王太子様が突然の溺愛宣言 ―侍女から王妃候補へ―

有賀冬馬

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 王太子様が来たあの日から、私の胸はずっとざわついていた。夢じゃないのかなって、目が覚めるたびに不安になる。夜が明けるのが怖くなるほど、あの日の出来事は鮮やかで、心に焼きついていた。

 それでも、あの日以来、王太子様が私の元へ迎えに来る――彼の言葉を信じて、私は心のどこかで期待を膨らませていた。



 ある朝、仕立て屋の店先でリボンを巻いていると、奥様が慌てた様子でやって来た。

「リーゼ、大変よ! あなたの荷物が届いてるわ。王宮から……」

 王宮から? その言葉だけで、私は胸が「ぎゅっ」と締めつけられた。

 奥様の表情はわからないまま、ふと足元を見ると、少し大きなトランクが置かれていた。高価な皮のトランク。それを見た瞬間、鼓動が速くなった。

「そう。開けてみて……いいわよ」

 震える手で箱のふたを開けると、中には、上品なドレスや小物、そして手紙が入っていた。どれも美しく、見たことのないほど素敵で、でもこれが本当に私のものなのか信じられなかった。

「手紙を読んでみて」

 奥様に言われて、丁寧に折られた手紙を取り出す。封を切ると、さらさらとした文字が現れた。

 「リーゼへ
  貴女がいない王宮は、まるで空っぽです。どうか、戻ってきてほしい。
  王太子 アデリック」

 たったそれだけの文字。でも、私の胸に突き刺さった。どうしよう。この手紙を読んで、喜びと不安がいっぺんに押し寄せてきた。

「……王宮に戻るんだ」

 声にならない声を胸に響かせて、私はそっと手紙を折りたたんだ。

「私……。戻ります」

 奥様はにっこり笑って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「よかったね。本当に、よかったよ、リーゼ」



 荷造りは意外とすぐ終わった。仕立て屋での小さな生活を整理していると、胸がぎゅんとなった。ここは私にとっての安全地帯だったのに。もうすぐこの場所を離れる。

「でも……あなたなら大丈夫よ。あなたは強いのよ」

 奥様の言葉を胸に、私はトランクを抱えて王宮へ向かった。



 城門をくぐる瞬間、心臓が飛び出しそうだった。周りの人々が足を止めて、私の姿を見ているのがわかる。王太子様の婚約者として、目立つことは覚悟していたけれど、やっぱり緊張する。

 扉を開けて中に入ると、侍女たちが整列していた。皆一斉に頭を下げる。

「リーゼ様、おかえりなさいませ」

 声がいっぺんに聞こえて、私はぎこちなく頭を下げた。胸がきりきり痛む。

 その時、部屋の扉が開き、王太子様が現れた。彼は静かに歩いてきて、私の傍に寄った。真っ直ぐに私を見つめてくれて、私は少しほっとした。

「リーゼ。よく戻ってくれた」

 その声は、やさしくて、でも強かった。私は小さくうなずいた。

「はい。お呼びいただいて、ありがとうございます」

 言葉に詰まりながらも、私はできるだけ落ち着いて答えた。

 彼はにこりと笑って、私の手を取り、低い声で囁いた。

「これからはずっと一緒だ。安心してほしい」

 その言葉に、胸が熱くなる。今度は私が笑顔でうなずいた。



 そして、ついにその日――宮廷会議場で正式に婚約の発表がある日がやって来た。大広間は、煌びやかなカーテンとシャンデリアで飾られ、貴族たちが集まっていた。緊張が襲ってきて、足がすくみそうになる。

