異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON

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第四章 森の精霊

第74話 策士が打ち明ける時、色欲は湯けむりに微笑む

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コツ、コツ、コツ、――

ヒールの音が響く。

玉座の間を出てきたラグニアが長い一本の廊下を歩いていた。

ふと、彼女の目に黒い影が映る。

「……」

その視界には、黒いマントを羽織ったアルデオリスが壁に寄りかかって反対側の窓を遠く眺めている姿があった。

特に気にする素振りもせず、ラグニアが彼の目の前を黙って通り過ぎかけたとき――

「ラグニア様は、行かれないので?」

アルデオリスが声をかけた。

ラグニアが歩みを止めると、顎をわずかに上げて振り向きもせずに答える。

「さっき、言ったでしょ。私は虫がいるところは嫌いなの」

そう言って、再び歩き出そうとすると、

「この辺りに、一羽の伝書鳩がよく来るのですよ」

アルデオリスが笑みを浮かべながら言った。

ゆっくりと、ラグニアの顔が彼の方へ向く。

「……なんですって?」

その表情には、驚きと警戒が交錯していた。

アルデオリスが壁から離れ、ゆっくりと彼女の方へ振り向いて言った。

「先日、その鳩を捕まえましてね。失礼ながら手紙を検閲させていただいたのですが、興味深い事実が分かりまして」

ラグニアの顔が鋭くなる。

「その差出人の名が、怠……」

と、アルデオリスが言いかけた瞬間、ラグニアが左手をかざして

「――”氷塊”」

と唱えた。

すると、その差し出した手から氷の塊がアルデオリスに襲い掛かる。

次の瞬間、氷の柱がアルデオリスの代わりに立っていた。

その氷柱から黒いマントの一部がはみ出し、揺れていた。

一瞬の静寂――

「ふふふ、大したものね。さすがは”元”近衛師団団長様」

静寂を破ったのは目をつむっているラグニアであった。

その後ろには、ラグニアに剣を突き立ててアルデオリスが立っていた。

「なにをおっしゃる。あなたこそお見事です。やはり七つの大罪の色欲ですよ……」

と言って、ほくそ笑む。

アルデオリスの目に映るもの――それは、氷に覆われて使い物にならない剣であった。

「それで……その手紙にはなんて書いてあったのかしら?」

後ろを振り向かず腕を組んで話すラグニア。

「”その時”を楽しみにしている……とだけ」

アルデオリスは、そう言って彼女を凝視する。

一方、ラグニアは、アルデオリスを見て微笑み返す。

「……」

アルデオリスは一瞬真顔になるも、ため息をついて言葉を発した。

「やはり、あなたには揺さぶりは効きませんか……」

そして、膝をつき、

「ラグニア様、折り入ってお願いがございます」

と、突如、頭を垂れた。

ラグニアは、その申し出に目を見開き、後ろを振り向いてアルデオリスを見た。

「一時《いっとき》で構わないのですが、プレオナ様がいなくなっておられる間、あなたにもこの地を去っていただきたいのです」

目を細めるラグニア。

「なぜ?」

アルデオリスが目を閉じて静かに話した。

「ある計画がございます。その計画を実行する際、あなたとプレオナ様がこの地におられると困るのです」

ラグニアの眉がぴくりと動く。

そしてーー

「ふふふっ」

あまりに単刀直入な回答に手の甲を口に添えて静かに笑い始めた。

「そんなバレバレのお話を私にしていいの?アークリオスに私が話すと思わない?」

話の核心を見抜いたラグニアがアルデオリスに意地悪気に問いかける。

「あなたは告げ口はしないと思っております」

アルデオリスは頭を上げない。

意外な言葉にラグニアが少し戸惑いながらも言った。

「どうしてそう思うの?」

ゆっくりと顔を上げてアルデオリスが答える。

「勘です」

「……は?」

ラグニアの眉が跳ね、目を瞬かせる。

そして次の瞬間、思わず吹き出した。

「勘ですって!?根拠はないの……?はっ……ははっ」

予想外すぎる答えに、肩を揺らして笑い出した。

