続・無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……✩✩旅を選んだ娘とその竜の物語

タマ マコト

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第11話 『竜の見る夢、孤独の記憶』

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 山は、世界から少しだけ切り離された場所みたいだった。

 人の声はない。
 街の灯りもない。
 聞こえるのは、風が岩肌を撫でる音と、遠くの獣の鳴き声、焚き火のはぜる小さな音だけ。

 国境の城塞を脱出した一行は、人の少ない山岳地帯の一角に身を潜めていた。

 昼は岩陰に隠れ、夜は星の下で息を潜める。
 追撃の気配がないか、カイが魔術で定期的に探り、アークヴァンが上空から範囲を確認する。

 それを、数日間、繰り返した。

 肉体は少しずつ落ち着いていく。
 けれど──エリーナの心だけは、妙な波を打ち始めていた。



 その夜、エリーナは、また、あの夢を見た。

 視界が、高い。

 空を飛んでいる。
 けれど、いつもの青い空ではない。

 赤い。

 焼けただれた空。
 焦げた風。
 黒い煙が、地平線から立ちのぼっている。

 下を見下ろすと、大地が赤く光っていた。

 火の色ではない。
 血の色だ。

 折れた翼。
 捻じ曲がった首。
 冷たくなった竜の身体が、いくつも、いくつも、地面に転がっている。

 空にも、“何か”が飛んでいる。
 竜ではない。

 金属と火と、ぎらぎらとした光でできた“なにか”。

 それが竜の翼を撃ち抜いて、墜ちていく。

 空気が、焼けている。
 肺が、熱で裂けそうだ。

 誰かが叫ぶ声がした。

『逃げろ──!』

 竜の叫び。
 それが途切れる前に、視界が真っ赤に染まる。

 赤。
 赤。
 赤。

 世界が、血と炎で塗りつぶされる。

 自分の翼も──

 折れて。

 墜ちていく。



「や……っ!」

 息を吸い損ねたみたいに、エリーナは勢いよく上体を起こした。

 胸が痛い。
 喉が焼ける。
 肺が、空気を求めてひゅうひゅうと鳴る。

 頭の中に、まだ赤が残っている。

「……はぁ、はぁ……!」

 夜の空気は冷たくて、でもそれが逆に、熱でぎゅうぎゅうになっていた胸の中に流れ込んでくる。

 額には汗。
 手は震えている。

「……また、これ」

 自分の声が、ひどくかすれていた。

 ここ数日、ずっとだ。

 目を閉じるたび、あの“赤い夢”がどこかで待っている。

 最初は断片的だった。
 血の匂いだけ。
 折れた翼の感触だけ。

 でも、日を追うごとに、少しずつ長く、鮮明になっていく。

「……夢、なのに」

 本物みたいに、五感が全部巻き込まれる。

 視界。
 匂い。
 熱。
 風の重さ。

 そしてなにより──

(“この高さ”)