 王太子様は堂々と、皆の前に立ち、落ち着いた声で言った。

「皆の者、聞いてくれ。私はリーゼを婚約者として迎える。そして、王妃として共に歩んでいくことを誓う」

 辺りがざわつく。貴族たちの目が一斉に私に向けられた。私はまた頭を下げるしかなかった。心臓がばくばく鳴って、頬が熱くなる。

 ざわつきの中、聞き覚えのある声がした。

「あれは……侍女のリーゼでは?」

「王太子様が、本当にあの子と……?」

 そんな声。それでも、私は逃げ出さなかった。王太子様はしっかりと私の手を握って支えてくれた。

 少しずつざわめきはおさまり、王太子様が微笑む。

「これでよかった……君がそばにいてくれて、本当によかった」

 私は、恐る恐る笑って、そして心から安心した。



 その日の夜。私と王太子様はこっそりと庭園で散歩した。花が香り、とても静かで、月明かりだけが私たちを包んでいた。

 彼はそっと、私の髪に触れて静かに言った。

「君が戻ってくれて、嬉しいよ。これからは、君を絶対に守る」

 そして、月明かりの下で、彼はそっと私にキスをした。暖かくて、甘くて、でも決意に満ちたキスだった。

「私は、大丈夫です。王太子様がいるなら、どこへでもついていきます」

 小さな声でそう言うと、彼はまた微笑んで――手を取り、二人で静かに夜の庭を歩いた。



 その夜、私の胸は光でいっぱいだった。絵本みたいな本当に奇跡のような現実。

 でも、私にはわかっていた。これから先、たくさんの試練が待っている。貴族たちの嫉妬と妨害、そして王妃としての責任。

 だけど、今は違った。今なら、どんな嵐が来ても乗り越えられる気がした。だって、私には王太子様がいる。

 その夜、私は小さくつぶやきながら目を閉じた。

「これは、私に与えられた“嘘みたいな現実”。この幸せを、しっかりつかんでいくんだ――」

 そう心に決めて、私はそっと眠りについた。









王宮に戻ってから数日が過ぎた。毎日が、まるで夢の中にいるみたいで、不思議で仕方なかった。私はもう、ただの侍女じゃない。王太子アデリックの婚約者、未来の王妃候補だ。

