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街を出てからの旅は、想像以上に大変だった。私は今まで、仕立て屋の中でずっと針と糸に向き合ってきたから、こんなに広い世界があるなんて知らなかったの。もちろん、危険なこともたくさんあった。
森の中を一人で歩いていると、ガサガサって音がして、突然大きな影が飛び出してきたことがあった。野犬かな?って思ったら、もっと大きくて、牙を剥き出しにした獣だった。心臓が飛び出しそうなくらい怖くて、声も出なかった。逃げようとしたけど、足がすくんで動けなくて…もうダメだって、目をぎゅっと閉じた時だった。
「危ない!」
頭上を風が切り裂くような音がして、次の瞬間には、獣が悲鳴をあげて地面に倒れていた。恐る恐る目を開けると、私の目の前に、一人の青年が立っていた。背が高くて、スラリとした体つき。腰には剣を差していて、その剣からはまだ湯気みたいなものが上がっていた。まるで、物語に出てくる騎士みたいで、本当にびっくりした。
「大丈夫かい?怪我はないかい?」
青年は優しい声で私に話しかけてくれた。彼の声は、まるで泉の水みたいに澄んでいて、私の凍り付いた心を少しだけ溶かしてくれた気がした。
「は、はい…っ。あ、ありがとうございます…」
震える声で答えるのが精一杯だった。彼は私の返事を聞くと、安心したようにふわりと微笑んだ。その笑顔は、セドリック様とは全く違う、何の裏表もない、ただ純粋な優しさに満ちていた。
それからも、旅は試練の連続だった。食事も満足に取れなくて、お腹はいつもペコペコ。夜は凍えるように寒くて、何度も体調を崩しそうになった。そんな時、私の心の中には、いつもセドリック様の言葉がこだましていた。
「平民にしては上出来だった」…その言葉が、まるで呪いみたいに私を苦しめた。私は、やっぱりダメな人間なんだ。セドリック様が私を捨てたのは、私が平民で、彼にふさわしくないからなんだ。そう思うと、悔しくて、情けなくて、何度も涙が溢れた。
でも、それと同時に、彼への怒りもふつふつと湧いてきた。どうして私だけがこんな目に遭うの?どうして彼だけが幸せそうにしているの?そんな思いが、私を旅へと突き動かす原動力にもなっていたのかもしれない。
そんな風に、心身ともに疲れ果てていたある日。私はひどい熱を出して、道端で倒れてしまった。意識が朦朧として、もう動けないって諦めかけた時、誰かの温かい手が私の額に触れた。
「君、大丈夫かい?ひどい熱だ…」
あの時の青年だった。私は、まさかまた彼に会えるなんて思ってもいなかったから、びっくりした。彼は、私が倒れているのを見つけて、助けてくれたのだった。
青年は私をそっと抱き上げて、近くにあった洞窟まで連れて行ってくれた。洞窟の中はひんやりしていたけど、外よりはマシだった。彼は持っていた毛布を私にかけてくれて、焚き火をしてくれた。パチパチと燃える炎の音が、妙に心地よかった。
「無理しなくていい。ゆっくり休むといい」
青年はそう言って、私に温かいスープを差し出してくれた。一口飲むと、体がじんわりと温かくなって、涙が出そうになった。こんな温かいものを口にしたのは、いつぶりだろう。
「あの…本当に、ありがとうございます」
私はかすれた声で言った。彼は何も言わずに、ただ優しく私の背中をさすってくれた。その手が、すごく温かくて、安心した。
「君は、どうして一人でこんなところを旅しているんだい?何か困っていることでもあるのかい?」
彼は私が少し落ち着いてから、そう尋ねた。私は少し迷ったけど、彼にはなぜか、話してもいいような気がしたんだ。今まで誰にも言えなかった、セドリック様とのことを、少しだけ話した。
「私…捨てられちゃったんです。身分が違うからって。私が平民だからって…」
私は涙ながらにそう話した。青年は、何も言わずに私の話を聞いてくれた。ただ、私の話を聞き終わると、静かに首を振った。
