聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ

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「この感情は」

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「フォ・ドさん、おはようございます!」
 魔物研究所に着くと、庭で作業中のフォ・ドさんに話しかける。
 土いじりをしていたフォ・ドさんが振り返り、
「おぉ、ダイヤ。もうそんな時間か。どうりで腰が痛いはずじゃ」
 立ち上がりながら腰あたりを拳でトントンと叩く。
「どのくらいやってたんですか。体に悪いですよ」
「年寄扱いするな、夜通ししようが何の問題もないわい!」
「・・・」(徹夜したんだ)

「手伝いましょうか?」
「こっちはいい。それより村から少し離れた湖で次々と若い男が消えるという事件がおきとる」
「湖周辺で?」
「湖に住まう魔物の仕業じゃろ。このままじゃ村に若い男がいなくなると長老から嘆きの文が届いた」
「なんで若い男?」
「魚人か人魚の仕業じゃろ。魚人はただの人食いだが、人魚は性別や容姿を選んで誘惑すると聞く。わしも若い時に人魚に誘惑されかけたがその時パーティを組んでいた仲間に助けられ無事だったわい」
「誘惑・・・人魚!」

 すごい! 人魚がいるんだ! ていうか、人魚が魔物かぁ。(ちょっと残念)

「おまえさんの世界でも人魚がおるのか?」
「いるっていうか、伝説みたいな? でもほとんど作り話の存在です。人魚が主人公の物語もあるし」
「同じ人魚でもだいぶ扱いが違うようじゃな」
 カルチャーショックとばかりに目をしばたたかせるフォ・ドさん。眉間にしわを寄せ、
「それにてもこの国、アリッシュに人魚とは・・・ロウ坊っちゃんはどうした? 人魚は単体でいくより数人のほうがもしもの時に安心じゃ」
「用事があると言って朝早く出かけました」
「なにが用事じゃ」
 フンッと鼻息を荒くするフォ・ドさん。魔物退治より優先するものがあるのが気に食わないらしい。(魔物好きがここにもひとり)
「わしはまだこの作業を続けたい。人魚の件はまた今度にするか」
「え、行きます。オレ行きますよ!」
「しかし・・・」
 迷うフォ・ドさんに、
「じゃぁ、偵察っていうのはどうです? 本当に人魚の仕業かどうかわからないし」
「食い下がるな。人魚は危険じゃ。もし人魚の仕業とわかれば何もせず戻ってくるんじゃ。わかったな?」
「わかりました」
 ビシッと警官みたいに啓礼してみせるけど、フォ・ドさんには通じなかった。(なんじゃそのポーズは。とツッコまれた)

 朝の第一王子とのやりとりを意識してるわけじゃないけど、人魚は個人的に興味がある。
 物語に登場してくる人魚は上半身人間で下半身が魚だ。それがこの世界には実際に存在してるんだから、機会があれば見たいに決まってる。(ワクワク)

 
 竜の落とし子に乗って郊外のはずれにある小さな村に到着し、村長にあいさつしてから噂の湖へと向かった。
「うーん、一見、普通の湖だなー。しいていえば、今まで見てきた湖より青くてキレイかも」
 案内してくれた中年女性が、
「底が見えるほど透き通った湖だったんですけど、ここ最近、中を覗いても見えないくらい青いんです。村でもキレイだって言って恋人のデート場所になっていて。だけど、なぜか村から戻ってくる者は女ばかりで、聞いても、気づいたら村に戻っていたというばかり」
「消えた男は」
「もう4人目です」
 
 4人かぁ。

「小さな村ですから、これ以上人手が減るのは村にとって痛手です。どうか解決してください。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げ、そそくさと来た道に帰って行った。

 木々に囲まれた湖はここだけぽっかりと開けていて陽を浴びて青さが増して幻想的だ。夜は夜で月明かりできっとキレイなんだろうなー。
 来る前に少しだけ人魚について本で勉強してきた。
 オレの住む地球では、人魚は海に住んでいたけど、こっちの魔物の人魚は海には住まず、青く底が見えない池や沼、湖に住むと書いてあった。しかも、その青さは自然じゃなく、人魚が創り出す人工だとか。

「最近って言ってたから、人魚がこの湖を見つけて住み始めたってわけか」

 湖周辺を歩きながら「なるほど」と観察する。
 どうやら、フォ・ドさんのいうとおり人魚がいるのは間違いなさそうだ。男4人が消えた事件も、あの女性の証言があっていれば誘惑という名の術? か何かで男だけを湖の中に引き入れて、女性だけ村に返したと思う。

「うん、想像はつくな。人魚の仕業の可能性が強いかな」

 ただ、今のところ人魚の姿はない。
 他に人が来る気配もないし、獣の姿もない。静かだ。

 せっかく来たんだし、このまま「可能性」だけで帰るのはもったいない気がする。
 湖のすぐ近くまで来て腰を下ろす。

「特に急いで帰る用もないし、待ってれば人魚に会えるかも」

 ということで、待つことにした。
 と、いうのも、寝不足で頭がちょっとボーッとする。だからといって眠いわけじゃない。
 はぁーとため息が出る。
 青い水面をぼんやり眺めながら第一王子のことを考える。
 夜中に第一王子の寝顔を見ながら「寂しい」と口にした自分の気持ちについていけてない。

