お姉様は一途でいたいのに妖艶美魔女に狙われています

那須野 紺

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名前に隠された「百合」(梨々香SIDE)

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「おはようございます」
「いらっしゃいませ……あ、マコさん」

私は、サンドイッチボックスの残数を数えるのに気を取られていて、マコさんの来店に全く気付かなかった。
と言うか…この人は去るのも現れるのも、いつも風のようだと思う。さっと帰るし、さっと現れる。身のこなしが素早いという事なのだろうか。

「今日はまだ、フルーツサンドもありますけど…如何いたしましょうか」
「……今日はツナの方で、お願いします」
「かしこまりました」

本当は話したいのに、どういう訳だか順番通りの接客の言葉しか出て来ない。
かろうじて制服姿のマコさんの表情を伺うと、ほんの少し頬が高調しているようだった。

…もしかして、あの夜の事を割と鮮明に覚えているのだろうか。
あの時マコさんはほとんど酔いつぶれていて、しばらくまともに歩けない状態だった。それで休んでから帰らせるつもりであんな事になってしまったのだけれど。

「…先日の事ですが、ちゃんと、帰れたか心配してました」
「……」

会計しながら一言だけ、どうにか絞りだす。マコさんの方も、極力普段通りに接しようとしている様子だった…と思ったのだけれど。

「その、…申し訳ありませんでした!」
「え……」

唐突に深々と頭を下げられ、私は慌ててしまう。

「酔っ払って梨々香さんの私室に上がり込んで寝ちゃったり、長居してしまって、迷惑…おかけしてしまいました…本当に申し訳ありません、市民の安全を守るべき者が、市民にご迷惑をおかけして」
「……あの、私は大丈夫ですから」

そういう事か。私の方としては別の意味でご迷惑をおかけした気もするだけに、あまりこのやり取りに時間をかけたくはない。

「しかも翌日すぐに謝りもせず、お電話では失礼かとも思いながら今日の勤務まで何もせず、大変失礼しました」
「もう…良いですから…」
「挙句しれっとサンドイッチ買おうとしたり、めちゃめちゃ失礼過ぎて、そして私自身こうも情けない振る舞いをこれまでにはした事もなく、…と言って信じていただけるかどうかわかりませんが、そしてこれは酷い言い訳ですが」
「あの、もうその辺で…」
「……?」

私の視線の先に目をやって、即座にマコさんは列から飛び退いた。なぜなら、その後ろにはボックス購入待ちの列ができてしまっていたから。

「な、何から何まで、ご迷惑ばかりおかけして…すみませんでした」
「じゃ今度改めてきちんと謝罪にいらしてください♪」
「はい!」

…冗談だったのに、真に受けられてしまった。
「お巡りさんなのに悪い事したの?いけないんだ~」と、このやり取りを見ていた子供にからかわれるマコさん。

それもそうだ。よせばいいのに制服姿でスタンドにやって来て、店先で深々と頭を下げているのだから目だって仕方ない。

「ねえお巡りさんも悪い事したら逮捕されるの?自分で自分を逮捕できないよね?誰かに捕まえてもらうの?」
「警察官も、悪い事したら逮捕されるよ…他の警察官にね」
「あーじゃあお姉ちゃん交番に行ったら逮捕だー」

マコさんは複数人の子供に囲まれ「逮捕、逮捕」と連呼されている。
マコさんはやめなさいとも言わず、「でも今回のは犯罪じゃないから、お店のお姉さんに迷惑かけちゃったから、謝りに来たんだよ」とやけに淡々と話して聞かせている。

「みんなも、犯罪じゃなくっても、悪い事をしたら謝ろうね」
「はーい」

逮捕コールはもう飽きたらしく、子供達はマコさんに「気を付けてね」と言われながら歩き去って行った。ランドセルを背負っているから、おそらく登校中の小学生だろう。

…それにしても。唐突過ぎる謝罪劇だった。
あの様子はどう考えても動揺していると言わざるを得ない。
程度はともかく、あの夜の出来事を記憶しているが故に、マコさんは私と顔を合わせる事を躊躇ったのではなかろうか。
まあもう私としては、起きた事に対して今更どうこうできる訳でもなし、マコさん的に嫌な思い出なのだとしたら、さっさと忘れてもらうに限る。

*-*-*-*-*-

スタンドの営業を終えて、ふとスマホを確認すると、マコさんから電話番号宛てのメッセージが届いていた。

「謝罪として夜の食事に行きます、お店の売上にも貢献したい」といった趣旨の内容が記されている。
お一人ですか、と念の為尋ねるメッセージを送ると、そうですとの事。おそらく今回はアルコールなしで食事したいという事なのかもしれない。