「それは、その男が愚かだっただけだ。君の価値は、身分で決まるものじゃない。君の心の中にある優しさや、真っ直ぐさが、何よりも尊いものだと、僕は思うよ」
彼の言葉は、私の心に深く、深く突き刺さった。セドリック様が、私の心を傷つけた言葉とは全く違う。まるで、私の中の痛みを洗い流してくれるかのように、温かい言葉だった。
「…私、仕立て屋の娘なんです。布を縫ったり、刺繍したりするのが得意で…」
私は自分のことを話した。彼も自分のことを少しだけ教えてくれた。旅をしていること、世の中のことに興味があること、貴族の暮らしよりも、自分の目で見て、感じることが好きだということ。彼は、自分の身分を詳しく話してはくれなかったけれど、貴族であることはなんとなく分かった。でも、彼はセドリック様みたいに、偉そうな態度は全く取らなかった。むしろ、私と同じ目線で話してくれる。それが、すごく嬉しかった。
何日か彼と行動を共にするうちに、私は彼に惹かれていることに気づいた。彼の穏やかな話し方、困っている人を放っておけない優しさ、そして、何よりも、私のことを「エレナ」と呼んでくれる時の、あの優しい眼差し。セドリック様とは違う。彼こそが、本当の「貴族」なんじゃないかって、心の中で思うようになった。
「ねえ、君は、これからどこへ行くんだい?」
ある日、彼が私に尋ねた。私は、まだどこへ行くかも決めていなかったから、正直に答えた。
「まだ…どこへ行くかも決めてなくて。ただ、ここから遠くへ行きたいんです」
彼が、ふわりと微笑んだ。その笑顔は、まるで春の陽だまりみたいに温かくて、私の心を照らしてくれた。
旅もそろそろ終わりが見えてきた頃だった。私と青年は、大きな街の入り口まで来ていた。街の門はとても立派で、たくさんの衛兵が立っていた。衛兵たちは、私たちに近づいてくる青年を見るなり、一斉にひざまずいたんだ。
「殿下!ご無事でしたか!」
殿下…?私は何のことか分からなくて、目をパチクリさせた。青年は、困ったような顔で私を見た。
「エレナ…実は、僕には君に隠していたことがあるんだ」
彼の言葉に、私の心臓がドキドキと鳴った。嫌な予感。もしかして、彼も私を捨てるつもりなんじゃ…?そんな不安がよぎった。
「僕の名前は、アルフレッド。この国の…第一皇子だ」
皇子…!?私は、まるで雷に打たれたみたいに、その場に立ちすくんだ。皇子様?あの、隣の国の第一皇子様が、私の目の前にいるの?信じられない。目の前の彼が、まさかそんなに偉い人だったなんて。
私の頭の中は、一瞬で混乱に包まれた。平民の私と、皇子様。セドリック様よりも、はるかに身分が違う。やっぱり、彼も私を「平民だから」って、捨てるつもりなんだ。そう思ったら、また涙が溢れてきそうになった。
「エレナ、聞いてほしい。僕は、君に初めて会った時から、君の真っ直ぐな心に惹かれていたんだ。貴族たちの虚飾にまみれた世界で、君のような純粋な心を持った人に会えたのは、僕にとって何よりも幸運だった」
アルフレッド様は、私の手をそっと取ってくれた。その手は、優しくて、温かくて、私の不安を少しずつ溶かしていく。
「君の身分が何であろうと、僕には関係ない。僕が欲しいのは、君だ。エレナ、僕の隣で、この国の皇妃として、僕と共に生きてくれないか?」
求婚…?皇子様が、私に?私は、驚きと感動で、声も出なかった。こんな、普通の仕立て屋の娘の私が、皇妃に?夢を見ているとしか思えなかった。
彼の目は、真っ直ぐに私を見つめていた。そこには、セドリック様にあったような、冷たい計算も、打算も、何もなかった。ただ、私への純粋な愛だけが、そこにはあった。
「私…私で、本当にいいんですか…?」
私は震える声で尋ねた。アルフレッド様は、力強く頷いた。
「もちろん。君以外に、僕の隣に立つにふさわしい女性はいないと、僕は確信している」
その言葉に、私の心は決まった。身分なんて関係ない。彼が、こんな私を心から愛してくれるのなら。私も、彼の隣で、彼の力になりたい。
私は、彼の目を真っ直ぐ見つめて、精一杯の笑顔で答えた。
「はい…!喜んで!」