その様子をアルデオリスが見ていたが、しばらくしてから、少し声を張って言葉を発した。

「お相手の方と内通するあなたを信じてみたくなったのです」

その言葉を聞いたラグニアは笑うのをやめて真顔になり、しばらく目の前のアルデオリスを見つめていた。

その瞳に映るのは、軽蔑でも警戒でもなく――わずかな興味。

「ふっ」

ラグニアが微笑すると、

「……あなた、人を見る目がおかしいわ」

と、切り出した。

アルデオリスは黙ってラグニアを見つめる。

「玉座の間の話、オルギーが怒らないって、本当かしら?」

そう言って窓の外を見るラグニア。

「あいつの二つ名は憤怒よ。あなたが思うほどあいつは人ができてないわ」

と、ラグニアがアルデオリスの人を見る目を否定するも、静かにアルデオリスが返した。

「あなたは、捨て駒の小者が言うことに、いちいち腹を立てますか?」

ラグニアが思わず口をつぐむ。

「オルギーは、そういう人間だと見ております」

一瞬の静寂ーー

しかし次の瞬間、ラグニアがゆっくり目を細めてほくそ笑む。

「いいわ。アークリオスには言わないでおいてあげる。ただし、私は誰の命令も聞かない……私は好きなように動く。だからあなたの望みは聞かないわ」

そう言って立ち去ろうとするラグニア。

アルデオリスは目をゆっくり閉じて頭を下げる。

その時、

「でも……」

と言って、後ろを振り向かずラグニアが立ち止まった。

アルデオリスは目を開ける。

「私がまだ読んでいないその手紙。それに書いてあったという”その時”が来たら、私はこの地を離れるつもり……それがいつなのかわからないけど」

と、ラグニアがわずかに笑って言うと、コツコツと音を立てて歩き去っていった。

アルデオリスは膝をついたまま、黒衣の内から白い羽をのぞかせる一羽の鳩を取り出した。

その鳩の足には小さな巻紙が巻かれている――。

アルデオリスは、優しく微笑むと、鳩を窓辺から放つ。

その白羽は光を裂き、空へと溶けていった――。



ガルドリア王宮内・浴場――



薄絹を脱ぐ音が、静まり返った脱衣室に響いた。

白い肌、胸、腰があらわになり、滑らかな背筋を伝って長い黒髪がさらりと流れ落ちる。

光を受けた髪が、白い肌の上でゆるやかにきらめいた。

ラグニアは、鏡の中の自分に一瞥をくれる。

そのまま、裸足のまま浴場の扉へと向かう。

扉を押し開くと、白い湯気がふわりと流れ出た。

中は光と蒸気に包まれた幻想の空間。

陽光が天窓から差し込み、湯面に反射して金の粒子が舞っている。

ラグニアは、湯の縁に指先を添えると、その温もりを確かめた。

細い足先から湯に触れ、ゆっくりと腰を沈める。

水面が静かに揺れ、白い肌に光が反射する。

滑らかな肩を覆う水滴が、頬を伝って胸元へと流れ落ちた。

ラグニアは目を閉じ、湯に身を預けた。

(――“その時”を楽しみにしている)

ふと、さきほどのアルデオリスの声が脳裏に蘇る。

次の瞬間――

小さな羽音が、湯気の向こうから聞こえた。

ラグニアの表情がふっと明るくなり、ゆっくりと右腕を湯船から出す。

そこへ、白い伝書鳩がふわりと舞い降り、ラグニアの手にのった。

「……あなたね」

嬉しそうにラグニアが笑うと、指先を伸ばし、鳩の首を優しく撫でる。

足には、ひとつの小さな巻紙。

ラグニアは丁寧にそれをほどく。

濡れた指で紙を破らぬよう、慎重に――そして、静かに目を通した。

『“その時”を楽しみにしている――』

ラグニアの瞳が細められる。

その文の末尾には――

『もうそろそろだ。怠惰のレマルガより』

と、見間違えるはずもないあの人の筆跡で記されていた。

「あの男、時期もわかっていたってわけね。ほんと……食えない男」

そして、鳩を胸元へ抱き寄せ、鳩を見る。

「もう、捕まっちゃだめよ」

そう呟くと、鳩を空へ放ち、湯の向こう、開かれた窓を見上げた。

眩い陽光の中、鳩は高く舞い上がっていく。

ラグニアはその姿を見送りながら、濡れた髪をかき上げ、頬をかすめる光に微笑んだ。

「……もうすぐね」

水面がきらめき、湯気の向こうに、彼女の笑みだけが残った――。
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