異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON

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第三章 咆哮の誇り ※序盤、シリアス、途中、切ない系、終盤、怒涛のカタルシス

第30話 咆哮の果て――声なき別れ

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咆哮とともに現れたその獣は、まるで闇そのものが実体を得たかのようだった。
あらゆる光を呑み込むかのようなその躯は、見る者すべての本能に恐怖を刻みつける。

「な、なんだ、あれはっ!?」
「魔獣……だと……!?」

動揺と混乱の渦中、村の戦士たちは咄嗟に武器を手に取り、戦列を整えた。

「包囲しろ! 囲めッ!」

怒号が響き、数十人の戦士たちが一斉にスキルを放つ。
火焔、氷刃、光矢――あらゆる攻撃が魔獣へと殺到した。
しかし、それらはすべて、圧倒的な暴力の奔流に呑まれる。

獣の尾が一閃すれば、十数人の戦士が宙を舞い、
爪が振り下ろされれば、赤い飛沫が地に散る。
雄叫びと断末魔が交錯する戦場。
立ち上がりかけた者も、呻き声を残して再び地に伏し、苦しむ。

「……あれでは持たん!」

グレオニウスが低く唸り、隣の二人に目を向ける。
その瞳には、戦士としての覚悟が宿っていた。

「行くぞ!」

短く放たれた言葉に、ルダルもセシアも力強く頷いた。

三人は音もなく、魔獣の巨体へと滑り込むように接近。
セシアは疾風のごとく翻り、視界を乱す幻影のように立ち回る。
グレオニウスは堂々と正面から殴打を繰り出し、重厚な肉体を押し返す。
そしてルダルは、鋭く研ぎ澄まされた目で獣の構造を読み取っていた。

「……あれか」

魔獣の右側下腹部――そこだけ、魔素の流れが乱れている。
防御の薄い、唯一の弱点。

「牙烈!」

叫ぶと同時に、ルダルの右腕に眩い光が集束する。

だがその瞬間、魔獣が唸りを上げて跳躍。
爪が凶刃となって、ルダルの頭上へ襲いかかる。

(……避けられない!)

「ルダルーーーッ!!」

風を裂く声とともに、セシアがその身を投げ出した。
その細身の身体が、盾となってルダルを庇う。
爪が彼女の背中を裂き、鮮血が咲くように舞った。

「セシアーーッ!!!」

怒声と共に、ルダルの牙烈が閃光を纏って放たれ、魔獣を直撃。
魔獣の腹部が大きく裂ける。

そこへ――

「獅尖ッ!」

グレオニウスが全身の魔素を拳に凝縮し、開いた傷口へと突き込む。
獅子の爪のごときその一撃が、深く、鋭く、魔獣の核へ届く。

轟音。悲鳴。
そして、魔獣は膝をつき、地を震わせながら崩れ落ちた。

だが、勝利の咆哮よりも早く、ルダルは倒れたセシアに駆け寄っていた。

「セシアっ……セシア! 死ぬな……!」

崩れ落ちた魔獣の骸を背に、ルダルは血まみれのセシアを両腕に抱えていた。
その身体はあまりにも軽く、そして、冷たい。

「……セシア。お願いだ、目を開けてくれ……」

彼女の呼吸はかすかに続いている。しかし、その瞼は閉じられたまま、何の反応も示さない。
ルダルは震える指でその頬に触れる。冷えた肌に触れた瞬間、彼の胸を締めつけるものがあった。

すぐに彼女は小屋の一室に運ばれ、村の医師が処置を施す。
だが深く裂かれた傷は、魔素をもってしても癒しきれるものではなかった。
命を繋ぐ唯一の術は、「魔素供給の儀式」。
村人たちが少しずつ自らの魔素を分け与え、セシアの命を支えていた。

「セシア……死ぬな……っ」

かつて“牙咆のルガル”として恐れられたその男の声が、今は小さく、弱々しく震えていた。

そのとき、きしむ音と共に扉が開いた。
現れたのはグレオニウス。無言のまま、ルダルの隣に立つ。
彼の視線がセシアの顔へと落ちた。
長く言葉を探すような沈黙ののち、低い声が静かに響く。

「……大丈夫だ」

その声音に感情の波はない。だが、そこには確かな信頼があった。
ルダルを信じ、セシアを信じ、この二人の未来を信じる者の言葉だった。

「お前との結婚式を、心から楽しみにしていたんだ。そんなやつが、こんなところで終わるわけがない」

それは励ましではなく、確信だった。

ルダルは顔を伏せ、拳を握りしめる。

「……あぁ、その通りだ」

それだけを絞り出すように言い、彼はようやく立ち上がる。
二人は言葉少なに、肩を並べて小屋を出ていった。

外の空気は冷え、村はすっかり変わり果てていた。
かつて武道大会で歓声が響いていた広場には、黒煙が立ち上り、焦げた匂いが染みついている。
破壊された家屋、崩れた柵、散らばる破片。

しかし、その沈黙の中に――小さな兆しがあった。
瓦礫を運ぶ若い戦士たち、崩れた家の柱を立て直す年配の者たち、
包帯を巻きながら仲間の肩を叩く者、食事を用意する者。

「……俺たち、勝ったんだよな。一応……」

誰かがぽつりと呟いた。

「いや、勝ったさ。……あのバケモンを倒したんだ。村人は傷だらけだが、みんなまだ生きてる。誇っていいさ、俺たちの牙と爪を」

その言葉に、静かだった空気に少しだけ熱が戻る。
獣族としての誇り、かすかな希望――それが、炭の中に残る火種のように、確かに息づいていた。

「……やれるさ。まだ、終わっちゃいない」

誰ともなくそう呟き、また一人、手を動かし始めた。

一方で、ルダルもグレオニウスも、それぞれに考えていた。

(どうして魔獣が……ゼルヴァス様の結界が消えた影響か?)

