早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。

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境遇

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那月が振り返ると、そこには制服ではなく大きめのグレーパーカーを着てフードを目深に被った夏希の姿があった。

「夏希…さん?」

フードの隙間からは金髪が覗き、ゆらりと黒い目が映っている。その普通ではない雰囲気に、背筋がひんやりと凍るような気がした。

「え、誰…?」

相野もまた、突然のことに呆然としているようだ。しかし夏希はそんな相野に見向きもせず、那月の方へと歩み寄る。そして目の前に立ち、ポケットに両手を突っ込んだまま顔を上げた。

「ねえ、篠井那月くん。君はお友達もたくさんいて、いろも構ってくれていいね」
「え…、あの、」
「僕には誰もいないのに、唯一の理解者のいろを奪おうとするの?」
「う、奪うって…!」
「いろはお前に同情してるのを勘違いしてるだけなのに…俺から離れようとしてる。昨日言われたんだ。こんなの普通の幼なじみじゃないからって、もう俺に振り回されたくないって。俺が自分の足で立てるように…、いろも傷付くかもしれないけど前に進みたいとか訳わかんないこと言って…」
「え…」

一一一なんで?なんだ、急に…。よく分からないけど、先輩に今のを言われたってこと?揉めた…の?でもそこでなんで僕が…。

夏希はブツブツと独り言のように呟き続ける。その異様さにじりじりと後退りをする那月だが、その足を踏みとどまった。恐怖と逃げたくないという気持ちが混在しているのだろう。

「…な、夏希さん。何を」
「いろが俺と距離を置きたいって一方的に話してきた。お互い変わろうとか言い出してさ…。お前のせいだよ」
「…っなんで、ぼ、僕は」
「ねぇ聞いてくれる?篠井那月くん。俺ね、恋愛対象が男なの」
「え…」
「でね、中学生の頃そのことが周りにバレたんだ。そしたら、仲良かった友達も気持ち悪がって離れていって、そのせいでいじめられた。教師も手に負えないって傍観してるだけ。親は俺のセクシュアリティを信じたくなかったのか、気のせいだって言ってきた。あとお願いだから揉め事を起こすなって諭してきただけ」
「…っ!」

食い気味に那月を見つめながらそう話し始めた夏希。突拍子もない内容と話し方でほぼ早口だったが、那月はその話からすぐ情景が理解出来て、胸が苦しくなった。

理由は違うが、少し自分と境遇が似ていると思ったからだ。

「誰も分かろうとしてくれた人なんていなくてさ。そこからはいじめられないようにゲイだってことは隠して明るい性格装って、地元とは遠い高校に通った。その中で、唯一いろだけだったんだ。俺の話を聞いてくれて、俺の事を理解してくれて、俺自身を気のせいだなんて言わなかったのは。俺を受け入れてくれた」

一一一夏希さん…、僕に対して嫌悪がすごいのは分かるけど…。でも似てる…周りが全て敵に見えて、1人で塞ぎ込んでた頃の自分と。

「今までこんなことなかったのに…お前のせいで、お前と関わったせいでいろは変わっちゃったんだ!俺から離れようとしてるんだよ!!」
「…っいっ!」

突然声を荒らげて、夏希は力任せに那月の胸ぐらを掴む。襟がシワになりそうなほどの勢いに、那月は足をよろつかせた。

「なんでお前なんだよ…っ、なんでなんで!!消えろよ、」

きっと、夏希は彩世のことを恋愛対象として特別に思ってるんだと、今の話と自分に対しての敵意からそう確信した那月。

それを分かった上でも、異常なほどの剣幕に思わず体を震わせる。まるで過去のトラウマが腹の奥底で顔を出すように。

「ちょ、おい!!お前…っ」
「あ!!相野くん、だ、大丈夫だから…!」
「えっ」
「こ、こ、来ないで!僕大丈夫だから…」
「那月くん…っ」

だが、それを止めようと足を踏み出した相野を止めた。そう言われるなんて思ってもいなかった相野は、驚きと戸惑いでそれ以上足を動かせなかった。

一一一分かった。夏希さんは、僕と同じ思いなんだ。先輩のことをただの幼なじみだなんて思ってない。だからこそ、僕の存在が許せないんだ。それなら今までの言動も納得できる。

一一一だけど…僕も引き下がれない。負けたくない…。はい、分かりました消えます、なんて言わない。

「…だ、大丈夫、僕はもう」

そして、その小刻みに震える手で胸ぐらを掴む夏希の手を上からそっと包む。

「…は?なに、何のつもり?カッコつけちゃってさぁー。男が怖いんだろ?ならもっと怖がれよ。それでもっと男がダメになって、いろも恐怖の対象になればいいよ」
「…な、な、ならないっ!」
「は?」
「も、もう、前の自分には戻らない…。過去の自分があったから…それを乗り越えたから、ぼ、僕は変われたんだ…。なっ何されても…せ、先輩を恐怖の対象になんて、も、もう、なりたくない!させない!!」

ここまでの敵意と何をされるか分からない恐怖を向けられながらも、那月は目に涙を溜めながら唇を噛み堪え続ける。

震えながら上擦った声だが、力強く言い放った那月の言葉を聞き、夏希は俯きながら舌打ちをした。

「…っ!はぁ、はぁ」

そして掴んでいた那月の胸ぐらを突き放した。そのまま片手をポケットに突っ込み探る。

「…っだからさぁ、ウザいんだって。そういうとこが!」

その手をゆっくりポケットから取り出す。握っていたのは刃が尖っている小さなハサミだった。それに気付いた那月だが、その瞬間に勢いよくハサミが振りかざされた。

一一一ハサミ…!?うそ、あ、ダメだ…。避けられない…!

「那月くん!!!」

その直後に気付き、動き出した相野も間に合うはずがない。刃が振り下ろされるのを覚悟し、目を固く閉ざし両腕で目の前を覆った那月。

「…っ!い、」
「……え?」

だが、予想していた痛みは降りて来ない。それどころか、一瞬で誰かが自分の前に回り込み覆い被さる感覚がした。

「え、は…。なんで、」
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