わざわざ律儀な事だな、と思いながらも、何もなしにただお店に来て話すのは気まずいという事なのかもしれないなと思った。
もしかすると、マコさんなりに謝罪の他に何か言いたい事があるのかもしれないし。

…でも。

私は思い立って、ある提案をメッセージに記して送信する。
「二人で出かけませんか」と。

以前から私は、マコさんのランニングコースを知りたかったし、トレーニング終わりに一緒にお弁当でも食べられたら楽しいだろうなと思っていた。
それだけの時間を一緒に過ごす事ができれば、きっと色々な話もできるだろう。
私とマコさんの間にあるわだかまりを解くのには、まとまった会話と時間が必要な気がしてならなかった。

「売上の事は別に気にしなくて構いませんから」と、念押しもしてマコさんに承諾を促す。
自分で言うのも何だが、サンドイッチボックスだけとは言え私の店の売上は決して悪い訳ではない。夕方以降にはごくたまにだけど料理系の動画投稿者の人にキッチンスタジオを貸して料金をもらったりもしているし、人を雇ってはいないのでそんなに経費もかからないのだ。

しばらく間があって、マコさんからは「わかりました」との返答があった。非番の日を確認し、その日天気が良ければランニングする予定だから、との事。

「自転車で行きますので、梨々香さんはそれに乗って回っていただければ」とのメッセージに、何年ぶりかの自転車か、と思いつつ「わかりました」と返事した。

これは…デートと言って良い、のだろうか。いや言って良いはずだ。
と言うか何故その定義にこだわっているのか、自分でも不思議で仕方ない。

*-*-*-*-*-

当日は暑いぐらいの晴天となった。5月の日差しは夏を思わせるほど強い。
天気アプリによれば、最高気温27度の予報に、熱中症への注意アイコンまで表示されている。

これはなかなかハードになりそう、と思いつつ私はサンバイザーを被る。髪は一つに束ねているけれど、背中に乗った髪に熱がこもる気さえした。
マコさんには、スタンドの朝の営業が終わった後の時間帯でお店に来てもらうようお願いしてある。

戸締りをして戸口の傍に立っていると、ちょうどマコさんが自転車に乗って登場した。マコさんの恰好は普段の非番の日とそう変わらない、スポーティな服装だ。

「おはようございます」

私が軽く会釈するけど、マコさんは黙っている。

「何か、おかしいですか?」
「いえ、あの…おはようございます」
「……?」
「梨々香さんのそういう恰好、見た事なかったので…凄く新鮮ですね」

今日はランニング&サイクリングデートという事で、下はいつものネイビーの作務衣のズボンに、上は大き目のTシャツと紫外線避けの薄手パーカーを羽織る事にした。Tシャツとパーカーは白、サンバイザーとスニーカーは黒である。
マコさんと並んでもアンバランスにならないよう気を付けたつもりだ。

「今日は暑いので、そんなに走らないつもりですけど、一応いつも走ってるコースに向かいますね」
「はい」
「それ、預かりますよ」

私の肩にはお弁当を入れたトートバッグがかかっている。マコさんはそれを預かると、自転車の前カゴに収めた。

「河川敷の方まで歩きますけど、大丈夫ですか?」
「はい」
「それかここからもう自転車に乗ってもらっても、私は平気ですけど…私は走りますから」
「……うーん」
「ま、とりあえず歩きましょう」

…何だか、自分で言い出しておきながら、これはマコさんのトレーニングの邪魔をしているだけなのではないかという気がしてくる。
マコさんは「歩くのも体力作りには良い事だ」などと言っているが、現役の警察官がウォーキングで体力作りもないだろう。明らかに私に合わせてくれているのがわかり、恐縮してしまった。

「何か、私と一緒にいる所為で、マコさんが思うように運動できないんじゃないかと、思ってきました…」

外を歩いていると開放的な気分になるからか、普段なら悩んで黙ってしまうような事も、素直に話せた。
マコさんは「あー…」と、少し視線を反らしつつ言葉を探している。

「いや本当は、今すぐにでも走り出したい気持ちではあるんですが、いつも走りたくてしょうがない訳でもないんです」
「……?」

「隠してもしょうがないので言っちゃいますけど…これ、梨々香さんが作ってくれたお弁当でしょ?もう楽しみ過ぎて、わーっと、走り出したいという気持ちです」
「そんな大したものは作ってないですよ…この暑さだし」
「でも、めちゃめちゃ楽しみです」
「はぁ……期待していただけてるのは嬉しいです」