 そりゃぁ、最初は誤解とかもあったけどなんだかんだいって今は仲が良い方だ。この世界で話せる人が少ないのもあるけど、一緒につるんでも嫌じゃない。
 ムカつく時もあるけど、いい奴だってもう知ってる。
 顔面エグいし、頭いいし、魔力だって優れてるし、身体能力だって高い。なんたって火魔法がかっこいい。

「・・・。そうだ、火魔法が見れなくて寂しいと思ったんだ。それだったら納得できる」
 なんでこんなに気になるんだ? 仲良くなった友達に会えないのは寂しいに決まってる。しかも、記憶まで消されるんだ。
「・・・モヤモヤする!」
 解けない問題がいつまでも引っかかってるみたいで、居心地が悪い。

 しばらく水面を眺めていて、思い出したことがある。
 それは、ゆきやんのこと。
 高2の時、ゲーム大好きでオレとばかりつるんでたゆきやんに彼女ができた。
 それをきっかけに毎日のように顔を合わせていたのがなくなり、しまいにはラインの既読さえなかなかつかなくなった。
 ゆきやんに彼女ができたのは嬉しかったけど、オレとゆきやんのつきあいは変わらないと思ってた。だけど、ポッと出の彼女にあっさり負けた。
 悔しいというより、なんか切なかったのを覚えている。
 幼馴染の友情てこんなもんかって。
 あとやっぱり、寂しかったんだ。
 いつも一緒にいたゆきやんと会えなくなって、寂しかった。
 だから多分、第一王子もゆきやんと一緒だ。もう一緒に魔物退治したり会えなくなるのが友達として寂しいだけだ。
 それ以上の感情はない。
 
 ハッと気づき、
「だーから! それ以上の感情ってなんだよ!」
 あーもー! 思考がグルグルと同じ場所を行ったり来たりで出口がないことにいらだつ。

 ゆきやんには続きがある。
 受験が終わった頃、彼女と別れたといってそれまで自分から全然連絡すらしてこなかったし、こっちからしても既読スルーまでしてたのに何事もなかったようにオレの部屋に遊びに来やがった。(思い出してもあれはマジむかつく)
 しかも、一緒にゲーム作ろうとか言うし。どんだけ自分勝手なんだよ。

 くそっ。とイライラが口に出る。
「ゆきやんの時は凹みはしたけど、ここまで引きずらなかったのに、なんでこんなに気になるんだ」
 自分の気持ちがわからない。
 
 眺めていた水面が静かに揺れ、中からスッと音もなく人の顔が出てきた。
「!!」
 こっちに上がろうとせず、体半分湖につかったまま片方の手で肩より少し短いブロンドの髪をかきあげた。
 髪の長さでパッと見、女性かと思ったけど上半身裸で胸がない。しかもオレより筋肉質だ。
「やぁ、ごきげんよう。ひとりかい?」
 低めの良い声だ。瞳が青で、顔もイケメンだ。(むかつく)
 マネキンみたいに整った顔立ちは、第一王子やルノーとはまた違った色気のある美青年? 20代前半に見える。
 突然の登場に戸惑っていると、ブロンドイケメンのすぐ横に鱗のついたしっぽが左右に揺れている。

 ん?!
 人魚か?! こいつ人魚だ!!

 思わず立ち上がって一歩下がる。
「ねぇ、キミひとり? ここでなにしてるの?」
 岸辺に肘をついて人懐っこそうな顔で質問してくる。

「・・・暇つぶし?」
「へー。暇なんだ」
 
 どうしよう。フォ・ドさんには人魚は危険だと言われたし、近づかずに帰って来いとも言われてるんだっけ。
 でも・・・と、せっかく会えた人魚を凝視する。
 魔物は本来意思を持たない。人間を見たらすぐさま襲いかかってくる。だけど、オレの今目の前にいる人魚はめちゃくちゃフレンドリーだ。
 しかも、会話ができてる!(魔物と会話したの初めてだ!)
 人魚だけど、魔物じゃない? 獣? 読んだ本には特に書いてなかったけど、まだ知られてない魔物や獣がいるのと同じで、まだ知られていない獣の人魚もいるのかもしれない。
 それに、人魚だけど目の前にいるのは男の人魚だ。今回の事件は若い男だけ狙ってるみたいだし、この人魚は無関係?
 男が男を誘惑するわけないよな。するなら女の人魚に決まってる。