でも、現実はそう甘くなかった。

あの日、婚約が発表された後から、貴族の令嬢たちの視線が冷たく、鋭くなった。まるで私がそこにいるのが迷惑だと言わんばかりの、嘲笑と軽蔑に満ちた目だった。

「リーゼ、本当にあなたでいいの?」

そんな声が、あちこちから聞こえてくる。私のことを侮辱する声。

彼女たちはいつも優雅に振る舞い、高貴な笑顔を見せるけれど、心の奥底では私を見下しているのがわかった。

私は、胸が締めつけられるのを感じながらも、負けてはいけないと思った。

「私がここにいるのは、王太子様の決めたこと。私は堂々としている。誰にもひるまない。」

毎日、そう自分に言い聞かせながら、大広間や庭園で顔を上げて歩く。

そんな私を見て、貴族令嬢の一人、カミラが近づいてきた。

「まあ、リーゼさん、王太子様がそんなにあなたを気に入っているなんて、驚きね。侍女が王妃候補なんて、誰が信じるのかしら?」

彼女の言葉は毒のように冷たかった。

私は心の中で震えた。でも、笑顔を作り、落ち着いて答えた。

「王太子様が選んでくださったことだから、私も誇りに思っています」

カミラは鼻で笑って、「それはお気の毒に」と言い残し、去っていった。

私はその背中を見つめながら、小さな声で呟いた。

「私だって、ただの侍女だった。でも、今は違うんだから」



その夜、私の部屋に侍女のクララがやってきた。

「リーゼ様……あの方たちの態度、見ていて辛いです。私も以前は同じ気持ちでした。でも、あなたなら大丈夫」

クララの瞳には優しさがあふれていた。

「ありがとう、クララ。私、負けたくない。どんなに辛くても、王太子様のために強くならなきゃ」

クララはうなずき、そっと手を握ってくれた。

「私はずっと味方です」

その言葉に、私は勇気をもらった。



翌朝、宮廷の庭で王太子様と散歩していると、ふいにカミラたちが現れた。

「アデリック、あの侍女をもう見限ったほうがいいわよ」

私は言葉を飲み込み、じっと王太子様の顔を見る。

彼は冷静に答えた。

「リーゼは私が選んだ。私は彼女を守る」

その声は揺るがなかった。

私は彼の手を握り返し、胸の中に温かいものを感じた。



けれど、王宮での日々は、決して楽ではなかった。

ある日、王太子様の前で、カミラが嘘の噂を広めていたことを知った。

「リーゼが王太子様を操っている」

そんな無意味な中傷に、私は涙が出そうになった。

でも、その夜、王太子様が私のそばに来て、優しく言った。

「噂は無視しよう。私は君を信じている」

私はその言葉に支えられて、また一歩強くなった。



ある晩、窓の外でカミラたちの密談が聞こえた。

「どうやってリーゼを追い出すか考えましょう」

私は震えながらも、心に決めた。

「絶対に負けない。私が王妃になるまで」



そんなある日、王太子様が突然私の部屋にやってきた。

「リーゼ、君に伝えたいことがある」

私は驚きながらも彼を見つめる。

「君は王宮で一番輝いている。私の未来の王妃として、皆に認めさせよう」

その言葉に、私は胸が熱くなり、涙がこぼれそうになった。

「ありがとう、アデリック。私はあなたのために強くなります」



日々の試練を乗り越えながら、私は少しずつ自信をつけていった。

冷たい視線に負けず、自分の価値を信じて、王太子様と共に歩く未来を夢見ていた。

「これが私の道。誰にも邪魔させない」

そう心に誓って、私は新たな一歩を踏み出したのだった。








王宮での毎日は、華やかであると同時に、ひそやかな戦いでもあった。
私は王太子様の婚約者として迎えられ、王妃候補となったけれど、その名誉の裏には、数えきれない敵意が渦巻いているのを感じていた。

ある朝、まだ薄暗い時刻に目が覚めると、いつもと違う静けさが部屋を包んでいた。
カーテンの隙間から見える庭には、深い霧が立ち込めていて、まるでこの世のものとは思えない幻想的な光景だった。

「今日も、戦いの日なんだ」
私はベッドの中でそう呟き、深く息を吸い込んだ。

朝食の間、いつもより冷たい視線が何度も私を刺すように突き刺さった。
貴族たちがささやき合い、私の名前を含む噂が絶えなかった。

「王妃候補のリーゼ、実は不埒な噂が立っているらしいよ」
耳に入るその声は、嘲笑を含んでいた。

私はじっと我慢し、動揺を見せないように努めた。
「そうした噂は無視するに限るわ」
心の中でそう繰り返すしかなかった。



その日の午後、私はいつものように王太子様の元へ赴いた。
彼は図書室で書物に目を通していたが、私を見ると優しく微笑んだ。

「リーゼ、今日は少し話がある」
彼の真剣な表情に、私は胸の奥がざわついた。

「何でしょうか?」
静かに尋ねる私に、彼は小さく息を吐いた。

「最近、君のことで根も葉もない噂が流れている。心配だ」

「私もわかっています。でも、気にしすぎないでください」
私は手を差し出し、彼の手を握った。

「君が私を信じてくれるなら、僕も君を守る」
そう言って、王太子様は力強くうなずいた。

その言葉に、私は涙がこぼれそうになった。



その夜、私は自室で一人、窓辺に座っていた。
月明かりが私の顔を優しく照らしている。

「どうして、こんなに私に意地悪をするの?」
心の中で叫び、涙が頬を伝った。

でも、そのとき扉が静かに開き、侍女のクララが入ってきた。

「リーゼ様、今晩は。お元気ですか?」
彼女の目には心配があふれていた。

「クララ……ありがとう。少し疲れたの」
私は涙を拭いながら答えた。

「大丈夫。私たちにはあなたがいます。どんなに暗い夜でも、必ず朝は来ます」
クララの言葉に励まされ、私は再び力を取り戻した。



翌朝、王宮の庭園で、思いがけない訪問者と出会った。

「リーゼ様」
声の主は、昔からの友人であり、信頼できる騎士のカールだった。

「王太子様を守るために、陰謀の動きを察知しました。油断は禁物です」

私は彼の真剣な目を見つめ、覚悟を決めた。

「ありがとう、カール。これからも私を守ってください」



数日後、貴族たちの間でひそかに計画された陰謀が動き出した。
私に対する誹謗中傷が広がり、王太子様に不信感を抱かせようとする動きだった。

ある夜、私は密かにその情報を得て、王太子様に報告した。

「君のことを陥れようとする者たちがいる。だが、僕は君を信じている」
彼の言葉に、私は胸が熱くなった。



やがて、私は自分自身でも気づかないうちに、王宮の策略に巻き込まれていった。
だが、王太子様の信頼とクララ、カールたちの支えがあったからこそ、私は強くなれた。

毎日が試練の連続だったけれど、私は自分の運命を受け入れ、乗り越えていく決意を新たにした。

「私は、この試練を乗り越えて、必ず王妃になる」

心の底からそう誓い、私はまた歩き出したのだった。



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