地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬

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王都の宮殿で、俺は充実した日々を送っていた。俺の仕事は、もはや単なる薬草師ではない。国王の健康を管理し、騎士団の負傷者を手当し、そして、この国の医療の未来を担う研究者だ。



俺が作った新しい薬は、どんどん量産され、この国の各地に届けられていた。



「エド、見て!この薬のおかげで、村の病気が治ったって、感謝の手紙がたくさん届いているわ!」



エリーゼが、満面の笑みで手紙の束を見せてくれた。俺は、その手紙を一枚一枚丁寧に読んだ。そこには、俺の薬のおかげで家族が救われた、という感謝の言葉が綴られていた。



「よかったな、エリーゼさん。俺たちのやってきたことは、無駄じゃなかったんだ」



「ええ、もちろんよ。あなたは、もうたくさんの人の英雄よ」



俺は、エリーゼの言葉に、胸が熱くなった。かつては、誰にも認められず、「役立たず」と罵られた俺が、今ではこの国の人々に感謝されている。こんな日が来るなんて、あの頃は想像すらできなかった。





そんなある日のこと、謁見の間で国王と話をしていると、一人の男が入ってきた。どこかの辺境の村の使いの者だろうか、ボロボロの服を着て、顔には泥がついていた。



「陛下!どうか…どうか、お力をお貸しください…!」



男は、国王の前でひざまずき、必死に懇願した。



「どうした?落ち着いて話せ」



「はい…!わが村で、謎の疫病が流行り、多くの者が命を落としております…!そして、村長の息子であるフィン様も、重い持病の発作で、もう…」



俺は、男の言葉を聞いて、心臓が凍りついた。フィン。そして、疫病。



男が言った村の名前は、俺の故郷だった。



「フィン…」



俺は、思わずつぶやいた。国王が、俺の顔を見て、不思議そうに尋ねた。



「エドよ、何か知っているのか?」



「はい…陛下。その村は、俺の故郷です。そして、フィンは、俺の…かつての友人です」



俺がそう言うと、男は俺の顔を見て、驚きの表情を浮かべた。



「ああ!あなたが…!奇跡の薬師エド様!あなたが、この国の専属薬師様だったなんて…!まさか、こんなところで再会できるとは…!」



男は、俺の顔を見て、目を潤ませていた。



「エド様…どうか、どうかフィン様を助けてください!あなたがいなくなってから、村はどんどんひどくなって…!」



男は、俺にすがりつくように懇願した。



俺は、何も言えなかった。かつて、俺を「役立たず」と罵り、追放した村。フィンとアイラ。



あの日のつらさが、胸の中で蘇ってきた。



「エドよ、どうする?そなたの故郷の者たちが、助けを求めているぞ」



国王が、静かに俺に尋ねた。



俺は、深呼吸をした。そして、ゆっくりと男に向き合った。



「…俺は、その要請を受けることはできません」



俺がそう言うと、男は驚いて顔を上げた。



「なぜ…!なぜですか!エド様なら、フィン様を救えるはずです!」



「確かに、俺はフィンを救うことができるだろう。俺が村にいた頃、フィンが飲んでいた薬は、俺が特別に調合したものだ。しかし、俺が作った薬は、もう、あの村にはない」



俺は、淡々と告げた。男は、信じられない、といった顔で俺を見つめていた。



「あなたの薬草師としての仕事は、地味で役立たずだ」



「僕たちの未来には、君の居場所はないんだ」



かつて、フィンとアイラに言われた言葉が、俺の頭の中で響いた。



「俺は…役立たずと罵られ、故郷を追放されました。あの村には、俺の居場所はなかった。俺を必要としてくれたのは、エリーゼさんだけだ」



俺は、自分の正直な気持ちを、声に出した。男は、何も言い返せなかった。



「エド様…お願いです…!フィン様は、あなたがいなくなってから、ずっと…!」



「もういいだろう。俺の調合は、俺を必要とし、俺の才能を認めてくれた人々のためにある。かつて、俺を蔑み、利用し、そして切り捨てた人々のためにあるのではない」



俺は、自分の心の声に従った。もう、過去の恨みに囚われる必要はない。俺の人生は、もう彼らとは関係ないのだから。



男は、絶望の表情を浮かべて、その場に崩れ落ちた。国王は、何も言わずにその様子を見ていた。



俺は、故郷からの使いの者を見送り、静かに自分の部屋へと戻った。





俺が故郷からの要請を断った、その数日後。



故郷の村では、俺の助けを得られなかったフィンが、激しい発作に苦しみ、ついに息を引き取ったという知らせが届いた。そして、彼の死後、村に蔓延していた疫病はさらに広がり、村全体が壊滅的な状況に陥ったという。



そして、フィンを看取ったアイラは、フィンが死に際に、俺の名前を何度も呼んでいたことを知る。フィンは、最後の瞬間まで、俺の薬に、そして俺の存在に、頼っていたのだ。



アイラは、すべてを失った。愛するフィンも、そして、かつての安穏な生活も。彼女は、俺を裏切ったこと、そして俺を「役立たず」と罵ったことを激しく後悔した。



俺がいなくなったことで、彼らがどれほどの困難に直面したか。そして、その困難が、彼らの命を奪った。



彼らが俺に投げかけた言葉、そして俺を追い出した行動。そのすべてが、彼らの破滅を招いたのだ。



俺は、遠い故郷で起こったことを聞いても、もう、何の感情も湧かなかった。復讐心も、悲しみも、後悔も。ただ、静かな虚無感だけが、心に残った。



俺の人生は、彼らとはもう交わらない。俺の進む道は、彼らの破滅とは別の場所にある。



「エド、何かあったの?」



心配そうに声をかけてくれたのは、エリーゼだった。俺は、彼女にすべてを話した。



「そう…つらかったでしょう」



エリーゼは、そう言って、俺の手をそっと握ってくれた。



「大丈夫だよ、エリーゼさん。もう、大丈夫だ。俺は、もう過去にはとらわれない」



俺は、そう言って、彼女に微笑んだ。



「そうね。だって、あなたの未来は、ここから始まるんだから」



エリーゼは、俺の手を強く握り返した。



俺は、もう一度、新しい研究を始める。この国の人々の命を救うために。そして、俺の才能を信じてくれたエリーゼのために。



かつて、俺を「役立たず」と罵り、見下した人々。



彼らは、俺の地味な仕事が、どれほど彼らの生活を支えていたのかを知らなかった。



だが、俺はもう、彼らのことなどどうでもよかった。俺の居場所は、もうあの村にはない。俺の居場所は、この王都で、そして、エリーゼの隣にあるのだから。
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