 夢の中で、自分は人間の身長じゃない。

 翼がある。
 身体が大きい。
 地面が遠い。

 ──竜の視点だ。

「エリーナ」

 静かな声が、闇の中から届いた。

 振り返ると、焚き火の向こうにカイがいた。

 寝袋から半身を起こし、心配そうにこちらを見ている。

「また、うなされてた」

「……ごめん」

「謝ることじゃないよ」

 彼は、火のそばに置いてあった水の皮袋を手渡してくれた。

 エリーナは、それを両手で受け取り、喉に水を流し込む。

 冷たい水が、喉を通っていく感覚が、やけにリアルだ。

「夢、また同じ?」

「うん……」

 言うか、言わないか。
 少し迷ってから、エリーナは正直にうなずいた。

「赤い空。焼けた大地。折れた翼。……血、いっぱい」

 自分の声で、自分が気持ち悪くなるレベルの描写。
 でも、誤魔化すことはできない。

「“竜の高さ”から見てる感じで」

「……竜の高さ、ね」

 カイは、焚き火の炎を見つめた。

「アークヴァンの視点、みたいな?」

 その名前が出た瞬間、風の向きが変わった。

『主』

 低く、よく知っている声。

 エリーナが背後を振り向くと、少し離れた岩の上に、白銀の竜が静かに座っていた。

 月光を浴びた鱗が、淡く光っている。

「アークヴァン……」

『また、夢を見たか』

「うん」

 エリーナは、竜の黄金の瞳を見つめた。

「やっぱり、“また”ってことは、気づいてたんだね」

『主の寝息が乱れたときは、分かる』

「観測しないでっていつも言ってるんだけどなぁ」

 口ではそう言いながら、その観測に、どこか安心している自分もいる。

 でも、今日の夜は、それだけじゃ終わらなかった。

「ねえ、アークヴァン」

『うむ』

「たぶん──あれ、“あなたが見たもの”だよね」

 焚き火の音が、一瞬だけ止まったように感じた。

 風が、一瞬だけ凪ぐ。

 カイが、息を呑む気配。

 アークヴァンは、少しだけ間を置いてから口を開いた。

『なぜ、そう思う』

「高さが、あなたと同じだから」

 エリーナは、自分の胸に手を置いた。

「飛んでるときの、“地面の遠さ”。
 体の重さ。
 翼を広げたときの風の掴み方」

 それは、自分の身体ではない感覚だった。

「わたし、“竜として飛んだこと”なんてないのに、あの夢の中だと、当たり前みたいに分かるの」

 たとえば、風向きを変えれば、どう身体を傾ければいいか。
 この角度なら、どれくらいの速度で落ちていくのか。

 そんなこと、頭で考える前に、身体が知っている。

「それにさ」

 エリーナは、少しだけ笑った。

「落ちるとき、“わたしの”恐怖じゃないんだよね」

『……どういう意味だ』

「“あぁ、またか”って声が、一瞬だけ混ざるの」

 墜ちる瞬間。
 世界が赤く染まる瞬間。

 そこにあるのは、「死ぬかもしれない」という恐怖より──

(“これで、また誰かが消える”)

 そんな諦めに近い感情。

「初めてのことじゃない、っていう感じ。
 何度も何度も、同じ光景を見てきた人の感情」

 それは、自分の人生には存在しない種類の絶望だった。

「だから、たぶん──あれは、“わたしの”夢じゃない」

 エリーナは、まっすぐに言った。

「“あなたの過去の断片”が、わたしのほうに流れ込んできてるんだと思う」

 アークヴァンは、じっと彼女を見つめていた。

 その黄金の瞳の奥で、何かが静かに揺れている。

『……主は』

「うん」

『嫌ではないのか』

「嫌、だよ」

 即答だった。

 正直、あの夢は気持ちいいものじゃない。
 胸が苦しくなるし、目が覚めたあとも、しばらく赤が消えない。

「でも、“嫌だ”って理由だけで、目を逸らしていいものかどうかは、分からない」

『…………』

「あの夢の中にいる竜たち、みんな“誰か”でしょ」

 顔はぼやけていても、気配はある。

 仲間。
 同胞。
 家族。

「アークヴァンにとっては、“現実”だったんだよね」

 竜は、ゆっくりと目を伏せた。

 その仕草が、痛いくらいに静かだった。



「アークヴァン」

 焚き火の赤が、月光の白に揺れる。

「ねえ。わたし、聞いてもいい?」

『何をだ』

「“昔のこと”」

 エリーナは、膝の上でぎゅっと手を握りしめた。

「昔、竜がもっとたくさんいた時代があったんでしょ。
 そのとき、何があったのか。……“あなたが、なにを見たのか”」

 聞きたい。
 でも、本当は、聞きたくない。

 矛盾した感情が胸の中でぐちゃぐちゃになる。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 だって──

(“ひとりで抱えてた”って思うと、もっと苦しくなるから)