あの結界の消失には、二人とも気づいていた。
ゼルヴァス十傑に名を連ねる者として、それは当然のことだった。


***


その夜、ルダルはセシアの傍を離れなかった。
彼女の手を握り、声をかけ続ける。

静かに、何度も、同じ言葉を。

「目を覚ませ、セシア……。まだ、何も始まってないんだ……」

日が昇り、また沈む。
セシアは目を開けず、ただ呼吸だけが彼女の命を告げていた。

数日が経っても、状況は変わらなかった。
村人たちは交代で魔素を注ぎ続け、それでも彼女は昏睡のままだった。

ルダルは、まるで時が止まったかのように、彼女の傍に居続けた。
食事も睡眠も最低限しか取らず、ただ、そばに。

その姿を、グレオニウスは遠くから黙って見ていた。
一言も発さず、ただ、その光景を見つめていた。


そして、その夜。


静寂を切り裂くように、大地が呻いた。
村の空に黒い亀裂が奔り、異界の底から這い出すように、新たな魔獣が姿を現す。

それは、先の魔獣をはるかに凌駕する巨体と威圧感を備えていた。
濃密な魔素が波のように押し寄せ、空気を重く染める。

「……またか」

グレオニウスが低く呟いたその刹那、魔獣は咆哮し、周囲の木々が音を立てて倒れた。
その一撃の気配だけで、地を這うような恐怖が村人たちを襲う。

ルダルとグレオニウスは、疲弊した体に鞭打って前へ出る。
魔素は乏しく、体力も限界に近い。それでも、後ろにいる者たちを守るために立った。

「下がってろ。俺たちが行く」

グレオニウスがそう言うと、ルダルは静かに頷き、続く。
二人の姿を見て、かすかに村人たちの正気を取り戻しかけた——その矢先だった。

魔獣の唸りと共に、大地が砕ける。
あまりの威圧に、再び戦意が霧散していく。

「……無理だ……あんなの、勝てるわけが……!」
「もうだめだ、逃げるしかない!」

誰かの声をきっかけに、恐怖が伝播する。
村人たちは、次々と背を向けて走り出した。

ルダルは、それを咎めなかった。

だが——

「……っ!」

視界の隅。
逃げる子どもの一人が転倒するのが見えた。

(まずい!)

一歩踏み出しかけたその瞬間、背後から殺気が走った。

「ルダルっ、下がれ――っ!!」

グレオニウスの警告が届く間もなく、魔獣の爪が閃く。
ルダルの身体は宙を舞い、岩を砕いて遠くへ吹き飛ばされた。

「ルダルーーーーッ!!」

グレオニウスの叫びが空に響く。
だが、答える声はなかった。

――そして、前線は崩壊した。

残された戦士たちも次々と倒れ、武器を持たぬ村人たちは我先にと逃げ惑う。
もはや、戦線も陣形も存在しない。
ただ混乱と絶望だけが、そこにあった。

グレオニウスは、炎のような魔素をまとう魔獣をにらみつけながら、振り返る。

視線の先には、小屋――セシアが、いまだ昏睡のまま眠る場所。

一瞬の逡巡もなかった。

彼は地を蹴り、全力で走った。
無秩序に飛び交う悲鳴と破壊の中を縫うように、小屋へと駆け込む。

セシアは変わらず眠っていた。
血の気の引いた顔。かすかな呼吸。握ると壊れそうな命の重み。

グレオニウスは彼女をそっと抱き上げると、小屋を出た。
目指すのは、村の北にある森の奥の古くからの避難洞窟。

そこには、老人や子どもたち、戦う術を持たぬ者たちが身を潜めていた。

「ここに……セシアを」

グレオニウスが静かに告げると、村人たちはすぐに布を敷き、彼女を寝かせた。

「……少しでも長く、生かしてくれ」

彼はその場に膝をつき、自らの魔素をセシアへと注ぎ始めた。
自らの命を削るように、手を添えて、ひたすらに。

やがて全ての魔素を注ぎ終えたとき、彼の顔は青ざめ、呼吸も浅くなっていた。

それでもグレオニウスは、昏睡のセシアに向かって静かに語りかける。

「なに……ルダルはあれごときでくたばるような奴じゃない。……大丈夫だ。だからお前も負けるな……それに、ルダルが戻って来た時にお前がいなかったら、あいつが悲しむじゃないか……」

そして、彼は最後にセシアの頬へと手を伸ばし、誰にも聞かれぬような声で、そっと呟いた――

「……セシア。お前を……愛していた。……幸せになってくれ」

立ち上がった彼の背に、幼い子どもがすがる。

「おじさん、どこに行くの……?」

グレオニウスは振り返らない。

「後は……頼んだ。そして、獣族の、戦士の誇りを忘れるな」

その言葉を最後に、彼は再び戦場へと走り出す。

魔獣の気を引き、村を遠ざける――
それが、彼に残された最後の役目だった。

そして――
村外れの断崖にて、魔素の尽きたその身一つで、
彼は魔獣の前に立ち塞がった。

誰に知られることもなく、
誰に讃えられることもないまま、
彼はその場所で、静かに終わりを迎えた。
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