本音を言えば、「大したものではない」など嘘である。
昨日の夜からけっこう必死に準備した。
この暑さなので生ものは極力避けたかったけど、一切なしというのも寂しいから、ある程度保冷機能のしっかりしたトートバッグに、大き目の保冷剤も付けている。お昼までなら、どうにか持ちこたえてくれるだろう。

「あと…そうだ、グリーンスムージーも作って持って来ました、マコさんお好きですか?」
「大好きです」
「…良かった」

そんな話をしているうちに河川敷に到着する。
マコさんは「この辺りで座っててください」と、木陰のベンチ横に自転車を止めた。

「今日は中距離ランニングはやめて、100メートルのダッシュ20本にしようと思います」
「……はい…」
「…なんか、梨々香さん自分が走るみたいな顔してますよ」

自分でも、表情がこわばっているのがわかるだけにマコさんに笑われて少し恥ずかしかった。
100メートル20本というのは、つまり合計2キロ走るという事か。
大学で栄養学は学んだけど、運動と栄養に関する内容はそこまでしっかり覚えていない。
私は疑問をそのまま口にした。「2キロも全力疾走するんですか」と。

「…たった2キロですよ、現行犯との追いかけっこになったら、2キロで終わりという話でもありませんし」
「そうですよね…確かに」
「全然、トレーニングにはなりませんけど、早くお弁当食べたいんですよね」
「またそれですか…嬉しいけど、練習さぼるのは宜しくないんじゃないかと…」
「明日の早朝ランニング増やしますから、良しという事で…じゃ行ってきます!」
「……」

あっという間にマコさんの姿は小さくなっていく。相変わらずさっと動ける人だ。
てっきりそれが全速力なのかと思っていたけど、それは単にスタート地点に向かう為に走っていただけらしく、スタート地点で一旦止まってから片足を一歩引いた状態に構えて、少しアキレス腱伸ばしをしたかと思うと、マコさんは弾丸のようにスタートして一気に見えないぐらい小さくなってしまった。

偶然同時に側道を走っていた自転車と競争みたいになり、面白がってマコさんとレース状態になった中学生くらいの男の子の、ママチャリを漕ぐスピードはマコさんの全速力には追いつかず、じりじりと離されていき、ゴール付近でスピードに乗った自転車は、走り終わったマコさんを追い越していった。

…男の子が、ママチャリとは言え本気で漕いでいるのに?マコさんの足はそれより速いんだ、と驚いてしまう。
おおよそどこからどこまでが100メートルなのか、マコさんは把握しているらしく、今度は逆方向に全速力、走り終わってまた呼吸を整えた後にはすぐにまたスタートして全速力、を繰り返している。

さすがに10本目以降になるとスピードも若干落ちてきているように見えたけど、それでも休憩時間も決めてあるのか、マコさんは一定のペースで100メートルの全力ダッシュ往復をこなしていった。
私は、それがただ同じ事の繰り返しであるにも関わらず、ずっとその様子に見入ってしまっていた。同時に、1本ずつ、消化本数をカウントしながらマコさんを見守った。

そして20本目がスタートしたと同時に、私はトートバッグの中をあさり、スポーツドリンクの入ったボトルを取り出す。
おそらく自前で持ってきてはいるだろうけど、何かしてあげたいような気持ちになってもいたし、これで喜んでくれるなら、という気持ちもあった。

「マコさん、お疲れ様でした」

自転車があるのでベンチを離れる訳にはいかず、とりあえず私は立ち上がってマコさんを迎えつつスポーツドリンクを渡す。
マコさんは「たった2キロ」と言ってたけど、全速力で走ったのだし当然、息は荒い。

マコさんは「どうも」とだけ発して膝に手をついた。

「大丈夫ですか?」
「なんか…暑いので消耗したかもしれません」
それでもマコさんは数回の深呼吸で相当復活したらしく、さっとベンチに座ったかと思うと私の差し出したボトルに注目した。

「もしかしてこれも…?」
「手作りじゃないです、あ…でも濃度は少し調整しました」
「…市販のやつを薄めた感じですか?」
「麦茶でも良いかなと思ったんですけど、今日は暑いので…そう、市販の、余計なものが入っていないものを選んで、少しだけ濃度調整しました、氷を入れてるから不味くは感じないと思います」

