異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON

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第三章 咆哮の誇り ※序盤、シリアス、途中、切ない系、終盤、怒涛のカタルシス

第31話 災厄のフィリア伝承との矛盾。そして、真実をめざしてーー

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ミィナは、両手で陶器の薬瓶を胸に抱きしめながら、村役場の診療室へ歩いていた。しかし、彼女の歩みはどこかぎこちなく、視線も足元もおぼつかない。
気づけば、いつもより歩幅が狭く、足取りも鈍い。

(どうして、最近ぎこちなくなってしまうんだろう……)

心の中で何度も繰り返す後悔。

そう思った瞬間だった。

足元の石に気づかず、バランスを崩す。

「きゃっ――!」

陶器の薬瓶が宙に舞う――その刹那。
体が何かに支えられた。

視界に、アマトの顔が飛び込んできた。
彼の片手が、薬瓶をしっかりと受け止めていた。

「……大丈夫か」

淡々と、アマトが言った。
ミィナの頬が一瞬で真っ赤に染まる。

「あっ、す、すみません! ありがとうございま――」

最後まで言いきることもできず、顔を伏せ、薬瓶を受け取ると、くるりと背を向けた。

「し、失礼しますっ!」

駆け足で、その場を去る。
まるで逃げるように。
アマトは、立ち尽くしたまま彼女の背中を見送っていた。

──風に揺れる草の向こうに、もう彼女の姿はなかった。

『あれあれあれーっ!? アマトちゃん』

手をひらひらさせながら、ティアマトがにやにやと現れる。

『最近、ミィナちゃんに避けられてない?』

アマトは顔をしかめる。

「そうか? そうは思わんが……」

『いやいや、あの走り去り方はただごとじゃなかったわよ?』

ゼルヴァスが会話に入ってくる。

『お前は、そういうところがまったく鈍い。そんなんでは魔素もうまくコントロールできんぞ』

「……」

『まったくよねぇ? ここのところルノアちゃんばっかりだったからねぇ。もう、残念系アマトちゃん決定!』

(お前には言われたくない)

と、心の中でそっと突っ込みを入れる。

『とにかく、少しは気を配ってやれ。ミィナは、お前を避けてる自分自身にも戸惑っているぞ。魔王が言うんだから間違いない!』

からかいなのか忠告なのか、もはや判断できないふたりの言葉。

「……わかったから、静かにしてくれ」

アマトは少し不快げに眉をひそめ、ミィナの走り去った方向へ目を向けた。

***

診療所の扉の前で、ミィナは立ち止まっていた。

(また……逃げてしまった)

自分でも、なぜこんなに戸惑っているのか、わからない――
アマトの前世の話をルノアだけに話したということが胸を締め付ける。

(ほんの少し前まで、もっと自然にアマト様と話していたはずなのに――)

ミィナは深呼吸をひとつ置き、扉を静かに押し開けた。

中には、朝の光が差し込む静かな空間が広がっていた。

ルダルはベッドの頭の方の壁に寄りかかるように上体を起こし、ゆっくりと呼吸をしている。
その横の椅子には、老魔族――ゼルミスが、湯呑を手に静かに腰かけていた。
ミィナの姿に気づくと、ゼルミスが軽く目を細めて言った。

「おぉ、来たか。こやつの容体は、もうだいぶ落ち着いとる」

ルダルも、彼女の姿に気づき、わずかに頷く。

「……世話になった」

「い、いえ……」

ミィナは慌てて頭を下げたが、その視線の先には、どこか沈んだルダルの表情があった。
しばしの沈黙ののち、ルダルがゆっくりと口を開いた。

「……この数日、ずっと考えていた。
ガルテラ村のこと。ポタ村のこと。そして、あの異世界人のことも」

ゼルミスとミィナが静かに聞き入る。

「奴が、この村を変えたのは事実なのであろう。
私のところへ来てくれる村人の様子を見ればよくわかる。
魔素も戻り、民も穏やかに暮らしているのだろう。」

ルダルの声に力が入る。

「だが……私には、どうしても納得できないことがある。
七つの大罪戦のあと、魔族界は追いやられ、各地で魔素が枯渇した。
……その原因が“異世界人”にあることは明白だ」

ルダルの声音は、低く静かだが、その内には未だ拭いきれぬ疑念と怒りが渦巻いているようだった。

「だからこそ、私たちはずっと、異世界人を“敵”としてきた。
そして……あの男がやったのは、“枯れたものを元に戻した”だけだ。
それなのに、なぜそこまで信頼しているのか。
――それが、どうしても理解できなかった」

ミィナは、その言葉にすぐ返すことができなかった。
だが、胸の奥に浮かび上がる違和感が、彼女を動かした。

「……あの、ルダル様」

「なんだ?」

「……その……不思議に思ったんです」

ミィナは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。

「この村の人たちも、最初はアマト様を恐れ、嫌っていたんです。異世界人だからって理由だけで。でも、アマト様が村の人たちに見せてくれたのは、魔素を戻したことだけじゃありません。その……優しさとか、静かに支える力とか……そういうのがあって、皆の見方が変わっていったんです」