 夢で一部だけ見せられて、そこで終わりにするほうが、もっと残酷な気がした。

『……主は、本当に』

 アークヴァンが、深く息を吐いた。

『厄介な主だな』

「褒めてる?」

『半分は』

 竜は、岩の上からそっと地面に降りた。

 焚き火の光が、白銀の鱗を照らす。

『よいだろう。少しだけ話そう』

 それは、竜が自分の喉元を自ら開くような、危うさのある言葉だった。



『かつて、この空には、もっと多くの翼があった』

 アークヴァンの声は、いつもより少し低く、遠くを見ている。

『赤い竜。黒い竜。小さな竜。大きな竜。
 空は狭く、大地は彼らの影で暗かった』

「……そんなに?」

『そうだ』

 アークヴァンの視線は、星の散らばる夜空に向いている。

『竜は、空と、大地と、海の力を喰らう存在だ。
 その数が多すぎれば、世界はそれだけで均衡を失う』

 そこに、「人」が関わってきた。

『人と竜は、昔から互いを恐れ、互いを羨んだ』

「羨んだ?」

『竜は、人の“短い時間”を羨んだ。
 人は、竜の“長い力”を羨んだ』

 竜の時間は長い。
 けれど、その長さは、ときに退屈と孤独を運ぶ。

 人の時間は短い。
 その短さは、ときに鮮烈で、眩しくて、危うい。

『やがて、人は竜に近づきすぎた』

 アークヴァンの言葉に、カイがわずかに身じろぎする。

『竜と契約し、“竜の主”となる者が増えた。
 竜の力を借りて、国を作り、戦をし、世界を書き換えようとした』

 それは、一見して、栄光の時代のように聞こえる。

 でも──

『近すぎた関係は、“境”を曖昧にする』

 竜と人。
 どこまでが竜で、どこからが人なのか。

『人は、自らの欲を竜に流し込み、竜は、その欲で世界を焼いた』

 赤い空。
 血の大地。

 エリーナが夢で見た光景が、そこに繋がる。

『ある時期を境に、竜と竜の主たちは、互いを“敵”と認識し始めた』

「互いに……?」

『ああ』

 竜の声が、少しだけ軋む。

『人は、“竜を制御できる者”と“制御できない者”を、線引きした』

 制御できる竜は「戦力」。
 制御できない竜は「脅威」。

『竜は、“人に従う竜”と“従わぬ竜”を、線引きした』

 従う竜は「同族の裏切り者」。
 従わぬ竜は「誇り高きがゆえに、狙われる者」。

『そうして、戦は始まった』

 竜対竜。
 竜対人。
 人対人。

 境目が、全部ぐちゃぐちゃに混ざった戦い。

『空は、炎と血で染まった』

 アークヴァンの黄金の瞳に、赤い残像がよぎる。

『翼は、折れた』

 夢の中の感覚。
 自分の身体が引き裂かれるような痛み。

『仲間は、墜ちた』

 大地に、重いものが落ちる鈍い音。

『人は、竜の骨を積み上げて城壁とし、竜の血を魔導具に封じた』

 竜骨の森。
 血を吸い込んだ土。

『竜は、人の国を焼き払い、海を沸かし、山を崩した』

 その結果、なにが残ったのか。

『我にとって、あの時代は、“長い悪夢”だ』

 アークヴァンは、そう言った。

 淡々とした口調。

 でも、その淡々さの奥に、冷え切った時間の重さがある。

『多くの名を覚えている。
 共に飛んだ竜たち。
 共に墜ちた竜たち。
 その背に乗っていた人間たち』

「……」

『だが、その名を、今ここで全て語るつもりはない』

 言葉を重ねれば、記憶も呼び起こされる。

『主が、あの夢で見ているのは、そのほんの一部だ』

「……“一部”で、あれなんだ」

『あれ以上を見せるつもりはない』

 アークヴァンの声が、わずかに硬くなる。

『主は、主の時代を生きればよい』

「でも──」

『主』

 竜の目が、エリーナを射抜いた。

『これは、我の“後悔”であり、“罪”であり、“記憶”だ』

 竜にも、罪悪感はある。

 自分が焼いた街。
 自分が落とした炎。
 その下で泣いていた人々。

『それを、今の時代の人間に背負わせるつもりはない』

 なんでもないことのように言う。

『主も、人間の研究員も』

「……カイも?」

『ああ』

 カイは、驚いたように目を見開いた。

「俺も、ですか」

『お前は、“竜の過去に人間がどれだけ関わっていたか”を知りたがるだろう』

 図星だ。

「……まあ、否定しないです」

 研究者としての好奇心は、確かに疼いている。

「でも、知れば知るほど、“人側の罪悪感”も増えそうだな、とは思ってました」

『増やす必要はない』

 アークヴァンは、はっきりと言った。

