限ってシュクロは素直に状況を説明するのか。
「ああ、なるほどな」
 すべてを理解したとばかりにラヴォート殿下は蔑むような目でエリッツを見る。
 殿下も殿下でさっきはシュクロを無視していたのに、なぜここでは無視しないのだろう。
 シュクロはそんなラヴォート殿下とエリッツを交互に見てはっとしたように手を打った。
「そういうことか。なんか様子が変だと思ったら、あんた、上官に劣情を抱いてるわけか」
「れっ……!」
 エリッツは思わず立ち上がる。
「そんな下品な言い方をしないでください! もう本当に存在が下品なんですよ、シュクロさんは」
「なんだと。ヤギの赤ちゃんを食っちまうぞ」
「ひどい! 鬼畜!」
 そう叫びつつもエリッツはやはりヤギの赤ちゃんは「食糧」に見えるのかと内心どきりとする。
「随分と仲がよくなったじゃないか。しかしな、客人の言う通り、お前は目つきがいやらしい」
 ラヴォート殿下までそんなことを言う。なぜエリッツが二人から標的にされるような構図になっているのか。
「おれはただ、エチェットさんがシェイルの好みのタイプの女性かどうかちょっと興味があったというか、それくらいの軽い気持ちで……」
 しまった。言えばいうほど深みにはまる感覚がする。ラヴォート殿下は片眉を大きくあげて腕を組んだ。
「好みのタイプではないだろうな」
 殿下はあっさりと否定した。
「……そう……なんですか?」
 エリッツはすとんと椅子に腰をおろした。非常に興味のある話だ。しかもラヴォート殿下が言うのだから信憑性がある。
「俺も違うと思うな」
 なぜかシュクロまでそんなことを言う。シェイルの何を知っているつもりなんだとエリッツはイラ立ったが、ラヴォート殿下の話が気になるのでとりあえずここは無視する。
「あの、シェイルの好みのタイプってわかるんですか?」
「どれほど一緒にいると思ってるんだ」
 エリッツは思わず身を乗り出す。
「どういう方がシェイルのタイプなんでしょうか」
 ラヴォート殿下は真面目な顔で大きな球体を抱え込むようなポーズで両手を前に出す。
「こう、胸がふくよかな感じで……」
「ええっ。そっちですか」
 エリッツは思わず自分の胸に両手をそえた。
「ああ、わかる。好きそう」
 シュクロが余計な合いの手を入れる。
「それから年上」
「年上!」
 さらなるラヴォート殿下の言葉に絶望する。すべてがエリッツの属性とは正反対だ。
「年上というか……母親」
 付け足すような殿下の言葉にシュクロが盛大に吹き出す。
「お母さん! 好きそう」
 シュクロは横でげらげらと下品に笑っている。
「殿下、真面目に話してます?」
 だが殿下は無表情でエリッツの背後をじっと見ていた。先ほどまでとは様子が違う。
「殿下? 後ろに何か?」
 エリッツは不安になってそっと振り返る。
 そこには盛大に眉根を寄せたダフィットが無言で立っていた。すさまじい威圧感だ。
「わっ」
 エリッツは思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「ラヴォート様、子供ではないんですから仕事中に抜け出すような真似はおやめください」
 そしてついでといわんばかりにエリッツを虫でも見るような目で見てくる。今回はさすがに悪いことはしてない。いや、仕事中に関係ない話はしていたが、ダフィットには気づかれていないはず。今、しょうもない話をしていたのはラヴォート殿下だ。
「休憩が必要だとおっしゃってくだされば、散歩なり、お茶の準備なり手配させていただきます。勝手に部屋を抜け出すなんて……」
 ダフィットは呆れたようにゆっくりと首をふっている。それからまたエリッツをちらりと見て舌打ちをした。
 え? 自分が悪いの?
 確かにラヴォート殿下とあやしげな異国人であるシュクロを同席させるのはいかがなものかと思ったのは確かだが、だからといってどうすればよかったのか。
「ちょっと外の空気を吸ってすぐに戻るつもりだったんだがな」
 ラヴォート殿下はそう言うなり、ちらりとエリッツを見る。なんかエリッツのせいで散歩が長引いたみたいな感じになっている。
「あんたもロイか」
 シュクロは誰に対しても無礼だ。ダフィットはシュクロを見てやはり眉間にしわを寄せる。来訪が早すぎる使者の秘書のせいでみんなが仕事に追われているのだから、嫌な顔をされるのはいた仕方ないだろう。しかしダフィットは再度エリッツに視線を戻して舌打ちをした。
「早くこの客人をどこかへお連れしろ。どこでもいいだろう」
 そうだった。それがエリッツたちの仕事だった。
「いや、その、どこでもというのはちょっと。せっかくなのでレジスでもおもしろい場所というか、一応希望とかもあるでしょうし」
 ダフィットにすごまれると弱い。
「そうだな……」
 そんな窮地を救ってくれたのは意外にもシュクロだった。ポケットから小さな帳面を取り出すと、何かのメモを確認しつつ口を開く。
「レジスの田舎の風景が見たい。ルグイラと気候が違う方がおもしろいから北の方がいいな。森や山というよりは小さな町くらいの感じだ。人々の様子とか生活とか、そういうのにも興味がある。ずっと一つの町にとどまるよりは少し……旅がしたいな。セシ族の遺跡があるという話を聞いたことがある。それも見たい。あと、有名な焼き物の産地があるよな。そこも。後は、そうだな。まだいろいろとあるんだが……」
 シュクロは帳面を繰りながら訥々と述べている。あまりに希望が詳細でかつ流ちょうに話すので、エリッツは少なからず驚いていた。全然興味がないような素振りだったが、ここへ来る前からレジスのことを調べていたみたいだ。
 ふと見ると、なぜかラヴォート殿下とダフィットはシュクロではなくエリッツの方を見ている。
「あの、では、そういう方向で話を進めますけど、いいでしょうか」
 ラヴォート殿下とダフィットははっとしたように顔を見合わせた。
「本当にこいつが何とかするとはな」
 ラヴォート殿下は満足そうな顔をしている。いつも蔑まれているのでちょっと気持ちが悪い。
「あの方がそう判断されたのですから、当然そうなるでしょう」
 ダフィットは当たり前だというような顔でそんなことを言っている。もしかしてシェイルは事前にエリッツが客人の旅行をなんとかするということをこの二人に宣言していたのだろうか。
「――よし。上出来だ。希望の行き先を書類にまとめて提出しろ」
 ラヴォート殿下は晴れ晴れとした顔でさっと立ちあがると、執務室のある方へと歩いてゆく。それを追うように無言でダフィットが続いた。
 二人の姿が完全に見えなくなってから、シュクロはぱたんと帳面を閉じた。
「あんたの手柄になったのか、これ。なんか癪だな」
 シュクロは本当につまらなそうに上体をそらせて空を見る。
「シュクロさん、おれはいやらしい感じのご褒美ももらえるかもしれません」
「はぁ?」
「ありがとうございます」
「あんた、本当に目つきがいやらしいな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...