彼女は、ぎゅっと胸元の手を握りしめる。

「だから……逆に、どうしてルダル様はそこまで異世界人を敵視するんだろうって?」

ルダルは、しばらく彼女を見つめていた。
そして、短く息を吐いて言った。

「……ガルテラには、“伝承”がある。“異世界人が現れるとき、災いが訪れる”――
それは、子供のころからずっと教えられてきた。俺たちは、その言葉を信じて育った」

ゼルミスが静かに問いかける。

「その伝承、少し聞かせてもらえるかの?」

ルダルはわずかに頷き、口を開いた。

「“災厄のフィリア伝承”――そう呼ばれている。
千年前、異世界から現れた“フィリア”という者が、魔族たちを欺き、滅ぼしたとされている。その名は、今でも忌むべきものとして村に刻まれている」

その名を聞いた瞬間――

ゼルミスとミィナの動きが止まった。

「……フィリア、ですか?」

ミィナが目を丸くする。
ゼルミスも湯呑を静かに置いた。

「おかしなこともあるもんじゃ……。その名、わしらの村にも伝わっておる。
じゃが、村人に与えている印象はまるで逆じゃ」

ルダルが、訝しげに眉をひそめる。

「逆……?」

ゼルミスは、静かにうなずいた。

「ポタ村には、“フィリアの森の伝説”という古い話が伝わっておる。
千年前、この地に“フィリア”という名の魔女が現れたというのじゃ。
非常に強大な魔素を持つ存在で、その力のあまり、神々の世界にも人の世にも居場所を見つけられなかったらしい。長い旅の果て、静かに過ごせる場所を求めて、この森に辿り着いた――と、村の古老たちは語っておる。この地に根を下ろしたフィリアは、自らの魔素をひとつの大きな魔石に封じ、それを森の地中深くに埋めたという。争いを遠ざけるためか、自分の力を静かに沈めるためか――真意までは、誰にも分からん」

ゼルミスが目を細める。

「じゃが、その魔石の影響で森は癒しと実りに満ちた土地となり、我らが村もその加護を受けて栄えてきた。ゆえに、我々は毎年の祭りでフィリアへの感謝を捧げておるし、森そのものも神聖な地として敬っておる。“フィリア”という名は、今もこの村に生き続ける、平和と恩恵の象徴なのじゃ」

ルダルは、視線を落としたまま動かない。

(フィリア……。もし、同じ者だったとしたら――伝承の真実は、いったい……)

とルダルは思いつつも否定しかける。

「しかし、我々の村では・・・」

と話始めるのを、しずかに遮るようにミィナが言う。

「先ほど私が持ってきた薬瓶の中身ですが……実は、フィリアの森にある聖泉からできた薬湯なのです。その薬湯のおかげで、ルダル様の傷を治せたのです……」

(聖泉!?)

僅かな揺らぎが、ルダルの背中に滲んでいた。

ゼルミスは、ゆるやかに言葉を継ぐ。

「案外、伝承も伝説も、本当なのかもしれんのぉ」

ゼルミスの声は、どこまでも静かで、どこまでも深かった。

「ある者にとっては善でも、別の者にとっては悪でしかない。
見方が変われば、真実もまた姿を変える――
そういうことは、ようある話じゃ。それは異世界人とて、魔族とて、同じことじゃよ」

ルダルは黙っていた。
だが、その指先はわずかに揺れていた。
長年信じてきたものが、静かに音もなく揺らぎはじめている――
自分でも、それを認めたくないのだ。

ミィナは、ゼルミスの言葉に耳を傾けながら、ふと、自分の胸の奥に何かがひっかかるのを感じていた。

「……私、今、ふと思いました」

二人の視線がミィナに向けられる。

「“災厄のフィリア伝承”も、“フィリアの森の伝説”も……
どちらも、私たちは“見たわけではない”んです。
誰かから聞いて、信じて、そうなんだって思っていただけで……」

小さく息を吸って、続ける。

「……それを、自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じることができたら――
きっと、誤解はもっと減らせる。私、そう思うんです……」

口にした瞬間、ミィナは自分の言葉に少し驚いていた。

(そうだ――私は、アマト様とルノアのやり取りを、“自分の目”で見たわけじゃない。
ただ、ルノアから聞いた話で、勝手に不安になって、勝手に悩んで、勝手に距離を置いただけだわ――)

気づくと、ミィナの瞳には、確固たる光が宿っていた。
さっきまで霞んでいたものが、すっと晴れていく。

ガタン。

ミィナは勢いよく椅子から立ち上がり、瞳をまっすぐ前に向ける。

「ルダル様、おじいちゃん! 私、ちょっと行ってきます!」

それだけ言い残すと、診療所の扉を開け、朝の光の中へと駆け出していった。

残された室内に、しばし静寂が戻る――

ルダルは呆然と扉を見つめながら呟いた。

「……突然、どうしたんだ?」

ゼルミスは湯呑を口に運びながら、口元をほころばせた。

「さて、なんじゃろうなぁ」

年老いた声は、静かに、しかしどこか確信を孕んでいた。

「ただ――あの子も、自分の目で“真実”を確かめに行こうと思ったのかもしれんのぉ」

老魔族の言葉が、穏やかな光の中にゆっくりと溶けていった――
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