 ニコニコと友好的な人魚を見つめ、ちょっと残念な自分がいる。
 人魚って普通女じゃない? 男もいるんだな。

「えーと、あなたもひとりですか?」(この場合は一匹?)
「キミの姿が見えたから気になって来てみたんだ」
 質問と違う返事がかえってきた。
「キミ、恋してるね」
「鯉?」
 目が点になるオレをブロンドのイケメン人魚が口元で微笑んだ。
「それも切ない恋だ」
「どういうこと?」
 思わずしゃがみこみ、人魚に近寄る。
「ボクにはわかる。キミは報われない恋をしてる。つらいね」
 そう言って、白い腕がスッと伸びてオレの頬を冷たい手が触れる。
「知ってる? 人魚の唇に触れた者はなんでも願いが叶うんだ。キミのそのつらい恋を成就させてあげる」
「え?」
 身体が動かない。二重の青い瞳からも目をそらすことができない。
 近づいてくる唇がオレの口に触れそうな数センチのところで、突然ボッと人魚が青い炎に包まれ、オレから離れてうめき声と一緒にもがく。
 いつも見る炎とはあきらかに違う。恐怖を覚えながらも、動けるようになった足で立ち上がり、人魚に向かって手のひらから水を放出する。
 炎は消えるどころか燃え上がり人魚を苦しめる。
 どうすればいいか迷っていると、苦しみながらもこちらをチラッと見た人魚は崩れるように湖の中に潜って消えた。

「!!」

 人魚がいたところに炎がまだ青く燃えている。
 呆然としていると、
「ダイヤ!」
 ロウの声が後ろから聞こえ、振り返ろうとする前に腕を引っ張られ、見覚えのある匂いに包まれる。
「・・・」
 片手でオレを抱きしめる第一王子。声がかすれてる。
「・・・ロウ」
 全身からオレを心配してくれてるのが伝わって、心が苦しい。
 オレもロウの背中に腕を回して、
「青い炎なんて初めてみた。やりすぎだ、バカ」
「何言ってるんだ、あれは魔物だ。やりすぎなんてあるか」
「魔物か? 会話ができた。新種の獣じゃないのか?」
「人魚に獣はいない」
「だから新種だって」
「ふざけたことは寝て言え」
「おい」

 ありがとう、て言うつもりが、なぜか口ゲンカになってしまった。
 睨み合っていると、
「・・・会話ができたというが、何を話した?」
「え? 最初にあいさつされた」
「あいさつ? 他には」
「うーんと、ひとりかって、ここでなしてるんだって聞かれた」

 なんか、口にして思うけど、ナンパの定番セリフみたいだな。(チャラ人魚か)

「あ! あと、こ・・・っ!」
 言いかけてぐっと口を閉じる。
「こ?」
 不思議そうに首を傾ける第一王子。

『キミ、恋してるね』

 あの時は思わず「鯉」ととぼけたけど、人魚に言われて第一王子の顔が浮かんだ。ということを今思い出した。
 ぶわわと鳥肌が立つみたいに顔が一気に熱くなる。

 はぁぁ?! マジかよぉ、なんでそうなる!
 でもなんか、さっきまでモヤモヤしてたのがスッキリ取れたような・・・。
 100歩・・・いや、1億歩譲ったとして! そう考える方が腑に落ちるのはなんでだ。

「人魚に近づくなってジジイに注意されただろ。なんであんなに距離が近かったんだ? 誘惑されたか」
 今はそれどころじゃないオレに第一王子が話しかけてくる。
「誘惑? オレ男だよ。あの人魚は男だったからオレに誘惑するのはおかしいだろ」
「先入観は命とりだぞ」
「はぁ?」
 顔を上げると、第一王子の親指がオレのあごをクィッと持ち上げ、否応なしに第一王子と目が合う。
「顔が赤いな。人魚の美に当てられたんだろ」
「なんだそれ!」
 余計に顔が赤くなりそうで、慌てて片方の手で第一王子の親指を払う。
 特に顔色を変えず、第一王子はオレに背を向け、
「とりあえずジジイのところに戻るぞ。ジジイだったら何か対処法を知ってるはず」
「あ、ちょっと待った! オレ、ロウのことッ!」
 とっさにロウのシャツをつかんで引きとめる。
「なんだ?」
 振り返るロウと目が合い、無意識にした自分の行動に自分が一番びっくりする。

 うぉぉぉ! 今、オレ、何言おうとした?!
 ここで告ろうとした?!
 いや、報告か?! 
 人魚に「恋してる」なんて諭されて自覚して、そんで顔真っ赤になりました。て・・・言えるかぁぁぁ!!
 
 固まってダラダラと変な汗をかくオレに、さすがの第一王子も眉間にしわが寄る。
「どうした? なんかさっきから変だな、おまえ。人魚の誘惑は催眠術のようなものだ。人によっては効きすぎてもとに戻るのに時間がかかると聞く。・・・とりあえず、オレの火であぶるか?」
「なんでだよ! そこはフォ・ドさんに一刻も早く診てもらう、だろ! 普通」
 第一王子がクソすぎてついツッコミを入れてしまった。
「術系は強い魔力を当てるのが一番の効能だ」
「それ絶対嘘だ」

『いつも通り』のオレに内心ホッとしたような顔をする第一王子。
「人魚のことはどうする? さっきのは退治したことになる?」
「ならないだろ。青い火を浴びたんだ。深手は負わせたからもしかしたら巣で死んでるかもしれないが、とりあえず今日は村に報告せずジジイに報告だ」
「そっか、わかった」

 第一王子の「戻るぞ」の一言で、景色が一変した。


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