「梨々香さん、さすがですね」
「そんな…普通です」

はっきり言ってにわかスポーツ栄養学である。まともな書籍を読む暇がなかったから、自分の知識とネット情報との掛け合わせで適当にやったというのが実情で。

「今日は、マコさんの為に作るんだなと思って色々工夫しようかと思ったんですが…難しかったです。外というのもありましたし」
「…あ、でもこれ丁度良いと思いますよ、感覚的に濃すぎなくて良い感じだと思います」
「それなら良かったです」

マコさんは美味しそうにスポーツドリンクをごくごくと飲んで、それから息を吐く。

「ハー、一休みしたらお腹が空きました」
「まだ11時ですけど…」
「まあまあ、ちょっとぐらい良いじゃないですか」

マコさんって、案外食い意地が張っているのだろうか。それとも警察官というのは割と誰でもこんな感じなのか。

「でもまあこの暑さで傷んでしまうのも良くないですし、マコさんが召し上がりたいなら、どうぞ」
「やったぁ」
「…大人の人が言うの、久々に聞きました」
「そうですか?…子供っぽくて申し訳ないです」

ランチボックスには、それぞれ一口サイズのおかずをピンチョス風にピックで差して詰めてある。
その中から、マコさんは唐揚げを取り出して早速頬張りつつ、悪びれもせずにそう言った。

「……」

残ったピックを捨てる為の四角いケースを開けてマコさんの方に差し出すと、「ありがとうございます」という言葉と共にマコさんがピックを収める。

「それであの、この間の事なんですけど…」

今?このタイミングでその話…?
私が困惑していると、マコさんは改まって「すみません、ちょっと身体動かさないと緊張が抜けない気がしておりまして」と言う。

まあ…そういう事ならわからなくもないが。
妙にハイテンションっぽかったのは、緊張によるものだったのかもしれない。

「あの、その事ですけど…マコさんにあまり謝られるのも、こちらもその…罪悪感がありまして」
「…そうですか、でも酔ってご迷惑をおかけした、その事は謝罪しなくてはと思いまして」

マコさんが顔を上げると同時に、横から風が吹き抜けていく。
それがまるでマコさんがそうしたみたいに思えて変な感じだった。

「その、ご迷惑…というのが、どの事までなのか…気になります」
「……変な事お願いしちゃったじゃないですか、勢いとは言え」

そう言った所でお互い正面を向き、そのまま視線は交わさずに話し続けた。

「…私は、それについてはちっとも迷惑じゃありませんでした」
「……え」

「どんなにお願いされたって、したくもない人にキスなんかしないです」
「……それも、そうかもしれませんね」
「見られたくもない人に裸なんか見せません」
「それって……見られたかった、って事ですか…?」
「…だから迷惑じゃなかったんです」
「そう、でしたか…」

「マコさんは…どう思ってるんですか、あの時の事」
「……私は…」
「頼まれたからってまともに受けないだろうと思ってましたか…?」
「それは少しあったかもしれないけど…結果的に、凄い事になっちゃったなと妙に感激しつつも、どうしたら良いのかわからなくなりました」
「……」

「あれを…見て、知ってしまったら…戻れないという事を、私は知らなかったから…」
「何、言ってるんですか……?」
「やっぱり、梨々香さんわかってないんですね…」
「何をですか」

「男の人とした事ないって、確か…おっしゃってたように思いますけど」
「はい」
「…それは、梨々香さんが単にその気になれなかっただけ、だったんじゃないですか…つまり」
「……」

「あんなの見せつけられて…黙って無視できる人って、いるんでしょうか…私は、考えられないです」
「……」
「梨々香さん普通にしてても、これだけ可愛らしい人なのに、でいて凄く真面目で、優しいし…私が褒めるのもおかしな話ですけど、お金を取れるほどの料理の腕前もあって、外国の人なのに日本語も、勉強もできて…」
「それは、普通です」
「どこがですか」
「……」

「そういう梨々香さんが、実はそういう時には大胆でめちゃくちゃエロいのって、反則レベルですよ」
「反則……ですか」
「反則です!」

そう言いながらマコさんはランチボックスを手にしたままその中身をこちらに向けてくる。

「…何ですかこの可愛らしいお弁当は!…それも私のために考えて作ってくれたとか言っちゃって、勘違いするじゃないですか」
「勘違い…とは…」
「私、梨々香さんの事好きになりそうです」

何だか…どこかで聞いたような、そうでもないような。
そしてそれの答えはテンプレで言うと「もう好きなんじゃないですか」というのが慣用句であるようにも思うのだけれど。