アルフレッド様は、私の答えを聞くと、満面の笑みを浮かべて、私をそっと抱きしめてくれた。
彼の腕の中で、私は生まれて初めて、心からの安心と、深い幸福を感じた。
もう、セドリック様のことは、どうでもよかった。私の目の前には、こんなにも温かくて、優しい人がいるんだから。
私は、この人と、新しい人生を歩むんだ。そう、強く心に誓った。
森の中を一人で歩いていると、ガサガサって音がして、突然大きな影が飛び出してきたことがあった。野犬かな?って思ったら、もっと大きくて、牙を剥き出しにした獣だった。心臓が飛び出しそうなくらい怖くて、声も出なかった。逃げようとしたけど、足がすくんで動けなくて…もうダメだって、目をぎゅっと閉じた時だった。
「危ない!」
頭上を風が切り裂くような音がして、次の瞬間には、獣が悲鳴をあげて地面に倒れていた。恐る恐る目を開けると、私の目の前に、一人の青年が立っていた。背が高くて、スラリとした体つき。腰には剣を差していて、その剣からはまだ湯気みたいなものが上がっていた。まるで、物語に出てくる騎士みたいで、本当にびっくりした。
「大丈夫かい?怪我はないかい?」
青年は優しい声で私に話しかけてくれた。彼の声は、まるで泉の水みたいに澄んでいて、私の凍り付いた心を少しだけ溶かしてくれた気がした。
「は、はい…っ。あ、ありがとうございます…」
震える声で答えるのが精一杯だった。彼は私の返事を聞くと、安心したようにふわりと微笑んだ。その笑顔は、セドリック様とは全く違う、何の裏表もない、ただ純粋な優しさに満ちていた。
それからも、旅は試練の連続だった。食事も満足に取れなくて、お腹はいつもペコペコ。夜は凍えるように寒くて、何度も体調を崩しそうになった。そんな時、私の心の中には、いつもセドリック様の言葉がこだましていた。
「平民にしては上出来だった」…その言葉が、まるで呪いみたいに私を苦しめた。私は、やっぱりダメな人間なんだ。セドリック様が私を捨てたのは、私が平民で、彼にふさわしくないからなんだ。そう思うと、悔しくて、情けなくて、何度も涙が溢れた。
でも、それと同時に、彼への怒りもふつふつと湧いてきた。どうして私だけがこんな目に遭うの?どうして彼だけが幸せそうにしているの?そんな思いが、私を旅へと突き動かす原動力にもなっていたのかもしれない。
そんな風に、心身ともに疲れ果てていたある日。私はひどい熱を出して、道端で倒れてしまった。意識が朦朧として、もう動けないって諦めかけた時、誰かの温かい手が私の額に触れた。
「君、大丈夫かい?ひどい熱だ…」
あの時の青年だった。私は、まさかまた彼に会えるなんて思ってもいなかったから、びっくりした。彼は、私が倒れているのを見つけて、助けてくれたのだった。
青年は私をそっと抱き上げて、近くにあった洞窟まで連れて行ってくれた。洞窟の中はひんやりしていたけど、外よりはマシだった。彼は持っていた毛布を私にかけてくれて、焚き火をしてくれた。パチパチと燃える炎の音が、妙に心地よかった。
「無理しなくていい。ゆっくり休むといい」
青年はそう言って、私に温かいスープを差し出してくれた。一口飲むと、体がじんわりと温かくなって、涙が出そうになった。こんな温かいものを口にしたのは、いつぶりだろう。
「あの…本当に、ありがとうございます」
私はかすれた声で言った。彼は何も言わずに、ただ優しく私の背中をさすってくれた。その手が、すごく温かくて、安心した。
「君は、どうして一人でこんなところを旅しているんだい?何か困っていることでもあるのかい?」
彼は私が少し落ち着いてから、そう尋ねた。私は少し迷ったけど、彼にはなぜか、話してもいいような気がしたんだ。今まで誰にも言えなかった、セドリック様とのことを、少しだけ話した。
「私…捨てられちゃったんです。身分が違うからって。私が平民だからって…」
私は涙ながらにそう話した。青年は、何も言わずに私の話を聞いてくれた。ただ、私の話を聞き終わると、静かに首を振った。