『今の人と、昔の人は違う。
 今の竜と、昔の竜も違う』

 同じ種であっても、時代が違えば、存在も変わる。

『我が今見ている人間は、“あの時代の人間”ではない』

「……それでも、竜から見れば、“人は人”なんじゃないですか」

『人間から見れば、“竜は竜”だろう?』

「それは……」

 言い返せない。

 だからこそ、アークヴァンははっきりと言う。

『だから、線を引くのだ』

「線」

『過去と、今の線だ』

 竜の声は、静かで、揺るがない。

『我は、あの時代を“長い悪夢”と呼ぶ。
 だが、その悪夢から覚めたあとに見た“森で泣いていた少女”は──悪夢とは違う』

 エリーナの喉が、きゅっと鳴った。

『“ひとりにしないで”と泣いていた主は、我の記憶の中で、唯一“長い悪夢じゃない”景色だ』

 森の冷たい空気。
 血を流した卵。
 震える小さな手。

『だから、あの記憶だけは、悪夢に混ぜたくなかった』

「……ひとりで」

 言葉が、喉からこぼれ落ちる。

「そんなの、ひとりで抱えてたの?」

 声が震える。
 視界が滲む。

『抱えていたというより、ただ、“残っていた”だけだ』

「同じでしょ……」

 エリーナは、思わず立ち上がった。

 焚き火の前まで出て、アークヴァンの前に立つ。

「そんなの、ひとりで抱えるっていうんだよ」

 赤い夢。
 折れた翼。
 墜ちていく仲間たち。

「誰にも言わないで、“長い悪夢”って言って終わりにするの、ずっと、ひとりで抱えてるってことだよ」

『主』

「わたし、嫌だよ」

 涙が、ぽろぽろと落ちる。

 自分でも驚くくらい、涙が止まらない。

「だって、わたし、“ひとりにしないで”ってお願いしたんだよ?」

 森で。
 まだ何も知らなかった頃。

「アークヴァンに、“わたしをひとりにしないで”ってお願いしたんだよ?」

『ああ』

「なのにアークヴァンは、自分のことずっとひとりぼっちにしてたってことじゃん」

 それが、悔しくて仕方ない。

 自分が、“ひとりにしないで”って言った相手に、ずっとひとりで悪夢を抱えさせていたなんて。

「そんなの、いやだよ……」

 ぽつり、とこぼした言葉は、子どもの我儘みたいで。

 でも、そこに込めた感情は、決して軽くなかった。

 アークヴァンは、少しだけ目を見開いた。

『主』

「なに」

『それは、“主が泣くこと”ではない』

「泣くよ」

 エリーナは、即答した。

「だって、アークヴァンのことだもん」

『……主』

「アークヴァンが、“長い悪夢”を見てきたなら、わたしもその端っこくらい、一緒に見るのが筋でしょ」

 全部を見たいとは言わない。
 全部を背負いたいとも、言わない。

 でも、端っこくらいなら、手を添えたい。

「わたし、“竜の主”なんだよ?」

『そうだ』

「だったら、“竜の悪夢”にも、ちょっとくらい口出す権利あるでしょ」

 涙声で、精一杯の強がり。

 カイが、焚き火の向こうで小さく笑った。

「エリーナ」

「なに……」

「それ、多分、“竜の主”っていうより、“エリーナ・カルヴェルト”としての権利だと思うよ」

「うるさい……」

 でも、その指摘が、妙に腑に落ちる。

 竜の主として、じゃなくて。
 ひとりの人間として。

 自分が大事だと思う存在の過去に、「ひとりで抱えないで」って言いたい。

『……主』

 アークヴァンは、長く、深い息を吐いた。

 白い吐息が、夜の冷気に紛れる。

『お前は、本当に、厄介だ』

「褒めてる?」

『今度は、八割方』

「おお、記録更新」

 カイの軽口が、少しだけ場を和らげる。

『……分かった』

 アークヴァンは、静かに告げた。

『あの夢の“端”くらいなら、主に見せてもよい』

「端」

『全てを見せれば、主の心が擦り切れる』

 それは、竜の確信だった。

『だが、何も見せぬまま、“長い悪夢”という一言で済ませるには、主は賢くなりすぎた』

「それ、褒めてる?」

『褒めている』

「やった」

 エリーナは、涙を拭いた。

 泣きながら笑うのは、体力を使う。

『ただし』

 アークヴァンは、釘を刺した。

『これは、“共有”ではない』

「……?」

『竜の過去は、我のものだ』

 竜の声が、低く響く。

『主は、自分の過去と、自分の今と、自分の未来を、ちゃんと見ていろ』

「……うん」

『我の悪夢に飲まれて、“今の主”が見えなくなるのは、本末転倒だ』

 それは、竜なりの線引き。