「マコさんは、私の事…好きかもしれないんですか」
「だからさっき言った通り、ほとんどそうなってると言うか、多分そうなります、そうやって梨々香さんが優しくしてくれて、嫌われるような事しない限りは間違いなく」
「私も、多分マコさんの事、好きだと思います…」
「………」

さっきまで軽く怒鳴り気味だったマコさんが、ぐっと押し黙る。息まで止まっているんじゃないかと心配になるほどだった。

「酔ってなかったら…何してたかわからないです、あの時は動けなかったから、見るだけで終わりましたけど」
「動けてたら、何したんですか」
「わかりません、やり方知らないし…あの後勉強しましたけど…」
「……」

「二次元ではたくさんありましたよ…そういうの」
「……それ、内容までチェックしたんですか」
「それなりに」
「……」
「でも別に後悔してないです、梨々香さんの事、あの時もっと気持ち良くさせてあげたいと思いましたし」
「そうでしたか……」

「今日も凄く楽しみだったし、二人で色々話せるだろうから、どんな話しようかと思ってましたけど…でも結局、私が未経験だからかもしれないけど、梨々香さんのその、そういう所の事ばかり、思い出して…自分で嫌になりました」
「嫌になる事ないです、マコさん…あの時も言いましたけど、そういう目で見られるのは嫌じゃないっていうの、あれは本当の事ですから」
「私に対しても、ですか…」

そのときしばらくぶりにマコさんがこちらを見た。私もそちらに視線を向ける。

「そうです」
「じゃあ梨々香さん、今からそういう事しましょうって言ったら…するんですか」
「勿論」
「……」

再びマコさんの視線が前、と言うか若干下がっていった。

「でもお弁当食べてからにしませんか」
「…そんなの、待てません」
「え……」
「梨々香さんのお店、誰も居ないんですよね」
「あ、まあ…そうですけど…」
「別にお店でなくても、そこら辺の人目につかない所でも良いですけど」

マコさんは立ち上がるんじゃないかぐらいの勢いで私の腕を掴んだ。
私は周囲の人の気配も気になり、極力小さな声で彼女を制する。

「マコさん、がっつき過ぎですよ…別に私はどこにも行きませんし」
「…すみません、怖かったですね…実は今、自転車の後ろに梨々香さんを乗せれば一番速いかなと考えてたんですが、大人の二人乗りは道路交通法で違反である事を思い出しました」
「……」
「なので歩いて行くんだなと思って、ちょっとがっかりしてます」
「……はは」

私は思わず声を立てて笑ってしまった。
マコさんは、茶かされたのが面白くなかったのか、黙っている。

「マコさん、私の事…『リリ』って、呼んでもらえますか…?」
「呼び捨て、ですか?」
「それでも良いですし、マコさんの呼びやすい言い方で良いですけど」
「……だったら、りりちゃん、かな…」
「良いですよ、そしたら私も、マコちゃん、って呼んでいいですか?」
「勿論、私の事も、呼び捨てで構わないです、現にそう呼ぶ先輩もいるし」
「わかりました」

私はランチボックスのふたを締めてトートバッグに戻した。それを自転車のカゴに収めてから、少し屈んでマコさんの耳元に囁く。

「リリも、早くマコちゃんとエッチしたいな」
「……」

暑さとはまた別の熱が、マコさんの体内を巡っているのか耳が真っ赤である。
それはどこか、少し前までの自分と似ているような気がして、なんとなくだが親近感を覚えた。

「りりちゃん、知ってる?…」
「何…?」
「リリって、英語で百合の花の事でしょ…女の子同士の恋愛を、俗に百合って言うんだって」
「…知ってる、でも私の名前の漢字は『梨」だよ」
「そう、だから…名前に、百合が隠れてるんだよ」
「……気付かなかった、さすがに英語読みまでは」

「りりちゃん本当は英語もできるのに?…」
「もう、ほとんど喋れないと思う…私は日本人に生まれたかったけど、そうじゃなくて、でも小さい頃日本の国籍に変えてるから、日本人だけど…」
「そうなんだ」

「マコちゃんの、子供の頃の話も、聞きたいな…どうして警察官になろうと思ったのか、とかも」
「…大した話なんてないけど、これから少しずつ、話すね」

私達は帰り道、手を繋いで歩いた。
マコさんは片手なのに自転車を真っすぐ押す事ができるので、どうしてそんな事ができるのか凄く不思議だったけど。
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