「それは、その男が愚かだっただけだ。君の価値は、身分で決まるものじゃない。君の心の中にある優しさや、真っ直ぐさが、何よりも尊いものだと、僕は思うよ」
彼の言葉は、私の心に深く、深く突き刺さった。セドリック様が、私の心を傷つけた言葉とは全く違う。まるで、私の中の痛みを洗い流してくれるかのように、温かい言葉だった。
「…私、仕立て屋の娘なんです。布を縫ったり、刺繍したりするのが得意で…」
私は自分のことを話した。彼も自分のことを少しだけ教えてくれた。旅をしていること、世の中のことに興味があること、貴族の暮らしよりも、自分の目で見て、感じることが好きだということ。彼は、自分の身分を詳しく話してはくれなかったけれど、貴族であることはなんとなく分かった。でも、彼はセドリック様みたいに、偉そうな態度は全く取らなかった。むしろ、私と同じ目線で話してくれる。それが、すごく嬉しかった。
何日か彼と行動を共にするうちに、私は彼に惹かれていることに気づいた。彼の穏やかな話し方、困っている人を放っておけない優しさ、そして、何よりも、私のことを「エレナ」と呼んでくれる時の、あの優しい眼差し。セドリック様とは違う。彼こそが、本当の「貴族」なんじゃないかって、心の中で思うようになった。
「ねえ、君は、これからどこへ行くんだい?」
ある日、彼が私に尋ねた。私は、まだどこへ行くかも決めていなかったから、正直に答えた。
「まだ…どこへ行くかも決めてなくて。ただ、ここから遠くへ行きたいんです」
彼が、ふわりと微笑んだ。その笑顔は、まるで春の陽だまりみたいに温かくて、私の心を照らしてくれた。
旅もそろそろ終わりが見えてきた頃だった。私と青年は、大きな街の入り口まで来ていた。街の門はとても立派で、たくさんの衛兵が立っていた。衛兵たちは、私たちに近づいてくる青年を見るなり、一斉にひざまずいたんだ。
「殿下!ご無事でしたか!」
殿下…?私は何のことか分からなくて、目をパチクリさせた。青年は、困ったような顔で私を見た。
「エレナ…実は、僕には君に隠していたことがあるんだ」
彼の言葉に、私の心臓がドキドキと鳴った。嫌な予感。もしかして、彼も私を捨てるつもりなんじゃ…?そんな不安がよぎった。
「僕の名前は、アルフレッド。この国の…第一皇子だ」
皇子…!?私は、まるで雷に打たれたみたいに、その場に立ちすくんだ。皇子様?あの、隣の国の第一皇子様が、私の目の前にいるの?信じられない。目の前の彼が、まさかそんなに偉い人だったなんて。
私の頭の中は、一瞬で混乱に包まれた。平民の私と、皇子様。セドリック様よりも、はるかに身分が違う。やっぱり、彼も私を「平民だから」って、捨てるつもりなんだ。そう思ったら、また涙が溢れてきそうになった。
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求婚…?皇子様が、私に?私は、驚きと感動で、声も出なかった。こんな、普通の仕立て屋の娘の私が、皇妃に?夢を見ているとしか思えなかった。
彼の目は、真っ直ぐに私を見つめていた。そこには、セドリック様にあったような、冷たい計算も、打算も、何もなかった。ただ、私への純粋な愛だけが、そこにはあった。
「私…私で、本当にいいんですか…?」
私は震える声で尋ねた。アルフレッド様は、力強く頷いた。
「もちろん。君以外に、僕の隣に立つにふさわしい女性はいないと、僕は確信している」
その言葉に、私の心は決まった。身分なんて関係ない。彼が、こんな私を心から愛してくれるのなら。私も、彼の隣で、彼の力になりたい。
私は、彼の目を真っ直ぐ見つめて、精一杯の笑顔で答えた。
「はい…!喜んで!」
アルフレッド様は、私の答えを聞くと、満面の笑みを浮かべて、私をそっと抱きしめてくれた。
彼の腕の中で、私は生まれて初めて、心からの安心と、深い幸福を感じた。
もう、セドリック様のことは、どうでもよかった。私の目の前には、こんなにも温かくて、優しい人がいるんだから。
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