『主が“ひとりにしない”と願ったように、我も、“今の主をひとりにしない”』

「……アークヴァン」

『だから、過去に沈みすぎるな』

 その言葉に、エリーナは、喉の奥で笑った。

「ねえ」

『なんだ』

「それ、今ちょっとだけ、カイと同じこと言ったよね」

『そうか?』

「“目の前の選択をしろ”って言ってた人、ひとりいたなーって」

「俺のセリフ盗まれた気分だなぁ」

 カイが、肩をすくめる。

「竜と研究員が同じこと言うなんて、世界終わらないよね?」

『終わらぬ』

「なら安心だ」

 さっきまで赤でいっぱいだった胸の中に、少しだけ、他の色が戻ってきた気がした。



 焚き火が、小さくはぜる。

 山の夜は冷たい。

 でも、三人の間に流れている空気は、どこか温かかった。

「カイ」

「うん」

「さっき、“竜の過去に人間がどれだけ関わっていたか”って顔してた」

「そんな顔してた?」

「してた」

『していたな』

「二対一で証言取られた」

 カイは、少しだけ真面目な顔になった。

「……正直、動揺したよ」

「うん」

「竜の数が減ったのも、竜が“長い悪夢”って呼ぶ時代になったのも──人が、かなり深く関わってたんだなって」

 研究者としては、興味深い。
 でも、人間としては、胸が痛む。

「“あの時代の人間と今の人間は違う”って、アークヴァンは言ってくれたけど……」

『事実だ』

「それでも、“同じ種族”であることには変わりなくて」

 罪悪感は、血に乗って伝わるものではない。
 でも、認知としては、どうしても繋げてしまう。

「俺たち、人間は、“竜の悪夢”を作った側でもあるんだなって思うとさ」

「うん……」

「“竜魔法の研究者です!”って胸張るの、ちょっとだけ怖くなるよね」

 それは、素直な本音だった。

『人間』

 アークヴァンが、カイを見つめる。

『お前が“竜魔法の研究者”をやめたいなら、止めはせぬ』

「やめないですよ」

 即答だった。

「そこは、やめない」

『……そうか』

「ただ、“何をしないか”だけは自分で決めときたいなって思った」

 カイは、焚き火の炎を見つめながら言う。

「竜を“道具として解析しない”。
 “過去の戦争を再現しない”。
 “竜を縛る鎖の理論に手を貸さない”」

 それは、研究者としての自分への戒め。

「その代わり、“今の竜と竜の主が、どうやったらこれ以上傷つかずに済むか”だけを見たい」

『……人間』

 アークヴァンの声が、少しだけ柔らかくなる。

『それは、“悪くない研究”だ』

「よかった」

「なんか、認可されたね」

 エリーナも、ほっと胸をなでおろした。

 竜と人と。
 どちらも過去に傷を持っている。

 でも、その傷をなかったことにはできない。

 だからこそ──
 せめてこれからは、“同じ傷を増やさない”ように選びたい。



 その夜。
 エリーナはもう一度、夢を見た。

 だけど、今度は少し違っていた。

 赤い空。
 折れた翼。
 血の大地。

 そこまでは同じ。

 でも、視界の端に、小さな光があった。

 白い。
 柔らかい。
 凍りついた空気の中で、ぽつんと灯る小さな灯り。

 そこに、あの日の森の光景が重なった。

 血を流した卵。
 暗い木々の間。
 ひとりで泣いていた少女。

『ひとりに、しないで』

 あのときの自分の声が、夢の中に響く。

 赤い世界の中で、その声だけが、妙にはっきりと聞こえた。

 エリーナは、夢の中で、そっと手を伸ばした。

 誰の手かも分からない。
 どこに触れるかも分からない。

 でも、その手は、確かに“誰か”に届いた気がした。

 目が覚めたとき、胸はまだ痛かった。
 けれど、涙はさっきほど止まらなくなかった。

「……おはよう」

 朝焼けの空の下。
 エリーナが身を起こすと、そばにはアークヴァンとカイの気配があった。

『どうだ、悪夢は』

「うん、悪夢だけど……」

 エリーナは、空を見上げた。

「ちょっとだけ、“夢”になってきた気がする」

『……意味が分からぬ』

「いいの。わたしの中だけの話だから」

 赤と白と青が混ざった空。
 その下で、竜と人とが、同じ焚き火を囲んでいる。

 竜の見る夢は、長い孤独の記憶だった。
 でも、そこに“ひとりにしない”と願った少女の手が伸びたことで、少しずつ、形を変え始めていた。
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